「……は?」
目の前に広がるのは木、木、木。どこかの森の中なのだろう、どこを見ても木だらけで先が見えない。時刻は分からないが空を見上げると太陽は真上にあったので恐らく昼頃だと思われる。
「どういうことだ?たしか……仕事帰りにコンビニに寄って、それから帰宅したはずなんだが……」
わけが分からない。ついさっきまでの自分が取った行動を思い返してみるがこんな森に足を運んだ覚えはない。しかし、現在いる場所はどこかも分からない森の中だ。どうしたものかと顎に手を当てるとおかしな物が目に映った。ゴツゴツとした装甲を纏った逞しい漆黒の腕。そう、腕だ。誰の物かといえば今現在、この場に言うのは自分のみ。ということはこの腕は自分の腕ということになる。それを理解した瞬間に驚きの声を上げてしまった。
「なんじゃこりゃぁぁぁー!!!」
その声は自分が出したものとは思えないほどの音量で、気のせいだと思いたいが何か衝撃波の様なものが出ていた気がする。そのことに冷や汗をかき、確認するのが怖いが見える範囲で自分の体を見回してみる。
「…………」
自分の体を確認した彼は言葉を失った。全身はところどころオレンジ色に発光するラインの入った漆黒の装甲に覆われ、背中には4対の突起があり、背中の真ん中には巨大なトサカの様なものがあった。手で触ってみると頭には角の様なものが有り、胸部にはオレンジ色に発光するコアの様な球体がハマっていた。
「……何がどうなってるのかサッパリ分からん。こんなゲームとかに出る敵みたいな……ゲーム?もしかしてステータス画面とか有るのか?」
ふと、ゲームの敵っぽい姿ならステータス画面とかあるんじゃないかと念じてみる。するとゲームのメニューみたいなものが頭に浮かび上がってきた。
「……ははっ。ホントに出たよ」
自分で出した物であるが、ステータス画面が出たことに苦笑してしまう。やっぱり夢なんじゃないかなと思ったが、地を踏みしめる感触も木々の匂いも、風に揺らいだ葉が擦れる音もリアルでこれは現実だと教えてくる。触った感じ耳も鼻も無かった気がするが。
「さて、これに何か状況が分かる情報が載っていればいいが」
現実逃避を止め、改めてステータス画面を見てみる。すると名前:ソウマ シノザキ、種族:ダークファルス(人間)、形態:ファルス・ヒューナルとあり、形態については複数あるようだが???となっていて選択できない。保有スキルには【ダーカー召喚】、【凍結】の二つは見えるがこれも???という項目があり、全てを見ることはできなかった。ステータス画面の真ん中には今の体の全体図であろう黒く禍々しい人型が映っていた。ステータス画面にはストレージ、装備、保有スキル、オプションという項目があったが調べるのは落ち着ける場所についてからにしよう。
「名前はカタカナになってるがそのまんまだな。種族:ダークファルス(人間)って何だ?ダークエルフの親戚か?明らかに人間の方がオマケっぽいな。いつの間にか人間辞めちゃってたか…。【ダーカー召喚】ってのは呼び出せる種類も複数有るっぽいけど今選べるのは水棲系のみか。それに【凍結】ってストレートすぎるけど単純すぎて逆に限度がなさそうで何か怖いな」
何故このような姿になったのか疑問は尽きないが、まずは状況把握のため周辺の探索を始めるか。歩き出して気づいたがこの体はかなり大きいようで木の枝が背中の突起は肩に引っかかる。それを煩わしく思い無視して無理やり歩くと結構な太さの枝も折れてしてしまう。周辺の木々はどうやら自分の知る種類もあるようだが、たまにゲームのアイテムか!と言いたくなるような薬草とか解毒草みたいな植物が生えていた。何故、そんなことが分かるのかというとこれは何だ?と思いながら見てみると頭の中にピコンと音が鳴って【鑑定】というスキルを獲得していた。その効果は対象を見ながら詳細を知りたいと思うと名称や説明が頭に浮かび上がるというもので、便利ではあるがますますゲーム感が増していく事に頭を抱える。しかしようやく理解できた。
「これはあれか。いわゆる転生ってやつか」
神様にあったわけでもないし、死ぬような病気も患っていなかったはず。最後に覚えているのは自室のベッドで眠る瞬間である。妄想か夢かもしれないが流石に妄想や夢と現実の違いぐらいはつく。
歩き始めて1時間が経った頃、遠くに何かの気配を感じた。どうやら人間のようであるがその近くに魔物らしき気配も感じる。しかし気配の種類まで分かるのは便利だな。
「魔物か、やっと補足できた人が襲われてるとかマズイな。この姿じゃ俺も魔物と思われるかもしれないけど見捨てるのもなぁ……よし、さっさと助けてさっさと逃げるか」
今までの歩きから一転し全速力で森を駆ける。比較対象がないから分かりづらいが自動車よりも速いんじゃないか?体にぶつかる木々は跳ね飛ばされ、背中の突起に引っ掛かった木は四本の巨大な爪で抉られた様な跡を付けられていた。
人の気配とは結構、離れていたがほんの1、2分で走破した。するとそこには地面に座り込む豪華なドレスを着た可愛らしい小学生ぐらいの少女とその少女を庇う様に前に立ち短剣を構える、少女より少し年上だろう気品のある服を着た利発そうな少年がいた。その対面には3m程の巨大な狼が今にも襲い掛かろうとしている。
それを遠目に確認した瞬間、体が勝手に動いた。子供達とは50mぐらい離れていたが走りながら背中に手を回しトサカの様な物にあった柄を掴み抜刀する。どうやら背中にあった物はトサカではなく剣のようだ。それを構えた瞬間、紫色の鋸のような刃が現れ、背中にある4対の突起からは同じく紫色の翔翼が現れた。全身に赤黒いオーラを纏い、紫色の障壁が展開され禍々しい巨大な剣を構える姿はそれを目にした者に畏れを抱かせる。
眼前に捉えた狼の首を手にした大剣で切り落とす。ただ横から現れ剣を縦にひと振りしただけであるがその膂力から放たれた一撃は凄まじく、振り抜いた衝撃で数m先の地面まで斬撃の跡が出来ていた。血しぶきを上げ回転しながら宙を舞う狼の頭を見ても特に罪悪感が湧いたりしなかったがそれに疑問を持つことはなかった。剣をしまい抜刀前の状態に戻ると、子供達の怪我がないか確認しようと視線を向ける。
いきなり現れたので子供達は驚いた様で口を開け呆然としていたが、そのまま放置するわけにもいかないので確認のため声を掛ける。
「怪我は無いか?」
声を掛けられハッと意識を取り戻した少年はこちらに顔を向ける。身長差が有りすぎる為、かなり頭を上に向けているが。
「あ、はい。助けていただき感謝します。僕の名前はベルディオ。こっちは妹のエルフィリアです、エル?」
妹らしき子はこっちをジーっと見つめていたがベルディオ君に声を掛けられ慌てている。なんだろう、怖がっているという感じには見えなかったが。
「わ、私はエルフィリアです。魔物に襲われているところを助けていただきありがとうございます」
「どういたしまして。それよりも何故、子供だけでこんな森の中に?」
俺の質問に二人はバツが悪そうに視線を逸らし冷や汗をかいているがじっと見つめ続けると観念したのかベルディオが口を開いた。
「……実は大人達が目を離した隙に二人だけで森を探索してみようと思いまして、気がついたら迷子になっていました」
「なるほど。……妹を守ろうとしたのは良いことだがこんな魔物が現れる場所で子供だけで行動するのは感心できないな」
「…そうですね」
「ごめんなさい」
注意され二人は落ち込んでしまった。二人は悪いことをしたと理解できているようだ。
「まぁ、これから気をつけるんだぞ」
「「はい」」
「それでお前らはどこから来たんだ?」
「ベネス湖という湖に皆で来ていたんですけど」
「べネス湖か」
俺はベルディオの返事を聞きながらとある事を探していた。まぁ、マップ機能が無いかと思っただけなのだが。結果としてはマップ機能は有った。マップ機能を使ってみると視界の右上に円形のマップが現れ、べネス湖を調べてみると約5km先に大きな湖があり、その名称はべネス湖となっていた。
子供の足で森を彷徨いつつ5kmも移動したのか。二人をよく見てみると土が着いていたり枝で引っ掛けたのか破れているところもあり高そうな服はだいぶ汚れていた。エルフィリアは体力も限界なのか少しふらついている。
仕方ないか、二人を大人の元へ送ろう。子供を見捨てるなんて大人としてできないし。膝を地につけてしゃがむ。二人を持ち上げ肩の上に乗せ立ち上がる。
「わっ」
「きゃっ」
いきなり持ち上げたので驚いたようだが、二人は落ちないように肩の装甲部分を掴んだ。
「しっかり掴まってろ。ベネス湖まで送る」
「え、良いんですか?」
「ああ」
「もしかしたら嫌な目に遭われるかもしれませんよ」
子供にしては頭が回るな。ここは異世界でどう見ても人間には見えない俺が貴族っぽいこの子らを連れていれば間違いなく警戒される。俺だったら魔族とか魔物とかだと思うだろう。
「かもしれないが子供が遠慮するな」
「…ありがとうございます」
「………」
「そしてお前はさっきから何を見ているんだ?」
持ち上げた瞬間に可愛い声を上げたとき以外は黙ってじーっとこちらに視線を送るエルフィリアに質問する。
「可愛い」
「「え?」」
この子今何て言った?可愛い?何が?視線はずっと俺の顔をロックして離れない。まさかこのラスボス然とした厳つい顔が?妹の発言に兄のベルディオも驚いている。
「……何が?」
「黒騎士さん」
エルフィリアはまっすぐ俺を指差している。心なしか瞳がキラキラしてるような気がするんだが。この子のセンスは大丈夫か?
「エル、何言ってるんだい?」
おっと、ベルディオがエルフィリアに間違いを指摘するみたいだな。今のうちに間違いを指摘しておかないと彼女の美的センスがおかしな基準で固定されてしまうだろう。しっかり注意しておくんだ。頑張れお兄ちゃん。
「カッコイイ、だろ?間違えちゃいけないよ」
「……とりあえず出発するぞ」
肩の上で騒いでる二人を無視しべネス湖へ足を進める。今までは自分だけだったので木々にぶつかっても気にしなかったが肩に乗せた二人はそうもいかない。ほどほどの速度で走り、木々の間を抜けて行く。どこをどう行けば接触せずに行けるかなんとなく分かるので楽だがこれもやはりこの体のお蔭なのだろうな。
森の中を走り続け数分後大勢の気配と水の匂いを感じた。森の中にたくさんの人がバラけているため恐らく捜査隊か何かだろう。その人達に引き渡そうかとも思ったがエルフィリアが嫌がった。ベルディオが言うには全員が全員信用できるわけではないと言っていた。お前は本当に子供か?
そしてついに湖に着いた。そこには鎧を着て剣を構える護衛達とその後ろには金髪の美丈夫とかなり若い、というか幼い?中学生ぐらいで金髪の女の子がこちらを見て驚いていた。多分この二人がベルディオ達の両親なのだろう。父親もぱっと見、俺と同年代ぐらいだろうがロリコンか?いや中世とかならおかしくはないのか。
歩いて近づく俺に護衛達は警戒を強めるが母親らしき女性が肩に乗るベルディオ達に気づいた。
「ベルディオ!エルフィリア!」
「母上!」
「お母様!」
感動の再会だな。自力じゃ降りれないだろうから片膝をつき二人を掴みそっと地面に下ろす。その瞬間にまた護衛達はビクッとしていたがそれを無視する。二人は母親に向かって走り出した。母親とベルディオ達はひしっと抱き合い涙を流していた。父親らしき男性も安堵の表情で三人を見ている。
さて面倒ごとになる前に立ち去るか。そろそろ護衛達の敵意がウザったい。森の方へ行けば追いかけては来ないだろう。まったく負けるビジョンは見えないが簡単に殺してしまいそうだ。それは流石にマズイだろうからな。
立ち上がりベルディオたちに向けて一言。
「じゃあな」
足に力を込め森へ飛び込む。踏みしめた地面は陥没していたが気にしてはいけない。つくづく規格外な体だと思う。ひとっ飛びでかなりの距離を跳べたのでこれで移動するのもいいかも知れない。
とりあえず亜人とか居ないか探してみるか。