【全9話】倫也と仲直りしたい英梨々(高1ー1学期) 作:きりぼー
まさかこんなに長々と英梨々の物語をひたすら作るとは思いませんでした。
最終話になります。
初夏。期末考査も終りもうすぐ夏休みの七月中旬。
図書委員会を担当する中年女教師が俺を放課後の職員室に呼び出した。何かしでかしたか?と疑念に感じながら職員室の扉を開ける。
「1年C組の安芸です。失礼します」
職員室もすでにまったりムードだった。今日はテスト返却のみで午前中で終りだ。女教師は何やら書類を見ながら仕事をしている。近づいて声をかけた。
「安芸です」
「ああ、早く帰りたいだろうに悪いな。実は図書室のことで話しがある」
「俺・・・何かしでかしましたっけ」
「しでかしたかどうかでいえば、しでかしたのかもしれんが、別に怒られるようなことでないからそんなに緊張しなくていい」
それは良かった。図書委員会はもう俺が率先して指揮を取らなくても上手く回っている。イベントも行われているし、推薦図書もさまざまなジャンルが取り上げられていて、本の貸出率もあがっていた。
「あれだけ利用者の減っていた図書室の再建と、波及効果として購買での本も好調に売れているらしい。学校としては大会で好成績を修めたものや、輝かしい実績のものを表彰するが、安芸の名前があがっている」
「俺が?」
「お前の薦めたラノベを先生方でも読んでいるのがずいぶんといてな。評判がいい」
先生もチェックを兼ねて読んだのだろう。ラノベといってもピンキリだ。下らないものもあれば、文章や展開を現代風に直しただけで重いテーマのものもある。学校用にエロが多いものは避けたのが功を奏したようだ。
「そこで安芸。お前が了承するなら明日の終業式でお前のことを紹介しようと思うのだが、一言しゃべらんか?」
「一言?っというと・・・俺が全校生徒の前でしゃべるんですか」
「そうだ。あれだけ強引に本を推薦したのだから、全校生徒の前でもう一度アピールする機会を与えてやろうと思ってな」
「わかりました。引き受けます」
「よし、なら何をしゃべるかぐらいは明日までに考えておいてくれ。話は以上だ」
「ありがとうございました」
俺は深く頭を下げて職員室を出た。
※ ※ ※
翌日、スピーチの草案を先生に提出して許可をもらう。内容至って無難だ。
『1年C組安芸倫也です。このたびは皆様に図書室を多く利用してもらい表彰されたことを嬉しく思います。古き良き本だけでは図書室を利用してもらえない現状を嘆き、改革を推進しました。みんなにも『ラノベ』という新しいジャンルを読んでもらいたかったからです。大変好評だったのでこれからももっと面白い本を紹介していきたいです。ありがとうございました』
「安芸は無難だな。もう少し面白いことしゃべるのかと思ったが・・・まぁいいだろう」
「好きなことしゃべってもいいですか?」
「常識の範囲内の内容で短ければ構わない」
「それなら・・・少し修正してみます」
体育館で行われた終業式。校長汚の長い薫陶のあと表彰式も行われた。部活で活躍した人、続いて個人での活動で評価された人、委員会では清掃委員が地域と連携して街の清掃活動が認められて表彰されていた。みんな分かりやすい活動内容だったが、俺はいったい何を表彰されるのかいまいちわからなかった。まさか『がんばってで賞』とかだろうか。
「続いて、図書委員会より、1年安芸倫也君。壇上へ」
「はい!」
返事をする。周囲がざわざわする。俺は席を立って壇上へと向かった。ちらりと他のクラスにいる英梨々の顔をみると驚いた顔をしていた。
「彼は図書室の改革を進め、貸出率はなんと1000%UP、十倍以上に利用者を増やしました。みんなも知っていると思うが大変面白い本を紹介してくれています。彼には校長先生より『学校奨励賞』を贈ります」
拍手の音。なんかそれらしい名前の賞だがよくわからない。だいたい今の先生の話しがスピーチ内容とかぶってしまった。さてどうしようか・・・
賞状をもらい、次にスピーチを促された。他の生徒も端的に短い一言スピーチだった。俺も無難に終わらせたい。
壇上から立って退屈そうにしている生徒を見下ろした。何を話すんだっけ?頭が真っ白になった。
夏だなぁ。窓が全開なので蝉の音がよく聴こえる。こんな場所からだと英梨々の金髪がよく目立つ。じっとこっちを見ているように思う。目が合う。そして俺はうなずいた。話したいことを素直に話そう。それが常識的かどうかはわからないけれど。
「1年C組の安芸倫也です」
ふぅ・・・と息を深く吐き、心を落ち着ける。
「俺は・・・小学生の時にいじめらていました」
図書委員の活動と直接的には関係ないけれど、ラノベを図書室に導入したきっかけは英梨々が何も考えずに発案したからだ。その事はもちろん話せないけれど、この問題にふれずして説明はできない。
俺の発言で会場がシーンとなっている。
「原因は俺がオタクだったからです。俺はマンガやアニメなどの二次元が大好きです。だから面白いマンガやアニメを友達やクラスメイトに薦めていました。いろんな原因が重なったからだと思いますが・・・結果的に俺は・・・「オタク」というレッテルを貼られていじめられてしまいました」
いろんな原因の1つには英梨々と仲良かったからだ。男子からの嫉妬も受けたし、女子も俺みたいなオタクのせいで英梨々がアニメを好きなのだと思われていた。
「俺は図書委員になって大好きな『ラノベ』を薦めました。中にはマンガやアニメ化している原作もあります。何百万部も売れている大ヒット作もあります。もう『オタク』だとバカにされるようなコンテンツではないと思っています。俺が薦めたいのは・・・あるいは図書委員で改革を推進した理由は、好きな本をみんなに知ってもらいたかったからです。それは、音楽やアイドルやタレント、あるいは好きなスポーツなどなんでもいいです。自分が好きな事を人に知ってもらいたい、分かち合いたいという気持ちは誰でも持っていると思います」
話しがそれそうだ。今オタク文化について話をしてもしょうがないし、大体話しが長い・・・そろそろまとめないと。
「だから、俺が言いたいのは『好きなことは自信をもって好きだと言って欲しい』ということです。それはなかなか他人に認められないかもしれない。あるいはバカにされてしまうこともあるかもしれない。でも隠さないで欲しい。そしてみんなにお願いしたいのは・・・そんな奴がいたら、例えどんなに変った事でもバカにしないで欲しい。認めなくていい、手にとって共感しなくてもいい、少なくとも絶対にいじめるようなことはしないでください」
あれ・・・主張大会みたいな内容になってるな・・・『恋するメトロノーム』を薦めようかと思っていたのに・・・
「僕は好きなものを一生懸命薦めただけです。以上。図書委員を代表して安芸倫也でした」
壇上から一歩後ろに下がり頭を下げる。最初に拍手したのは先生方だった。つられて生徒たちからまばらな拍手がおきた。そんなに大拍手はないしみんなの胸には届かなかったかもしれない。別にそれでいい。
俺はずっと言いたかったことを言っただけだ。
席に戻るまでの間、ハイタッチしてくれる生徒が何人かいた。賛同者もいたみたいだ。
英梨々は顔を伏せていたので表情はわからない。
※ ※ ※
俺のスピーチはそこそこ好評だったようで先生方からも声がかかり感想を言ってくれた。またクラスの話したことない女子もちほらと声をかけてきてくれたのも良かった。
炎天下を学校から駅まで友達としゃべりながら帰る。明日から夏休みなのでみんな浮かれている。
帰りのローカル電車では珍しく英梨々が同じ車両に乗っている。学校では図書委員の時ぐらいしか会話をしない約束なので、今日もまだ挨拶もしていない。英梨々は俺に気が付かないのか顔も向けない。美術部の持ち帰り品もあるのか荷物が多い。
電車の中は涼しいがホームに降り立てば暑い。ちょうどお昼時なのでろくに影もなくホームの上はすでに蜃気楼のように空気が揺らいでいた。灼けるように暑い。
改札を出て商店街の方へ歩いていくと、後ろから「倫也」と声がかかった。振り返るまでもなく英梨々の声である。
「どうした?」
「別になんでもないわよ。なんでもないのに声かけちゃいけないルールでもあるわけ?」
「いや、声かけるなって言ったのは俺じゃなくてお前だからな」
「それは倫也が勝手にあたしに声をかけないでって言っただけで、あたしが倫也に声をかけるのは別にあたしの自由でしょ」
「その理屈からすると俺がお前に声かけるのも自由な気がするんだが・・・」
「あたしは許可していないもの、あたしも別に倫也が声かけるなっていうなら声かけないわよ?」
「もう好きにしてくれ・・・」
商店街の中まで入るとアーケードなので直射日光を浴びない分だけマシになる。少し黙って並んで歩く。暑いとイライラしかねないからだ。
「倫也はお昼ご飯どうするのかしら?」
「家帰ってパンでもかじるか、カップ麺でも作る」
「ふーん。不健康ね」
「野菜ジュースもときどき飲んでいるから大丈夫だろう」
「ちゃんとした野菜も食べた方がいいわよ」
「コストの問題もあるからなぁ・・・」
「そこの・・・冷やし中華なら奢ってあげてもいいわよ」
「何?何かよからぬことでも頼まれるのか!?」
「別に他意はないわよ・・・表彰のお祝いよ。同じ図書委員仲間として」
「ほう・・・なら遠慮なくって言いたいところだが、荷物が多いからな」
「・・・そうね」
「まずは荷物置いてからだな。それに英梨々も荷物多いじゃねーか」
「わかったわよ、じゃあ・・・」
「まずは俺んちに荷物置くか、でもお前の場合は家に何か用意しているんじゃないのか」
「うちはいつも頼めば何かしら出てくるわよ。特別に用意なんてされてないわ」
「なら問題ないな」
暑いせいか商店街の人通りも少ない。中ほどまで歩けばパン屋がある。
「パン買ってうちで喰わねーか?」
「それでもいいけど」
「なら頼む。俺荷物見ているから、適当に選んできてくれ」
「奢られる気満々ね」
「まぁな。ドリンクぐらいは俺が作ってやろう」
「どうせ麦茶かドクペでしょ」
「氷もいれてやるよ」
パン屋についた。なんの変哲もない普通のパン屋だ。
英梨々から荷物を預かって店の外で待つ。英梨々の荷物が意外と重い。画材セットに重量があるようだ。
しばらくすると英梨々が袋をぶら下げて出てくる。
「よし、行くか」
「荷物」
「いいよ、このまま運んでやろう。パン代としてな」
「なら、うちまでお願い」
「・・・おう」
英梨々の家はうちから先の坂の上の屋敷だ。重い荷物を持つには少ししんどいかもしれない。もっとも英梨々の場合は電話一本で迎えの車を呼び寄せる事もできるが。
とりあえず俺の家に荷物を置き、英梨々に上がってもらう。
「氷堂美智留はいないようね」
「あいつもいつもいるわけじゃないからな、夏休みになったらまた来るんじゃねーかな」
「あんたももう年頃の男女なんだから、1つ屋根の下とかもう少し考えた方がいいわよ?おば様もだいたい不在なんだし」
「でも美智留だしな・・・」
コップに氷をいれて麦茶をそそぐ。
「あとまな板と包丁とお皿もお願い」
「はいよ」
リビングのテーブルに向かい合って座った。英梨々が買ってきたパンを半分に切っていく。いろんなものを食べたいときはパンを分けるが、普通は相手に一言聞くと思うのだが、俺の意見は採用されることもないのだろう。別に反対もしないから問題は何もないが。
「倫也、あともう一つ我がままで申し訳ないんだけど」
「自覚あるんだな」
「コーヒーお願い」
「麦茶・・・」
「パンに麦茶って感じじゃないでしょ。別にインスタントでいいわよ」
「先に食べて待ってろ、淹れてくる」
「いただきます」
「いただきます」
俺は半分にカットされたコーンマヨを口にくわえつつ、キッチンでお湯を沸かした。どこかに1人用のドリップコーヒーがあったようなので探し出す。
「倫也。あたしね・・・言ってみよう思うの」
「何を?」
「あんたねぇ・・・自分の発言ぐらい覚えておきなさいよ」
「ああ、スピーチの?別に無理する事もないと思うが」
「でも隠していてもしんどいときあるし、バレる時はバレるんだろうし、それに周りから勝手な妄想でイメージ作られていくのもしんどいときあるし・・・」
「確立したお嬢様キャラに無理があるのか」
「別に無理はしてないわよ。倫也があたしのことをどう思っているか知らないけど、あれはあれでけっこう普通なのよ。勘違いしないでよね」
「ふむ。それで何をいうんだ?」
「実はあたしね・・・マンガ描いているのよ」
「ああ、まだちゃんと描いているんだな?へぇ・・・それでどんなの描いているんだ?」
「それはね・・・あんたうちの両親のことぐらい知っているでしょ」
「まぁな・・・」
別に驚くようなカミングアウトじゃないな。
英梨々の両親は同人サークルで知り合って結婚したという、筋金入りのオタクなのだ。どちらもとてつもなく美男美女な上に、父親は外務省勤務のエリート外交官だ。そして同人サークルの『エゴスティック・リリィ』を運営している。
「ということは、英梨々の作品は同人サークルの方で販売しているんだな?」
「それもそうだけど、ネットでも販売しているわよ」
「なんだよ、もっと早く教えてくれてもいいだろ」
「・・・そうも言ってられないのよ」
「なんで?お前絵は上手いだろ」
「『絵は』って何よ。他に何もできないみたいに言わないでよ」
「他に何かできたっけ?」
「・・・いろいろあるわよ。女の子らしいことの基本ぐらいはできるんだからね」
「料理は?」
「カップ焼きそばを少々嗜むわ」
「掃除は?」
「机の中の私物管理ぐらいは」
「裁縫」
「今時、授業の課題以外でやることなんてないでしょ」
「音楽」
「アニソンを何曲か」
「・・・総合的にみて落第点じゃね?」
「あんたの偏見でしょ。ファッションとか化粧とかトレンドとか、女の子はいろいろ大変なんだから」
「ほう・・・お嬢様のキャラのために努力もしているんだな」
「あんた・・・あたしのこと何だと思っているのよ」
「オタク知識に詳しい盟友みたいな・・・」
「・・・はぁ、もういいわよ。あたしが描いているのはね・・・」
ドリップコーヒーが完成したので、英梨々の所へもっていく
「ありがと」
英梨々が小声でいった。両手でちょこんとカップを持って下を向いてしおらしくしていると別人みたいだ。なにかゴニョゴニョ言っているが聴き取れない。顔も赤い。
「ん・・・よく聴こえないんだが?」
「べ・・・別に何描いてたっていいでしょ。そういうのはプライバシーの侵害なのよ」
「お前がカミングアウトしてきただけだよねぇ!?」
なぜ突然キれられなければならないのか。俺もテーブルに座ってパンをかじる。麦茶とパンでも別に気にはならない。
「とにかく、そういうことだから」
「ほーん。ずっと描いてたのか?」
「そうよ。悪い?」
「なら、商業誌とかにも投稿してみたらいいんじゃないか?英梨々の画力なら次第点は越えているだろうし・・・」
「そういうのは興味ないのよ・・・まだね」
「無理にとは言わないが・・・、でも、マンガ描いていることなんか隠す事でもないだろ。うすうす知ってたし・・・」
「なんで知っているのよ」
「あれだけイラストが上手ければ、普段描いているってことぐらいわかるだろ。ストーリー付きのマンガはまた別物だろうけどさ・・・技術的には問題ないだろうし」
「・・・そうね」
三種のチーズ入りフランスパンがけっこう固い。オーブンで温めるか迷うが、英梨々は気にせずに噛みちぎっている。
「コーンポタージュみたいのがあれば、このパンもつけて食べられるんだけどな」
俺の提案に英梨々は返事もせずに、黙々とパンを感じる。何か言いたげなのか考え事をしていた。
チリーン
英梨々のケータイが鳴った。
チリーン
チリーン
電話でなくメッセージのようだ。英梨々がケータイで確認し返信している。
何度か着信音がなって英梨々がやり取りしているので、俺は1人でパンを食べながらその様子を見ていた。英梨々は眉間に皺をよせて表情が厳しい。
「ねぇ倫也。あんた荷物をうちまで運んでくれるって言ったわよね?その後に予定あるからしら?」
「今日は特にねぇーけど?何かあったか」
「ううん。別に」
「なんだよ・・・」
英梨々はパンを頬張ってコーヒーを飲んだ。
※ ※ ※
暑い。セミが鳴いている。英梨々の荷物をもちながら坂道を2人で上っていく。英梨々の家は家というよりは立派な洋館で屋敷だ。門があって仰々しい。横の勝手口を開けて英梨々が中に入った。俺は外でぼんやりとどうしたものかと荷物を持って立っていた。
「何してんのよ。入りなさいよ」
「ああ・・・うん。ひさしぶりで緊張してな」
勝手口から中へと入ると、左手には広い庭が見える。ガーデンパーティーができる程度の広さはあり、緑色の芝生や花壇も綺麗に手入れがされていた。
石畳の通路を通って玄関につくと、扉が中から開いて小百合さんが出てきた。
「遅い」
「しょうがないでしょ。その分連れてきたわよ・・・あとは勝手にしてよね」
「あら・・・」
英梨々が俺から荷物を受け取って中へと入っていった。
小百合さんが俺をまじまじと物珍しそうに見つめている。
小百合さんは英梨々の母親で姉に見えるぐらい若々しい。黒髪ロングをツインテールにしている変りものだが大変美人だ。英梨々よりも気の強そうな雰囲気があり、実際その通りである。人生で人に謝ったことがなさそうな人っていうのは言い過ぎだけど、そんな印象すら与える。絶対的女王気質。しかも着物を着ているので女将とかヤクザの姉御などにみえなくもない・・・
「倫クンじゃないの。久しぶり」
「御無沙汰しております」
「ほんとね。ところで今日は時間があるそうね?」
「はい・・・」
「日当は・・・とりあえず一万。どうかしら?」
「どう・・・とは?」
「手伝ってほしいことがあるのよ。業務内容は特殊だけど、英梨々の連れてきたあなたなら平気でしょうし。さぁ、こちらにいらして」
俺の返事も聞かずに屋敷の中に入っていった。俺も後ろからついていく。玄関には可愛くて胸のでかい若いメイドさんが立って待っている。軽く会釈をする。俺にスリッパを用意してくれて靴を片付ける。
小百合さんはいつのまにかいなくなっている。
「こちらでございます」
広い玄関から螺旋階段を上り二階へと案内される。通された部屋は・・・広いが様々なもので散乱していた。壁際につみあげられたいくつものダンボール箱。開封されてさまざなグッズが入っているものが床に並べられ、各所の大きなテーブルには本やチラシやクリアファイルが積み上げられている。奥の壁際にはマンガ制作をする斜めデスクがある。
「ここは?」
「小百合様のアトリエでございます。では、この場でお待ちください」
そう言ってメイドさんは部屋から出ていった。良い香りのする美人さんだった・・・絶対にスペンサーおじさん(英梨々の父親)の趣味だろう。小百合さんの趣味かもしれないが・・・
ぼんやり立っているのも暇なので、中の様子を見て回ってわかってきた。これは小百合さんが主催する同人サークル『エゴスティック・リリィ』の商品である。この夏に東京ビックラサイトで開かれるオタクの祭典『夏コミュ』の準備をしているのだろう。
「・・・ということは俺はこの手伝いか」
大手老舗同人サークルで、今や夏コミュの管理運営にもたずさわっている。会場奥の一角をしめ、販売部数はガレージサークル並みに数千部ある。ここにあるのはそこで扱う商品のほんの一部だろう。まさに戦争準備中といったところだ。ちらかり過ぎて何がどうなっているかさっぱりわからない。
ガチャッ
扉が開いて英梨々が入ってきた。
私服の英梨々はさっぱりしていた。グレーのミニTシャツはへそが見えそうでみえないぐらいの長さで、黒い文字が入っているシンプルなデザインだ。下はブラウン系の膝上のキュロットスカート。露出多めだがエロくはなく雑誌モデルのように見える。それはいつものことか・・・
「あんた、承諾したのね」
「承諾した覚えないんだが、断る選択肢はなかったな」
「そう。そういわけで頼むわね」
「で、俺は何をすればいいんだ?」
「問題はそこよ、倫也。いいかしら、明日が入稿の締め切りなのよ。なのであたしとママは原稿の仕上げ作業にはいるわ。なのでこっちの作業まで手が回らないの」
「ほう?それで・・・」
「で、こっちを担当している2人が夏風邪で倒れこんでしまったし、パパは外交問題が大きくなって欧州まで飛んでしまったのよ。この忙しい時期に何考えているのかしらね?」
「仕事だからしょうがないだろ」
「そういうわけだから・・・」
「どういうわけだよ」
「そこらへんに進行表や行程表があるはずだから、確認して作業を進めてもらえればいいわ」
「ちょっとまて・・・」
「何かしら?」
「具体的にな指示は?」
「ないわよ。この惨状をみればわかるわよね?とりあえずダンボール開けてみたけど、部屋は散らかるばかりでいっこう問題は解決しなかったわね」
「そりゃそうだろう・・・」
「あんた・・・なんとかしなさいよ」
「びっくりするぐらい丸投げだなっ!清々しいほどに!」
英梨々が腰に手をやってポーズをとっていると、本当にモデルみたいだ。カワイイ。小ぶりな胸元の膨らみが上品に見える。つるぺたじゃないのが、盛っているせいなのかどうかまではわからない。
そういうわけで、俺はとりあえず仕事の目安になりそうな資料を探すことから始めた。
※ ※ ※
小百合さんと英梨々はそれぞれのデスクでマンガ作成をはじめた。チラ見したところ、どう見てもR18指定のエロ同人である。もしかしたら大手サークルオリジナル作品で同人ではないかもしれないが・・・まぁひどいエロである。
まだ15歳の娘の教育上よくないとか、まったく考えないのだろうな。英梨々も別に照れもせずに黙々と集中して作業していた。
俺は進行表と行程表を探しあて、拡大コピーをして壁に貼った。これでだいぶわかりやすい。続いてノートPCを借りてチェック表を作成する。担当者は優秀なのか無能なのか、詳細な内容はわからない。おそらく前者なのだろう。何年も運営に携わり頭の中で出来ているのだろう。引き継ぐようなものでないし、この時期の急な夏風邪で現場は大混乱といったところか。
とりあえずここに山積みされたダンボールはなんらかの作業をする必要のあるものばかりだった。他は現地に直搬するものでわざわざ2階にあげずに1階の倉庫など納品されていたのを確認した。
関連するダンボール同士を寄り分けで、紙で大きく作業内容を書いて貼っておく。記号をつけることでチェックもしやすくした。これでバイトが増えても作業がしやすくなるだろう。
一階の納品も含めて全部チェックして状況を把握するのに三時間を要した。これで全体像が分かったので、続いて細かい作業に移っていく。
例えばオリジナルキャラカードを一枚ずつ封書してシールを貼る。量が量なので作業効率は大事だ。そのカードと同人本と重ねてビニール袋にいれてワンセット。これを500部ほど作ってダンボールにしまう。地味な作業だ。
キャラカードは5種類で各100枚。実際には110枚ほど刷られていた。検品をして封書し、100部ずつキャラが分かるようにしてダンボールに仕分けた。おそらくはランダムで販売するのだろうが、売り側は内容を把握できるにこしたことはないだろう。
黙々と作業を進める。空調の音は静かだ。小百合さんの漫画はアナログである。英梨々はアナログの作業をしているかと思えば、スキャンして取り込んだ画像にデジタルトーンを付けたり、微妙な位置修正したりもしている。こちらはデジタルと半々と言った感じだ。時には画面上に無修正の性器や結合部が表示されているのをデジタルでモザイク処理をしている・・・
見ている俺の方がドキドキするのだが、当の本人は平気なようだ。俺はときどきぼんやりと英梨々や小百合さんの作業をみてしまうが、2人の集中力は途切れることがない。
時計を見上げるとすでに午後6時を過ぎていた。ここに来てもう5時間たっている。部屋の中は完全に飲食禁止。そのため廊下にはワゴンがあってドリンクバーになっていた。これを用意しているのはメイドさんや執事さんだと思うが、公私混同しないためか部屋の中の作業を手伝う様子はない。
※ ※ ※
「あたし、ミル貝と活ダコ」
「俺は・・・三種の光物と・・・あと中トロいいか?」
「今更遠慮してもしょうがないでしょ、だいたい値段変らないわよ」
「えっ?そういうもん?なら、ボタンエビと・・・ウニもいっちゃおうかなぁ~」
「そんなにいっぺんに頼まなくてもいいの」
夕食。何か出前ぐらいしてくれるんだろうなぁと思ってはいたが、まさかの寿司屋のケータリングが来ていた。というわけで、一階の中ホールには即席の寿司屋が開店している。なんでも今日予定の会合のメンバーが来ていて、ホスト役のスペンサーおじさんは不在なので小百合さんが相手をしているのだ。俺と英梨々は隣の小部屋からオーダーを通して夕食休憩中。
英梨々は俺の作り直した作業行程表を確認している。
「なるほどねー。倫也、よくわかったわね」
「才能だな」
「そうかも・・・あたしはさっぱりだったから、こうやってまとめられるとなんだか落ちつくわね。そんなに焦らなくてもいいのかしら?」
「そうだな。やっぱり今問題なのは印刷所との関係で英梨々たちの原稿だな。それが最優先で入稿さえ終わればあとはまだ日数がある」
「そう・・・よかった。あんなにダンボール届いたら焦るじゃないの」
「担当者が把握していれば問題ないんじゃないか?まとめてこの時期に2人もぶっ倒れたら混乱するのもわかるけどな」
メイドさんが寿司下駄にのった寿司を運んでくれた。緑茶も美味い。
「いただきます!」
「どうぞ」
「感謝感謝」
そういうわけで寿司をいただく。まずはイワシから・・・
「それで、倫也の作業は終わりそうなのかしら?」
「うーん・・・終わるような作業量ではないな」
イワシを食う。これがなかなかどうして瑞々しい。鮮度もよくシャリもほぐれて美味い。つづくアジ、シンコも申し分ない
「ひさびさに美味い寿司くったなぁ・・・」
「しみじみ言うわね。ここの中々いいわよね」
「なかなかって、俺、お前のとこで喰った寿司以外で美味いところしらねぇけどな」
「ひさびさって・・・あんたいつぶりよ」
「うーん。小学三年生か・・・二年生頃かな・・・」
「・・・それ、最期があたしのところで食べたっていいたいわけ?」
「そうだな・・・いや、寿司は食ってるぞ?グラ寿司とか、スツローとか」
「いいわよねー、あたしも行ってみたい」
「いやぁ・・・美味くないぞ?いや、美味いけど、こういうのとは違うな。スーパーとかのお持ち帰りよりはマシかな?ってぐらいの感じだ」
「スーパーのも知らないわよ」
「あーはいはい。お嬢様、お嬢様」
「なによー」
でもって、中トロがうまぁー。激うまぁー。
英梨々も満足そうに食べては、にっこりと笑ってこれがまたまたどうして・・・可愛かった。
※ ※ ※
夕食にたらふく寿司を食べ、満足した俺は作業部屋に英梨々と戻った。小百合さんは来客の相手で部屋から出るたびに険しい顔で「はやく帰れハゲがっ」と薄汚く罵るように呟いて舌打ちをしている。
そりゃ締め切りの迫った漫画家としてはそんな心境だろう。来客の前では笑顔こそふりまかないが聞き手として申し分ない。来客も来客で小百合ママファンなのかご機嫌である。旦那の仕事の一環とはいえ大変そうだ。
どうやら、この二面性の使い分けは遺伝のようだ。
さて、俺は本の梱包作業がもう少しで終わる。あと一時間ぐらいだろうか。それで一段落なので帰りたいところだ。他の作業もあるが別に急ぐこともない。
「なぁ英梨々、これって部数は少し多いよな?」
「ええ、乱調本もあるし、予備や保管用に多めなのよ」
「なら、俺が一部もらっていってもいいか?ダメなら一部買いたいんだが」
「別にお金はいいけど、あんたR18に手を出すわけ?」
「R18 だから興味があるわけじゃねーよ。この作家が気になってな・・・」
俺はダンボールから一部出した。発行部数は少なめの300部ほどだ。少ないといっても初参加サークルの三倍ぐらいの量は刷っているが。100部も売れれば御の字なサークルも多い。
「・・・ふーん・・・どの辺が?」
「絵柄と・・・内容と・・・あとは・・・将来性かな」
「将来性って何よ」
「うーん。この作者、まだまだ粗削りなんだけどさ、伸びしろを感じるんだよな。丁寧だし、構図も駒割りも問題ない。実に教科書通りに作っている。けど、なんだろう・・・情熱とか、主張みたいのがまだまだ乗り切れていないんだよな」
「そう」
「これ、小百合さんじゃないよな?」
「そうね」
「ペンネーム『柏木エリ』ってさ」
「何よ」
部屋は快適な温度だ。空調の音はしない。来た時の惨状はなくなって、ダンボールは作業前と作業済みで分けられていて壁際に整然としている。
「お前だよな?」
この同人誌を描いているのは間違いない。英梨々だ。イラストの特徴もそうだし、生真面目なマンガ作りも昔のままだ。内容はまぁ・・・アレだけどな。
「・・・っ!」
「いや、隠したいならいいけど」
英梨々が横を向いて顔が耳まで真っ赤になった。こうしてみるとミニTシャツの首元は大きく開いて鎖骨がハッキリとみえる。横を向くとうなじのラインも綺麗で絵になる。白い肌と丁寧に結った襟足の髪に乱れはない。
「べ・・・別に隠したいわけじゃないわよ。あんたももう少しデリカシーもちなさいよ」
「デリカシーっていわれてもな」
「恥ずかしいでしょ」
「今更じゃね?」
「何がよ」
「お前、さっきまで無修正画像を職人気質にモザイク処理してただろ」
「はぁ?あんたバカなの?死ぬの?黙々と作業してたから見てないと思ったのに」
「いや、丸見えだったんだが・・・」
「ちゃんと仕事しなさいよ」
「仕事はちゃんとしただろ?小百合さんも褒めてくれたし」
「そういう問題じゃないわよ。うわぁ・・・さいあくー」
「むしろ隠すつもりだったのが驚きだよ!」
まったく、この環境で育ったのだ。英梨々が歪んだ腐女子になったのも致し方あるまい。いつのまにかこんなにドスケベでどうしようもない凌辱系同人を描けるようになったとは・・・
「倫也」
「なんだ?」
「あんた・・・このこと秘密にしなさいよ」
「ほう・・・」
「まさかっあんた弱み握ってあたしに変なことしようとしないわよね!?」
「お前、何を資料にしたのかしらんけど、妄想激しすぎだろ・・・」
「と・・・とにかく学校では絶対に秘密にしなさいよねっ」
「そうだろうな・・・ということで、一部くれ」
「勝手にもっていきなさいよ。まったく、この変態エロメガネ!」
「お前にだけは言われたくねぇなぁ・・・」
あっ、英梨々は学校ではコンタクトだったが、途中からメガネ姿になっていた。しかもおしゃれ感ゼロの黒縁メガネだ。変態金髪ツインテールエロメガネ。属性豊富だな、おい。
「あとさ、秘密を守る見返りにさ・・・」
「はぁ?あんたあたしを脅迫する気」
「いや、脅迫するつもりはないが・・・この題名、ちょっと口にして読んでみてくれるか?」
「・・・」
「・・・」
「あんた本気?」
「それぐらいいいだろ。何しろこんな凌辱系を描く現役女子高生エロ同人作家なんて貴重だしなっ」
「スペンサー家の暗殺部隊送り込むわよ?」
「なら、なおさらだ。死ぬ前に是非聞かせてくれ」
「・・・」
何しろエロ同人マンガだ。タイトルがひどい。
英梨々が深呼吸をしている。あんまり真面目な雰囲気もよくないだろう。ここは冗談めかして言いやすいようにしてやろう。
「ハァハァ。ねぇ、今どんな同人タイトルしているの・・・ハァハァ」
「・・・バカ?」
「雰囲気作りしてやってんのに、素になるなよ・・・」
「あー、はいはい。とんだ変態幼馴染ね・・・一度しか言わないんだからねっ」
「おうっ」
『変態幼馴染に秘密を握られたあたしは毎晩バイブはめっぱなしでエロライブさせられる』
「ぐはっ」破壊力ありすぎて、鼻血が出そうだ。俺はわざとらしく膝から崩れ落ちた。いや演技のつもりだったが実際にダメージでかい。
「ほんと、どうしようもないわね・・・」
「おまえがな・・・」
ふぅ・・・満足した。作業中から気が付いていたいがいつ言い出せばいいか迷っていた。小百合さんがいる前で英梨々をいじりたおすわけにもいかない。
「で、お前・・・バイブは実体験・・・」
「んなわけあるかぁ~!」
英梨々が跪いている俺にアイアンクローをする。力は弱いので痛くはない。何このおしおき、何か別な性癖が目覚めそう・・・
「英梨々・・・誓う、誓うから、誰にも話さないから」
「そう。当たり前でしょ。こんなの知られたらお嫁にいけなくなっちゃうよ」
「それは知らん」
「あんた責任取りなさいよっ!」
こいつは何を言っているかわかってるんだろうか?たぶんわかってないな。うん。
「はぁ・・・もうほんと、いい加減にしてよね・・・」
英梨々も大声だして疲れたのか溜息をついている。俺としてはもうちょいで別な世界にいけそうだったんだが・・・
「あと恥のかき捨てで頼みたいんだが・・・」
「何よ?まだ脅迫するわけ?」
「これ以上脅迫したら、ケツにもバイぶぅ・・・ぐはっ」
英梨々が俺を蹴りあげた。足元は白い短い夏用靴下で、レースの縁がついているあたり高級品とみる。そして蹴り上げたことで俺の視界には、キュロットスカートの隙間から、一瞬・・・ほんの一瞬だが英梨々のパンティーが露わになって確認できた!この果報者めっ!
ガゴンッ!
後ろにひっくり返った俺は後ろのテーブルの足にしたたかに頭をぶつけた。でも、いいもんみれたのでいい。我が人生に悔いなし。
「さすが英梨々だ・・・基本をはずさないな・・・」
「なんのことよ・・・」
「ガクッ」
「それ、自分でいうセリフじゃないでしょ。効果音でしょ」
目を瞑って記憶にとどめる。キュロットスカートなのが残念だが、その分隙間から見えるチラリズムが強調される。普通のスカートだったら英梨々もこんなに派手に前足をあげるわけがない。絶対に見えるからだ。その辺の恥じらいはある。ということは本人は見せる気ゼロだ。しかし見た。うーん至福。
「この同人の・・・」
「何よ・・・あんた大丈夫?けっこう強く打ったわよね」
「平気だ。もし謝るつもりがあるなら・・・頼む」
「・・・また変なこというつもりじゃないでしょうね」
「修正前のデータを送っておいてくれ・・・」
「このド変態がっ!!」
英梨々のマンガがデジタル処理されている以上は元データがあるはずなのだ。絶対に欲しい。そりゃそうだよな。修正済を有難がる人なんていない。無修正なら家宝ものだ。
コンコンッ
部屋にノックの音がした。扉が開いて小百合さんが顔をひょっこり覗かせて中を確認している。
「あの・・・お取込み中の2人の邪魔して悪いのだけど・・・ママ心配になっちゃって」
「何を?」
「えっと、英梨々がその・・・このままイチャイチャから始めちゃうんじゃないかと・・・」
「はじめないわよっ!それに別にイチャイチャなんてしていなからっ!」
「いちゃいちゃはしてただろ?」と俺がボソッと呟いしてみるテスト。
「・・・っ!もう・・・」
「仕事・・・続けてもいいかしら?」
小百合さんの雰囲気が違って乙女チックになっている。
「もう、お母さんこんなトキメキ忘れてたから、なんかドキドキ止まらないの」
「いい加減にして」
「ねっ?倫クンならわかるわよね?」
賛同を求められても困る。というか酒が入って火照っているだけでは・・・
「ママ。さっさと仕事の続きするわよ」
「そう・・・その件なんだけど英梨々。私としてはいままでの原稿・・・全部ボツにするわ」
「はい!?」
「この下半身の熱いリビドーを原稿に描かずして何が同人作家よ」
「・・・あの・・・」
親子の謎の会話をよそに、俺はややこしいので部屋から逃げ出すことにしよう・・・働いた分は後でくれるだろう。
「私は仕事に後悔をしたくないのよ、あなたにもそうやって教えてきたつもりだけど」
「後悔とかそういう以前に、締め切りが明日なのに間に合うわけないでしょ」
「それは印刷会社さんの都合と建前であって、3日・・・いや一週間ぐらいはなんとか伸ばしてくれるわよ」
「とんだダメ作家ね」
「妥協した作品を作るよりましだわ」
「それなら来年にすればいいでしょ」
「締め切りが明日なのにどうして来年に作れるのかしら?」
「じゃ、英梨々。またな」
俺は小声で挨拶をして、部屋の扉をそぉ~と開けた。小百合さんが酔っているのかややこしいことを言い始めたからだ。
「待ちなさいよ。倫也!」
くっ、気付かれた。
英梨々が俺のシャツの首元を捕まえた。
「あんた、責任もってこのバカ親を説得しなさいよ」
「英梨々。俺としてはだな・・・」
「何よ」
「締め切りよりも情熱ののった作品を作らずして何が同人作家だ?と思うぞ」
「はぁ?あんたバカなの?死ぬの?締め切り明日だっていってるじゃないの」
「あらあら、さすが倫クンね。出来の悪いうちの娘と違って賢いわね。どう?うちの娘婿にならないかしら?」
「ならないわよっ!」
「まぁ、本人次第で考えなくもないですが・・・今日はとりあえず帰ろうかと」
「ふふふっ、もう冗談ばっかし~」
さっきから小百合さんの口調がおかしいと思ったが、よくよく考えたら酒を飲んでいたから陽気なのだろう。ツインテールもやめて長い黒髪は後ろで1つで結っている。それに和服姿なせいか、妙にエロい。襟元が少し乱れているせいかもしれない。
「帰れるわけないじゃないの~」
「あの・・・」
「さぁ、これから3人でネーム作るわよっ!」
ああ、酔っぱらっているんだな。それに締め切り迫って冷静な判断もできないのだろう。
※ ※ ※
10時過ぎ。陽気に騒ぎ立てた小百合さんにさらに酒を飲ませて話しを聞いていた。さすがに1から作り直せないが、思いついたネタやリビドーとやらは聞いておいてもいいだろう。
話すことがだんだん意味不明になってきて、ろれつも回らなくなってきた小百合さんはやがて机に伏した。
「・・・寝たわね・・・」
「疲れてるんだろ。酒も入っているようだし、このまま寝させてしまおう。原稿の方はネームができているんだろ?あと何ページだ?」
「2ページね」
「ネームみせてみろ」
机に突っ伏して寝てしまった小百合さんを横目に、俺と英梨々で原稿を確認する。
「ふむ・・・ラス前はカラミからの気だるさだから原稿に迫力はいらないな。これなら英梨々でもカバーできる」
「なんか嫌味に聞こえるんだけど、気のせいかしら?」
「実力やタッチの差はあるからな。熱のこもったカラミシーンなどは汗やみだらな匂いがしそうなほどの画力は英梨々には無理だろ?」
「・・・悔しいけどそうね」
「ラストのページは完堕ちしたヒロインのイキ顔だが、顔以外はなんとかなりそうだな。とりあえず描き上げてデジタル処理できるところはしてしまおう」
「うーん・・・そうね」
それから、作業にとりかかって、深夜2時過ぎに原稿をとりあえず完成させる。
「思いのほかいい感じだな。流石英梨々だ。小百合さんの画風に似せられるんだな」
「ちょっと違うわね。あたしは元々ママに教えてもらっているから、この画風なのよ。自分の作風にするのに苦労しているだけで」
「そういうもんなのか?」
というよりは、そういうもんだからエロ同人作家になってしまったわけだな・・・不憫な気がしなくもない。
「ふぁ~」
英梨々が大きなアクビをした。俺もつられてアクビをする。もう深夜だ。そろそろ眠い。
「倫也、もういいわよ。あとは明日ママが起きたら手直しするから」
「わかった。じゃあな」
「倫也・・・」
「ん?」
「あの・・・客室あるし・・・その・・・泊まってく?」
「徒歩数分だから帰る。それに明日・・・というか今朝は新聞配達のバイトだしな。このまま家でシャワー浴びて出勤する」
「はぁ?あんた本気?そういうことは先にいいなさいよ。少しは仮眠とれたのに」
「ふっ、徹夜で出勤することも多いからな」
「・・・バカなのね」
こうして俺は玄関まで英梨々に見送ってもらった。
「気をつけなさいよ。少しは仮眠取った方がいいわよ」
「心配すんなって」
「べ・・・別に心配なんてしてないわよ。ただあんたに何かあったら気分が悪いでしょ」
「そういうことにしておく、じゃあな、英梨々も早く寝とけよ」
「うん。またね」
「また」
手をひらひらと振って家に向かう。振り返ると英梨々がまだ玄関から見ている。外は深夜なのに蒸し暑い。空は薄い雲が流れているのか月が見え隠れしていた。
ベガとアルタイルがか弱く瞬いている。けど天の川はもちろん見えなかった。
(了)
ご愛読いただきありがとうございました。
二学期編の構想は『学園祭でアニメ放送したり』という加藤の証言から広げる話になるかと思いますが、制作する予定はいまのところありません。
前回大きくコケた『夏休みに毎日投稿する話』の制作に取り掛かりたいと思っています。
では、本年もよろしくお願いします。