恋姫奇譚   作:乾燥海藻類

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第四話 洛陽にて

洛陽の門が見えてきた。先触れとして関羽と孔明を送っていたので、入門はスムーズに行われた。

最悪、外で待たされることも覚悟していたのだが、二人は上手くやってくれたようだ。

 

まずは湯浴みで旅の埃を落とし、正装に着替える。あとは……そうだ、飯も食っておくか。向こうで出されるとも限らないし、面会中に腹が鳴ってもカッコ悪い。せっかくだから洛陽の味を見ておこう。

そう思い、大通りの飯店に向かったのだが、見覚えのある紅い髪が見えた。

 

りょ、りょ、呂布だぁぁーー!?

 

と大げさに驚いてはみたものの呂布が洛陽にいるのは分かっていた。分かってはいたが、なぜ飯店の前で座り込んでいるのだろうか。

これが分からない。

あ、気づかれた。

 

呂布がスッと立ち上がり、こちらを向く。視線が絡み合う。一瞬の睨み合い。しかし敵意は感じない。

ふむ、改めて見ると本当に美しい身体だな。いや、別にいやらしい意味ではなく。

無駄なものが一切ないというか、機能美の究極というか。戦うために創られた芸術品のようにも見える。

 

「……張角……の、偽者?」

 

呂布がコテンと首を傾げる。その仕草には、何とも言えない愛嬌があった。戦場とはまるで別人だな。

とそこで何かに気づいたのか、呂布はポンと手を叩いた。

 

(ゆえ)の援軍?」

 

ゆえ、というのはおそらく董卓の真名だろう。たぶん、きっと。えらく可愛らしい真名だな、おい。董卓美少女説が現実味を帯びてきたぞ。

 

「ええ。これからお会いする予定です。その前の腹ごしらえですね。良ければご一緒にいかがですか?」

 

俺がそう言うと、呂布は少しだけ悲しそうな表情を浮かべた。

 

「お金……ない」

 

……マジでか。え、将軍なのに? 将軍って薄給なのか? んなアホな。

いや待て。お金がない? なければ作る? 董卓銭……うっ、頭が……。

 

「ならばご馳走しますよ」

「……ホント?」

「二言はありません」

「いっぱい食べる……よ?」

「店の料理を食べ尽くしても構いませんよ」

 

その言葉に、呂布は満面の笑みを浮かべた。

こうして、俺は呂布と食事をすることになった。

そして店内に入ると、ざわめきが生まれた。

え、ナニコレ?

 

「い、いらっしゃいませ。あの、失礼ですがお代はお持ちでしょうか?」

 

入店直後に金の確認をされたのは初めてだぞ。これが洛陽の流儀か。まあ最初に金を確認すれば食い逃げの心配もしなくていいし、理にかなっているのかもしれん。俺は懐の銭束を見せた。

 

「すぐにお持ちします!」

 

いや、まだ注文してないんだけど。呂布はすでに席についていた。自由だなぁ。

そして次々と料理が運ばれてくる。それを呂布はどんどんと平らげていった。

おお、張飛並みの健啖家だな。まあ呂布なんて一○○人分働くだろうし、一○○人分食っても文句は出ないだろう。

では俺もいただくとするか。

 

「ふむ。美味いな」

 

とは言ったものの、ウチの料理屋の方が美味いわ。でもさすがに店内でマズいなんて言えないしな。

いや、別にマズくはないのだ。ちょっと味が薄いかな、くらいで。続けて酒を飲む。酒も薄いな。コレ薄めてるんじゃないのか? なんか雑味もするし。都の人間とは舌が合わないかもな。

そう思っている間にも、呂布の箸は止まらない。

だが俺の視線を感じたのか、呂布の箸が止まった。

 

「……食べ過ぎた?」

「いえいえ、見ていて気持ち良いくらいの食べっぷりですよ。存分に食べてください」

「……言葉、普通でいい」

 

敬語じゃなくていいってことかな?

 

「将軍相手にそうもいきませんよ」

「……いい」

 

箸を止めたまま、呂布はじっと俺の目を見つめている。

 

「……ふむ。ではそうさせてもらおう」

「ん」

 

俺の言葉にコクンと頷き、呂布は食事を再開した。

結局、一○○人分には届かなかったな。精々三〇人分ってところか。金が足りてよかった。

呂布は満足した様子でお腹をポンポンと叩いていた。

 

「これから(ゆえ)に、会いに行く?」

「ああ。まあ正確に言えば、面会の約束をしているのは賈駆文和殿だけどな」

 

現在の賈駆の役職は三公の筆頭である太尉である。これは異例の出世だ。ちなみに董卓は相国という政治上の多く重要な事柄を治める官職に就いている。これは丞相よりも上位の特別な地位である。

史実では強引に就いたものだが、この世界では天子からの要請で就いたらしく、天子からの信任も厚いと聞いている。ますます董卓の為人(ひととなり)が分からなくなった。

 

「ん、じゃあ案内する」

 

そう言って、呂布はスタスタと歩き出した。宮中でもその歩みを止める者はなく、兵士たちからは尊敬の眼差しを向けられ、文官たちからは畏怖の感情が読み取れた。

アレは宦官かな? 宦官は歩き方で分かると聞いたことがあるが、確かに特徴がある気がする。とりあえず髭はなかった。

ちなみに、女の宦官もいるらしい。わけがわからないよ。

 

「詠、いる?」

「はっ、職務中であります」

「ん、入るよ」

 

部屋の前に立っていた兵士に断りをいれ、呂布は扉を開けた。

 

「詠、お客さん」

 

部屋の主は、眼鏡をかけた三つ編みの少女だった。うん、眼鏡あるんだよ、この世界には。

 

「恋? お客って……」

「お初にお目にかかります。太尉殿」

 

拱手して名を名乗る。

 

「援軍感謝するわ。座って頂戴。お茶の用意をさせるわ」

「では失礼して」

 

賈駆は表の兵士に命じたあと、俺の正面に座った。そして呂布は、何故か俺の隣に座った。

賈駆が複雑な表情を浮かべている。普通は賈駆の隣か、後ろに立つべきだよな。

……いや、この距離は、俺がおかしな動きをすれば、即座に首を取れる距離だ。頭を抑えられたか。

まあ敵意がないから、そんなこと考えてないんだろうけど。

 

「随分と(なつ)いたものね。まあいいわ。どうぞ」

 

従者が持ってきたお茶を啜る。ふむ。やはり宮中だけあって上等だな。

 

「早速だけど確認したいことがあるわ。兵は五万と聞いていたのだけれど、門番からは五○○と報告を受けているわ。順次やってくるのかしら?」

「齟齬があるようですな。先触れの関羽は五万相当の兵、と言ったはずですが?」

「えっと、詳しく頼むわ」

「では僭越ながら説明させていただきます。我が軍の兵は一人で一○○人相当の強者たちです。加えて私、並びに腹心の関羽と張飛は一騎当千の勇士。合わせて我が軍の兵力は五万と三千です」

「そんな屁理屈――」

 

と、賈駆は激昂しかけたが、すぐに冷静さを取り戻した。

 

「兵はともかく、関羽殿の強さは霞……張遼も認めていたわ。ねぇ恋、彼の強さはどのくらいなの?」

「霞と同じか、それ以上……かも?」

 

将としての勝負なら、たぶん負けるぞ。俺がやってきたのってほとんどが局地戦だし。

 

「そう。大口を叩くだけのことはありそうね。現状については理解してる?」

「おおよそのことは」

「なら大まかな作戦を伝えておくわ。ボクらは袁紹たちを汜水関で迎え撃つ。連合軍の予想兵数は約二〇万と膨大だけど、籠城に徹すれば勝てる……はずよ」

 

賈駆の表情には不安が見て取れた。確かに汜水関は堅牢な造りだが、自分でも防ぎきれるか自信がないのだろう。

 

「その策は、改めた方がよろしいですな」

「……なんですって?」

 

賈駆の額に青筋が浮かんだような気がした。

 

「太尉殿の思考は守ることに偏っているようですな。集まれば二〇万でも、集まる前ならば、精々一万~二万程度でしょう。野戦ならば、涼州騎兵の独壇場だ」

「――ッ!? そうか、各個撃破! なんてこと……こんなことに気づかないなんて……迂闊! 恋、すぐに霞と華雄を呼んできて!」

「わかった」

 

賈駆の指示を受けて、呂布が立ち上がる。その後、俺たちは策を詰め始めた。作戦が煮詰まった頃、呂布が二人の女性を伴って戻ってきた。

 

「あっ、おまえ! 張角やんか! なんでおまえがおんねん!」

「これは張将軍。お久しぶりですな」

 

俺が気さくに挨拶したことで、張遼は毒気を抜かれたようだ。

 

「あー、まあもう終わったことやし、蒸し返すようなことちゃうか。で、こいつナニモンなん?」

「張角? もしかして報告にあった偽者の一人……?」

 

張遼から質問された賈駆は、怪訝な表情を浮かべて俺を睨みつけた。だがそれはすぐに消えた。

賈駆は頭の中で、瞬時に算盤を弾いたのだろう。

 

「いえ、今はいいわ。彼はボクたちの協力者よ」

「ほ~ん、そうなんか。まあ、詠が認めたんならええわ。よろしゅうな」

 

そう言って、張遼は軽く手を振った。割り切りが早いな。

 

「ところで私たちだけか? 皇甫嵩と朱儁はどうした? それにねねもおらんな」

 

今度は空色の髪の女性が賈駆に問いかけた。消去法でいくと彼女が華雄だな。

 

「二人は洛陽に残ってもらうからいいのよ。ねねは、最近働かせすぎちゃってね。ちょっと休んでもらってるわ。まずは、謝らせて。ボクは月を護ろうと必死だった。だから思考が狭まっていたのよ」

「いや、それはウチらの総意やろ。そのために戦っとんのやし」

「そうだな。今さら謝られても困るぞ」

「……ん。詠は、がんばってる」

「ありがとう。でも守るだけじゃ勝てないのよ。勝つためには、攻めないとだめなの」

 

賈駆は決意を込めて言葉を発した。

 

「おお! ついにおまえもその気になったか! 私に任せておけ! 袁紹如き、私の斧の錆にしてくれるわ!」

「華雄、落ち着けや。で、具体的にはどう攻めるん?」

「それは、彼から説明してもらうわ」

 

全員の視線がこちらを向く。

 

「まずは皇帝陛下に袁紹を逆賊と認定してもらいます。都に兵を向けているのですから、当然ですよね」

「たぶんできると思うわ。天子様は月を信頼しているし、敵対行動を起こした袁紹を不快に思っているもの」

 

続けて俺は、連合軍が集まる前に叩くと宣言した。

 

「ほう、各個撃破か。ええやん、ウチ好みやで。で、誰が誰を討つんや?」

「まず呂布殿には、袁紹軍を狙ってもらいます。数は多いですが、兵の質は高くありません。一撃離脱を繰り返して、適当に数を減らしてください」

「わかった」

 

次に張遼へと視線を移す。

 

「張遼殿は幽州に向かってもらいます」

「公孫賛か。幽州騎兵が相手とは、腕が鳴るで!」

「意気込んでいるところに水を差すようですが、公孫賛殿にはこちらについてもらいます」

「ハァ!? どういうこっちゃ!?」

 

張遼は仰天して目を見開いた。

 

「商売の関係上、公孫賛殿とは懇意にしていましてね。袁紹が逆賊認定されることを条件に、こちらに付く手筈となっています。公孫賛殿と合流して冀州を制圧してください」

「そういうことか。徹底的に袁紹を叩くつもりやな。まあそれも面白(おもろ)いか。合点や!」

(おも)たる武将はいないでしょうが、さすがに留守のことを考えていないとは思えません。袁家は腐っても名門ですからね。気をつけてください」

「おお、任せといてや!」

 

張遼がガツンと拳を打ち鳴らす。

ここで公孫賛について説明しておこう。史実の公孫瓚は、異民族討伐のプロフェッショナルで、烏桓(うがん)や鮮卑といった異民族と長年にわたって仁義なき戦いを繰り広げている異民族絶対殺すマンである。

白馬義従と称される精鋭の騎馬軍団は、涼州騎兵と並んで大陸最強と呼び声高い。

 

ただこの世界の公孫賛は異民族に対して寛容というか、どちらかといえば融和派なのだ。

無論、攻め込まれれば追い払うのは当然だが、会談を設けたり、交易を行ったりと、無駄な戦を減らそうと努力している。

相変わらずよく分からん世界だ。でもそういう公孫賛、嫌いじゃあないぜ。

 

そして俺たちとも取引があった。ただあまり金は持ってないらしく、金を貸すこともあった。利子を取らない代わりに、色々と便宜を図ってもらっている。

また農政改革にも助言しており、幽州の収穫量は格段に上がった。

つまり俺たちとは良好な関係なのだ。

 

「最後に華雄殿ですが、涼州に行ってもらいたい」

「涼州……馬騰か。袁紹が逆賊認定されれば、あいつはこっちに付くんじゃないか?」

「いえ、確かに馬騰は漢王朝に忠誠は誓っているけれど、すでに『董卓討つべし』という勅命が出ている現状では、どう動くか分からないわ」

 

賈駆が困惑顔で呟いた。

無論、その勅命は宦官が出した偽勅だ。だがそれを馬騰は知らないし、諸侯たちも知らない。書式は本物と同じものだろうし、偽物と断定するのは難しい。

さらに言えば、袁紹を逆賊とする勅命も、董卓が負ければそれは偽勅として処理されるだろう。勝てば官軍負ければ賊軍だ。

 

「そういえば、十常侍のやつらはいつまで生かしておくのだ? あいつら絶対裏切るぞ。しかもここぞという時に」

 

と、華雄が警告を発する。その言葉に、賈駆は頭を抱えた。

 

「分かってるわよ。でもあいつらがいないと政務が回らないし……」

「ならば私の部下をお貸ししましょう。孔明と士元はうちでも重要な書類を決裁していましたし、兵たちも簡単な書類仕事ならできます」

「……ホントに? 一兵卒が書類仕事できるの?」

「うちでは必須科目なので。下級官吏程度の仕事なら問題なく」

 

読み書き計算は全員に覚えさせているからな。

 

「よし。あいつら殺そう。霞、頼むわ」

「おお、ようやく決心したか。任せとき! この会議が終わったらさっくり逝かせたるわ!」

 

一瞬の迷いもなかったな。よっぽど鬱憤が溜まっていたのだろう。

 

「ほんで、アンタはどないするんや。ここの防衛か?」

「いえ、私は揚州に行きます」

「袁術か。あそこも結構な大所帯やで。大丈夫かいな」

「ええ、袁術と、その客将である孫策には確執があります」

「……なるほど。孫策をこちらに引き込むつもりね。それでアンタは役職を欲しがったわけか」

 

賈駆はすぐに察したようだ。

 

「その方が説得しやすいのでね。孫策に揚州を与えるのは可能ですか?」

「いきなりは無理ね。まあ働き次第では可能よ」

「それで十分ですよ。さて、何か質問はありますか?」

 

話を締めようと三人に視線を配ると、張遼が手を挙げた。

 

「数が多いんを狙うんはええんやけど、曹操はええんか?」

「ええ、曹操には手を出しません。もし移動中に曹操軍と出くわしても逃げてください。決して戦ったりしないようにお願いします」

「もしかして曹操も抱き込むつもりか? あいつは無理やと思うで?」

 

張遼が懐疑的な意見を口にした。確かに曹操は面倒な相手だ。噂を聞いた限りじゃ、史実よりも面倒な気がする。

才気煥発、勇猛果敢、とりわけ有名なのが、女好きの同性愛者だ。

だが他人の性的嗜好に口を出すつもりはない。

尤も、曹操は同性愛者(レズビアン)ではなく、両性愛者(バイセクシュアル)らしいが、まあどっちでもいいよ。

 

「決戦となっても曹操軍だけは攻めない」

「……ああ、そういうこと。アンタもえげつないこと考えるわね」

 

賈駆は半眼で眉根を寄せていた。

 

「どういうことだ?」

「簡単に言えば不和を招こうって作戦よ」

 

華雄の疑問に賈駆が答える。今の曹操は名声だけが先行している感じがするんだよね。現状の兵力は諸侯の中でも低い方だ。個人の能力は高いのだろうが。

 

「……ああ。内通を疑わせるわけか」

「そういうこと。他に何かある? ……なければ」

「ああ、最後にええか? ウチら仲間になるんやし、そない畏まった喋り方でなくてもええで。信頼の証として真名を預けるわ。霞って呼んでーな」

「恋は……恋」

「気持ちだけいただきましょ……いただこう。俺には真名を交換する習慣がないものでね」

「習慣て……ああ、もしかして華雄と同郷か?」

 

張遼は苦笑しながら華雄を振り返った。

 

「いや、村にこんな男はいなかったぞ」

「ふむ。なぜ同郷だと?」

「こいつが生まれた村にはな、人生の伴侶にしか真名を教えたらあかんっちゅう掟があるらしいわ」

「なるほど。俺の場合はそこまで厳格ではないが、まあ似たようなもの……かな」

「ふーん、ほんならしゃあないな。無理強いするモンでもないし、でも呼ぶのはかまんのやろ。ウチは気にせんから真名で呼んでや」

「恋も……いい」

 

距離感近いなぁ。これが涼州人の感覚か。いや、二人は并州だったか。

とりあえず話はまとまり、三人は準備のために部屋を出ていった。

 

「ところで言い忘れたのだけど」

「ん?」

「曹操のところに、天の御遣いってヤツがいるらしいわ」

 

 

 




華雄の真名なんですが、公式サイトだと???なんですよね。なし、じゃないんですよ。もしかしたら新作でついに明かされるのかもしれませんね。
本作では真名はあるけど誰にも教えていないという設定にしています。
多くの方に感想をいただき、返信が難しくなってきましたが、すべて目を通しております。この場を借りてお礼申し上げます。
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