さくらどらごん   作:灯火011

1 / 5
どこかの世界の、どこかの大地。

やさしく回る、世界があるそうです。


さくらのどらごん

 2月になるとスノードラゴンは大きく息を吸い込んで、ふう、と「ふゆのなごり」を風にのせる。

 

 その寒さは人々は体を震わせる。だが、その顔には笑顔が浮かび、人々はいよいよ春に向けて行動を起こし始める。

 

 ある人は作物の種を準備し、ある人は狩の準備を。ある人は帳簿とにらめっこをしながら商売の準備をし、ある人は今年の政を頭に思い浮かべる。

 

 都の人々は、冬の間に使い切れなかった食料や燃料を少しづつ少しづつ集め始める。生きて冬を乗り越えた喜びを祝うために、都は祭りの香りが立ち始める。

 

 そして、それはドラゴンも変わらない。冬の間、世界を楽しんだスノードラゴンは、次のドラゴンに季節を明け渡すように雪山のてっぺんで目を閉じた。

 

 入れ替わるように、一匹のドラゴンの瞼が開いた。ぶるり、と身を震わす彼女のもとに、「冬の名残」が届く。それに答えるように、彼女も、ふう、と息を吐いた。

 

 「はるのおとずれ」

 

 彼女の吐息は風に乗り、人々に、木々に、海に、空に、大地に春の訪れを告げる。

 

 草木は芽生え、人々は遊びに、仕事に外に繰り出し始め、国はさまざまな思惑を抱えながらの政を行い始め、人々の生活が、本格的に動き始める。

 

 気づけばサクラも咲き誇る3月。都が桜色に染まる。

 

 いよいよ、喜びの春の祭りが始まる。

 

 

 桜色のドラゴン。春のドラゴン。さくらどらごん。

 

 大きな羽を持ち、桜色の水晶のような透明感のある角と尻尾を持つ彼女は、人々から春の訪れとして崇められている。

 

 彼女は大きく欠伸をしながら、鼻を動かした。人の何倍も鋭いその嗅覚に、花の香がのる。眠気を飛ばすように羽を少し動かしてから、巣穴の外にのそりと足を踏み出した。

 

 ぶわ、と、巣穴から出た彼女の顔には桜の花びらがかかる。

 

 気持ちよさそうに。目を細めながら。全身でそれを感じていた彼女は、再び大きく息を吸い込んだ。当然、一緒に桜の花びらも彼女の体の中に吸い込まれていく。

 するとどうだろう。彼女の角や、尻尾に桜の花びらが浮かび上がった。満足気に彼女は再び、息を大きく吐いた。いよいよ、冷たい空気は果てに追いやられて、温かい空気が地上を満たす。

 

 そして、その頃。春のお祭りも最も盛り上がりを見せる。何せ、彼女が街に来る。人が好きな彼女が、街に来るのだ。

 

 

 ドラゴンは数あれど、その中でさくらどらごんほど人が好きなドラゴンは居ない。

 

 彼女は季節を変えた後、さっそくとその翼を大空に羽ばたかせた。目指すのは一番大きな都だ。大空を飛ぶ彼女の眼下には、緑が美しい草原や、さまざまな緑で覆われ始めた森が映る。

 

 そして、彼女の瞳に都が写る。さくらが咲き誇り、ピンク色に染め上げられ、そして、賑わいを見せているそれを見て、少し嬉しそうに唸りを上げながら、高度を落としていく。

 静かに着地…せずに、ずとん、と地面に落ちた彼女は、付いた土を気にすることも無く、静かに、都へと入る列に並ぶ。

 

 彼女は人間が好き。嫌われないように、ルールは守るのだ。たとえ旅人や門番が先に行ってくれと告げたとて、いやいや、私は後から並んだのだからと決して譲らない。

 

 そんな姿を見て、失笑をしてしまう人々がいるのが、この都のいつもの風景である。そして、彼女の姿を認めた門番が近寄り、告げた。

 

「その姿ではまちなかに入れませんよ」と。

 

 ああ、そうだ。人間の街はこの体で入っては壊れてしまうほど脆いのだと思いだした彼女は、ぐ、と腹に力を入れた。と、同時に彼女の姿が大きく縮む。そのあと、その場に現れたのは、人の形をしながらも、龍の尻尾と角を持つ少女。小さければ動きやすいし、街を壊すことがない。それでいて人が敵意を産まないぐらいの姿と研究した結果の姿だ。

 

 ただ、あんまり彼女は繊細ではない。どちらかというとズボラだ。飛んだ後の着地は基本落下と言えるし、人の姿になったとて、ドラゴンの特徴は消えてないし、そして、今は素っ裸だ。

 

 門番は慣れているのだろう、薄手のワンピースを着させていた。彼女もそれを大人しく受け止めている。尻尾が出しやすいように穴まで開いているあたり、これはもう、都では毎年恒例のことなのだろう。

 

 

 半日近く、都へ入るための列に並んだ彼女だが、無事に街中に入れたようだ。軽い足取りで目抜き通りを闊歩している。

 

 彼女の中では間違いなく人々に溶け込んでいるのだけれど、都の人々から見ればそんなことはない。大きな角、尻尾はそのままに、さくら色の髪を靡かせながら歩く彼女を見て、「さくらどらごん」が今年も都にやってきたのだ、と誰しもが思う。

 

 都では、「さくらどらごん」は縁起物。彼女の姿を見ただけでも一年幸運に過ごせるという話だし、彼女の歩いた道を歩けばご利益を得れる、などという話も囁かれている。『今年の彼女の散歩ルート』なんていう本が毎年売れに売れたりするのも、都の風物詩だ。

 

 だが、都の人も判っている。彼女は溶け込んでいるつもり、なのだと。だから、誰も突っ込まないし、どちらかというと微笑ましくそれを見つめている。知ってか知らずか、彼女ははたと一つの屋台の前で足を止めた。

 

「おや、お嬢ちゃん。何かお求めかい?」

 

 親父が「さくらどらごん」に話しかける。だが、周りから見ても彼女が親父の売る肉串に釘付けなのは火を見るよりも明らか。ふいに、彼女は一本の串を指さした。

 

「おにく、ください」

「あいよ。じゃあ、500だ」

「ごひゃく」

 

 もちろん、人間が好きな彼女。お金が必要なことは知っている。でも、今年も人間の街に行けるという楽しみのせいで、すっかりお金のことが雪山の彼方に消し飛んでいた彼女の背中に、ひんやりと汗が浮かぶ。

 

「…ごひゃく」

 

 確か巣には結構あったはず。どうしよう、取りに戻ろうかな。視線を揺らす彼女を見かねた店主は、苦笑を浮かべながら串を一本差し出した。

 

「サービスだ。次は持ってきてくれよ?」

 

 おずおずとそれを受け取った彼女は、これでもかと首を縦に振った。そして、彼女は頭がいいので、親父の屋台と顔をしっかりと覚える。来年は必ずお金を渡すと心に決めた。

 

「お金はない、けど、お礼」

 

 尾っぽの鱗を掴むと、パキ、と折り取った。そして、それを親父の目の前に置いた。さくらどらごんは頭がいいので、龍の鱗が高価で取引されていることはよく知っている。ただ、どこか抜けているので、人間のふりをしていることはすっかり忘れている。

 

「おや、こいつは…」

「さくらのうろこ。好きに使って」

「ありがとうな、お嬢ちゃん」

 

 親父は百も承知。素直に受け取って、笑顔で彼女を送り出した。そして、彼女はといえば。

 

「おいしい」

 

 もぐもぐと、肉の串を頬張る。肉汁溢れるそれは、この春の祭りのために潰された牛。新鮮な、しかし貴重なそれは彼女の味覚を見事に満足させていた。そして、その後方では、親父の屋台に並ぶ人々の姿が見えた。彼女は何せ縁起物。彼女と同じものを食えば、今年一年幸運に過ごせるという。

 

 しかし、はたと彼女は気づいた。おかねがない。それは、都の祭を楽しめないということと同じこと。

 

 どうしようかな。頭を悩ます彼女であったが、そうだと頭の上に電球が飛び出た。ウロコを売れば結構お金が手に入ると。確か去年も同じことをやらかしたなぁと一瞬考えたけれど、彼女は足早にある場所へと歩みを進めた。

 

 

「ほら、代金だ」

「ありがと」

「余りはどうする?貯金もできるが」

「好きに使って」

 

 たっぷりお金が入った袋を持って、彼女はホクホク笑顔で質屋を後にする。お察しの通り、ウロコを質に出したのだ。市場価格は1枚で10億ほど。ただ、持ちきれないので100万だけを貰った。余りは質屋の親父が来年の祭りの寄付金にすることだろう。今年の祭りの賑やかさも、去年の彼女の鱗が高値で売れたからに他ならない。

 

「さくらどらごん様々だ。ありがたや、ありがたや」

 

 彼女が去った質屋では、神棚に手を合わせる親父の姿。なにせ彼女は縁起物。訪れた店には幸運が舞い込むという話だ。それが証拠に、毎年のように彼女が鱗を質に出してくるこの質屋は、都でも有数の金持ちになることが出来ている。ちなみにであるが、毎年、お礼とばかりに都のありとあらゆる場所に100本近く桜を植えに植えて、桜色の都に仕立て上げた本人がこの質屋の親父だ。

 

「…きれい」

 

 それは彼女の目にも写り、満足気に目を細めている。そして、再び大きく息を吸い込んで、桜の花びらも一緒に吸い込んだ。

 

「きれい」

 

 すると、髪の毛や角、尻尾に、さくらの花びらが浮き上がり、そして、その色は更にさくら色を強くした。さくらどらごんは満足気に頷いて、待ちの大通りを再び闊歩し始めた。

 今度はお金の心配は無いので、片っ端から彼女はお店に興味を示していく。工芸品もあれば、食料もあれば、服もあれば、装飾品もあれば。揃わないものはないと言われる都の店々に、彼女の目は輝きで以って楽しさを表している。

 

「これなに」

 

 不意に、彼女は足を止めて、商品を指さした。

 

「あら、お嬢ちゃん。興味あるの?」

「ある」

 

 尻尾が少し楽しげに、左右に揺れている。もちろん、彼女は人間のつもり。だから店主のおばちゃんも、意識して尻尾を見ないようにしている。とはいえ、隠れるものでもないので、彼女の気持ちは周りの人間に筒抜けだ。

 

「ふふ。これはね、飴なの」

「あめ」

 

 言葉を発しながらも、彼女の目線はその飴にばっちり釘付けだ。それは、棒に刺さったいちご飴。いちごの周りをべっこう飴で固めたものだ。

 舐めてもよし。いちごを噛んで、しゃりしゃりと楽しんでもよい。

 

「甘い?」

「ええ。とっても。でも、いちごは少し酸っぱいの」

「すっぱい」

「そう。酸っぱい。甘くて、酸っぱい、美味しい飴よ?おひとついかが?」

 

 おばちゃんの笑顔に、彼女は視線を泳がせた。何せ彼女は頭がいいので、あんまりに釘付けになっていると可笑しいと気づいている。でも、そんな考えは、一瞬で雪山の彼方にすっ飛んでいった。

 

「ください」

 

 食欲にまさることは、何もない。

 

「ふふ。じゃあ、熱心に見てくれたお礼に一本差し上げるわ」

「ほんとう!」

 

 ぱあっと笑顔のさくらが咲いた。尻尾もぐいぐいと左右に振られて、彼女の気持ちをしっかりと表している。そして、おばちゃんが差し出したいちご飴を、両手で大切そうに受け取る。そして、早速、飴を口に含んだ。

 

「あまい」

 

 目を細めて、満足そうにつぶやく。そして、いちごを食べようと歯に力を入れた。ジャリ、と音がした。そして、彼女といえば。

 

「!」

 

 ぴょんぴょんと、その場で跳ね始めていた。尻尾と髪の毛が合わせて揺れる。

 

「おいしいかい?」

 

 おばちゃんの言葉に、彼女は頷いて答えていた。そして、あっという間にイチゴをくらい尽くして、ふたたびいちご飴に釘付けになっていた。どうやら、相当お気に召したようだ。

 

「とてもおいしい!」

「そうかいそうかい」

 

 おばちゃんが再び、いちご飴を手渡したのは言うまでもない。

 

 

 「さくらどらごん」が屋台を楽しむ風景が、毎年の風物詩になっているこの都の春の祭り。毎年始まりの時期は決まっているのだが、終わる時期は決まっていない。例年であれば桜が散りきる5月の半ば、しかし、長いと6月まで祭りは続けられる。

 祭りの終わりを告げるのは、「さくらどらごん」本人だ。とはいえ、はっきりと『終わりです』と告げるわけではない。春の祭りの終わりを告げるのは、彼女の露店めぐりが終わり、都を去るその時だ。

 

 彼女がやってきた都の正門。その先に、大きなさくら色のドラゴンが現れ、飛び去った後に、ああ、今年も夏がくるんだな。と皆が思うのだ。

 

 ちなみに余談ではあるが、飛び去ったときに巻き起きた暖かな風が、ウォーターメロンドラゴンを呼び覚まし、世界に息吹を吹き込み、季節を夏に変える。

 

 少し話は逸れたが、なぜ、春の祭りの終わりが決められていないのか。それには諸説あるものの、それはこの都の成り立ちとも関わっているらしい。

 

 昔、ここにあったのは小さな村だったという。それがなぜ都になるまで大きくなれたかといえば、その要因として大きいのが寄せ集めの人々が根ざしたこの土地が、豊かな黒色土壌であったことに起因する。耕して、種を植えれば、どんな穀物すらも豊かに育つ。そして、豊かに育った穀物は人を豊かにし、更に土を耕し、穀物が育ち、人が増える。そのサイクルを繰り返しに繰り返した結果、この都が出来上がった。

 

 そして、その影にいたのは、人が大好きな「さくらどらごん」。春になれば近くでそれを見守り、有害な害獣などを追い払い、時には知識を分け与えて村をどんどん大きくしていった、というのがこの都の伝承に残っている。

 

 実際は、人が大好きな彼女が、人が集まってきていたので、気になって近くで様子を伺っていたおかげで害獣が寄り付かず、そして、ズボラな彼女が雑に隠れていたために、森を切り開いていた人々に見つかって、びっくりしながらもちょっとずつ交流をしていただけなのだが。

 そして、王家はその時の村において、毎年「さくらどらごん」から様々な知識を得ていた末裔で、その宝物庫には「さくらどらごん」の鱗や牙で作られた農具や狩猟道具が大層大事に保管されている。

 

 春の祭りが都の歴史で初めて行われたのは、そんな最中の出来事であった。

 

 豊かになった人々が、ぜひこの都に「さくらどらごん」を招いて、お礼をしたいといったのが事の始まり。「さくらどらごん」は人が好きなので、それはもう喜んで、祭りに参加したという。

 そして、それは毎年の恒例になっていき、更に栄えた都においてはドラゴンの体では邪魔だろうと、人の姿になって、静かに祭りを楽しむようになったのが伝承で伝わっている話だ。

 

 だが、それがなぜ祭りの終わりが決められていない話に繋がるのか、疑問が浮かぶであろう。

 

 それは、人となった「さくらどらごん」が春の祭りを楽しむのが日常になってしばらくしたときのことだ。人の街が大きくなっていくと、祭りの規模も当然大きくなっていく。最初は1日程度で行われた祭りも、2日、3日、そして1週間、2週間と長くなっていった。

 そんなとき、王は思ったのだ。『流石に長いよね』と。春の祭りを楽しむは良い。しかし、それが長引いてしまうと、冬を越した国民の負担になるのではないのかと考えた王が、『祭りは一週間で終わりにしよう』とお触れを出した年があった。

 

 「さくらどらごん」はそんなこととはつゆ知らず。普通に人の姿となって祭りを楽しむ。

 

 だが、今年は一週間で祭りが終わってしまうと彼女が伝えられたとき。

 

「…おみせ、ぜんぶまわれない…」

 

 と、途方に暮れて立ち尽くしてしまった彼女を見た国の人々が、王家に直談判をしたのだ。「さくらどらごん」が悲しい顔をしていた。彼女が満足するまで、お祭りを続けさせてほしい、と。

 

 「さくらどらごん」としても、人が好きなので、このお祭りのすべてを見たいと思っているし、人々の顔を見たいと思っていた。だが、それができないとなると悲しくて仕方がなかったのだ。何せ、彼女は頭がいい。人の寿命が短いことはよく知っている。なので、毎年毎年、都の人々の顔を全部みたいと思っているのだ。あと、食べ物が美味しいので、全部のお店を周りたい気持ちも強い。

 王もちらっと市中に彼女を見に行って、その顔を見てしまった。『…なら、期限は決めずに騒ぐか。仕方ないな』と、即日、終わりを無くしたのは言うまでもない。

 

 ちなみに、彼女が去った後、翌年に向けての資金集めが盛んに行われる。もちろん鱗はその筆頭であるが、他にも売上の半分を積立金として収める国民の熱意たるや、相当なものである。

 

 そして、都を去った「さくらどらごん」も、季節を夏に明け渡して、深い眠りに付くのだ。故に、我々はまたこの一年、豊かに暮らし、来年の春を迎えて「さくらどらごん」とまた、お祭りを楽しむのだ。

 

 ―と、言うのが、都の人々の定説である。

 

 春の祭りを十二分に楽しんだ彼女が赴くのは、自らの巣穴ではなく、とある友達がいる別の都。シャクシャクと赤い果肉を食べるのが、毎年の日課である。

 

「美味しいかしら?」

「おいしい」

 

 さくら色の髪の毛を撫でながら、青色の角、青色の尻尾をゆらしているのはウォーターメロンドラゴン。2人共、人の姿で、海辺でのんびりとスイカを喰らうのが毎年の日課である。本来はドラゴンの姿で過ごししたほうが、体的にも楽なのが。

 

「すいか、おいしい」

 

 ドラゴンの姿だと、スイカが小さすぎるというズボラな理由で人の形になっている。小さなスイカを、長く、そして美味しく食べるためには人の姿が一番だとか。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。