【全9話】倫也と仲直りしたい英梨々(高1ー1学期) 作:きりぼー
とても天気の良い日曜日。
朝から何かと慌ただしかったが、お昼を食べ終わって食器を洗っていると、玄関のインターホンが鳴った。おそらく英梨々である。
インターホンにデジタルの小さな画像が映し出される。距離を少しとって佇んでいるのは青いドレスを着た英梨々だった。こう見ると美少女然として揺るがない。手前で紙袋をもっているが、その中身が手作りアップルパイなら文句のいいようもないが、残念ながら手作り改造フィギュアというコアなオタクグッズのはずである。
「あのぉ・・・えっと・・・澤村・・・英梨々です。えっと、と・・とも、えっと・・・安芸君は・・・いらっしゃいますでしょうか」
放っておいたら名乗り始めた。しゃべると若干挙動不審に見えなくもないが、俺のことを安芸君と呼ぶのはなかなか新鮮だ。
「英梨々か」
「なによ。倫也なら倫也っていいなさいよ。まったく」
「上がっていいぞ」
「・・・」
キッチンに戻って食器を洗い流していたが、英梨々がなかなか上がってこない。もう一度インターホンのスイッチを押すと、英梨々が荷物を前にもったまま佇んでいる。
「どうした?」
「どうもしないわよ。男子の家にあがるわけないでしょ」
「はい!?」
「と・・・とにかく玄関までは来なさいよ」
「今、食器洗っているんだが・・・」
「じゃあ、待ってるから早くしなさいよ」
「上がっていいぞ?」
「上がらないっていってるでしょ。あんたあたしのこと連れ込んでどうするつもりよ」
「どうもせんし・・・一緒にフィギュアの出来栄えを話したいだけなんだが・・・」
画面の中の英梨々は返事をせずにそっぽを向いている。表情まではハッキリと読み取れない。まったく難儀な性格だな。
しょうがないので玄関まで向かう。青いスニーカーが脱ぎ散らかしてあったので、靴をそろえてから扉を開けた。
「よぉ」
「倫也1人?」
「いや・・・?」
「そう・・・なら上がっても平気かしらね」
「1人でも別に上がっても平気だぞ?」
「そういう問題じゃないでしょ」
「そういう問題だろ?」
「じゃあ、ちょっとだけ・・・というか、あんたそのTシャツはどうなのよ?」
「ん?これか?」
英梨々が家に入ってきた。ふんわりといい香りがする。それが洗濯洗剤なのか、シャンプーなのか俺にはわからない。青いフレアスカートの仕立てがいいのは俺でもわかる。上等な生地に刺繍とレース。まるでファンタジー世界のお姫様のようだった。ツインテールのリボンは黒く印象を引き締める。
「これはな、『魔装少女まさかまじか!?』の映画版限定品でな・・・いいだろ?」
「・・・そうね、フルグラフィックだから五千円ってとこかしら」
「ほう・・・お目が高いな」
英梨々が俺に紙袋の荷物を渡した。大きな紙袋の割には軽い。それから振り返ってしゃがみ靴をそろえた。青いスニーカーは有名スポーツブランドのものだが、英梨々は焦げ茶色のショートブーツだ。つま先に光沢があり質感が段違い。本革なのはわかるが難の皮かまではわからない。
「お邪魔します」
「ふむ。英梨々の靴は・・・1万5千円ってところだな」
「・・・ふん。まったく見る目がないんだから余計なこと言わないほうがいいわよ?」
「手厳しいな!」
「そんな量産型の安物にみえたなら残念ね」
「ぜんぜんわかんね」
「別にいいわよ、わかんなくて」
1万5千円を安物と言ってのける程度には高いようだが、あんまり金の話をしてもしょうがない。
「かわいくて、いい靴だな」
「そ?ありがと」
とりあえず無難に褒めておく。どうせなら英梨々のことも褒めておきたいがそれは照れくさいので無理だ。だいたいこんなにオシャレしてくるな。
受け取った紙袋の中をみるといろいろと入っていた。梱包されたフィギュアの他にもラノベのパネルやポップアップが入っている。どうやら頼んでおいたものもできたようだ。
「ずいぶんと早い仕事だな」
「そういうのは先送りにするとやる気がなくなるのよ。宿題と一緒ね」
「ありがとうな、これでラノベも目立つように飾れると思う」
玄関の近くで英梨々と話していると、ドタドタと足音が中からしてきた。
「トモ~、誰か来たの~?」
ひょいっと顔をのぞかせたのは美智留である。朝から親とケンカしたとかいう理由でこちらの家に避難してきている。まぁよくあることだ。それでもって、さっきの脱ぎっぱなしだった青いスニーカーの持ち主だ。
「あっ・・・誰・・・えっ?何?トモの彼女??」
「ちげぇーよ」
英梨々はさっきまでほんわかした雰囲気だったが、目を細めて美智留に睨みつけているように見える。なんでそんなにヤンキーモードになっているのか・・・
「えっとだな・・・こいつは俺の従姉妹の美智留。氷堂美智留だ。って会ったことなかったか?」
「・・・」
「はじめましてー」
「・・・」
「・・・でもって、こいつは澤村英梨々。正式には澤村・スペンサー・英梨々でミドルネームもあるみたいだけど・・・俺の・・・図書委員会仲間だ」
「何それ?」
「・・・何よ、その紹介」とぼそっと英梨々もつぶやいた。
「まっ、とにかくあがってくれ」
※ ※ ※
リビングのイスに英梨々は上品に座り、美智留はテレビ前のソファーにアグラをかいて下品に座っている。教養の差はこのように態度にでる・・・とはいえ、英梨々は猫をかぶっている状態だが。
美智留はスポーティーな恰好が好きなので、ショートジーンズと白いパーカー姿である。ショートカットの髪のせいで非常にボーイッシュに見える。顔立ちは整って美人なんだが、本人はあまり自覚がないようで昔からオシャレをしたがらない。
2人はまったく会話しない。というか美智留が話しかけても英梨々は無視している。とんだコミュ症である。
「英梨々、何か飲むか?」
「・・・そう。何かいただこうかしら?」
「何がいい?」
「倫也と同じものでお願いするわ」
「じゃあ、昼のおでんの汁でいいな」
「いいわけないでしょ!」
「うまいぞ?」
「なら、おでんにしなさいよ」
「えっ?昼飯くってねぇの?」
「食べたわよ。汁だけ出すならおでんでいいか聞きなさいよ」
「俺は冗談でいったんだけどな・・・コーヒーでいいか?」
「ええ、いいわ。あと、カラシもつけてもらえるかしら?」
「おでんも食うのかよっ!」
真顔のお嬢様モードのまま冗談いわれてもわかりにくい。
「えっ?2人はやっぱり彼女なの?」
「・・・」
「英梨々、そこは顔を赤らめて『べ・・別に彼女じゃないわよ。勘違いしないでよねっ!』っていうところなんじゃねーの?」
「何のことかしら?」
「調子でねぇな・・・ほれ、コーヒー。インスタントだけど」
「ありがと」
美智留はすでにマグカップに自分で好きなものを適当にいれて飲んでいる。
俺は英梨々の正面のイスに座って、紙袋から荷物を取り出そうとした。
「ちょっと待ちなさいよ」
「ん?どうした?」
「あんたここで開けようとしてない?」
「そうだけど・・・部屋の方がいいか?」
「・・・っ! そうじゃないわよっ」
英梨々がちらりと美智留の方を見た。何かを俺の方に伝えたいらしい。なんだろう?
「あまり知られたくないのよ・・・」と小さな声でつぶやいた。
「ああ、おまえがオタクのことか」
「バカ!」
「美智留はそういうことで差別したりしないぞ?」
俺も小声で応じる。差別はしないが美智留は昔から俺のオタク活動をやめさせようとはしていたな・・・一般人的にはそうなんだろうか。
「ねぇねぇトモ。さっきから何2人でコソコソ話しているのー。あたしが邪魔だったら部屋に行ってるけどー」
「いや、別に問題ないぞ?」
美智留がマグカップを持ちながら立ち上がって、テーブルの方へきた。それからマグカップを置いて、俺の後ろから覗き込むように紙袋の中を見た。
「何これ?アニメグッズ?」
「そんなところだ」
「さ・・・さわむらちゃん・・・だっけ?が持ってきたの?」
「まぁな。ちょっと頼んでいたんだよ」
「ふーん」
そう言って俺の隣のイスに座った。英梨々の睨むような目線が怖い。コンタクトしてくるの忘れたんだろうか。美智留はさっきから気にしない様子だが・・・
なんだろう、このギスギスした雰囲気は。
紙袋から、大きなラノベ宣伝用のパネル、それからポップアップカードが数枚。こちらのコメントは俺が考えたが、デザイン文字と小さなイラストは英梨々がアレンジしてくれている。さすがの出来栄え。
「いい出来じゃん」
「へぇ・・・カワイイ文字」
「だろ?レタリングってやつだな」
「このイラストも澤村ちゃんが描いたの?」
「・・・」
「そこは英梨々「そうよ?悪い?」ってもっとツンケンしてだな・・・」
「・・・」
「無視は感じ悪いぞぉ・・」
「そう?悪かったわね。感じ悪くて」
「このパネルもなかなか力作だけど、これプリントアウトしたやつだよな?」
「うん」
「原画はデジタルであるんだな?」
「そうよ」
「原画って?」
「えっとだな。このパネルは英梨々が描いたものだけど、パネルに直接描かずにPCで描いたものをプリントアウトして、張り付けたってことだよ」
「へぇー、上手だね。澤村ちゃんは絵が上手いの?」
「・・・」
「無視はよくないぞー」
「あら?あたしに話しかけていたのかしら」
「主語ついてたよな」
「ごめんなさいね。あたしちょっと忙しくて・・・そろそろお暇していいかしら?」
「ん?英梨々、午後は用事あるのかよ」
「・・・」
「できれば今日中に学校で準備してしまいたかったんだけどな」
「なに倫也、今日も学校へいくつもりだったの?」
「ああ、図書室の配置換えとか、飾り付けとかも英梨々にみてもらいたかったしな」
「・・・そ・・・そういうことはもっと早く言いなさいよ」
「ああ、それでトモは今日はおでかけ渋ってたんだ?」
「まぁな。でも英梨々が忙しいなら今日はいいや」
「なら、後で池袋いこー」
「・・・別に・・・それならいいわよ」
英梨々が何やらぼそぼそ言ったが聴き取れない。
「ん?何か言ったか?」
「別に・・・倫也が今日がいいなら、今日でいいわよ・・・」
「澤村ちゃん午後遊べるのー。一緒に池袋いこー」
「・・・いかないわよっ!」
「・・・どうして?」
「・・・」
「美智留・・・こいつちょっとあのな・・・コミュ症でな・・・対人関係苦手だから3人とか無理なんだ」
「ふーん。よくわかんないけど、じゃあ出かける準備してくる」
「・・・」
美智留が階段を上がっていった。
「倫也、女連れ込んでるなら最初からいいなさいよ」
「人聞き悪いな!?あいつはただの従姉妹だ」
「女には違いないでしょーが」
「女だけどな・・・美智留は美智留でしかないからなぁ・・・で、お前用事あるんだな」
「・・・ないわよ別に」
「ないのかよっ」
「いいわよ。氷堂美智留と2人で買物でもラブホでもいってくればいいわ」
「ラブホはいかんだろ」
「ふん。とんだ無駄足だったわね」
「いろいろありがとうな」
「いいわよ別に、図書委員としての仕事をしただけだし」
「依頼したのは美術部員の英梨々に対してなんだけどな」
「・・・そんなのどうでもいいでしょ」
「早く飾り付けしたかったんだが」
「次の図書委員の時でいいわよ。だいたい休日でも学校なんて制服でいくものでしょ」
「休日なら私服でいいだろ?」
「良くないわよ。休日でも部活に来ている子は制服でしょ」
「そういうもんか?」
「常識だと思うけど」
「そうだな。それに英梨々の恰好も学校へいく感じじゃねーしな」
「どういう感じなのかしら?」
「そうだな・・・天気いいし、ボートでも乗って揺られているのが似合いそうだな」
「あっー!もう!ほんと、バカ」
「なんぞ!?」
「バカバカバカバカ、倫也のバカ!帰る!」
「おおぅ!?」
英梨々が立ち上がって玄関へ向かった。俺も玄関まで見送る。
「まぁ、なんというか・・・悪かったな」
「あっーもう!話しかけないで、イライラする」
「・・・そんなに怒るなよ」
「怒ってないわよ!じゃあね!」
「・・・またなー」
玄関をバタンと開けて英梨々が出て行った。
「・・・はぁ・・・」俺は深々と溜息をひとつついた。女心はよくわからん。
「トモー」と美智留がまた玄関を覗き込んでいる。
「どうした?」
「なんか悪いことしたねー。別に澤村ちゃんとボートに乗りに行くなら、あたしは別にお留守番でもよかったのにー」
「ほっとけ。というかどこから聞いてたんだよ」
「どこからっていうか、階段上がってバックとってきただけだし、ほとんど全部」
「・・・」
「なんか2人の間に入りにくかったから・・・」
「変な空気は読まなくていいぞ」
「じゃあ、いこうか」
「そうだな」
「ねぇトモ。あたしもボート乗りたいっていったら、乗せてくれる?」
「別にかまわんが、お前の場合はボート漕ぎたいタイプじゃないか?」
「そうかも」
今日は晴れた日曜日で、ボートに乗るには暑すぎず寒すぎず、いい陽気かもしれないなっと思うが。
英梨々の持ってきた紙袋からぷちぷちで包まれたフィギュアを取り出してテーブルの上に置いた、開封するのは・・・できれば英梨々の前がいいか。
紙袋には他に白いケーキの箱が入っていた。取り出してあけるとアップルパイが二つはいっていて、シナモンの香りがあたりに広がった。
(続く)
ああっ・・・