誤字報告大変助かっております、感謝いたします。
という事でハッピーエンドIFです。
地獄の底/スリーピングビューティー
夢を見ている。
嫌というほど繰り返し見た夢、あの日から何度も、何度も。
白色の床と壁、飾り気の一切ない実験室でいつもと同じ人達が私に実験を行っている。何か話しているが私にとってはそんなものはどうでもよくて、ただ時間が過ぎるのを待つだけだった。
その時間は部屋に戻ったあとのことを考えて過ごす、ニーナのことを。
先に戻れたなら「おかえり」と言って迎えてあげて、ニーナが先に戻っていたなら「おかえり」と私を迎えてくれる。それで一緒にご飯を食べて、話をして、遊んで、夜は抱きしめてもらいながら眠る。
私にとってはそれが全てで、それ以外の時間に意味なんて無かったから。
大きな物音がして、思考していた意識が浮上する、気づけば周りに人は居なくなっていて、どこに行ったのかと私は実験室の入り口に目を向けて。
そこにはニーナがいた、全身を真っ赤に染めて。
「ニー、ナ?」
視界が塞がれ濃い血の臭いがして……、私はニーナに抱きしめられていた。
「……レーナ、わたしと出会ってくれて、ありがとう」
いつも私を暖めてくれていたニーナの身体は、今は体温を奪う冷たさで。
「わたしと、友達になってくれてありがとう。すごく、うれしかった」
私は何が起きているのかわからなくて、わかりたくなくて。
「親友に、家族になってくれて、ありがとう」
声を出そうとするけれど、喉が詰まって、震えて、出せなかった。
「……ずっと一緒にいよって、約束してくれて、本当にうれしかった」
ニーナの声にはいつもの元気さがなくて、どこまでも弱々しくて。
「約束をやぶってごめんね……」
耳から伝わるニーナの心臓の音も段々とゆっくりになっていて。
「わたしに『愛してる』をおしえてくれて、ありがとう」
無意識に、下がっていた手を上げてニーナに縋ろうとして、抱きしめようとして。
「レーナ、心の底から愛してるよ」
伸ばした手は何も掴まなかった。
さっきまで視界を塞いでいたニーナは消えていて、周りには沢山の人と子どもたちがいた。
上を見上げれば空があって、でもどこにもニーナはいなくて。
「……はっ、ぁ」
それを理解してはじめて、閉まっていた喉から声が出た。
「ぁあぁあっ、ぅあ」
でもそれはもう言葉にはならなくて。
「あ゛ぁぁあ!!あっあ゛あ゛ああぁあ゛ああぁああ!!!」
─────
酷い頭痛を感じながら目を開けて身体を起こす。時計を見ればまだ四時を回ったばかりで、起きるには早すぎる時間だ。
「はぁ……」
ため息を吐きながら気怠い身体でベッドから出る、どのみち私は薬がなければまともに眠れない。
シャワーを浴びて汗を流して制服に着替える。まだ家を出るには早い時間、適当に朝食を取りソファに身体を預けた。
意味もなくテレビを付けた、特に見たいものも無いけど、少しでも気を紛らわせる事ができればそれで良かった。
あの日から五年が経ってもずっと、褪せることもなく何度も見る夢、悪夢としか言えないはずの記憶。
それでも夢に見てしまうのは。
『レーナ、心の底から愛してるよ』
私が、そんな夢に縋ってしまっているからかもしれない。
─────
【執行部東京本庁・第三部隊室】
市民を異能犯罪から守る執行官、その実働部隊が勤める本庁の一室で四十代ほどの男と、まだ一般的に学生と言ってもいい齢の少女が向かい合っている。
「三宮執行官、なぜ対象の両腕を切り落とした?」
「対象は銃器で武装していました、加えてうち二人は手の平で触れることを条件とした接触干渉型の異能持ちでしたので」
「それで全員の腕を切断したってのか?」
「それが最善と考えました」
淡々と応える少女に対し男の声は苛立ちと、僅かに諦めを含んでいるようだった。
「はぁ……三宮、お前の異能と技量なら腕を落とさずに拘束するのは難しくなかったはずだ、たとえ人質がいてもな」
「……」
「あれじゃあ刑期を終えたとしてもまともに社会復帰するのは無理だぞ……」
「……対象は子供を人質に取っていました、銃口を頭に突き付けて脅して、要求したのは自分達の身の安全と金です」
「そんな人間が社会復帰できると、私は思えません」
先程までとは違う感情を感じられる声、少女の声には隠しきれなかった怒りが確かに乗っていた。
「……任務に私情を挟むなと何度も言ってんだろ。今日はもう上がれ、処分は明日伝える」
「……了解しました、失礼します……」
少女が部屋を出るのを見送り、男は背もたれに深く身体を預けた。
「部隊長お茶です、良ければ」
「あぁ、貰う。ありがとな」
「また三宮執行官ですか、今回はどんな処分にするんです?」
その問い掛けに男は少し顔をしかめて、深くため息を吐いた。
「精々が反省文数枚だ、相手はたった四人しかいない一級執行官様だぞ?」
「職務上は上司と部下だがどうこうするような権限はねぇよ」
「そうですね。では私は仕事に戻ります」
部下が自分のデスクに戻るのを見て、男も自身の仕事である報告書の作成に取り掛かる。
「……私情を挟むな、か……。知ってて何もしなかったような奴に言われたって、響かねぇだろ」
確かな後悔と憤りを含んだ声。
「早く起きてくれよ英雄様、あんたのお姫様は俺らじゃ救えねぇんだよ」
その祈るような言葉を、聞いたものはいなかった。
─────
清潔感のある白色の壁と床、消毒液や様々な薬液の匂い、そんなものに懐かしさを覚える自分に嫌悪感を覚える。
もう半年近く毎日通い続けている病室までの廊下を気持ち足早に歩く。
病室の扉に手をかけ、僅かに期待をしながら開いた。
広い個人用の部屋、そこに置かれた一床のベッドの上で彼女は昨日と変わらず静かな寝息をたてて眠っていた。
ベッドの縁に腰掛け、彼女の頬に手を触れる。あの頃と変わらない綺麗な顔立ち、柔らかでハリのある新雪のような肌、艶のある絹のような白い髪。
手を離して少しだけ布団をめくり手を握る、そのまま胸に顔を埋め、その温もりと心音を感じられるように頬を当てる。
あの時とは違う暖かさと確かな心臓の音を聴いて、彼女が生きていることを感じて、少し心が落ち着く。
もういつ起きてもおかしくはないと医者に告げられて四ヶ月が経っても、今日まで彼女が目を覚ますことはなかった。
あの日からずっと、ニーナは眠り続けている。
─────
ニーナが生きていると知ったのは執行官になって一月程が過ぎた後だった。
それまでの私は憎悪と怒り、復讐だけが生きる意味だった。
引取手のなかった私は一時的に保護されていた執行部の施設でそのまま育てられた。
その頃の私は無気力で、意味もなくただ生きているだけだった。
私とニーナがいた施設を運営していた企業は大して有名でもない、薬品の研究開発を行っていた会社で、既に関わった人たちは捕まり、会社は解体された事をニュースで知っていたから。
それが表向きに明かされただけの作られた真実だと知らされたのは、私が十二歳になった次の日だった。
私の世話をしてくれていた施設の職員に連れられて向かった部屋で待っていた執行部のスカウトの男が話した真実は、とてもではないが受け容れることが出来る内容じゃなかった。
解体された会社は私でも知っている様な有名な会社の系列企業で、実際に施設を運営し実験を指示していたのはその会社だったこと。
捕まった施設の職員の証言や、施設に残っていたデータや書類からもその事は確実で、関わっていることが明確になったその会社の人間も何人か拘束済みであること。
それでもその企業全体が関わっていた事を証明する程の証拠は手に入っていなくて、多少の損害を与えただけに終わったことを教えられた。
理解ができなかった、理解したくなかった。もしそれが事実ならお父さんとお母さんを、ニーナを殺した奴らが今も普通に暮らして、罪に問われることもなく生きてることになる。
空っぽだった心を憎しみが、怒りが満たして溢れた、心の底から殺意が湧いた。
私の異能を使えば人を殺すなんてあまりにも簡単だ、原形すら残らないほどバラバラに切り刻んて殺す。
そんな考えが頭を満たしていた時、スカウトの男が口を開いて言った。
「君が知りたいことも、やりたいことも執行官になれば実現できるかもしれない」
「直ぐには不可能でも、いつか罪を償わせる機会が必ずある」
私はその誘いに乗った。
初めからそのつもりだったのだろう、執行官は殉職率の極めて高い仕事だ、常に人員不足、優秀な異能を有している私は良い駒になる、見え透いていた。今考えれば、私を保護したこの施設だってそのための場所だったのだろう。
それで良かった。そっちが利用するつもりなら私も同じだ、ただ情報さえ手に入ればいい、あの施設とそれに関わっていた人間の情報、それだけの為に執行官になる。
復讐するべき相手がわかれば、そいつらを殺す、罪を償わせる時間なんて与えない、後のことはどうでもよかった。
─────
規定年齢の十五歳になってすぐに私は執行官になった、勉強をする時間も訓練をする時間も十分にあったから、試験を通過することは簡単だった。
そして執行官になり一月が経った頃、申請を出していた資料の閲覧許可が降りた。
資料のコピーや書き写しを行うことは禁止されていたから、内容を忘れないように、見落とさないように隅から隅まで目を通して行く。
そして私はニーナがまだ生きていることを知った。
あの日、現場に駆け付けた執行官の中に再生の異能者がいたことによって一命を取り留めたこと、その後は地方の病院に預けられたことが資料に記されていた。
ニーナが生きてる、また会える、また話せる、そう思ったらもう止められなかった。
資料をすぐに片付け、上司にニーナとの面会ができるように頼み込んだ。
ニーナがまだ執行部の保護管理下にあったこと、私が執行官で同じ事件に関わりがありニーナと面識があったこともあって、幸い許可は簡単に取ることができた。
ニーナと会えたらどんな事を話そう、また抱きしめてもらいたい、あの頃のようになでて欲しい、笑顔が見たい、声が聞きたい、あのきれいな目でまた私を見て欲しい。
ニーナが入院しているという病院に向かいながらそんなことばかりを考えていた、馬鹿な私は浮かれていたのだ、彼女の現状をよく確かめもしないで。
久しぶりに会ったニーナはベッドの上で点滴と生命維持のための機器に繋がれながら眠っていた。
身体は骨が浮くほどに痩せ細り、綺麗だった髪も酷く荒れていた。
一命は取り留めたものの何らかの薬物によって身体は生きていることが奇跡だと言えるほどに壊されてしまっていて、今のままでは目を覚ますことはないと、もっても後数年だと、医者に告げられた。
考えたくなかった。
もうニーナが目を覚まさない?
後数年で死んでしまう?
やっと会えたのに?
何か方法はないのかとうわ言を吐くように言う私に医者は、高位の再生や治癒系統の異能による継続的な治療を行えれば望みはあると言った。
だがそれには相当な金がかかる、ただでさえ再生や治癒系統の異能者は数が少ない、人を集めるにもかなりの権限が必要になる。
その日から私の生きる意味は変わった。
復讐心がなくなったわけじゃない、憎しみも怒りも失ったわけじゃない。ただそれ以上に、ニーナの方が比べられないほどに大切だった。
ニーナの治療を行うには今の私では資金も権限も足りていない、なら手に入れるだけだ、時間はない。
それから私はどんな仕事でも任務でも受けた。自身の階級よりも上の現場に同行できるように頼み込んだ。
都合のいいことに、執行部の人間は私に思っていた以上の期待を持っていたようで、より功績と経験を積みやすい実働部隊への異動も叶った。
大きな事件の解決にいくつか関われたこと、そして異能が領域支配型へと至ったことが決め手となって、私はたった一年で一級執行官まで階級を上げることができた。
一級執行官の振るえる権限と裁量は私の目的を叶えられるものだった。
ニーナを自身の保護管理下に移した、国内でも最高峰の医療設備のある病院に転院させ、そして最高位の異能者を複数人雇って治療を行わせた。
使うことなく貯め続けた資金はほとんどなくなったが、お陰でニーナの身体は以前とは比べ物にならない程まで回復した。
まだニーナは目を覚まさない、でも私に出来ることは全てやった、今も異能による治療は継続している。
だから私は待ち続ける、たとえ何十年と掛かろうと、ずっと、ずっと。
─────
閉じていた目を開いてニーナの胸から顔を上げる、時計を見れば面会終了の時間である二十時まで後五分といったところだった。
布団をかけ直して最後にもう一度ニーナの頬に触れて、反対の頬に軽くキスをした。
「ニーナ、いってきます」
私はいつもと同じ様に病室を後にする、いつか返事が帰ってくることを願いながら昨日も今日も、明日も。
【三宮澪奈/レーナ】
十六歳になった。
生きるのが辛い!苦しい!耐えられない!という状態だけど、今はニーナと復讐に縋ってなんとか生きてる。薬漬けだった割には身長は伸びた(166cm)、日頃の訓練でスタイルもいい。
【三宮仁奈/ニーナ】
十五歳になった。
治癒、再生系の異能による治療のおかげで身体はすこぶる健康。ただ劇薬投与からの瀕死、寝たきりのコンボでほとんど成長してない(145cm)。次話で起床予定。