蟷螂は蜂の様に踊る 作:秋津
あまりにも波瀾に満ち溢れた初戦から帰還し、今私が居るのは旧日本、埼玉エリアにあるギアーズ・PMSCs社の移動拠点『Gears of War』の第106ハンガーだ。ここには左腕部実体ブレード以外の武装を失った私の機体と、腰から上が吹き飛んだ『ハイコンテンツ』、そしてコクピットブロックに深い傷を負った『シックルクロウ』が鎮座している。だと言うのにまだハンガーには余裕があり、あと二機程度なら問題なく収まりそうだ。
ついでに言うとオペレーターさんも私の専属になって、ここに常駐するらしい。正確には私のAFを運ぶ大型輸送ヘリのパイロットである宮形カエデさん、同じくパイロットの神楽スミレさん、オペレーター兼整備士の玉串キョウコさん、同じくオペレーター兼整備士の高槻アオイさんの四人が常駐する。
先輩……元先輩の使っていたハンガーにそのまま収まった形になるから、神楽さんと高槻さんは書類上はあの人の所からの移籍、という形になっている。あの下品男から解放してくれてありがとう、とまで言われてしまったが、こんな時私はどんな顔をすればいいのだろうか。第一印象が最悪でメーターが嫌いの方へ一瞬にして振り切れただけで、別に死んでほしかったわけではないんだが。
まあ、それはともかくとして。
「ヒメノプス・コロナトゥス、初任務お疲れさまでした。これよりデブリーフィングを開始します」
ハンガーの隅に、こぢんまりと佇む小部屋がある。ここは本来AF出撃時に整備士が入る退避室だが、今回の様にブリーフィング・デブリーフィングに使う事もある。要するに小型の会議室だ。デブリーフィングの進行はオペレーターさん、こと玉串キョウコちゃんだ。こんなにも冷静沈着なのに私より年下だと聞いて、驚いて腰を抜かすかと思った。
「今回の契約はUF一機撃破につき50
「……とんでもない額ですね」
1Crは現在のレートで10万
……そのメールの最後に、チェインドを辞める際の契約解除金についても書かれていたが……5億Crも貯めるには、いったいどれだけかかるのやら。
「そういえば、なんであのAFのパイロット……リンタオロンは私のAFと通信できたんですか?」
「データベースの検索をかけたところ、彼はもともと我が社のチェインドでしたが、リパブリック・マーセナリーズからの勧誘で移籍したようです。彼の機体にはまだ我が社の周波数が登録されたままだったのでしょう」
「……どうせ先輩になるなら、あっちの人のほうが良かったな」
「まあ、その気持ちは理解できます。ちなみに、ロイヤル・ハリヒアの方は味方を肉盾にしてのし上がってきた典型的な利己主義者でした。どう高く見積もっても、実力はC程度が関の山でしょう。しかしそれでも実力は申し分ありません。それを容易く葬ったリンタオロンに打ち勝ったヒメノプス・コロナトゥスのジャイアントキリングがより異質さを増しますが」
それに関しては全く反論できない。と言うより、私だってまさかやれるとは思っていなかった。我武者羅に動いていたら、いつの間にか勝っていた。何をバカなことを、と思われるかもしれないが、事実そう言うしかないのだから仕方がない。
「……ん?ちょっと待ってください、リパブリック・マーセナリーズは確かリパブリックお抱えのPMCですよね。それこそ、正規軍と同じ扱いの。それがどうして、リパブリック空軍の輸送機護衛任務を受けた私たちを狙うんです?」
ふと気になった事を聞くと、キョウコちゃんは何度か視線を空中に彷徨わせて言い淀んだ後、ため息を一つついて話し始めた。
「……あの輸送機には、リパブリックにとって不都合な人物が載っていたのでしょう。その証拠に、輸送機はリパブリックの領空で、自国の保有する対空システムの“誤作動”によって撃墜されたそうです。主な犠牲者は軍縮路線を訴えていたリパブリックの財務担当大臣や、彼の派閥に属する交通担当大臣などです。リパブリック正規軍、及びリパブリック・マーセナリーズ社の発表では、対空システムの奥底に眠っていた未発見のバグによる不幸な事故だった、と」
「つまり、政治的なパフォーマンスに巻き込まれたって事ですか……」
「そうなります。彼らにとっては、ヒメノプス・コロナトゥス、およびロイヤル・ハリヒアには死んで欲しかったようです。護衛に失敗して撃墜された、という名目も立ちますから。それと、その……たった今、リパブリック正規軍の総司令官よりメールが届きました」
基本的に無表情を崩さないのに、苦虫を噛み潰したような渋い顔のキョウコちゃんに見せてもらったタブレット端末では、こんなメールが開かれていた。
[幸運な新人チェインドへ
まずは護衛任務の完遂ありがとう、と言っておこう。我々の記録によれば、あの戦闘地域にリンタオロンは居らず、破棄されていた彼の機体を帰還中の君が偶々発見し、義理堅くも我々に連絡を寄越した、となっている。この記録が間違いないと確認してくれれば、初任務達成の祝い金として追加で5万Cr差し上げよう
今後の君の活躍を心から祈っている
リパブリック正規軍 総司令官
リパブリック・マーセナリーズ社 社長
「これって、つまり……」
「口止め、及び脅迫ですね。喋ったら命は無いぞ、と。返信はどうしますか?」
「……『確認した、こちらの記録とも相違ない』でお願いします。喋らないだけで狙われるリスクが無くなって、金も入るならそれに越したことはありませんから」
「わかりました、ではそのように」
「先輩と敵のAFが私の物になるんですか!?」
「そうなります。ハイコンテンツは機体の損傷が激しく、鹵獲できたのは脚部フレームと左腕武装であるインテグレート社製ショットガン『PulsarNGC 1952』のみですが、リンタオロンはコクピットブロック以外の損傷がほとんどありません。そのため、右腕武装の叢雲重工製スナイパーライフル『
ところ変わって、と言うよりブリーフィングルームから出て、今はハンガーの足場を伝って私の機体を上から見下ろせる位置にいる。ビルの三、四階くらいの高さで、組み換えが簡単で取り外しやすい簡易的な手すりと足場に命を預けるのはなかなかな恐怖だ。正直シックルクロウと戦った時より怖いかもしれない……が、それはそれとして。
「え、っと……どうしてです?普通は会社の資産になるのが筋だと思うんですが」
「シャチョーさん、あんま金儲けに頓着してる風には見えないっすからねー。ヒメちゃんみたいに借金してる子抱え込んだりしますし。あーしらみたいに普通の仕事に就けない人間拾ったりとか」
「ひ、ヒメちゃん?」
左耳につけているインカムと右耳から同時に入ってきた声に、思わずハトが豆鉄砲を喰らったような顔をしてしまった。そんな私を見て、ツナギを着て健康的に焼けた小麦色の顔をオイルまみれにした高槻さんがハイコンテンツの上でけらけらと楽しそうに笑う。その高槻さんは無人工作機械なんかを使いつつハイコンテンツの解体作業中だ。宮形さんと神楽さんは輸送ヘリの整備中。
「ヒメノプス・コロナトゥスなんて長ったらしいの、キョウちゃんじゃあるまいし毎度毎度言うのは無理っすよー。なんなら、あーしの事もアオちゃんとかでいいっすよー?多分あーしのが年上だと思うっすし」
「誰がキョウちゃんですか」
《えー、カワイイじゃん!じゃあ、ウチはカグちゃんとかスーちゃん?》
《作業中だぞ、真面目にやれ》
《ぶー!ミーちゃんのケチ!》
《猫か私は……》
《じゃあ、かーちゃん!》
《神楽の母親になった覚えはない!》
……しまいには私達をほっぽって、ヘリ組はきゃいきゃいと姦しくなってしまった。
さっき高槻さん、もといアオちゃんさんが言っていた『普通の仕事に就けない』というのは、私以外の全員が身体の一部または全身を機械に置き換えているからだ。
アオちゃんさんはチェインドだった時に、味方からの誤射で左半身と内臓の一部を、
《こほん。まあとにかく、パーツ類に関してはそういう規則だから、としか言いようがないな。要らないパーツは売り払ってクレジットに変えるのもアリだと思うぞ》
「ふむ。そういえば、今あるパーツってどんなものなんですか?売るにしろ使うにしろ、把握しとかないとどうにも……」
「では、説明しましょう。まずはヒメノプス・コロナトゥスの機体であるリパブリック・マーセナリーズ社製中量AF、LC1022から。頭部パーツの『LC1022-H』、コクピットブロックの『LC-1022-C』、腕部フレームの『LC-1022-A』、脚部フレームの『LC-1022-L』、ブラスト用スラスターの『LC-1022-B』、ジェネレーターの『LC-1022-JⅡ』、左腕武装の杭州工業製実体ブレード『
そこまで一気に喋ってから、キョウちゃんは目を伏せて口ごもる。何かまずい事でもあるんだろうか。とはいえ、あれで初戦闘をした私からするとなかなか扱いやすい機体だったように思う。少々動きにラグはあったものの、変な動きをするわけでもなし、特に問題点は無かったような、と思い返していると、また通信と生声が。
「ヒメちゃん、LC1020シリーズのLCって、どういう意味だと思うっすか?」
「意味……ですか」
LCと言われても……Low-Costくらいしか浮かばない。でもまさか人一人の命を預けるAFで、安さ最優先なんて馬鹿げた設計思想で作られたものがあるはずないだろう。何かもっとそれらしいものに違いない。
「正解はLow-Cost。安いんすよ、他の会社のAFと比べても、圧倒的に。ジェネレーターだって自社で作ってるのはリパマーぐらいっすから。その代わり出力は最下位とブービーを争うレベルで貧弱、ブラストの加速力はカス、操縦性は群を抜いて最悪、装甲なんかあって無いようなもん。ほんと奇跡っすよ、ヒメちゃんが生きて帰ってこられたの。あれ正直言ってほぼ粗大ゴミっすもん。」
前言撤回、このAFを作った会社はクソバカだ。そしてこんなAFで任務に出させた社長さんもクソバカだ。いや、分かっている。私はそもそも負債持ち、そんな私に無償でAFを供与してくれた。いい人なのだろうとは思うがそれにしてもバカだ。イカれてる。借金を回収したいのかしたくないのかどっちなんだろうか。
「……まあ、そういう事です。私としても、龍之鱗と繋ぎ用のコクピットブロック以外は売却をお勧めします。続いてハイコンテンツですが、メテオライト社製軽量脚部フレーム『RL19134-L』、及びインテグレート社製ショットガン『PulsarNGC 1952』のみが鹵獲できました。コアブロックと右腕部フレームも欠片程度に残ってはいたので、こちらは金属屑として売却手続きを進めておきます」
「リンタオロンは色んな所のパーツが組み合わされてんすよね。頭部は狙撃用頭部パーツの代名詞、叢雲重工製『
「……ほあー」
《ちょいちょい、一気にぶわーって言いすぎ。ヒメちゃんアホになっちゃってんじゃん》
情報の濁流を必死に整理して、なんとか脳みそをフリーズから復帰させる。とはいえ口頭の簡単な説明だけではイメージもつきにくいし、かといってずっとアオちゃんさんが言う所の粗大ゴミを使い続けるわけにもいかない。ここはひとつやってみることにしよう。
「アオちゃんさん、今から私の機体のカスタムってできますか?」
「カスタムっすか?できなくはないっすけど……その前に、ヒメちゃん。コクピットブロックも替えた方がいいって事、忘れてないっすか?」
「あ……でも、AFなんてどこで買うんです?」
「そりゃ勿論ショップっすよ。じゃなきゃカスタマイズなんてできないっすからね。つーわけで、諸君!」
アオちゃんさんは持ってたレンチを工具箱に放り込んで、にっと笑った。
「オンナノコらしく、ショッピングの時間っすよ?」