TS被検体少女による模範的曇らせ   作:鰻重特上

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閑話
鈴城桃花の独白/インターリュード


 

 順風満帆と言って良い人生だったと思う。名のある大学に入って、異能に係る研究をするという夢も叶えて、周りからは優秀だと褒めそやされて。

 

 そのまま院で研究者として生涯を終えるものと思っていた頃だ、ある企業との合同研究の話を持ちかけられた。

 

 国内外でも有数の大手薬品会社、その会社は異能に関連する分野の薬品研究でも有名で、当時の私は喜んでその話を受け、実際に合同研究はとても有意義なものだった。

 

 そしてその企業の人からスカウトを受けて、院の研究室の友人たちにも勧められて私はその誘いに乗ってしまった、これで今まで以上に最先端の研究に関われるなんて考えて。

 

 その先にあるものが子供の命を磨り潰して利益と知識を求めるような地獄だとは知らずに。

 

 

─────

 

 

 淡々とただ命じられるがまま研究を、実験を行う。何も考えないように、いつもと同じ様にほぼ廃人同然となった被検体へ投薬を行い、その身体を、心を壊して行く。

 

 この被検体も近いうちに処分される予定だ、だからといって私にできることは何も無い、新しい被検体に担当が変わるだけ、同じ事を繰り返す、延々と。

 

 

 暫くして新しい被検体の担当に異動させられた、その被検体も他と対して変わりは無かった。

 

 実験に怯えて、悲鳴と懇願の言葉を繰り返すだけ。

 

 それが変わったのは実験を始めて一週間を過ぎた頃だった。

 

 被検体が記憶障害を起こした、これ自体は珍しくはあるがこの場所では無いことではなかった。ストレスによって、投薬の副作用によって、記憶障害が起きることはある。

 

 ただそれだけ、私がやることは変わらないし、記憶が消えてもここから逃げられるわけじゃない、一時的に子供らしい元気さを取り戻しているこの被検体も、またすぐ精神を壊して人形のようになる。

 

 無邪気な顔で笑う被検体027番を見ながら、そう思っていた。

 

 

─────

 

 

「せんせい!今日のじっけんは泣かなかったよ!ニーナえらい?ほめてくれる?」

 

「……そう、だね。偉いよニーナ」

 

「ほんとう!?うれしい!」

 

 027番の担当になってから三ヶ月、どれだけ実験を行ってもこの子は変わらなかった。

 

 自分を被検体027番だからニーナだと名乗り、その明るさも優しさも失わない。

 

 今もこうして自身を傷つけ苦しめるだけの実験を行う職員の一人に対して先生と慕う様に呼び掛けている。

 

 理解が出来なかった、私達が行う実験はとてもではないが子供が一人で耐えうるものではない、その筈なのになんで。

 

「ねぇ!せんせいは?せんせいもほめてくれる?」

 

 

 なんでそんな目で私を見るの?

 

 

─────

 

 

 それからも実験は続いた。

 

「はぁ……ふぅ、……ふぅ……っふ」

 

「身体は暑い?寒い?」

 

「はっ、ふぅ……からだ……あつい」

 

 投薬の副作用に苦しみ汗を流すニーナに状態確認を行う、意識が混濁しているのか視線が定まっておらず、呆けた様な表情をしている。

 

「他にはいつもと違っていることはある?」

 

「……いきが……くるしい……あたまも、いたい……よ」

 

 声を出すのも苦しいはずなのに、027番は私の質問に必死に応えていた。

 

 

「……せんせぇ、てぇ……にぎって……ほしい」

 

「……」

 

「…………ごめんなさい、しごと……なのに……はぁ……ふぅっ、……ニーナ……だいじょうぶ……」

 

「……私はまだする事があるから他の先生に頼んで」

 

 

─────

 

 

「先生!昨日ね!はじめてレーナからわたしに抱きついてくれたの、すごくうれしかったんだぁ……」

 

「そう」

 

「うん!わたしを抱きしめると落ちつくんだって!わたしも抱きしめられるとしあわせな気持になるんだ……」

 

 

「……先生も抱きしめてくれる?」

 

「……私はしないわ」

 

 ……やめて。

 

 

 

「ねぇ先生、疲れてる?」

 

「何故?」

 

「んぅ〜、なんとなく……いつもより元気がなさそうだったから」

 

「……大丈夫よ、気にしないで他の人と遊んできなさい」

 

 やめて。

 

 

 

「はい!先生これあげる!折り紙のお花!」

 

「あのね、折り紙もらってねレーナと一緒に作ったの。レーナがわたしに作ってくれてね、すっごくうれしかったから先生にもあげたかったの」

 

「私は大丈夫よ、きっとみんな喜んでくれるから渡してあげて」

 

 何であなたは私に優しくするの?

 

「……先生はうれしくない?」

 

 お願いだから。

 

「先生はもらってくれないの?」

 

 その目に私を写さないで。

 

 

 ……期待するような声で私を呼ばないで。

 

 

─────

 

 

「027番の処分が決まった。いま進行している投薬実験が終わり次第、異能強化薬の投与実験を行う」

 

「は?……ぇ」

 

 業務外の時間に桂木さんに呼び出されてそんな事を伝えられた。

 

「実験は一週間後だ、変更はない」

 

「……027番は、数少ない空間情報干渉系統の異能者です、その中でも更に希少な空間転移の異能です、まだ……研究出来ることはありますよね?」

 

「転移に関する研究は昔から行われている、027番に行っていた実験も過去の焼き回しが殆どだ、結果も目新しいものではなかった。027番を対象とした研究を始めて五年七ヶ月と十二日だ、長いほうだろう」

 

 桂木さんは淡々と話を続けた、覆らない事実を告げるように。

 

「ここ数ヶ月、027番に行っている投薬実験も以前行ったものに僅かに手を加えただけのものだ、これ以上は引き延ばせない」

 

「……何で、私にだけ先に伝えたんですか?」

 

「君が最も長く027番と関わってきたからだ」

 

「027番にこのことは」

 

「必要ないだろう」

 

 

─────

 

 

 私はずっと逃げて来た。

 

 現実から目を逸らして、積み上げてきた罪から逃げ続けてきた。

 

 あの子の優しさから……。

 

「一週間後」

 

 後たった一週間であの子は死んでしまう、十年、私の人生の三分の一も生きてないのに。

 

 このまま何も伝えなければ、何も知らないまま強化薬の副作用に苦しみ抜いて死ぬ。でも、伝えたとしても結果は何も変わらない。

 

 ……違う、これも逃げてるだけだ。

 

 あの子は伝えて欲しい筈だ、何も知らないまま終わるよりも、死の恐怖よりも、大切な人との最後の時間を大事にしたいと考えられる子だ、あの子は、ニーナは私なんかとは比べられないほど……強い子だから。

 

 

 

「027番入浴の時間よ、ついて来て」

 

「え……?今日は先生が担当なの?」

 

 もう逃げない、ここで逃げたら一生後悔するから。

 

 

─────

 

 

 浴室でニーナの身体を洗う、年齢以上に小さな身体だ。

 

 幼い頃からの薬物実験による影響で正しい成長を奪われて、実際に触れれば肌も少し荒れている事がわかる。  

 

 身体の内側はより酷いはずだ、副作用には一時的なものではなく、ずっと残り続けるものがある。

 

 神経麻痺による痺れや痛み、常に続く頭痛、内臓や五感に残る違和感や不快感、五年という時間は数え切れないほどの見えない傷をニーナに刻んでいる。

 

「ありがとう、先生」

 

「いいえ、お礼はいいわ」

 

 身体を洗い終えてシャワーを止める、浴室はとても静かで……途端に怖くなった。

 

 伝えないといけないと決意して来たはずなのに、声が出ない。

 

 鏡越しにニーナと目が合う、どこまでも純粋で優しくて……見透かすような瞳。

 

「先生、わたしに何か言いたいことがあるんだね」

 

「っ……!」

 

「教えて?わたしが知らなきゃいけないことなんだよね、わたしに伝えないといけないと思ったことなんでしょ?」

 

 結局、私は自分の意志で伝えることは出来なかった、この子に背中を押されて、導かれて。

 

「……二日後、あなたに異能強化薬という薬を用いた実験が行われる」

 

 

「今まで、この投薬実験での生存率は0%よ」

 

 

 ニーナの表情に変化はなかった、行われる実験の内容やその理不尽な理由を話しても、まるで初めから全て知っていたみたいに私の言葉を受け入れていた。

 

「ねぇ先生、そっちを向いてもいい?」

 

「え?……えぇ、いいわ」

 

 そう言って立ち上がり、振り向いたニーナは私を真っ直ぐ見つめていた。

 

 空間系統の異能者特有の真紅の瞳、はじめて確りと視たニーナの瞳は、ルビーのようにキラキラと光を反射していて、今まで見た何よりも綺麗に見えた。

 

「先生の名前、聴いてもいい?」

 

「……鈴城、桃花」

 

「モモカ先生……。わたしね、最後は笑顔で見送ってほしいんだ」

 

 私の名前を呼ぶ声はいつもと同じで。

 

「だから、今は泣いていいんだよ。それで約束して?最後は笑顔でさよならを言ってくれるって」

 

 私を思って紡がれた言葉は只々、優しさと思いやりだけが詰まっていて。

 

「……ふっ、つ……くっ……ひっ」

 

 私にはそんな資格はないから、涙は流さないと決めていたのに、そんな決心を余りに簡単に崩した。

 

 

 いつの間にか流れていたシャワーの音が私の声をかき消してくれていた。 

 

 

─────

 

 

 桂木さんがニーナを実験室につれて入ってきて、今日の為に用意された拘束椅子に彼女を座らせる。

 

 今更になってニーナを喪うことが怖くなって、自分がどれほどこの子のことを大切に思っていたのかを実感させられる。 

 

 桂木さんがニーナに注射器の針を刺して薬液を打ち込んでいく、ニーナを殺す薬がゆっくりとその小さな身体に入っていって。

 

 投与が終わってすぐ、拘束されたニーナの身体が引き攣るように震えた。

 

「ぁっ!…………っ、ぅっ………?!」

 

 今、彼女は声にもならない程の苦痛を感じている筈だ、その証拠とでも言うようにいつも優しげに笑っていた顔は酷く歪んでいた。

 

 一瞬、ニーナが私の方を見た気がした、約束を守らないといけない、そう考えていたはずなのに私はちっとも笑えていなくて。

 

 ……これからニーナは死んでしまう……違う、私が殺すんだ。なのに笑って別れるなんて、笑って見送るなんて出来るわけがなかった。

 

 逃げないと決めたはずだったのに、私は弱いままで、目を逸らそうとして……ニーナを拘束していた椅子が転送されるのを見た。

 

「……え?」

 

 ニーナが異能を使った、とっさに彼女の首に目をやって、首輪が消えていることを確認する、そして手を触れずに転送した事を理解して、桂木さんを見た。

 

 私を含めて全員が困惑している中、彼だけはそんな様子を見せずにニーナを見ていた。

 

「先生、みんなを守ってね」

 

 ニーナが一人、二人と、恐らく施設の外に研究員を転送していく。それを見て私はやっと理解した、ニーナが何をしようとしているのかも、そして私が桂木さんに利用されたことにも。

 

 気づけば実験室に残っているのは私と桂木さんだけになっていた。

 

 

「モモカ先生」

 

「……なに?」

 

「ありがとう」

 

「……えぇ」

 

 応えた声は震えていたけど、今度は目を逸らさなかった、ニーナはいつもと同じ様に優しげに笑っていて。

 

「……ニーナ、さようなら」

 

「……うん、さよなら」

 

 

 私は約束を果たせただろうか……?

 

 

─────

 

 

「桂木さんはこうなる事を分かっていたんですね」

 

「可能性を予測していただけだ」

 

 次々と転送されてくる子供達や職員を見ながら、私は桂木さんと話していた。

 

 「私がニーナに言うとわかっていて、他よりも早く実験のことを伝えたんですね」

 

 「……他の者は027番を連れ出そうとする可能性があった、たとえ君が伝えなかったとしても私が伝えていた、どちらにしろ027番は同じ行動をしただろう」

 

 いつもと変わらない淡々とした物言いに少しだけ苛立ちを覚える、そんな資格は無いことがわかっていても。

 

「直ぐに警備が動きますよ、上手く行きますか?」

 

「今の027番に物理的な干渉は意味をなさない、麻酔弾であれ実弾であれ、触れた側から転送される、少しすれば視認干渉型までは確実に発展する、027番は自身の異能への理解度も極めて高い、そうなれば時間の問題だ、ともすれば領域支配型となる可能性もある」

 

 少しだけ驚いた、ニーナの異能にそこまでの潜在能力があったことに、そして同時に思ってしまった。

 

「それだけの可能性がある異能だと報告を上げれば、もう何年かニーナに時間を与えられたんじゃないですか」

 

「それではこの状況は作れなかった」

 

「……酷い人ですね」

 

「あぁ、私はマッドサイエンティストらしいからな」

 

 桂木さんは僅かに口角を上げて、そう言った。

 

 

「……私は笑ってお別れを言えていましたか?」

 

 

「……その答えを知っているのは027番だけだ。だが少なくとも027番は君を送ったあと笑っていた」

 

 

「……ありがとうございます」

 

 

 

 




【鈴城桃花/モモカ先生】
 ニーナをどこか特別視していた。普通に人体実験とかは指示通りしてたし、善人というわけではない、弱かった人。

【桂木/マッド】
 恐らくニーナ以上にニーナの性格と異能を理解していた人。ニーナに投与した異能強化薬に一時的に痛覚と疲労感が麻痺するよう手を加えていた。
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