恋姫奇譚   作:乾燥海藻類

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後日談 南からの使者

張昭、字を子布。史実では孫策、孫権と二代に渡って仕えた政治家である。そう、意外と思うかもしれないが、孫堅には仕えていないのだ。

だがこの世界では、孫堅、孫策の二代に仕えているようだ。

 

さて、そろそろ聞いておこう。

YOUは何しにこの里へ?

いや、先触れから聞いてはいるが、確認のためにね。

 

「はい。中郎将様にご報告に参りました。まずは中郎将就任、祝着至極に存じます」

「うむ。ありがとう」

 

別にめでたくはないけども。裏を知らなきゃ出世だよなぁ。しかし耳が早いな。まあここに来る前に洛陽に寄ったのだろう。報告というのはあれだ、荊州の平定が終わったことだ。

一応、俺が下ごしらえをしたようなモンだからな。義理を果たすといった意味もあるのだろう。

 

「長旅は疲れただろう」

「いえ、最新の馬車は快適でしたので、何ほどのこともありませぬ」

 

この時代の馬車ってメッチャ揺れるからな。車軸を改良したり、クッションを作ったりと色々イジッてみたんだ。

その技術を魯粛にも売っただけである。

 

張昭から書簡を受け取る。

うん。まあ普通。普通に荊州を平定しましたよと、それだけである。末尾には孫策の名が記されていた。

荊州の州牧であった劉表は洛陽に赴き、皇帝に頭を下げて許しを請うた。その結果、州牧の地位は失ったが、命は助かり、益州にて隠棲することになった。

次の荊州牧は周瑜が就くようだ。

孫権じゃないんだな。まあ一族で二州を治めるとなると、騒ぐやつらがいるのかもしれない。

 

「見事な手並みだな」

「ハッ、ありがとうございます。我が主もお喜びになるでしょう」

 

うん。いや、そこまでへりくだる必要もないと思うけどね。

 

「うむ。まあとんぼ返りする必要もあるまい。しばらくはゆるりと過ごされよ。まずは風呂にでも入って疲れを癒すといい」

「ハッ、ご配慮くださりありがとうございます」

 

こうして張昭はしばらくの間、里に滞在することになった。

南と北では気候が随分と違うが、体調を崩すようなこともなく、張昭は活発に動いていた。里の技術や(まつりごと)にも興味を持ったようで、よく朱里と語り合っているらしい。

孔明と張昭の議論か。胸が熱くなるな。

 

特に張昭が興味を持ったのが、船であった。里にも運搬用の船がいくつかあるが、張昭はその船に目を引かれた。普通なら造船技術は南の方が優れているのだが、里の船は通常の船とは構造が異なる。

この時代の船は、木箱をそのまま浮かべたような簡単なもので、バランスがメチャクチャ悪いのである。河で運用するにはまだ良いが、海だとまず間違いなく転覆するだろう。

 

この構造は和船と呼ばれるもので、船自体が大型化しても変わりはない。例えば楼船と呼ばれる大型船も同じである。楼船は二つの船を繋げて、櫓などを立てている指揮官クラスの人間が乗る船で、兵士も百人ほどが乗船できる。

二つの船を繋げているため、それなりに安定性はあるが、やはり大波には弱いだろう、たぶん。

 

つまり、洋船と違って竜骨がないのだ。

だが和船に利点がないわけではない。底が平らなので陸に引き上げることができるし、製造費も安価なため、数を揃えるなら和船の方が良い。また沿岸輸送などを目的とするのならば、和船で十分なのだ。

 

この技術を公開しても良いか、朱里に相談された。

別にいいんじゃないの? 秘匿技術ってわけでもないし。隠していたわけでもない。それに張昭くらいになれば、外から見ただけでもある程度は気づくだろう。

それよりも恩を売っておく方が得策な気がする。

 

「こいつを見てくれ。どう思う?」

「……これは、船の設計図ですな。やはり、既存の船とはまるで違いますな」

 

張昭は唸りながら設計図を見つめた。そして、チラリとこちらに視線を向ける。

 

「しかし……よろしいのですか?」

「うむ。他ならぬ張昭殿だからな。特別だ」

 

人間は限定とか特別とかいう言葉に弱いのだ。

 

「そ、それはどうも……」

 

張昭はほほを赤らめるが、別にそういう意味じゃないからな。張昭といえば謹厳実直で老獪な……そういやこいつ何歳だっけ?

考えてみれば真直もかなり若かったからな。くっ、史実に引っ張られてはいかんとあれほど……。

 

「ただの興味ではあるまい。そういった船を欲しがるということは、海賊かな?」

「はい。やつらは狡猾で、手を焼いております」

 

船の条件は同じはずだが、練度の違いや、天候や波風の読みといった地の利はあちらにある。南海には多数の小島があり、色々と面倒なのだ。

と、揚州出身の移住者が言っていた。

それに、陸と比べればどうしても海は後回しになりやすい。だが民からの苦情も上がってくるだろうから、無視するわけにもいかない。

 

「中郎将様。この帆の位置は、どういった意図があるのでしょうか」

「それはな、すべての帆で風を受けるためだ」

「……申し訳ありませぬ。おっしゃる意味が……」

 

ふむ。張昭でも一発で看破はできんか。まあこの時代、真後ろから風を受けることが、最も効率が良いとされているからな。

俺は簡単にベルヌーイの定理を説明した。つーか簡単にしか説明できん。俺だって完璧に覚えているわけじゃないんだし。

 

「こうすることで、条件が揃えば船は風よりも速く進む」

「か、風よりも速く……ですか?」

 

張昭は半信半疑という表情を浮かべた。まあ気持ちは分かる。風を受けて進むのが帆船なのに、風よりも速く進むというのは理屈に合わない。

要するに、風の運動エネルギーではなく、揚力で進むのだ。風を受け止めるのではなく、帆の周囲に風の通り道を作る。

 

「風よりも速く……? 風上に向って進む……?」

 

張昭が宇宙猫状態になって唸り始めた。そういえば船大工も半信半疑だったというか、頭のおかしいやつを見る目で俺を見ていた気がする。船に詳しいやつほど信じられないのだろう。

落ち着くまで待ってやるか。

 

「……しかし、本当によろしいのですか?」

 

お茶を啜っていると、張昭が伏せ目がちに訊いてくる。

大事なことだから二回訊いたのか? まあインテリは深読みするのが仕事だからな。ただより高いものはない、ということを知っている。

 

「うむ。我々が望むのは天下の静謐。天下が泰平となれば、商人の往来も活発になる。これは未来への投資だよ。まあ、まずは民を富ませるべきだがな」

 

たしか管仲の言葉だったかな。衣食足りて礼節を知るってやつだ。それでも楽してズルして儲けようと考える者はいるわけで、賊がまったくいなくなるということはないのだろうが。

さぁ、この設計図。いるのかい? いらないのかい? どっちなんだい?

 

「……ハッ、我らが望むのも天下の静謐に他なりませぬ。この設計図、ありがたく頂戴いたします」

 

張昭が恭しく頭を下げる。そして少し間を置いて、口を開いた。

 

「ところで中郎将様。ひとつお訊きしたいことがあるのですが」

「なにかな?」

 

船については細かいことを訊かれても困るぞ。あれは職人の領域だからな。船大工に訊いた方が早い。

 

「人間は生まれながらにして、善か悪か」

「……ふむ」

 

随分と話が飛んだな。インテリは自分の頭の中だけで話を進めるから困る。対応する凡人の身にもなってほしい。

ちなみに、性善説を説いたのが孟子で、性悪説を説いたのが荀子である。また告子は、性は中性的であり、善悪はどちらも後天的なものであると説いた。

要するに、この問いには答えがないのだ。

 

つまり答えは沈黙、といいたいところだが、それだと話が進まないな。

まあ現代人がこの問いを投げかけられたら、たぶん答えは一致するだろう。

遺伝子である。遺伝子が絶対的なものではないが、ある程度の傾向は遺伝子で決まる。ただしあくまで傾向であって絶対ではない。遺伝子を絶対視するとディストピアが生まれる可能性がある。

犯罪遺伝子をでっち上げた完全管理社会だったり、遺伝子調整で優秀な人類を生み出したら旧人類と対立してヒャッハーフリーダムな世界になったり。

やっぱ人類が踏み込んじゃいけない領域ってあるんだな。

 

しかしこの遺伝子論にも例外が存在する。精神病質者(サイコパス)だ。サイコパスは遺伝的要因や脳の構造に起因することが多いと言われているが、決定的な原因はまだ解明されていなかったはずだ。

以上のことを踏まえて、導き出される結論はひとつ。知らねーよバーカ、である。

 

「善と悪で二極化するのはどうかと思うがな。比率が違うだけだ。善を多く持って生まれる者もいれば、悪を多く持って生まれる者もいる。しかしそれは絶対的なものではなく、成長する環境によって変化すると私は考えている」

「……なるほど」

 

納得したか? 納得したならこの話はもう終わりだ。これ以上引き出しはないぞ。

 

「里の律令はそのお考えから生まれたものでしょうか? 惨刑が皆無のようですが」

 

まだ続けるのぉ? 惨刑とか見せしめ以外の意味ないじゃん。項羽じゃねーんだから、熱湯風呂見て喜ぶ趣味なんて俺にはないのよ。それなら労役刑の方がよほど社会の役に立つよ。

 

「刑罰は必要だが、惨刑は必要ない。張昭殿なら分かるだろう?」

 

分かるよな? 分かれ。

 

「…………そうかもしれませぬな」

 

よし、この話はもう終わりだ。話題を変えよう。

 

「そういえば、孫策殿は息災かな?」

「ハッ、(しぇ)……伯符様は……はい。荊州平定後は揚州に戻り、政務に鋭意取り組んでおります」

 

少し言いよどんだな。見た感じやんちゃそうだったから、平定してからは暴れたりないのかもしれん。そもそも劉表があっさり退いたから、戦闘らしい戦闘はほとんどなかったんじゃないかな。

 

「ふむ。荊州の平定も終わったとなれば、豪族たちとの政争が始まるだろうな。彼女には退屈だろう」

 

豪族やら名家やらってのは、明確な敵が存在する時はそれなりに纏まりを見せるが、いざ平時となれば利権を求めてあーだこーだ言い始める。

俺はそういうことには関わりがなかったが、聞いたところによるとクッソメンドイらしい。やっぱ指揮系統は一本化して、完全な上意下達の方が色々と捗るんだよな。

 

「……お見通しのようですな。我が主の才は乱世の時こそ最も輝きますが、泰平の世となればいささか……。憂さ晴らしとばかりに、海賊征伐へと乗り出していますがなかなか、手強い連中です」

 

ああ、それで船を欲しがったのか。孫策は治世の能臣にはなれなかったか。海賊を平定したらしたで、また退屈しそうだな。

 

「いっそのこと蓬莱(ほうらい)でも目指してみるとか……」

「蓬莱……でございますか? 徐福は大鮫に阻まれて辿り着けないと報告したとされていますが、あれは始皇帝に無理難題を押し付けられた徐福の言い逃れでしょう? あるいは詐術を(もっ)て始皇帝から大金をだまし取ったとも言われておりますが、ともかく実際には蓬莱など……」

 

ありゃ。つい考えが漏れてしまったか。仕方ない、続けるか。

 

「揚州の南端から東に行った場所にある島だ。仙人もいないし、不老不死の霊薬などもない。ただの島だな」

 

俺がそう言うと、張昭はポカンと口を開けたまま止まった。蓬莱、まあ台湾のことだ。たしか天気の良い日でも、大陸からは目視できないと聞いたことがある。

信じられないのも無理はないだろう。

 

「ほ、本当にあるのですか? それも南海? 渤海や黄海ではなく? いえ、疑っているわけではありませんが……」

 

いや、明確に疑ってるじゃん。まあ、もしかしたらこの世界にはない、という可能性も微粒子レベルで存在する……のかもしれんが。

 

「断言はできんがね。それこそ、あなたたちが第一発見者となるが良いさ。間違いなく、歴史に名が残る偉業だ」

 

ゴクリと唾を呑み込む音が聞こえた。そりゃあね、歴史に名が残るって、これ以上ないくらいの名誉だからね。

現地民はいると思うが、今の台湾ってどうなってんのかな。さすがに台湾の歴史まではさっぱりだ。

 

そういえば孫策の風貌は海賊帽子とか似合いそうだったな。ひとつ贈ってやるか。いや、麦わら帽子でもいいかもな。南は日差しもきついだろうし、民衆に広めてもいいかもしれない。

いや、この程度のことは南の商家がやってるのかもな。

 

窓を見た。また厳しい季節が来る。

ここは居心地の良い場所だが、冬の寒さだけが難点だな。

 

 

 





項羽は熱湯風呂大好きマンだったようです。(自分が入るとは言ってない)
原作に麦わら帽子って出てきましたかね?
ベレー帽やとんがり帽子があるんだから、麦わら帽子があってもおかしくはないんですが、まあ細かいことは気にしない方向でお願いします。
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