四月の初め。
ようやく暖かくなってきた。S女学園の桜は綺麗に咲き誇っている。
私は今日からこの学園の生徒だ。
真新しい制服に身を包んで、私は心臓の高鳴りを感じていた。
全国の女子校の中でもかなりレベルの高いS女学園に憧れて、必死に勉強してきた日々を思い出す。
この場所で、勉強も部活も頑張り充実した生活を送るんだ。
私はそう決意し、入学式へと向かった。
****
入学式が終わり、私たち新中学一年生は教室に案内された。
黒板には、大きく書かれた「入学おめでとう」の文字があり、その下に出席番号順で振られた座席表が貼ってあった。
私は苗字が「淡島」だから、最初の方。
座席表を確認して、一番廊下側の前から二番目に座る。一番前じゃなかったことにとりあえずほっとした。
周りをそっと見渡すと、緊張した面持ちでじっと座っている人が多い中、隣前後で挨拶や自己紹介を始めているところもあった。前のペアが話しだすと、その後ろのペアも話しだす。最初は静かでぎこちない空間だった教室が、だんだんと賑やかになってきた。
しかし私は教室が騒がしくなるにつれて、不安な気持ちが膨らんでいった。気付くと、前のペアがもう打ち解けて笑い合っている。後ろからも声が聞こえる。
私も……話しかけないと。こういうのは、最初が肝心だ。そう思いながら、私は隣をチラッと見た。
隣の子は……さらに隣の子とすでに談笑していた。
私に完全に背を向けて。
私はそれを見て、視線を机へと落とした。
やっぱり、無理だ。こういうのが一番苦手。
初めましての人に話しかけるなんて、無理に決まってる。昔から私は、極度の人見知りだ。
この世界に一人だけ、取り残されたような感覚になる。
私は誰かに話しかけることを早々に諦めて、周りの喧騒を聞きながら机の上の配布物を眺めていた。
ようやくホームルームが終わった。
明日までに自己紹介文を考えておくように言われた。
せっかく憧れの学校に入れたというのに、初日から憂鬱な気分だ。
小学生の頃みたいに人間関係で失敗したくなかったのに、最初の一歩が踏み出せなかった。
……大丈夫だ、私。まだチャンスなんていくらでもあるはず。
そう自分に言い聞かせながら、席を立つ。周りの「また明日ね!」の声を聞きたくなくて、下を向いたまま足早にドアへ向かった。
しかし、廊下に出た瞬間
ドンッ
私は誰かと思いっきりぶつかってしまった。
「あっ、ごめんね!大丈夫?」
よろけながら壁に手をつくと、ぶつかった相手の子が声をかけてくれた。
「あ、うん、その……こっちこそごめん。ぶつかっちゃって……」
私はしどろもどろになりながら謝り返す。
今日は厄日なのだろうか。いいことが何もない。
「私は大丈夫だよ。……ねえねえ、D組?」
「え?あ、そう、だけど」
終わったと思った会話が続けられて驚き、私はそこで初めて相手の顔を見た。
……顔面偏差値たっか。芸能人……?
私が呆気に取られていると、目の前の美少女がパァっと笑う。
「だよね!同じクラスだ。私、湊本夜空。よろしくね!」
ちょ、笑顔眩しい……。なんだか恥ずかしくなり、私は若干目を逸らしながら頑張って言葉を返す。
「えっと、私は淡島千紘。よろしく……」
「千紘ちゃん、可愛い名前だね!」
「え?」
……そんなこと、初めて言われたな。
「……ありがとう。夜空ちゃん、も可愛い名前だと思うよ」
「ほんと?嬉しいな。珍しいは何回か言われたことあるけど、褒められたのは初めて!あ、それと、夜空でいいよ」
「あ、うん。じゃあ私も千紘でいいよ」
「うん!」
ふふっと微笑みながら彼女はそう言う。天使のような笑顔にドキドキしつつも、それにつられて私も口角が上がった。
その時、夜空の後ろから誰かが彼女の肩をポンと叩いた。
「そら〜お待たせ。帰ろ!」
「あ、ソフィ。うん、帰ろ!それじゃあ千紘、また明日ね」
「うん、また明日……」
夜空は私に笑顔で手を振ると、ソフィと呼ばれた女の子と帰っていった。私は手を振り返した姿勢のまま、しばらく二人の背中を見ていた。
……できた。友達。
しかも、あんなに優しくて可愛い子。
ソフィって呼ばれていた子もハーフなのか、すごく美人だった。類は友を呼ぶってこういうことか……。
『また明日』……さっきまで耳を塞いでいたこの言葉が、じんわりと胸に広がっていく。
……よし、明日からは私も頑張って話しかけよう。
いつの間にか憂鬱な気分は吹き飛び、明日を待ち遠しく思っている自分がいた。
思えば、この瞬間から
彼女に特別な思いを抱いていたのかもしれない。
****
四月の初め。
ようやく暖かくなってきた、ような気がする。
学校の桜は、結構散ってしまっていた。
春休みが終わり実に三週間ぶりの学校だが、別段特別な気持ちになることもない。S女学園は一応有名な進学校のため、高校二年生になる今年からクラスが文理で分かれたり、選択科目の授業が増えたりと大学受験に向けての準備が始まってくる。
(……同じクラスに友達がいるといいけど)
数少ない友達の顔を思い浮かべながら、私は教室に向かった。
****
(思ったよりギリギリだった……)
教室に入った瞬間後ろから新しい担任に急かされて、若干ドキドキしながら席に着いた。担任の先生は、毎年高二、高三を受け持っている受験に関してベテランの女先生だった。確か、少し天然がはいった人気の先生で、顔くらいは知っている。
「はい、えーと……学級委員さんまだ決まってないので挨拶は私がやりまーす。起立、礼」
「「「おはようございます」」」
「はーい、じゃあホームルーム始めますねー」
この学校で新年度を迎えるのは今年でもう五回目。先生に至っては何十年も繰り返したことだろう。ホームルームはテンポよく進んだ。
配布物を配り終え、次は委員決め。
学級委員に立候補した陽キャ二人によって、こちらもどんどん進行していった。私は仕事が多い委員はやりたくないので、進路委員とかいうよくわからない暇そうな委員に立候補しておいた。
そして、全員が全員希望の委員になれるわけもなく、当然人気のない枠は余る。今年は美化委員と放送委員が余ったみたいだ。
「うーんと、図書委員定員オーバーだからじゃんけんしてー」
「はーい」
「あれ、あと一人……ねーねー!まだ一回も希望出してないの誰ー?」
(さてと……私はもう決まったから始業式まで寝てようかな……)
そう思いながら私は机に突っ伏す。久々の早起きで、朝からずっと眠いのだ。どうせこのあとはもうやることもないだろう。
しかし、不意に聞こえた学級委員の言葉で私の眠気は吹き飛んだ。
「あ、湊本ちゃんか。委員どれでもいいの?」
(……え?)
私は慌てて起き上がり、教室の窓側の方の席を探す。
(あ……ほんとだ、いる)
ぼーっとしてたせいで気づかなかったが、夜空と中一ぶりに同じクラスになっていた。……いや、もう今は夜空なんて呼んだら馴れ馴れしいか。
湊本さんは頬杖をついて窓の外を眺めていた。相変わらず美少女で、その姿は本当に絵になる。
「じゃあ……湊本ちゃん放送委員で大丈夫?」
「……」
真顔のまま軽く頷く彼女。
……もう昔の面影がない彼女。
あの優しくて明るくていつもニコニコしていた湊本さんは、
あまり見ていると気づかれてしまうと思った私は、再び机に突っ伏す。
……考えないようにしなきゃ。
湊本さんと私はもう、他人なのだから。