恋姫奇譚   作:乾燥海藻類

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後日談 蒼天を翔る

郭嘉、字を奉孝。早世の天才。曹操がその才を愛し、惜しんだ軍師として有名だ。赤壁の戦いに敗北した後、郭嘉がいればこんなことにはならなかったと曹操は零したという。

おまえそれ荀彧の前でも同じこと言えんの?

 

曹操からのお手紙を持ってきたらしい。その護衛として一緒に来たのが徐晃だ。汜水関にはいなかったよね? と訊いたら留守居を任されていたらしい。

徐晃を温存するとか舐めプかな? いや、あいつもあいつで敵が多いからな。間違った判断とも言い切れない。

とりあえず手紙を読もう。

 

……ふむ。なんかぁ、曹操が司空になったらしいっすよ。

ぶっちゃけ麗羽を取り逃がしたから昇進はなしになるかと思ったら、そんなことはなかった。

まあ曹操が取り逃がして、公孫賛が仕留めたというなら曹操の評価も下がるのだが、公孫賛も霞も取り逃がしているからそうはならなかった。

曹操を叩くと、公孫賛と霞も叩くことになるからだ。それよりは天変地異を自在に操った袁紹ヤベェってことになったらしい。

 

この時代は迷信や呪術・妖術が信じられてる時代だからね、仕方ないね。むしろ麗羽が、自分は天に愛されていると勘違いしなかったのが珍しいくらいだ。部下が諫めたのかもしれないが。猪々子はともかく、斗詩と真直は迷信とか信じない現実派みたいだったし。

 

話を戻そう。司空というのは三公の一席で、国家の土木工事や建築事業を担当する職だ。現代だと国土交通大臣みたいなものだな。

囚人の管理なども行うが、これは囚人を動員することが多いからだ。

 

わざわざ俺に報告する必要なんてないと思うが、どうやら俺が曹操を推挙したことになっているらしい。詠に曹操は自由にさせずに重職に縛り付けておけと言ったからかな。

あと、例の策の発案者だとも知ったようだ。なんか含みのある文面で礼が書かれていた。

まあ別に口止めはしてなかったから、誰かから聞いたんだろう。意外と朱里かもしれん。あいつはなにかと俺を持ち上げようとするからな。

 

手紙の最後には、麗羽をよろしくと書いてあった。

意外と気にしてるんだな。いや、絶対にそこから出すなよ、という意味だろうか。

よし、麗羽に曹操が気にかけていたと伝えて、手紙を書かせよう。

 

まあこれで曹操もおとなしくなるだろう。あいつは中途半端に権限を与えて、中途半端に自由にしておくから変なことを考えるのだ。重職に縛り付けて中央に置いておくのが一番いい。

読み終えた書簡を机に置く。そのタイミングを待っていたのか、郭嘉から質問が飛んできた。

 

「失礼ですが、閣下はどちらのご出身でしょうか?」

「大秦帝国(ローマ帝国)の(ほう)だな」

 

消防署の方から来ました的な詐術っぽいが、出処不明の不審人物よりはマシだろう。ローマなら確かめようがないしな。

閣下なんてがらじゃあないんだが、まあ堅物そうだし、わざわざ訂正するほどのことでもない。

 

「大秦……ですか。数々の発明品はその見識からでしょうか。相当の地位にあらせられたのでしょうね」

「知識は誰にも奪われることのない唯一の財産だからな」

 

下手に天の国から来たなんて言ったらヤバいことになるかもしれんしな。(うち)には妙に俺を神聖化しているやつが少なからずいる。黄巾の乱という信者が暴走した前例もある。ちょっとしたリスクマネジメントだ。

最初の頃は笑ってごまかしていたんだが、皇帝に質問されてはとぼけるわけにもいかない。この場で聞いてきたということは、郭嘉の耳までは届かなかったようだ。

 

「それが私を生かしてくれた。どれだけあっても邪魔になることはない。そう思うだろう? キミも」

「……ええ。そうですね」

 

郭嘉もまた知に生きる者だ。俺の言葉を聞いて、柔和な笑みを浮かべた。そして、核心に切り込んでくる。

 

「風の噂で聞いたのですが、空飛ぶ船を建造していると?」

「仮に空飛ぶ船があったとして、どうなると思う? 郭奉孝」

 

俺がそう問うと、郭嘉は顎に手をあてて考え始めた。

しっかし空飛ぶ船なんてどっから飛び出してきたんだろうな。あの三人に熱気球のミニチュア模型は見せてやったが、船なんて単語を口にした覚えはない。

みんなが想像しているのは、海に浮かぶ船がそのまま空を飛ぶ姿なのだろうが、さすがにそれは無理だ。

 

「そうですね。大きさや高度にもよりますが、戦の様相は大きく変化するでしょう。高所からの一方的な射撃。籠城兵に物資を届けるのも容易になります」

 

ここで交易とか開拓が出てこない辺り、軍師の発想っぽい。乱世とはここまで人の心を荒ませるのか。

暗い……あまりにも……。

 

つーか一刀くんは熱気球くらい作れないのかね。温めた空気を袋に集めるだけだし、構造自体は単純だ。ただ現代の熱気球と違って、火災の危険はある。高度には気をつける必要があるだろう。

そして、世に出すタイミングにも注意しなければならない。鐙と同じだ。構造自体が簡単だから、すぐにパクられる。

特許? 知らない子ですね。

 

そんなことを考えていると、徐晃がずいぃっと前に乗り出して来た。

その目はキラキラと輝き、まるでサンタクロースの実在を信じる子供のようであった。

眩しい……あまりにも……。

 

「空飛ぶ船は、ある?」

「そんなものはない」

 

と答えると、徐晃は目を丸くして、しょぼーんと項垂れた。

 

「だが、空を飛ぶための翼はある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなわけで俺たちは山にやってきたのだ。

 

「今日は……風が騒がしいな」

「はい。それにこの風、少し泣いています」

 

ふむ。言われてみれば、確かに少し湿り気を感じる。雨が近いのかもしれん。しかし泣いているとは、風雅な言い方をするものだな。ならば合わせてやろう。

 

「それは悲しくて泣いているのではない。嬉しい時だって泣くだろう」

「えっ……」

「急ごう。風が止む前に……」

「……ハッ」

 

さすがに完全初心者の徐晃をいきなり飛ばせるのは危険なので、今回は二人乗り(タンデム)で飛ぶ。

おっさんとくっつくのは嫌かもしれないが、ここは我慢してもらうしかない。

徐晃と一緒に職人たちから注意事項を聞く。当然俺は知っているが、確認の意味もある。

 

さて、ここらでパラグライダーとハンググライダーの違いを説明しておこう。

パラグライダーはパラシュートを使って飛ぶのだが、飛ぶというよりはゆっくりと落ちるといった表現の方が近いかもしれない。

対してハンググライダーは、パラグライダーよりもスピード感があり、自由度も高い。まさしく飛んでいるという実感が得られる。ただし、操作がなかなかに難しく、習熟に時間がかかる。

 

白いタキシードを着た怪盗マジシャンは自由自在に操っていたが、あそこまでの域に達するには、かなりの修練が必要だ。

そもそもあのサイズのハンググライダーは現実的じゃないけど。

単純に空を飛ぶだけならパラグライダーの方が良い。準備も操作も楽だし。

だが移動として考えた場合、やはりハンググライダーの方が優れている。

 

「準備完了です。いつでもどうぞ!」

「よし、出るぞ!」

 

(パワー)を翼に! トゥ、トゥ、ヘァー!

タイミングを計って崖から飛び降りる。一瞬の浮遊感。ハンググライダーは上昇風を掴めるかどうかで滞空時間が大きく変化する。この日は崖に正面から風が当たって、上昇風が発生している。つまり崖沿いに飛べば無限に飛んでいける。

 

やはりこのスピード感は病みつきになりそうだ。だが器具がギシギシと鳴っているのが怖い。何度か飛んではいるが、やはり慣れない。

前の趣味が高じて構造は把握していたが、材質が違う。うちの職人たちが優秀とはいえ、空中分解する可能性は十分にある。

まあ落下しても気で身体を強化すれば死ぬことはあるまい。おっと、連れの様子はどうかな? いきなり気絶ということもあり得るが……。

 

「徐晃殿、平気かね!」

「飛んでる! 飛んでる!」

 

平気そうだった。むしろメッチャ興奮状態だった。

 

「あれ! 人! 馬! 小さい!」

 

なぜカタコトに? 興奮しているのは分かるが。

 

「徐晃殿、あまり暴れないように!」

「わかった!」

 

初っ端からわーわー言うとる徐晃には申し訳ないが、そろそろ折り返し地点です。手元のレバーを操作して旋回する。

 

「回った! 景色! 逆! 面白い! あははははっ!」

 

よく分からんが面白いらしい。つーかテンション高ぇな。

徐々に高度を落としていき、着地点である練兵場に着陸する。

その後、もう一回もう一回とせがまれた。

 

ビビッて気絶することはなさそうだな。これなら一人で飛ばせても大丈夫か。

徐晃はかなりハンググライダーを気に入った様子で、滞在中のほとんどを飛行訓練に費やしていた。何度か落下もしたようだが、さすがに猛将のようで大怪我はしなかった。

三日も経てばだいぶ慣れたようで、洛陽まで郭嘉とタンデムで飛んで帰ると言い出した。郭嘉が全力で首を横に振ったのでお流れとなったが。

さすがに洛陽まで飛んでいくのは無理だろ。いや実際にやりもしないで無理と言うのはよくないな。やってみたら意外といけるかもしれん。俺はやらないけど。

 

欲しい欲しいとごねるものだから、曹操に貸しを作る意味でも一機くれてやった。整備には気を配れと言ったが、真桜(まおう)なら大丈夫、と返事が返ってきた。

誰だよ、と思ったが、李典のことらしい。李典って功績の割に地味なイメージなんだよな。影の功労者というか縁の下の力持ち的な。

あと楽進と張遼と不仲だったってことか。でも技術者キャラのイメージはないな。まあこの世界ではちょっと違うんだろう。

そして、徐晃が毎日飽きずに空を飛んでいる間、俺は連日郭嘉に絡まれていた。

やめてよね。本気で論戦(けんか)したら、俺が郭嘉にかなうはずないだろ。あんまりしつこいと俺の怒りが有頂天だぞ。

 

「孔明殿も士元殿も、とても閣下を敬愛しているように見受けられました。知らないことはない。なんでもご存知だと」

「なんでもは知らないよ。知っていることだけだ」

 

朱里と雛里はまだ洛陽にいる。詠が手放してくれないようだ。脱出する機を逃したとも言える。さっさと曹操を生贄にして帰ってこい。間に合わなくなってもしらんぞ!

あいつの下には荀彧がいるし、たぶん程昱とかもいるだろ。郭嘉、おまえもさっさと帰って曹操の手伝いをしなさいよ。返事はもう書き終えて渡しただろ。

 

「里では武卒制を採用していると聞きました」

「そうだな」

 

武卒制とは天才軍事家呉起が魏の国で推し進めた士卒選抜の制度である。戦いは数だよ兄貴、という常識に真っ向から対立した少数精鋭主義で、当時においては斬新な発想だった。この制度をもって、魏軍は当時最強国だった秦を圧倒した。

別に狙ってやったわけじゃないけどな。個人的に徴兵が嫌だっただけだ。無理矢理兵士にしても士気は上がらないし、訓練にも身が入らないだろう。

だから里には志願兵しかいない。いわゆる兵農分離ってやつだな。

 

「優れた将は通常部隊だけを頼りにせず、精鋭部隊を使いこなすことで勝利を収めることができると孫子は説いています。閣下の十傑集も相当の猛者であると伺っております」

 

そういえば曹操も虎豹騎という精鋭部隊を持っていたな。だが十傑集とか俺が言い出したことじゃないぞ。いつの間にか出来てたんだ。誰だよそんなの作ったの。序列も知らんうちに決まってたし。

せっかくだから十傑集のイカしたメンバーを簡単に紹介しておくか。

 

序列十位、王忠

工作部隊隊長。というのは表の顔で、裏では情報探知統括の長でもある。主に諜報を担っているが、そんなたいしたことはやってない。里に攻めてくるやつなんて賊か役人か異民族くらいだからな。

 

序列九位、呼廚泉

羌渠(きょうきょ)の次女で、ここが気に入って住み着いている。匈奴のゴタゴタがある程度落ち着いてから移住してきたので、割と新参者である。武人としても一流だが、主に鍛冶師として働いている。

 

序列八位、鄧茂

元黄巾党の幹部で、張角を演じた一人でもある。あの戦いから上手く逃げのび、ここに辿り着いた。

なかなかの武才だったので徹底的に鍛え直してやった結果、十傑まで上り詰めた。ちなみに、推しは地和らしい。

 

序列七位、劉岱

金銭食糧担当で、今は宝山商会の会頭も務めている。文武不岐(ぶんぶふき)の才人であり、努力の人でもある。

王忠と一緒に里を訪れた古参メンバーのひとりだ。

 

序列六位、韓当

史実では孫堅に仕えた武将である。韓当って幽州出身なんだよね。意外にこれ知られてないんだけど。

ひとりで賊を討伐していたところを、行商していた劉岱がスカウトした。

 

序列五位、鳳統

戦略担当軍師。軍師とは鬼畜でなくては務まらない仕事である。常に大勢の人間を、いかに効率良く殺すかを考えている。使える手は何でも使う。誉は山に埋めました。

過去に何度か外道な戦略を挙げられたが、すべて却下している。まあ却下されることを期待して献策しているフシもあったが。とはいえ、やれといったらやるだろう。それくらいの覚悟は感じた。

 

序列四位、張飛

歩兵担当隊長。感情豊かな女の子。あのパワーの秘密はなんなのだろうか。感情が強さに直結するタイプなので、強さにムラがある。

良く言えば爆発力があり、悪く言えば安定しない。

 

序列三位、諸葛亮

最高執行責任者。里の統治の実質的な責任者である。仕事の鬼にしてワーカホリック。このままではいかんと思って仕事を分散させた。おかげで洛陽出張中でも里の運営は問題なく行われていた。それでも残されたやつらはヒーコラ言ってたらしいが。知力一〇〇は伊達じゃない。

 

序列二位、関羽

騎兵担当隊長。真面目な性格で規律を重んじる。用兵も巧みで隙が無い。まさしく軍神だ。

しかし欠点がないわけではない。一見冷静沈着に見えるが、感情が昂るとプッツンする癖がある。少々神経質なところも玉に(きず)だな。

 

そして()えある序列一位は……デケデケデケデケ、ドン!

私だ。

おまえだったのか。(セルフツッコミ)

以上、十傑メンバーでした。

 

個人的な考えだが、昔から副長として頑張ってくれている緑飛はもっと上でもいい気がする。とはいえ、俺が口を出すとこじれそうなので黙っているが。

まあ本人が納得しているならいいか。

 

「閣下のことを現代に蘇った呉起と評する者もいるようです」

「そうか」

 

いや、そんな評価の分かれる鬼才と一緒にされてもな。リアクションに困るよ。

確かに呉起は、軍事においては天才的だった。政治的な改革も行った。しかし権勢欲が強く、人間的には褒められたものではなかった。特に最期はアレだったし。

俺が表舞台に出たのなんて汜水関の一回きりなのに、もうそんな噂が広がっているのか。

 

「幽州の冬は厳しい。閣下は雪がなぜ白いのか、ご存知ですか?」

 

どうした急に。

様々な色の光がすべて同じように反射された時、ものは白く見える。雪の表面で起きる乱反射は、結果的に様々な色を同じように反射することになり、白く見えるのだ。

透明な粒の塩や砂糖が白く見えるのも、氷の粒でできた雲が白く見えるのも同様の理屈だ。

また、当たっている光に色がついていると、雪にも色がついて見える。だから夕焼けに照らされた雪山は赤く見える。

 

「郭嘉。私はなぜ雪が白いのかは知らない。だが、白い雪は綺麗だと思う。私は嫌いではない」

「……なるほど。詩才もおありのようですね。張角……いえ、天和殿たちの歌も、閣下が作成したのでしたね」

 

張角は関係ねぇだろ、張角は! 張角なんて洛陽のやつらはもう忘れてるよ。

俺は幽州(ゆき)が好きなんだ。ほかに行くつもりはない。ちゃんと伝わっただろうな。インテリは深読みするのが仕事なんだから、ちゃんと主に伝えてくれよ。

結局、徐晃と郭嘉は一週間ほど滞在して帰って行った。

 

 

 

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