さくらどらごん   作:灯火011

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 人間ってのは、俺等が考えるよりもよっぽど生命力がある生き物さ。

 なんてったって、この雪山でも、生きている奴らが居るんだからな。


ふゆのどらごん

 山道を一人歩くのは、「さくらどらごん」。大切そうに紙袋を抱え一歩一歩、死の山と呼ばれる世界で一番高く高くそびえ立ち、夏でも雪が溶けることがない山へと歩みを進めている。

 

「げんきかな。ゆきどらごん」

 

 少しだけ楽しそうに足を動かし続ける彼女のその脇を、冷たい風が通り抜けた。ヒュウ、と彼女の耳元に、冬の囁きが木霊する。

 

「ふゆ、だ、ね」

 

 気がつけばちらちらと雪が見え始め、彼女が吐く息も白い。彼女の角や鱗は茶色に染まり、まるで、冬を耐え忍ぶ桜の樹の様子を表しているようだ。

 

 

 スノードラゴンはのそりと巣穴から顔を出す。すると、どこか爽やかな、しかしさみしげな風が彼の顔を掠めていった。

 

『グア』

 

 唸り声を上げながら、スノードラゴンは巣穴から這い出て、その風を全身で受ける。なるほど、どうやら秋も終りを迎えたらしい。彼は息を思いきり吸い込むと、一気にそれを、世界の風に乗せた。先程まで爽やかだった風が、びゅうびゅうと、肌を刺すように冷たさを帯びていく。遠くの空では雲が雪を降らせ始め、遠くの海は氷をたたえ、遠くの国では全てが枯れる。

 

 とてもとても厳しい、人にとって乗り越えなければならない、冬が世界にやってきたのだ。

 

 彼の住処である死の山にも冬が来る。冬でなくとも一年を通して雪が降り続ける場所であるが、その雪は彼が世界を冬にしたせいでどんどんと強くなり、あっという間に猛烈な吹雪が当たり一面を覆い尽くしていた。

 両の目で、季節が変わったことをしっかりと見届けた彼は、満足そうに鼻息を荒げる。俺の季節がやってきた。そう言わんばかりだ。

 

 そして彼はその大きな翼を翻し、視界が全くない猛吹雪の中、悪天候をものともせずに一息に大空へと飛び立つ。真っ白なドラゴンが空を闊歩するさまは、きっと、人が見れば神々しさすら感じることが出来るだろう。

 しかし、彼は冬のスノードラゴン。彼が通り過ぎた場所では、木々には雪が張り付き、樹氷となり、滝は氷付き美しいオブジェとなり、生命の一切を許さないような世界が広がる。空には分厚く黒い雲が湛えられ、陽の光は一切届かない。故に、ここは死の山なのだ。

 

 と、その彼が、高度を落とし始めた。気がつけば嵐は収まって、天には満月が浮かぶ。そして、荒々しく地面に爪を立て、雪を巻き上げながら着地する。すると。

 

「お待ちしておりました。スノードラゴン様」

 

 死の山においてありえない、厚手の毛皮を着込んだ数名の、暖かな松明を持った人間が、彼の近くに立っていた。

 

「おう、生きていたか」

 

 ドラゴンは流れるように人間の姿に変化する。白髪の髪を湛えた、筋骨隆々な男性。それが、スノードラゴンの人の姿だ。

 

「無論でございます。この程度の雪、我らにとっては恵みに等しいものです」

「はは、そいつは結構。―さて、では今年も語らうとしようか」

「ええ、集落の皆が首を長くして待っております。スノードラゴン様」

 

 

 スノードラゴンは、他の春・夏・秋のドラゴンと違い、恵みを与える存在ではない。むしろ、奪う存在、という事が世界の人々の定説だ。それ故に、彼を慕う人間というものは、ほとんど居ない。そして、彼を称える祭りも、また、無い。彼自身は、それが当然と思っている。

 

「ささ、こちらへ」

 

 だが、慕う人間がほとんど居ない、ということは、言葉を返せば一部の人間は彼を慕い、彼のために生きているということに他ならない。

 それが証拠に、死の山には一つの集落が存在する。雪山に生まれ、雪山で育ち、そして雪山で死んでいく誇り高き人間の一派。

 

「ほう、これは見事な」

「ええ、今日のために、皆で狩り獲った獲物です」

 

 案内された家、というには質素な小屋。大きさは20名程度が入れるそこには、大きなクマや、うさぎといった動物の死体が置かれていた。

 

「本日は、山の守り神であるスノードラゴン様が要らしてくださったハレの日にございます。心いくまで、ぜひ、ご堪能ただければ」

「受けよう」

 

 どかり、とスノードラゴンはその小屋の上座に座る。すると、どこからともなく、十数名のこの集落の住民が集まり始め、小屋はあっというまに賑わいを見せていた。

 

「スノードラゴン様。息災でなによりでございます」

「おう。元気そうだな。その赤子は?」

「今年の夏に生まれた子です」

「そうか。無事に冬を越せること、祈っているぞ」

 

 スノードラゴンはそう言うと、赤子にふう、とやさしく息を吐く。冷たく、しかしどこか暖かなそれは、赤子の肌を撫でていった。

 

「これは…!ご加護を!ありがたき幸せ」

「何、この山での新たな生命だ。祝福ぐらいはさせてくれ」

 

 スノードラゴンは厳しさの象徴。しかし、この一族の間では、強さと、生命力の象徴。全ては冬を超えて芽吹く。その力強さに肖るのが、この人々の伝統だ。

 

「そういえば、スノードラゴン様。今年は、姉君は来られるのでしょうか」

 

 一人の男が、うさぎを捌き、鍋に肉を入れながらそう問いかける。スノードラゴンは頬を少しだけ緩ませた。

 

「さぁな。ただ、姉貴のことだ。鍋の匂いにつられて顔を見せるだろうよ」

 

 

 この集落の成り立ちは、よくある話。街や村、都に溶け込めなかった人々が、厳しいこの雪山ならば、だれも来ないだろう。静かに過ごせるだろうと肩を寄せ合い始めたのがその始まり。

 幸い、この雪山はドラゴンの加護のお陰なのか、動物たちは食うに困らない数が生息している。夏になれば少しの穀物も育つ。細く、細く、しかし、長い時間をこの場所で過ごした彼らは、時に都からの落ち延びた人々を吸収しながら、俗世と離れながらも集団生活を続けていた。

 

 そんなときだ。スノードラゴンがこの集落にやってきたのは。

 

 彼としては、なんのきなしに、といったところ。この雪山で人間がやたら長い時間、死なずに生きている。かれらの顔を見てやろう。それだけの簡単な気持ちで集落を訪ねてみたのだ。彼もドラゴンだ。人は、それほど嫌いではない。むしろ、好きな方なのだが、いかんせん、彼の寒さは人を遠ざける。

 だが、この集落の人々は、そんな寒さと厳しさの象徴であるスノードラゴンを見ても、驚きはしなかった。むしろ、感謝の念を述べてみせたのだ。

 

「故郷の守り神様。あなたのお陰で、我々は慎ましくも、幸せな日々を過ごせております」と。

 

 彼らにとって、数世代に渡って生活を営んだこの死の山は故郷。それを守るスノードラゴンは神にも等しい。その気持ちを受け取ったスノードラゴンは、素直に嬉しかった。

 

「ならば、冬になったらここに立ち寄ろう。そして、語り合おうではないか」

 

 スノードラゴンはそう提案し、集落の人々はそれを受け入れた。それから、この集落では、スノードラゴンが目覚めると、神の恵みである獲物たちを肴に、共に語り合う姿が当たり前になっている。

 

 

 ぐつぐつと囲炉裏の火にかけられた、くまとうさぎの野性味溢れる鍋を囲み、今年の一年を振り返る人々の話に、静かに耳を傾けるスノードラゴン。

 

「それでですな、この2人がようやく、ようやく春の頭についに結ばれましてな」

「我々もヤキモキしていたのですが、ついについにですよ。ドラゴン様もそう思われませんか?」

 

 にやにやと、ドラゴンに話しかける初老の男性。すると、ドラゴンもにやりと笑って言葉を吐いた。

 

「ああ、確かにな。お前らしばらく前から意識しあっていただろう。全く、冬になったら当てられていた身としちゃあ、ようやくかって話だぞ」

「ドラゴン様までそんな言い方をなさって!」

「仕方ないだろう。お前ら。毎年毎年、鍋の具を盛合っていちゃいちゃしていただろうに…」

「…気づいておられたのですか…」

「まぁなぁ。むしろ、全員気づいていただろ?な?」

 

 ドラゴンの言葉に頷く人々。話題の中心の二人は、顔を赤らめて黙ってしまった。それを見ながら、人とドラゴンは大いに笑う。

 

 と、その時だ。窓から満月が見えるその静かな夜に、どこからか暖かな風が吹く。建付けの甘いドアの隙間から入ってきたそれには、桜の花びらが乗っていた。

 

「おお、風に乗ってさくらの花びらが!これは!」

「ああ、姉貴が今年もやってきたらしい」

 

 ドラゴンの一言で、人々が色めきだつ。何せ、スノードラゴンの姉は縁起物。失礼があってはならないと、皆、佇まいを直していた。

 そして、その風から少しだけ間を開けて、コン、コン、コン。と、ドアをノックする音がする。

 

「姉貴、開いてるぞ」

 

 ガチャ、とドアが開けられた。

 

「きた」

 

 雪を頭に被せながら、ピンク色の髪の毛がさらりと流れる。しかし、その角と尻尾は冬の木々のように茶色の「さくらどらごん」が、紙袋を大切そうに抱えて、一歩、部屋の中に足を踏み入れる。それを見て、スノードラゴンは右手を上げた。

 

「おう、待ってたぜ」

「お待ちしておりました。「さくらどらごん」様」

「ん」

 

 そして、周りの人間は深々と頭を下げる。そんな彼らの間を自然に歩いて、スノードラゴンの隣へ座る。そして、紙袋をスノードラゴンに無造作に押し付けた。

 

「おみやげ。すいかの魚と、おいものお菓子。あとお茶」

「おお、こいつはありがてぇ」

 

 スノードラゴンは早速、紙袋の梱包を解く。そして、中を見てみれば、大きな魚の干物、羊羹、そして茶葉。この集落の人々全員分であろう量がしっかりと詰め込まれていた。

 

「しかもこの干物は出世魚か。この大きさならヒラマサってところか」

「ひらまさ」

「姉貴は知らねぇか?」

「しらない」

「おお、ヒラマサとは!」

 

 彼らの会話を聞いていた人々から驚きの声が上がる。「さくらどらごん」は不思議そうに首を傾げてから、スノードラゴンに顔を向けた。

 

「…みんなよろこんでる?」

「ん?ああ。姉貴は興味ねぇだろうが、この土地じゃあ魚ってのは高級品でね。特に海の魚っては貴重も貴重なんだ。ありがたいことよ」

「そう、なんだ。よかった」

 

 嬉しそうに、「さくらどらごん」は頬笑みを浮かべていた。なにせ、彼女は人間が大好き。喜んだ人々の顔で、自分も嬉しくなってしまうのだ。

 

「つーか姉貴よ。頭に雪が被ってるってこたぁ、人の姿で歩いてきたのか?」

 

 スノードラゴンの言う通り、「さくらどらごん」の頭の上には結構雪が積もっている。彼女は、頭に雪を乗せたまま、器用に首を縦に振った。

 

「うん。とんでくるとめいわくかける」

「ああ…そうか。姉貴、着地下手だもんな」

 

 彼女は頭がいい、のだけれど相当ズボラ。ドラゴンのままで飛んでくると、今までと変わりなく、この雪山でもドカンと地面に落下する。ただ、この雪山という条件では、その行為は非常に危険を孕んでいる。

 

「うん。ずどん、ていったら、ゆきがくずれる」

「はは、確かにな。気を使ってくれてあんがとよ」

 

 彼女が気にしているのは雪崩。大きな振動と、音を立ててしまうと、この雪山では容易に大きな雪崩が起きてしまう。小さな集落などたちまち消え去ってしまうことだろう。

 

「感謝致しますぞ、「さくらどらごん」様」

「ん、めいわく、かけたくない」

 

 人々の感謝の言葉に、首を横に振りながらそう答える「さくらどらごん」。ただ、未だに頭の雪はそのままだ。見かねた一人の女性が立ち上がり、頭の雪を優しく払い除けた。

 

「ありがと」

「いいえ。あと、寒いでしょうから、こちらをどうぞ」

「うん」

 

 彼女がドラゴンに差し出したのは、くまの毛皮の外包。よく手入れがされたそれは、手触りがよく、温かい。「さくらどらごん」も気に入ったのか、目を細めてその毛皮にくるまった。

 

「ぬくい」

「はははは。ったく、姉貴はいつも通りだな。で、姉貴。鍋は食うか?」

 

 スノードラゴンの言葉に、細めていた目を見開いて、彼女は大きく、力強くうなずいた。

 

 

 ぬくぬくと毛皮につつまりながら、「さくらどらごん」は木で作られたお椀に守られた、ウサギと熊の汁を啜る。野性味溢れる、と言えば聞こえはいいが、獣臭い汁であり、人によっては顔を顰めてしまうだろう。だが。

 

「おいひい」

 

 「さくらどらごん」はもぐもぐとそれを口に含んで、満足そうに頬を緩ませていた。どうやら、彼女の冬はこれを食べる事が一つの楽しみになっているらしい。それが証拠に、すでに、3杯目だ。

 

「お口に合ったようでなによりでございます。今、頂いた魚も炙っております故」

「うん。たのしみ」

 

 散々夏に食ったはずの魚なのだが、目の前で炙られると食欲が湧くというものだ。「さくらどらごん」は器用なことに、鍋を喰らいながら、その視線は干物に釘付けである。それをみて、スノードラゴンが思わず吹き出していた。

 

「姉貴。食い意地が張りすぎだ」

「…おいしいからしかたない」

「ふふ。沢山ありますからね」

 

 食い意地が張っているという自覚はあるのだろう、少しだけ頬を染めて「さくらどらごん」はそっぽを向いた。

 と、その時だ。視線の先に、先程スノードラゴンが息を吹きかけた赤子が見えた。確か、去年は居なかったよね、と「さくらどらごん」は思う。

 

「あのこは?」

「ああ…私の子です。今年産まれたんですよ。あちらで騒いでいる女の子、あれの弟になります」

 

 なるほどなるほど、「さくらどらごん」は頷いていた。この寒い冬山で、人々は命の火を繋いでる。「さくらどらごん」も、この村の人々の生い立ち、歴史はよく知っている。知っているからこそ、ひとつの想いがある。

 

 スノードラゴンと、この村の人々も混じり合って、大きなお祭りができたら、きっと楽しい。

 

 ただ、今の人間の技術では、冬を越えるのに精一杯。まだまだ、人間たちからは目が離せない。気長に、気長に。「さくらどらごん」はそう自分に言い聞かせながらも、お鍋のおかわりを5杯目。と、その時だ。不思議そうに「さくらどらごん」を見つめる瞳があった。

 

「さくら、って何?」

 

 先程の女性の子供が「さくらどらごん」と、彼女の風が運んできた桜の花びらを見ながらそう呟いていた。この集落は雪の山にある。そして、人々は都に行くことは殆どない。となれば、さくらを見たことがない人がいるのも仕方がないことだ。

 

「さくら、みたことない?」

「ない、です」

 

 女の子が頷く。ちらりと、「さくらどらごん」が部屋を見渡すと、頷く人々が半数近くいた。

 

「みんな、みたことない?」

「まぁ、そりゃあな。人の世界に馴染めねぇで集まって、何代も山で食いつないでいる連中だ。見たことの無いやつも居るだろうよ」

 

 スノードラゴンはそう言って、空になった「さくらどらごん」の碗に鍋の具を追加した。それを間髪入れずに啜りながら、「さくらどらごん」はひとつ頷いて、木のお椀を持ったまま、すっと立ち上がる。

 

「じゃあ、さくら、みせる」

 

 ふわりと、風が「さくらどらごん」を中心に巻き起こった。春を思わせるその風に、人々は心地よさそうに目を細める。

 

「そと、でる」

 

 さくらどらごんはドアを開け放った。

 

 

 「さくらどらごん」は、春風を纏ったまま、満月が湛えられた冬空の下へ歩みを進めた。周りには集落の人々、そしてスノードラゴンの姿も見える。

 

 本来ならば凍える寒さなのだが、「さくらどらごん」の力か、人々の周りには暖かな風が流れている。

 

「姉貴。どうやるんだ?俺の力で樹氷でも作って、その上に桜の花びらでも乗せるのか?」

「ちがう」

 

 そして集落の大きな空き地へと出たところで歩みを止めた。ここは夏の間に、集落の皆が集い、歌い、そして騒ぐ場所だ。

 

「桜の木、うえる」

 

 ほう、と数名の人々は関心したような声を上げる。「さくらどらごん」の加護があれば、そういうことが出来るのかと。

 

「姉貴。春の力を使っても、この雪山じゃあキツイだろ。桜の樹は流石に枯れるぞ」

「ん。でも、これは」

 

 彼女はそう言うと、おもむろに、自らの角に手をかけた。そして。

 

「枯れないさくら」

 

 ぽきり。と、簡単にそれを折ってみせた。

 

「なっ!?角が!?」

「ドラゴン様!?何を!?」

「きにしない」

 

 右往左往する人々に気にするなと言いながら、その自らへし折った角を雪の上へと突き刺した。そして、すう、と大きく息を吸い込んで、その突き刺した角に自らの、春の吐息を吹きかける。

 

 すると。

 

「…おお…!?」

「これは…!」

 

 雪に突き刺さった角が一気に空に向かって伸び始め、気づけば、大きな大木が出来上がっていた。

 

「しあげ」

 

 もう一度、彼女は息を吸い込む。少しの間息を溜める。ピンクだった髪の毛が、少しづつ、茶色に染まり始めた。

 

「ふう」

 

 そして彼女は息を吐く。春の息吹。さくらの花びらが舞い散るそれを桜の大木に吹きかけて見せれば、この死の山に、満開の桜が咲き誇る。

 

「さくら。できた」

 

 満足気にそう呟いた彼女の髪の毛は、茶色に染まり、さくらの幹と同じ色になっていた。

 

「これが、さくらだよ」

 

 呆気にとられる人々の中には、もちろんあの女の子の姿もあった。

 

 

 どうやらこの枯れない桜の樹は「さくらどらごん」と同じような春の息吹を持っているようで、この死の山と呼ばれる極寒の地においても、広場の雪が少し溶け始めるほどの暖かさを保っている。

 

「とくせいのさくら。これで、ふゆもあたたか」

「いや姉貴。俺の季節で何勝手やってんだ?」

「いいの。にんげんのため」

 

 むふーと、誇らしげに告げる「さくらどらごん」。スノードラゴンは仕方ねぇなぁと肩をすくめている。

 

「いやしかし、角が…」

 

 暖かさを感じながらも、人々はおそるおそると「さくらどらごん」の頭を指さしていた。茶色の角が半ばからぽっきりと折られている。その不安に答えたのは、肩をすくめていたスノードラゴンだ。

 

「別に気にすることはねぇよ」

「スノードラゴン様」

「俺らドラゴンは生命力が強いんでな。そのうち生えてくる」

「そういうもの、なのですか?」

 

 頷くスノードラゴン。心配要らないさと、軽く微笑みも作っている。

 

「うん。はえてくる。きにしないで。それよりも」

 

 辺りを見回しながら、「さくらどらごん」は笑顔でこう問いかけた。

 

「さくら、どう?」

 

 人々は顔を見合わせる。そして、みな一様に頷き、笑顔を見せた。

 

「とても。とても美しゅうございます」

「すごくきれい!」

 

 人々につられて、「さくらどらごん」もその顔が笑顔になる。

 

「そ、よかった。じゃあ、お鍋、おかわり」

 

 

 あたたかな桜を囲んで、再び鍋を喰らう人々とドラゴン。皆が笑顔で、たのしく語り合う。そんなゆるやかなひとときは、いつまでも続くような気がしていた。だが。

 

「んー」

 

 気がつけば、「さくらどらごん」が、船を漕ぎ始めていた。

 

「眠いのか?姉貴」

「うん。眠い」

「そうか。じゃあ、寝ていいぞ。俺が巣まで送ってやる」

「ん。じゃあ、ねる」

 

 コテン。そんな音がするように横になった彼女は、毛布にくるまったまま、寝息を立て始めた。

「ドラゴン様、おかわりは…あら、寝てしまったのですか?」

「ん?おお。姉貴は寝ちまった。こうなると、来春までは起きねぇよ」

「左様ですか。で、あれば。今宵の宴はお開きとまいりましょう。起こしてはいけませんから」

「悪いな。じゃあ、俺は姉貴を送ってくるわ」

 

 そう言いながら、スノードラゴンは東の空を見た。「さくらどらごん」の巣がある、東の空を。

 

「承知しました。スノードラゴン様。では、また来年、と言ったところですかね」

「おう。本当、いつも急で悪いな。料理、美味かったぜ」

「いいえ、いいえ。スノードラゴン様のご尊顔を拝めるだけで一年の英気を養えるというものです。また、いつでも、お越しください」

 

 そう言いながら集団生活の長が頭を下げると、集落の人々はあまねく、頭を下げた。スノードラゴンは軽く微笑むと。

 

「そうか。なら、また来年に来るとしよう。俺が言うのもなんだが、生きていろよ」

「勿論で、ございます」

「なぁに。今年からは、枯れない桜がある。今までよりは豊かに過ごせるだろう」

「ええ。感謝いたします。スノードラゴン様」

「礼は来年、姉貴に言ってくれ」

 

 

 姉である「さくらどらごん」を巣に送り届け、スノードラゴンは一人、天を見上げていた。澄んだ空には星が綺麗に輝き続け、満月がこうこうと辺りを照らし続けている。

 

「さて、じゃあ」

 

 ちらりと、「さくらどらごん」の巣穴に視線をやると、どこからか大きく、しかし、安心感を覚える寝息が聞こえてくる。

 

「姉貴が起きるまでの少しの間、冬を満喫するとしますかねぇ」

 

 ふう、と息を吐いたスノードラゴン。落ち着いたと思った天候が、再び荒れ始めた。

 

「まぁ、…ただ」

 

 その吹きすさぶ風と、打ち付ける雪をもろともせずに、スノードラゴンは凛と立ち続ける。

 

「出来ることなら俺も」

 

 少しだけ目を瞑り、冬山の彼らのことを思い出す。あたたかな彼らとの食事、あたたかな彼らとの会話が思い出され、スノードラゴンは思わず、頬が緩んでいた。

 

「姉貴達のように賑やかな祭りなんてもんを、いつかはあいつらと一緒に楽しみたいもんだ」

 

 そういいながら「さくらどらごん」の巣から飛び去ったスノードラゴンの背中は、ちょっぴり、寂しそうであった。




―the four seasons dragon

 四季を司るドラゴンの日常は、それからも長い年月を経ても変わらず続けられている。

 気がつけば、彼らがお気に入りの場所も、名前を変えた。

 「さくらどらごん」の都は、連合王国首都という名に変わっている。

 ウォーターメロンドラゴンの村は、連合王国港湾都市という名に。

 スイートポテトドラゴンの街は、連合王国商業都市という名に。

 スノードラゴンの集落は、連合王国山岳要塞都市へと、その姿を変えていた。

 
 そして、今年も。

 冬の季節を乗り越えて、世界で一番大きなお祭り。

 王国の設立記念祭がやって来る。

 「はるかぜのおまつり」がやって来る。


―そして、彼女もまたお祭りに合わせるようにゆっくりと目を覚ました。

 『さくらどらごん』

 彼女の本当の名は「ドラゴン」。世界で一番古いドラゴン。

 四季を旅しながら、世界を巡る彼女。過去に栄えたある都においては「四季のドラゴン」とも呼ばれていた。

 彼女のその鱗や髪の色、朗らかな性格から、ある時から人々は親しみを込めて「さくらどらごん」と彼女を呼ぶようになった。
 ただ、長い歴史の中で「ドラゴン」という名前は人々から忘れ去られている。

 好物は人が作った食べ物。
 好きなことは姉弟と会うこと。そして、人間の生き様を見守り、導くこと。
 
「いちごあめ、おいしい」

 そして、今日も今日とて、世界は彼女を連れて、歩き続けている。
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