蟷螂は蜂の様に踊る 作:秋津
輸送ヘリに吊り下げられ、私達は一路作戦領域へ向かう。機体のコックピットは基本的に静かで防音性の高い空間だが、何事も例外はある。その例外の一つ、無線機が短い雑音を発した後に言葉を発し始めた。
《作戦領域到達五分前です。重ねて作戦を確認します。今回の依頼人はリパブリック空軍、作戦内容は同輸送機の護衛です》
《はいはい分かってら!正規軍様も護衛につくが、その正規軍様と輸送機を狙うユナイテッドの対空システムやらUFがわんさかあるからそれを全部潰せ!あってるかオペレーター!》
無感情な女性の声の次に、それとは正反対の感情に満ちた怒鳴り声が耳をつんざく。正直に言うと、こういう直情的でやかましい人は嫌いだ。けれどコンビを組んだ…組まされてしまった以上、作戦が終わるまでは仲良くしないといけない。いや、仲良くはせずともせめて協調はしなくては。
《はい、その通りです。さすがは〈Codes〉ランクBⅡ、作戦ブリーフィングも完璧ですね》
《クソムカつくガキが……おい新人!くれぐれも俺様の邪魔だけはするんじゃねぇぞ!くたばるのは勝手だが、せめて俺様の役に立ってくたばりやがれ!》
「……了解、先輩」
前言撤回、こんなのと仲良くやるとか絶対に無理だ。同僚を踏み台か何かとしか思ってない。
小さく嘆息しながら、私は一週間前の事を思い出していた。
「よう、邪魔してるぜ嬢ちゃん。災難だったな」
ハイスクールから帰ってきて、家のドアを開けた私の耳に飛び込んできたのはそんな言葉だった気がする。気がする、というのは、この一週間が激動すぎてはっきりと思えていないからだ。
ショートとフリーズを繰り返す頭でとりあえず理解できたのは、私の母に莫大な借金があった事。そしてそれを私に隠していて、返済期限の今日になって蒸発したこと。
黒いスーツの人たちが言うには、母の借金は私が引き継ぐらしい。そして金額は、精しくは聞けなかったけれど、私が全うに一生働いても利子すら返せない額だと言う。
父が死亡した時に降りた保険金すら食いつぶしていたとは、呆れを通り越して笑いが込み上げてきた。この人たちの前で笑ったらどうなるか分からなかったから、笑いはしなかったが。
「でもなー、嬢ちゃんまだハイスクールにおんねやろ?ぶっちゃけな?おっちゃんらもこない外道な事言いたないねん。せやけどな?常識として借りたもんは返さんとあかんねん。それは分かってもらえるか?」
黒スーツの中でも一番人当たりの良さそうな人にそんな事を言われては、私は頷くしかなかった。なぜなら『今さっきその辺で絡んできたチンピラを2・3人殴り殺してきました』とでも言うような返り血でスーツとワイシャツが濡れていたからだ。下手に脅されるよりもよほど怖い。
「そこでや、嬢ちゃん。ちいと危険やが、うまく行けば借金完済どころか一発逆転大富豪の仕事がある。ハイスクールはいったん辞めてもらわなあかんけど、まあとっとと金返してもっかい入学したらええねん。どや、やってみる気ぃはあるか?」
選択権は無かった。あれよあれよという間に履歴書を用意され、黒塗りの車に乗り込み、気づいたらとあるビルの一室に来ていた。私の目の前には、スーツを着た狐のような男性がソファに腰かけている。
「んじゃ、そういう事で。いつも通り一割増で頼むぜ」
「ええ、分かっていますよ。毎度ご苦労様です。さて、それでは……ようこそ、我が『ギアーズ・PMSCs』へ」
それからはこの世界の常識を徹底的に叩きこまれた。
例えば戦争の歴史。第四次世界大戦で技術が確立され、以降量産化と発展が進められた大型機動戦闘機。正式名称は各社違うものの、それら全てひっくるめた通称を『
例えば世界の歴史。興隆と滅亡、吸収と分裂を繰り返し、この世界に存在する国は大別して四種。アメリカ合衆国を母体とし、南北アメリカ大陸を領土とする『ユナイテッド』。ロシア、ドイツ、中国などを母体とし、ユーラシア大陸を領土とする『リパブリック』。イギリスや日本、ニュージーランドにオーストラリアなどの島国を母体とする『インデペンデンス』。そしてそれらのどれにも属さない極国家、北の『アークⅠ』及び南の『アークⅡ』。アフリカ大陸は民族間の対立を建前としたユナイテッドとリパブリックの代理核戦争でめちゃくちゃになって、人類が住めるようになるには少なくともあと三世代は必要だ。
例えば私達傭兵のシステム。オペレーターさんが言っていた、〈Codes〉というシステムには、この世界にいるすべての傭兵……より正確に言えば、この世界でAFを使う人間『チェインド』が全員登録されている。SからFまでの11段階に分けられていて、私のような新人はランクF。そこからE、D、C、BⅡ、BⅠ、AⅡ、AⅠ、SⅢ、SⅡ、SⅠと上がっていく。もっともランクSⅢ以上はある種の異常存在のような畏怖と敬意を受けており、普通の人間ならば一生のうちにランクAⅠまで行けば御の字だそう。そしてそんな『普通の人間』の範疇を飛び出した異常存在は、ランクとは別にこう総称されるらしい。Distortion────歪み、と。
《作戦領域に到着しました。これより作戦を開始します。》
《ロイヤル・ハリヒア、『ハイコンテンツ』!出るぞ!!》
今日これまでを思い返して現実逃避をしていたら、いつの間にか到着していたらしい。死にたくはないが、金を返さないわけにもいかない。しょうがない、可能な限り死なないように立ち回ることにしよう。この機体だって今日受領したばかりの新品……とは言えないが、かなり綺麗な中古品だ。いつかは死ななければいけないのだとしても、せめてもの生きた証として、少々のカスタムくらいはしてから死にたい。
「榊ア……じゃない。ヒメノプス・コロナトゥス、えー……LC1022、行ってきます」
〈パイロット認証、完了。メインシステム、索敵モード〉
ヘリコプターから切り離されて、物々しい音と共に着地する。あのやかましい先輩はとっとと先に行ってしまったらしい。つい本名を口走りそうになったのを咄嗟に抑えて、コールサインを宣言してからのそのそと移動を開始する。
ヒメノプス・コロナトゥス。いわゆるハナカマキリ。綺麗な花に擬態して、近づいてきた蜂を喰らう凶暴な虫。私もそうありたいと、そうなりたいと思ってこの名を付けた。とはいえ今のこのザマでは芋虫かそこらが関の山だろうが。
《ヒメノプス・コロナトゥス、もしよろしければ私がAFの操縦をレクチャー致しましょうか》
「あー、お願いします。最低限移動方法くらいしか知らなくて」
《承知しました。ではまず、ロイヤル・ハリヒアが既に戦闘を開始していますので、そこまで向かいましょう。ひとっ飛びに》
ひとっ飛び、とは。通信を聞く限りじゃ冷静沈着で堅物そうなオペレーターさんも冗談なんか言うんだ、などと余計な思考を巡らせつつ、AFの足を動かし続ける。景色がほとんど変わらないから本当に虚無だ。オペレーターさんもそんな私を見かねて声をかけてくれたんだろうが。
「私も一応そう思って移動してるんですけど。あの先輩やたら速くありません?」
《彼の機体、『ハイコンテンツ』はあなたのLC1020シリーズと違って軽量二脚というカテゴリの機体ですから。それにブラストも活用していますし》
「ブラスト?」
《戦時緊急加速装置、通称ブラストです。緊急と名はついていますが、現在では緊急時に使用される事の方が稀です。長距離の移動、回避行動、回り込み、その他さまざまな用途に対応しており、推進剤の続く限り行えます》
「なるほど。それで、そのブラストはどうやれば?」
《両足のペダルを同時に踏み込んでください。つま先を倒すのではなく、足裏全体で押し込むように》
「足裏全体で……押し込むよう、に゛ッ!?」
文字であらわすのなら、ドヒュウ、というような。全身がシートに押し付けられる加速度を感じつつ、木々や小さな建物を薙ぎ倒しながら私の機体は地表すれすれをすっ飛んでいく。
《進行方向はペダルの押し込み具合で細かく制御可能です。ただし、モニター上部に映っているインジケーターが赤くなったらスラスターの推進剤が不足しているサインです。一度ブラストを切って再充填してください》
「りょう……っか、い……!」
《今頃来やがったか。遅ぇぞクソ新人!先輩だけにやらせる新人がどこにいる、あァ!?》
「っ、く……すみません。操縦に手古摺りました」
《けっ、使えねぇガキだ》
〈メインシステム、戦闘モード〉
《それと、基本的に対空システムやUFからの攻撃は無視しても問題ないかと。AFにはAAフィールドという、簡単に言えばバリアのようなものが搭載されていますので。ただし同じAFの攻撃は何度も防げるわけではないので、過信は禁物です》
「なるほど……了解です」
モニターに表示されたブラストのインジケーターが推進剤の不足を示す赤色に切り替わったのと同時に先輩の機体がいるエリアに到着。ブラストを解除し、ガリガリと地表を削りながら慣性で滑る。無防備に建物の陰からのっそりと顔を出した小型機、つまりUFに右腕のライフルを数発連射。力なく崩れ落ちたそれにもう興味はない。対空システムのミサイルを小刻みなブラストで回避しつつ、対空砲の小口径弾はフィールドで防御、その上で接近して踏みつぶす。まだぎこちないものの、何とか戦える程度には動けているらしい。
戦っていて気付いたが、ここは対空システムよりもどちらかと言うとUFの方が多いらしい。AFに比べて倍以上小さいから、無人機と有人機の見分けはすぐにつく。
《ヒメノプス・コロナトゥス、あと一分でリパブリックの輸送機が当空域を通過します。可能な限り対空システムの排除を。それが終わればミッションは完了です》
「了解」
簡潔に一言で返事を返したものの、どうも嫌な予感がする。誰かに見られているような気がする、と言い換えてもいい。気持ち悪い感じがどうにも拭えない。それなのに、レーダーを走査しても反応は破壊したUFと対空システムのものしか返ってこない。
《こちらロイヤル・ハリヒア、対空システムの掃除は終わった!俺様は帰ガガッザ──────》
「……先輩?何かありましたか?」
《ロイヤル・ハリヒアの反応、消失!?ヒメノプス・コロナトゥス、警戒を!》
「りょ、了解!」
〈メインシステム、索敵モード〉
あのやかましい先輩が、死んだ。それを噛みしめる間も、恐慌状態に陥る暇すらなく、えらく焦った様子のオペレーターさんに促されて索敵モードに切り替える。依然としてレーダーに反応は無し。
ふとモニターに目をやると、映る風景に一瞬の光が映った。
ぞわり、と総毛立った。あれはヤバい、絶対にヤバい。右足を強く、左足を弱く踏み込んでブラストで勢いよく左にスライドする。次の瞬間、私が背を向けて立っていた廃ビルに大穴が開いて崩れ落ちた。
「何あれ!?」
《超長距離射撃です!威力からして、恐らく叢雲重工製の
「多分当たったらヤバいやつですよね!」
《重量級AFが装甲で固めても当たり所によっては一撃です、中量二脚のLC1020シリーズではどこに当たっても木っ端微塵になると思ってください!AAフィールドは意味を成しません!》
〈システム、戦闘モード〉
「だったら今すぐ撤退を!」
《……そうしたい所ですが、今のままでは輸送機、ヒメノプス・コロナトゥス共に追撃を受ける可能性大、撤退は不可能です。敵AFを撃破してください》
私より早く落ち着きを取り戻したらしいオペレーターさんが、あまりにも無慈悲な事実を告げる。つまり私が死ぬか、向こうが死ぬまで帰れないという事だ。お互いに。
《…………この回線で聞こえるか、AFのパイロット》
渋い男の声が、通信回線に割り込んできた。十中八九、今のスナイパーだ。突然の事態が発生しすぎて、脳が思考することをコンマ数秒放棄した。考え始める前に脊髄が体を動かし、またブラストで今度は斜め右に。すると今度は私が立っていた場所と、さっきと同じように回避していたら私が居たであろう位置をそれぞれ弾丸が駆け抜けた。それをチリチリと背中で感じながら、全速力で前方……射撃地点に向けて加速する。
《今のも避けるか。まぐれでは無いという事だな。手練れか?》
「あいにくと、今日が初任務ですが!?」
《にわかには信じられんな。新人相手でワタシが三発も外すとは》
《ヒメノプス・コロナトゥス!直ちに上昇を!》
オペレーターさんの指示通りに全力で上昇すると、今度はおそらくマシンガンの弾幕が横薙ぎに元居た場所を襲った。
《今のも駄目か!いや凄まじいな!自己紹介が遅れた、ワタシは〈Codes〉ランクAⅡ、
声の男、リンタオロンはテンションが上がっているようだが私はそれどころじゃない。文字通り死ぬ気で回避しながら突き進んで、また回避。対空システムやらを潰しているときオペレーターさんに武装の説明を受けたけど、今使えそうなのは何もない。右腕のレーザーライフル、左腕の実体ブレード、右肩のレドーム、左肩のミサイルポッド。ミサイルはこの距離で撃ったとて有効打にならない。ブレードは射程距離まで近づかなければ使えない。レドームは論外。
《敵狙撃地点まで残り5km。あと少し近づけば、ミサイルがロックオン可能になります》
「少しってどれくらいです!?」
《あと2kmほど》
「長いな……!」
《では諦めるか?》
「すいませんが、今死ぬのは御免でしてね!死んでくれると助かるんですが!」
《そういう訳にもいかん。ワタシも仕事でね》
ガギャアン!!という派手な音で、回避し損ねてどこかに敵の弾丸が当たったと分かった。私が生きているという事は、AFは無事だ。でも軽く見回すと、ライフルのグリップ以外が吹き飛んでゴミになっていた。
1つ舌打ちして、左腕のブレードを展開。左右に不規則な回避を続けながら、必死に接近する。今の一撃でエネルギーシールドも吹き飛んだ。悠長にリチャージを待っても、終わるころにはきっと鉄の混じったミンチになって地面にへばりついているだろう。
《敵狙撃地点まで残り3km。ミサイルロック、可能です》
「レーダーにも映った、ロックオン!全弾発射、ミサイルポッドパージ!」
《おっと、これはまずいね》
白煙の航跡を残してミサイルが着弾する寸前に、右腕にスナイパーライフルと左腕にガトリングを携えた逆脚の機体が飛び出してくる。あれがシックルクロウか。廃ビルの陰に隠れて何回目かの推進剤の再充填を済ませ、またブラストで加速する。ここまで近づいてガトリングを撃たれれば、私の機体は一瞬でハチの巣にされるだろう。考えている暇などない、私の機体に残された武装は実体ブレード一本のみ。これで蹴りをつけるしかない。
《敵AF接近!》
《殺すには惜しい腕だったよ、お嬢さん。
「舐めんなぁぁぁぁぁ!!」
やけにゆっくりと時間が進んでいるように感じた。シックルクロウの左腕に装備されたガトリングの回転も、目で追えるほどだ。残り500m。瞬間的にブラストで弾幕を回避。残り300m。ブレードを振りかぶる。残り200m。ガトリングが空撃ちを繰り返す。残り100m。吸い込まれるように、ブレードをコクピットブロックに突き立てた。残り……0m。
《敵AF、シックルクロウ撃破……》
ぽつりと呟くオペレーターさんの言葉で、今度は時間が一気に加速するような錯覚を味わう。無意識に呼吸も止めていたようで、ゼェハァと荒い息を繰り返す。
「……勝て、た?」
《おそらくは。周囲に敵影を確認できず。これより回収に向かいます。そして、おめでとうございます》
「はい?」
《今この時をもって、あなたは正式にギアーズ・PMSCsのチェインドとして、そして〈Codes〉のチェインドとして認められました。社長からのお言葉もお預かりしております》
「社長、ってあの狐みたいな人ですよね」
《はい。再生します》
[───ヒメノプス・コロナトゥスこと榊アンズさん。試験突破、おめでとうございます。わが社の所属となったとは言え、これからの傭兵生活を鎖につながれるか、自由となるかはあなたの腕にかかっています。願わくば、あなたが新しい風でありますように]