恋姫奇譚   作:乾燥海藻類

4 / 20
第三話 いざ洛陽

黄巾党の中には三種類の人間がいる。

 

三姉妹のファン。

賊崩れ。

食い詰めて合流した民。

 

上から順に戦意は高い。戦闘力でいうのなら、賊崩れが最も高い。官軍の弱兵相手なら普通に勝てるだろう。というか実際に勝ってきたらしい。

俺が望んだ兵は食い詰め者たちだ。

彼らは三姉妹に心酔しているわけではないし、戦闘力が高いわけでもない。幹部たちも扱いに困っていたが、まさか放り出すわけにもいかない。

そんな彼らを俺が引き受けた。

 

命を懸けて戦う必要はない。むしろ死なない事を第一に踏ん張れと命令した。

時期が来れば脱出する、と。彼らは生きるために戦った。さすがに全員が生き残れたわけではないが、追撃がなかったおかげで結構な数が残っていた。

 

誰だって、望んで流民になったわけじゃない。望んで賊になったわけじゃない。

やむにやまれぬ理由があったのだ。元々が農民だから、農作物を奪う時も、謝りながら奪っていく。

ごめんなさい、ごめんなさい、と。

 

誰もが強いわけではない。誰もが酔っているわけではない。いつかは役人に殺されるという恐怖に怯えながら、日々を生きている。

寒い時代だ。哀れな者たちだ。

俺は彼らを連れて里へと帰った。

 

「お帰りなさいませ、頭領」

 

迎えてくれたのは王忠だった。

 

「うむ。彼らの差配を頼む」

「了解しました」

 

肩をゴキゴキと鳴らしながら館へと足を向ける。その途中で、木材を運んでいる張飛に出会った。

 

「あっ! おっちゃん、帰ってたのか!」

「ああ、今帰った。ふむ、少し背が伸びたんじゃないか?」

「へへー、きっと牛乳を飲んでいるおかげなのだ!」

 

それだけではなく、毎日腹いっぱい食べていることも大きいだろう。張飛は大層な健啖家なのだが、うちに来るまでは腹いっぱい食べられることは稀だったらしい。

まあ食った分働くなら問題ない。実際、張飛は良く働いている。

 

兵としての仕事だけでなく、こうした雑用なども引き受けている。

将として兵の動かし方も学んでいるが、勉強は苦手のようだ。だが、張飛は感覚派らしく、図上演習ではボロボロだが、実戦ではハッとするような判断をすることが多い。

まあ、基礎の兵法くらいは学ぶ必要はあるがな。

 

「仕事がひと段落したら館に来るといい。一緒に菓子を食べよう」

「ホントなのだ!? 絶対行くのだ! そのために早く仕事を終わらせるのだ!」

 

張飛はふんすと鼻を鳴らして、木材の積まれたリアカーを引いて走り出した。

村人たちの穏やかな様子を眺めていると、帰ってきたのだという実感が湧いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数年が経った。里はいつも通りの平和である。張角たちには改名してもらうことになったが、反発はなかった。

むしろ今まで真名メインで旅をしてきたのだから、改名ではなく、名を捨て真名だけで生きると言ったのだ。

 

そうなると初対面の人からも真名で呼ばれることになるのだが、彼女たちは構わないらしい。

真名ってのはもっと神聖なものだと思っていたんだがな。まあ本人がいいならいいか。

張角として、笑って散って逝った者たちのためにも、あの三人は俺が護らねばならん。

 

あの三人にも責任を取らせるべきだという意見もあるだろう。だがあの三人がいなくとも、反乱は起こっていたと思う。それくらい農民たちは貧窮していたし、小さな切っ掛けのひとつにすぎない。

悪いのは国であり、為政者であり、役人なのだ。だから罪はない……とまでは言わないが、彼女たちに救われた者がいるのも事実だ。死ぬことはない、と俺は思う。

彼女たちの歌も、今では立派な里の娯楽のひとつとなっている。

 

こうして地味ながらも平和な時間が続いていた。てっきり関羽や張飛、孔明や士元は功を求めて出ていくと思っていたんだが、なんだかんだで里に住み着いている。

そういえば史実の孔明も隠棲時代が結構長かったような。

まあ、都や大陸各地では色々起こっているようだがな。うちに流れ着いて来る者も増えてきたし、大陸規模の平和はまだ先のようだ。

 

あと劉備が来た。うちの経営理念である「三方良し」に感銘を受けたらしい。塩の密売はともかく、表の商売は真っ当にやっているからな。

この時代の商人って基本的に悪徳なんだよねぇ。しかし劉備が商人とは。考えてみればむしろ売りも商売だし、向いているといえば向いているのか?

盧植の教えを受けただけあって、基本的な教養はあった。武力はいまいちのようだが、不思議な魅力があった。張角と似たようなタイプかもしれない。

 

正直、属尽はノーサンキューなんだが、変にプライドを拗らせているわけでもないし、仕事は真面目にやっている。

しばらく観察していたが、人間としては好ましいのだが、商売で成功するタイプではないな。小売店の主とか、看板娘としては上等なんだが。

 

ただ性善説というか、かなり偏った考え方をしている。そしてそれを、自分の中だけで抑えておけない。

天性の人たらし、インフルエンサーにしてインフルエンザのような人間。張三姉妹の例があるように、思想というのは伝播しやすい。まあ張三姉妹の場合は、大陸規模の下地があったという理由もあるのだが。

 

とにかくこの劉備、扱い方ひとつで毒にも薬にもなる。史実とは異なる意味で食わせ者かもしれない。

放り出しても別のところでなんかやらかしそうだし、とりあえず受け入れて様子を見ることにした。

 

そしてある年の、春風を感じるようになった頃から、董卓の悪政が流れてくるようになった。

まだ流言の段階だが、実態を確かめる必要があるな。だって張角がアイドルだったという前例があるのだから、董卓が本当に悪党である保証はない。

洛陽にはすでに伝手を作ってある。情報を手に入れるのは難しくない。

その結果、悪政など全くなかった。洛陽は多少の混乱はあったものの、民衆は平和に暮らしているようだ。

 

「となれば、董卓の悪評を広めている者がいるな」

 

確か宦官の誰かが袁紹と共謀していたような気がするんだよな。この世界ではどうか分からんし、名前も覚えてないけど。

董卓といえばヒゲモジャの大男というイメージだが、悪政を行っていないことから見ても、史実とはやはり違うのだろう。

案外、史実とは正反対の美少女かもしれない。張飛パターンみたいな。

とりあえず、洛陽の実態を掴んだ俺たちは、すぐに会議を行った。

 

「袁紹が動き出しました。涼州の田舎者が位人臣を極めたのがよほど気に入らないのでしょう」

 

と、王忠が告げる。

袁紹は、後漢時代に四代にわたって三公を輩出した名門、汝南袁氏の御曹司である。いや、この世界だとご令嬢か。

要するにエリート中のエリートだ。王忠の言ったことは的を得ているだろう。

ちらりと孔明に視線を向ける。彼女はコクリと頷いた。

 

「袁紹さんは、討伐軍を結成するために、大陸各地へ檄を飛ばしています。うちにも物資の援助をするように要請が来ました。そして兵も」

 

俺たちの社会的立場は、地方の豪商といったところだ。塩の密売は褒められたことではないが、俺たちだけがやっているわけではない。塩だけに絞れば、俺たちよりも大規模にやっている商会はいくつもある。

それに大陸が荒れ始めてから、塩の専売なんて形骸化してしまっている。

 

そもそも今では塩以外の商品の方が売れているしな。

そして、俺たちは武力を持つ武装商会だ。だからこそ攻められないし、警戒もされている。

それを踏まえて、さて、俺たちはどう生きるか。

 

「いま孔明が言ったように、静観は得策ではない。どちらが勝ったとしても、面倒なことになるだろう。どちらかに付く必要がある。皆の意見を聞かせてくれ」

 

俺の言葉を皮切りに、皆が意見を交わし始める。

こういった場では、孔明と士元は意見を口にしない。彼女たちの意見は影響力が大きすぎるため、最後に意見を言ってもらうことにしている。

二人とも比較的新参者であるが、その能力は皆が認めるところである。彼女たちは実力で今の地位を勝ち取ったのだ。

議論の時は続き、煮詰まった頃合いで孔明へと視線を向ける。孔明は士元と視線を交わすと、スッと立ち上がった。

場が静まる。

 

「どちらに付いても、利と害があります。そこに優劣はないと考えます。なのでここからの言葉は私見としてお聞きください。袁紹さんは権力に取り憑かれ、私欲によって戦を起こそうとしています。そこに義はありません。私は董卓さんを支持します」

 

こう見えて孔明は理想に酔っているところがある。単純に出世したいだけなら、俺のところになんて来ていないのだ。世直ししたいなら洛陽に行って官吏になればいいし、何なら袁家のような名門に行くのもいい。

まあこの時代は能力があるから出世できるという保証はないが。やっぱ政治の腐敗が原因なのかねぇ。

 

戦争はあくまで外交手段のひとつにすぎない。私欲で戦を起こすのは、伸るか反るかのギャンブルに国運をベットするに等しい。

おそらく孔明は袁紹に失望したのだろう。

士元へと視線を向ける。彼女も同じ意見なのか、小さく頷いた。

孔明が席に着いたのを見計らって、ぐるりと周囲を見渡す。

 

「皆も知っての通り、袁紹は大陸各地へ檄を飛ばしている。まず袁術がこれに応じ、各地の刺史や太守が打倒董卓の兵を挙げた」

 

袁紹と袁術には結構な確執があるのだが、それはこの際置いておこう。

 

「続々と袁紹の下に諸侯たちが(つど)っている。その中に我らが入ったとしても、袁紹は感謝するであろうか? 否、自らを高貴なる者だと思い込んでいる袁紹は、商人如きに感謝などせぬであろう。(てい)よく使い潰されるだけだ。翻って、董卓はどうだ。董卓の情報はひた隠しにされているが、その政治において不備は見られなかった。そして、()の陣営には戦力が足りていない。我らが助力すれば、下にも置かない対応をするだろう」

 

再度、周囲を見渡す。皆、静かに頷いていた。

 

「最終決定を伝える。我らは董卓陣営に味方する。連れていくのは《青龍隊》五〇〇。将として関羽、張飛。軍師として孔明、士元。留守は劉岱に任せる。異論はあるか?」

『ございませんっ!!』

 

全員が立ち上がり、揃って拱手する。

 

「では動け。三日後に出立する」

『応っ!!』

 

 

 




漢王朝は滅亡する! とか言っといて漢ルートです。
五〇〇とか少なすぎぃと思う方もいるかもしれませんが、選りすぐりの精兵なので大丈夫です。
張遼は七○○~八○○騎で一〇万に突っ込んでるし、誤差だよ誤差!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。