恋姫奇譚   作:乾燥海藻類

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第七話 閉幕

あの日からずっと、俺は嘘をついてきた。

嘘の名前、嘘の経歴。

毎日に退屈していながらも、異世界転生など望むほどガキではない。それでも――

 

「少しは面白かったでしょう?」

「苦労の方が多かったがな」

 

俺がそう答えると、道士服の青年はクスリと笑った。

里の出入りは厳重に監視されているはずだが、目の前の青年はいきなり俺の前に現れた。

あの少女、周幼平のように気配が薄いのではない。しないのだ、人間の気配が。

 

「もう察しているかもしれませんが、あなたをこの外史(せかい)に送ったのは僕です」

「……なぜ?」

「ヒマを持て余した神々の遊び……というやつですかね」

「神を気取るか」

 

青年が眼鏡をクイと押し上げる。その何気ない仕草に、背筋が冷たくなるのを感じた。

 

「比喩的表現ですよ。まあ気に入らないのは理解できます。日本人は食事の前に感謝の言葉(いただきます)を口にするみたいですが、本気で家畜を想っているわけではないでしょう? 僕とあなたの関係はそんなものですよ。謝罪をするつもりもありませんが、気のすむまで殴ってくれてかまいませんよ」

「そう言われると、殴る気も失せるな」

「意外と冷静ですね。もっとこう、詰め寄ってくると思いましたが」

「見境をなくすほど子供じゃない。俺の前に現れたってことは、何か用があるんだろう?」

「……理解がありすぎるというのも考えものですね」

 

青年がつまらなさそうに呟く。

 

「管理者としての責任を果たしに来ただけですよ。あなたが望むのならば、元の世界に戻してあげましょう」

「……あれからかなり経っているが、向こうの時間はどうなっているんだ?」

「ほとんど経っていませんよ。昼休みが終わっていないことは保証しましょう」

 

ああ、そういえば俺は、昼飯を食った後にこっちに来たんだった。それを知っているということは、本物か。

 

「……考える時間は貰えるのか?」

「二年くらいならかまいませんよ。それ以上経つと、あなたの魂が世界に定着してしまうのでね。戻るのが難しくなってしまいます」

 

思った以上に猶予があった。いきなり消える可能性はなくなったとはいえ、戻っていいよと言われると、決断できないものだな。

いや、悩むということは、そうなのだろう。向こうに家族でもいれば戻ったのかもしれんが、意外にも俺は、コンビニもないこの不便な世界を気に入っていた。

 

「わざわざ来てもらって悪いが、戻るつもりはない」

「そうですか。まあ想定の範囲内です。ならば、もう僕たちが会うことはないでしょう。最後ですし、質問があれば答えてあげますよ」

「では、北郷一刀も俺と同じなのか?」

「同じ年代から来た日本人という意味では同じですが、完全に同じというわけではありませんね。アレは特異点なので。僕は手を出せませんが、あなたが出す分には……いや、これも間接的な関与になるのか。面倒ですね」

 

青年がブツブツと呟きだす。北郷一刀と因縁でもあるのか? そう考えると、やはり詠に不問にしろと言ったのは正解だったかもな。

別に同郷だからという理由ではない。俺は別に誰が天を騙ろうがどうでもいいし。だが北郷一刀に手を出すと、今度は曹操が反逆しそうなんだよな。

それよりは恩を売っておいた方がいい。それに未来の知識を活用すれば、曹操も出世しやすいだろうし、辺境から治世の能臣の力を見せてもらうさ。

 

「さっき、俺がいた世界とこの世界は時間の流れが違うような発言をしたな。俺はこっちに転移してきたわけじゃないんだろ? あっちの世界が数分しか経過していないとしても、俺はこっちで数年分の年を取っている。そのまま戻れば、色々と不都合だ。ならこの体はなんだ? ここは夢の世界か?」

「ああ、あなたは本当に勘がいい。その体はこっちが用意したものですよ。じゃないと、気が使えるのはおかしいでしょう?」

「……どこにでも行ける(ドア)の思考実験を思い出したよ」

 

あれを初めて読んだ時は、背筋がゾワッとしたな。

 

「原子分解して再構築するアレですか。アレとはまた違うんですけどね。まあ、細かいことは気にしないのが長生きするコツですよ」

「じゃあこの世界は何なんだ?」

「哲学的な問いですね。正史と枝分かれした世界。人の想念が創り出した世界。三国志であって三国志じゃない世界。あなたも気づいていたんでしょう? いるはずの人間がいない。いないはずの人間がいる」

 

青年の言う通り、年齢が合わないのだ。史実の諸葛亮は、黄巾の乱の時点では三歳前後だった。表舞台に出てくるのはずっとあとのことだ。劉備とは親子ほど年が離れていたってのは有名な話だ。

 

「要するに物語の世界ですよ。漫画とかゲームの中、と言い換えてもいい」

「随分と俗っぽくなったな。じゃあなにか? この世界で生きる人間はAIだのNPCだのと言うつもりか?」

「……ここで心が揺らぎますか。やはりあなたは面白い。ゾンビ論法について語り合うのも一興ですが……」

 

一拍おいて、青年は続ける。

 

「まあ、人間ですよ。体もあれば心もある。斬れば血が流れるし、殺せば死ぬ。決して甦ることはない。この世界ではね」

「……この世界では?」

「今度は多元宇宙論ですか? まあやめておきましょう。すべてを説明するには一週間はかかるでしょうからね。五分前説は埒が明かないし、やはり哲学を語るのは面倒ですね。あなたがこの世界を異常と感じるのは、あなたがこの世界の人間ではないからですよ。あなたには異常に映っても、この世界に生きる人々にとっては正常なんです。だってこの世界は、そういう風に創られたから。けれど、あなたにとっては間違いなく現実ですよ、ここは」

 

未だに言語が日本語で、文字が中国語ってのは納得できないけどな。まあ言語が中国語なら、最初の時点で詰んでたけど。

そういう風に創られたから……か。納得するしかないようだな。話しているうちに、少しは落ち着けた。

 

「それに……この世界が精巧に創られた仮想現実(ヴァーチャルリアリティ)仮想空間(メタバース)で、その体がアバターだとしても、あなたに真贋を見極める(すべ)はありません。真理の扉を開き、世界の真実を()るには、管理者(カミサマ)になるしかない。あなたも来ますか? こちら側に(・・・・・)

 

感情の読めない冷たい声音。全身から体温が奪われていくような、ケツの穴にツララを突っ込まれた気分だ。

 

「……なんてね、冗談ですよ。まあ、あまり深く考えない方がいい。世界がどうであれ、あなたという存在だけは間違いなく本物です。あなたはここにいる。そして、ここにいることを選んだ」

「我思う、故に我在り……か。ならば、カミサマにとってこの世界はどういうものだ?」

「神社を焼かれて困るのは神官であって神じゃない。賽銭を貰って喜ぶのは神官であって神じゃない」

「つまり、どうでもいいってことか」

「そうなりますね」

「あとは……そうだな。注意事項というか、禁止事項みたいなものはあるのか?」

「ありませんよ。好きに生きればいい」

 

随分とあっさりしてるな。まあカミサマもいちいち人間に構っていられないということか。

 

「最後にひとつ、アドバイスしましょう。公平と平等は、愛ではあっても恋ではない。特別な誰かを作るということは、言ってしまえば差別ですからね。けれど、それが人間のすばらしさだと、僕は思います」

「どっかで聞いたような言葉だな」

「それはそうですよ。名言というのは心に残るものですから。あなたが真名という風習(システム)を良く思っていないのは知っています。真名は信頼の証として交換されることが多いですが、逆に言えば信頼していない相手とは交換しないってことです。庶人ならそれでいいかもしれませんが、立場があるとそうもいかない。でもねぇ、市長が市民全員の名前を知っているわけではないし、社長が社員全員の名前を知っているわけでもない。あなたは部下を差別しないために、一貫して真名を交換しないようにしていましたね。それが不信に繋がらなかったのは、あなたの威徳かもしれませんが……」

 

見てきたように言うものだな。まあ、見てきたのだろうが。

 

「あなたにとって真名は重要ではないのですから、いっそのことバラまいて利用すればよかったのでは?」

「好きじゃないんだよ、そういう……信頼を(もてあそ)ぶようなやり方は」

「ふふっ、やはりあなたは面白い。洛陽の一件で少しは妥協したみたいですね。良い傾向だと思いますよ。あなたを長年慕っていた劉岱や王忠などは、真名を呼ばれた時、感涙にむせいでいたでしょ? この世界に生きる人間にとって、真名はそれくらい神聖で重要だということですよ。おっと、これは余計なお世話でしたかね。まあ、これ以上はやめておきましょう」

 

ズレかけた眼鏡を押し上げながら、青年はレンズ越しに俺の目を見つめてくる。

 

「さて、そろそろさよならです。ラ・ヨダソウ・スティアーナ」

「……ああ。エル・プサイ・コングルゥ」

 

青年は消えた。煙のように、霧のように、あっさりと。

そして、静寂だけが残った。

しかしなんというか、カミサマという割には俗世にまみれたような印象だったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詠から書簡が届いた。

冀州の制圧には成功したが、袁紹は取り逃がしたらしい。

なんでも――

 

袁紹を追い詰めた曹操は雷に打たれて撤退。

袁紹を追い詰めた公孫賛は土砂崩れに巻き込まれて撤退。

袁紹を追い詰めた霞は竜巻に吹き飛ばされて撤退。

 

なんだこりゃ。袁紹は異能生存体か? それとも雷公鞭と土竜爪と打神鞭でも持ってるのか?

まあ本拠地は制圧できたし、野に下ったなら……いいのか? まあ賞金首にしたのかもしれんが、そこまでは書いてないな。

 

袁術の首は無事洛陽に届けられたらしい。いや、無事というには少し語弊があるな。

敗北を悟った袁術は、館に火を放って自害した。そんなわけで、首は見れたものじゃなかった。そんなものを皇帝に見せるわけにもいかず、詠は顔をしかめたのだとか。

だがまあ、袁術の死亡は確認できた。

孫策は続けて荊州を攻めるようだ。

 

とその時、執務室の扉がノックされた。

入室を許可すると、入ってきたのは緑飛だった。

 

「頭領にお会いしたいという方がお見えです」

「商会はもうおまえに任せたんだから、好きにすればいいぞ」

「いえ、会頭ではなく、頭領にお会いしたい、と」

 

ほう、珍しいな。名前は……聞き覚えがないな。

金髪の姉妹一行ねぇ。なんだろう、猛烈に嫌な予感がしてきたぞ。

 

「名前は変えておりますが、袁紹ですね」

「……なるほど」

 

袁紹!? なぜ袁紹がここに……逃げてきたのか? 自力で冀州から脱出を?

なかなかやるじゃない。でもなんでここにきたんだよ。とち狂ってお友達にでもなりにきたのか?

 

「ふん縛って洛陽に送るか?」

 

俺がそう言うと、緑飛はにこやかに笑った。

 

「普通の者ならばそうするでしょうね。しかし、頭領は違うのでしょう?」

 

なんだその意味深な笑顔は!? 俺が普通の者じゃないみたいじゃないか。窮鳥懐に入れば猟師も殺さずってか?

バレたら絶対面倒なことになるだろ。彼女は袁紹ではない、で通じると思ってるのか?

 

「……姉妹一行と言ったな」

「はい。妹の方は、袁術でしょうね。彼女はほとんど表に出ないため、確信はありませんが」

 

おいィ? 生きてるじゃねーか! 誰だよ「死亡確認!」とか言ったやつ。ダメじゃないか、死人はちゃんと死んでなきゃ。

いや、袁術は公的には死んでるから、別に受け入れるのは問題ない。張角と同じパターンだし。

問題は袁紹だよ。ああ、メンドくせぇ。まったくもうだよ、まったくもう。

 

つーかなんで会おうとするかね。普通に庶人として暮らせば良いのに。

……ああ、金か。人間ってのは因果なもので、一度上げた生活レベルはそう簡単には落とせないのだ。

 

「まあ、とりあえず、会ってみるか」

 

そこで暴言とか吐いてくれないかな。そうすりゃ理由ができる。まあ所詮は元名家。普通に見下してくるだろう。

ふふふっ、ならばウィットに富んだ会話でも楽しんでくるか。

俺は応接室に向かって歩き出した。

 

 

 




というわけで完結です。
評価・感想・誤字報告ありがとうございました。



以下どうでもいい裏話。

最初は本編だけパパパッとやって終わるつもりでしたが、ちょっと説明不足か? と思って書いたのが閑話でした。
といっても最初は朱里&雛里が主人公(商人)を選んだ理由と、華琳が主人公の思惑に気づいて、業腹ながらも合わせることにした心情の二編だけでした。
残りは、予想外に反響があったので、ノリと勢いで書いたものです。結果的にはちょっとくどかったかもしれませんね。

オチは最初から決まってました。プレイヤーを左慈じゃなくて于吉にしたのは、左慈は設定上の性格が冷酷非情なので、一刀くんを問答無用で殺しにかかりそうな上、こんなゲームには付き合わないと思ったからです。
袁紹と袁術も、最初は普通に逆賊として処分するつもりでしたが、恋姫ってそんなサツバツとした世界じゃなくね? と思い、救いのある終わり方にしました。

あと管理者の目的なんですが、ぶっちゃけ作者もよく分かってないです。
卑弥呼と貂蝉が外史の安定。
于吉と左慈が外史の破壊。(北郷一刀の抹殺を含む)
みたいに考えてます。
また外史は増え続けているみたいなので、彼らは終わりのない戦いを繰り広げている……はず?
なので趣を変えて、こんな遊戯を試してみたという感じです。

あと勝敗についてですが、今回の一刀くんは魏ルートなので、魏が建国しなければ于吉の勝ちになります。
ただ貂蝉は一刀くんが幸せならOKという感じなので、実質貂蝉の勝ちですね。

最終話の前半部分は、自分でもなに書いてるんだろうと思いながら書いてました。管理者って何なんでしょうね(哲学)
ではでは、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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