恋姫奇譚   作:乾燥海藻類

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第五話 決戦

天の御遣い。

この噂を流したのは管輅だと言われている。黄巾党が騒ぎ出す少し前から流行り出したものだから、てっきり張角のことだと思っていた。

黄巾党のスローガンは「蒼天(すで)に死す、黄天(まさ)に立つべし。歳は甲子に在り、天下大吉なり」というもの。

すごくざっくり言うと、私が天に立つ。我に続け。ってとこだろう。異論は認める。

 

そして黄巾の乱が治まった頃から、噂も下火になっていった。

占いを真面目に信じるやつもいるが、俺は全然信じていなかった。なにせこの時代の占いはマジで当てにならないからな。いや、占いが当てになった時代なんてないけども。

天子の徳が低いから天災が起こるとかいうレベルだからな。

 

この天の御遣いも、世に絶望した民衆の願いのようなものだと思っていた。人は不安になると神に祈ったり、占いや迷信に縋ったりするものだ。

あるいは張角が管輅に頼んで流させたか。いわゆる情報操作ってやつだな。でもあいつらアイドルだったからなぁ。それはないか。

 

天とは何を指す? 天が天子を指すのならば、天の御遣いとは勅使のことだが、そんな意味ではなかろう。

まあ、どの道曹操に手を出すつもりはない。それよりも、今はこっちに集中しないとな。

 

「ご主人様、孫策からの返答です」

「ご苦労」

 

愛紗から竹簡を受け取る。

あの二人から真名を受け取ったのを知ったのか、愛紗たちからも呼ぶように迫られてしまった。一応、真名を預かってはいたのだが、交換はしていないので機会を見て呼ぶとあやふやな返事をしていたのだ。

さすがにこれから仲良くやろうって時に水を差すようなマネはできないからな。

 

「ふむ。陽が落ちたら、孫策と会う」

「ハッ! お供致します」

「いや、一人で行く」

「それは!」

「無駄に警戒させることもあるまい。愛紗、部隊を頼む」

「くっ……承知しました」

 

愛紗は不承不承、了承した。

洛陽の文官不足は深刻で、朱里と雛里はもちろん《青龍隊》も二〇〇人ほどを置いてくることになった。

まあいざとなれば脱出するさ。俺だけならどうとでもなるしな。

約束の時間を待って、俺は指定の場所へと足を運んだ。

 

立場的にも年齢的にも俺の方が上のはずだが、言葉遣いに迷うな。やっぱり上下ははっきりしている方がいい。

まあ現段階では敵味方だから、そこまで考える必要もないのかもしれないが。

相手は三人……いや、四人だな。左後方に一人潜んでいる。

とりあえず名乗る。こちらが一人だとは思わなかったのか、孫策は一瞬目を(しばたた)かせた。

 

「ご紹介どーも。孫伯符よ。こっちが周公瑾で、こっちが張子布」

 

紹介された二人が軽く会釈する。あれ張昭かよ。随分若いな。やっぱ年代ごっちゃのパラレル三国志か。

史実だとこの時期はまだ孫堅が生きているはずだが、この世界では死んでいる。だからこそ、孫策と袁術の間には確執がある。

それに史実だと連合軍ってもっとばらけてたはずなんだよな。薄々気づいてはいたが、たぶんこの世界は正史と演義がごちゃ混ぜになった世界だ。

こりゃもう三国志っぽい別のナニカだと思うしかねぇな。

 

「ふむ。皆さまお若いですな」

「え?」

「ん?」

 

なんだろう、そんな反応するトコかな。ただの挨拶みたいなモンだけど、ちょっとあからさますぎたか?

 

「ちょっ! 二人ともその目はやめい! 雪蓮様、将軍様の前ですぞ」

「そうね。失礼したわ。さて、征南将軍様は我らに何をお望みでしょうか?」

「何も」

「何……も?」

 

孫策の目がギラリと光る。その瞳は獰猛な虎のようでもあった。やはり当たりだ。あれは飼い猫の目ではない。生きる意志に満ちた、獣の目だ。

 

「いま我らは各個撃破で連合軍の数を削っている。汜水関に集う頃には、おそらく一〇万を割っているだろう。その時、諸君らは連合軍の情報をこちらに流してくれるだけで良い」

「へぇ、やるじゃない。冥琳、あなたの予想、当たったみたいね」

「当たって欲しくはなかったがな」

 

さすがは名軍師と名高い周瑜、武廟六十四将に選ばれただけのことはある。各個撃破くらいは予想していたか。そりゃ出発地点と合流地点が分かってるんだから、進行ルートはほぼ限定できる。演義だと孔明のかませみたいな扱いだったが、やっぱ優秀だよなぁ、周瑜。

 

「約束は守ってもらえるのよね。破ったら、酷いわよ」

 

孫策が腰の剣を鳴らす。

 

「証として、これを預けておこう」

 

孫策に向けて、征南将軍の印綬を投げ渡す。

 

「ふぅん。ま、いいわ。交渉成立ね。明命」

「はいっ!」

 

孫策の右後方から小柄な少女が姿を現す。もう一人いたのか。全然気づかなかった。さすがに動けば気づいたと思うが、俺もまだまだだな。

 

「この子を使いとしてよこすわ。覚えておいて」

「心得た」

「周幼平です。よろしくお願いします」

 

黒髪の少女はペコリとお辞儀をした。

 

「うむ。よろしく頼む。明日、太陽が南天に昇った頃に袁術に攻めかかる。殺したくない者がいる場合は、先頭からは遠ざけておけ」

「りょーかい。じゃあ、これからよろしくね」

「ああ、次は汜水関で会おう」

 

こうして俺は孫策と別れた。

成果は上々だったが、隠形を見抜けなかったのは不覚だった。

孫策の存在が大きすぎたというのもあるが、単純にあの少女の隠形術が優れているというのもある。

まだまだ修行が足りんな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曹操は防諜意識が高く、あまり部下を送りたくはなかった。だから孫策を頼った。連合の仲間なら、そこまで警戒はされないだろう。

それに、天の御遣いなんて嫌でも注目を集めるだろうからな。

 

名前は北郷一刀。

扱いは客将で警備責任者。微妙な立ち位置だな。将軍ではないが、ある程度の発言力は持っているようだ。

というかこの名前、日本人だよなぁ。やっぱ違和感すげぇな。

 

御遣いってところも絶妙だな。袁術のように皇帝を僭称したわけじゃない。それに元々の出どころが占いだから、自分で名乗ったわけでもない。

ギリギリセーフってところか? いやまあ、朝廷の匙加減ひとつでどうとでもなるだろうけど。

 

問題は三国志の知識をどれほど持っているかだな。黄巾の乱は、大筋では歴史通りに幕を閉じたと思う。

実はアイドルグループだと知っているのは、官軍が発布した人相書きからみてもごくわずかのはずだ。だが張角たちの活動地域が曹操の支配地域とかぶってた時期があるんだよな。

気づいていてもおかしくはない。

 

まあ主要たる武将のほとんどが女性ということで、パラレルワールド的な異世界だということは察しているだろう。

その上でどんな行動を取るか。確かに曹操は、最終的な勝ち馬の一人だ。だから曹操を選んだのは、間違いではない。

 

だがある程度歴史を知っているなら、董卓に味方するように進言すると思うんだがなぁ。曹操なら洛陽に伝手くらい持っているだろうし、悪政がデマだと知るのは難しくないはずだ。

……袁紹との戦力差が理由か?

 

それとも、もしかして董卓が長安に逃げたと解釈して、連合軍が勝ったと勘違いしているパターンか?

孫堅がいないことは気づきそうだがな。孫堅がいないから陽人の戦いは起きない。

孫策を抱き込んだから、彼女が孫堅の代わりになることもない。

ふむ。軽視はできんが、あまり深読みしすぎるのも問題か。

 

「さて、袁紹は引くに引けないといったところか」

 

大陸各地に檄を飛ばし、連合軍を結成した身としては、自領が危ないので帰ります、とは口が裂けても言えないだろう。

汜水関の城壁から連合軍を見渡す。孫策からの情報では、連合軍の総数は九万。かなり削れたが、こちらは四万なので、兵数では倍以上の差か。

 

「霞殿が来れなかったのは痛いですなぁー」

 

と零すのは、軍師見習いの陳宮だ。ちなみにロリッ娘である。軍師はロリが多いのか?

まあ霞が来れないのは想定の範囲内だ。二枚看板がいなくとも、袁家の家臣団は文武ともに優秀な者が揃っている。名門袁家は伊達じゃない。

 

「だが霞が冀州を攻め立てているおかげで、袁紹も気が気じゃないだろう。このまま守っているだけで連合軍は瓦解する。諸侯たちの思惑はちぐはぐだからな。時は俺たちの味方だ」

「なにぃ!? 攻めるのではないのか!?」

「いや、攻めるぞ」

「攻めるんだな!」

 

華雄は反応が面白いな。つーかなんで俺が指揮官みたいなことしてるんだろう? 一番位が高いのは恋で、二番目は華雄なのに。

まあやれと言われたからにはやるけどさ。

朱里と雛里から策は貰ってるし。ああ、あの二人は洛陽に残って賈駆のお手伝いだ。十常侍がいなくなっちゃったからね、仕方ないね。

 

「ああ、だけど挑発されて出ていくようなマネはやめてくれよ。攻める時はこちらが決める。それが守る側の利点だ」

「ならばいつ攻めるのだ?」

「夜だ。だから今は突撃隊を選出して眠っておいてくれ。恋はもう休んでいる」

「恋がいないのはそういう理由だったか! 分かった、寝る!」

 

そう言い残して、華雄は大股で階段を降りていった。

 

「相変わらず華雄殿は騒がしいですなぁ」

 

ムードメーカーとしては良い仕事してると思うけどね。

 

「あ~、あたしらはどうしたらいい?」

「夜襲の経験は?」

「もちろんあるぞ。あいつらは夜討ち朝駆けなんでもござれだからな」

 

馬騰の名代として参陣している馬超は力強く拳を握った。あいつら、というのは異民族のことだろう。

 

「では眠っておいてくれ。昼間は俺たちが担当するから」

「ん、了解だ。じゃあ失礼するよ」

「クハハッ、おまえはそのまま眠りこけていろ。夜襲は俺たちだけで十分だ!」

「な、なんだとぉ!!」

 

馬超に食ってかかったのは、閻行という大女だ。韓遂の名代としてここに来ている。韓遂に関しては良く知らないんだよなぁ。なんか反逆しないと死んでしまう生粋の反逆者(トリーズナー)って聞いたこともあるけど。あと馬騰と仲が悪いとか。

 

だがこの世界の馬騰と韓遂は、悪友であり喧嘩仲間であり、仲はそこまで険悪ではないらしい。

カートゥーンアニメのネコとネズミ……違うな。永遠のライバルと呼ばれた牝馬二頭的な? いや、知らんけど。

 

「とりあえず酒だ。飲んで寝るぞ!」

「あんまり飲み過ぎるなよ。あ、おまえ! 私を酔い潰すつもりだな! その手には乗らないぞ!」

「クハハッ、酒に飲まれるようでは、まだまだ小娘だな!」

 

馬超と閻行も、仲が悪いというわけではなさそうだ。

二人を見送り、視線を連合軍へと戻す。

さて、ここからは根競べだ、袁紹。

昼を過ぎた頃合いから、連合軍の攻勢は始まった。一番槍は王匡か。とりあえず指揮官の一人くらい討ち取っておくか。愛紗にも功を上げてもらいたいし。

 

……ふむ。そろそろ……行くか。いや、まだか。いや、今か。

 

「よし、今だ。門、開け! 関羽隊、出撃!」

「了解! 関羽隊、出撃()るぞ!」

 

というわけで愛紗に出撃を命じた。

彼女は見事期待に応え、敵将の一人を討ち取った。

連合軍の利は数の多さだが、連携が取り辛いのが欠点だ。どの諸侯も、自分の損害を抑えようと考えるからな。

 

陽が傾いてきた頃、王匡軍はそそくさと引き上げていった。

今度はこちらのターンだ。夜明け前、恋、華雄、馬超、閻行に作戦を確認する。

 

「一撃離脱を旨とし、長居は無用。糧食は警備も厳重だろうから、固執する必要はない。適当に暴れて帰ってきてくれ。くれぐれも長居はするなよ。取り残されても救出には行けんからな」

 

昼日中ならともかく、暗闇の中救出に向かうのは無理だ。

 

「あと同士討ちにも気をつけるように。まあこれは無用の心配だと思うが」

 

涼州騎兵の馬術は伊達じゃない。完璧な統率が取られており、その動きはまるで一匹の龍のようであった。

 

「もういいだろう。さっさと出ねば夜が明けてしまうぞ!」

 

休養をじっくりとったおかげか、華雄の気は充溢していた。

テーブルの上に連合軍の配置図を広げる。

 

「最終確認だ。恋は袁紹、華雄は鮑信、馬超殿は孔融、閻行殿は陶謙を頼む」

「ん」

「心得た!」

「了解だ」

「任せておけ!」

 

四人から気迫に満ちた返事が帰って来る。

 

「うむ。天と地のはざまには、やつらの哲学では思いもよらない事があることを思い出させてやれ。出撃!」

『応ッ!!』

 

夜の闇に血の帳が落ちる。

敵陣から怒号と混乱の声が聞こえてきた。

大体一時間くらいで四人は帰ってきた。

 

翌日も同じことを繰り返した。

尤も、攻める陣は変えていたが。だが袁紹軍はもう少し削っておく。

 

「昨日の夜襲で警戒度は上がっているだろう。一当てするだけでいい。それと恋、この竹簡を袁紹の陣に落としてきてくれ」

「……落とす?」

「そうだ。曹操に届けるはずだった竹簡を、うっかり袁紹の陣に落としてしまった、ということだな。いやぁ、うっかり、うっかり」

「また悪だくみか?」

 

華雄が呆れたように俺を半眼で睨んだ。

 

「袁紹が賢明な将なら、こんなつまらん策には引っ掛からないだろうがな」

 

この日の夜襲も、四人は大きな損害を出さずに無事帰還した。

夜襲はこれで終わりだ。さすがに三度も上手くいくとは思っていない。

 

翌日、明朝は静かだった。

おそらく軍議が紛糾しているのだろう。

昼を過ぎ、攻勢に出てきたのは曹操軍だった。

 

「予想通りか。(やじり)を外した矢を射かけろ。梯子を掛けてきたら、ぬるい油を浴びせてやれ」

「ハッ!」

 

隣にいた副官が笑いを堪えながら拱手する。

 

「さあ、喜劇を始めようか」

 

袁紹も曹操も、笑ってなどいられないだろうがな。

そして俺の予想通り、曹操軍は混乱状態に陥った。

混乱というよりは困惑というべきだろうか。

 

「ふふふっ、順調順調。そのまま適当に時間を潰してくれればいいのだがな」

 

だがそうもいかんだろうなぁ。曹操としては内通の疑惑を払拭したいだろうし、将軍の首ひとつくらいは欲しいところだ。

 

「おっちゃん、誰か出てきたのだ」

 

鈴々に言われて視線を門前に向ける。ふむ、武将らしきやつが出てきたな。

 

「おのれ呂布奉先! これでは飛将軍の名が泣くぞ! 陳留郡の太守、曹孟徳様の一の家臣、夏侯元譲を恐れぬならばかかってこい!」

 

よく通る声だな。あれが夏侯惇か。夏侯惇といえば隻眼の将軍というイメージが強いが、普通に両目だな。確か呂布を追撃していた時に矢で射られたんだったか。撃ったのは誰か忘れたけど。

 

「とか言ってるのだ」

「ふむ。では俺が行こう」

 

そう言うと、鈴々がジト目で俺を睨んできた。まあ誘いに乗るなと言ったくせに、と言いたいのだろう。

 

「この一騎打ちにも意味がある。おそらく曹操への疑惑は、かなり高まっている。今回の茶番が露見すれば、最後のひと押しになりかねん」

「……崖っぷちってことなのだ?」

 

鈴々が小さく小首をかしげる。首をやるわけにはいかんが、曹操の言い訳作りのためにも、激闘を演じたというところは見せた方がいいだろう。曹操が後ろから刺されでもしたら後々の計画に支障が出る。

 

まあ、どうあがいたところで、曹操が内通の疑惑を完全に払拭することは不可能だがな。いわゆる悪魔の証明。激闘を演じたところで、袁紹がただ一言「大した演技力ですね」とでも言えば、疑惑はさらに深まる。

尤も、袁紹はそこまで愚かではないだろうが。もし「今さら疑うものか! 私はおまえを信じる!!」とでも言えば別だが、集めた情報の限りでは、袁紹と曹操はそんな仲でもなさそうだ。

それに曹操なら、こちらの意図に気づいて乗ってくれる可能性もある。

 

「そんな感じだ。だからこの一騎打ちは、ちょっとした調整だ。あと鈴々。大縄を用意しておいてくれ」

「縄なのだ?」

「ああ。俺が合図したら、縄を降ろしてくれ」

 

鈴々に指示を出し、城壁から飛び降りる。右手と右足を壁に添えて落下速度を落とし、着地間際に気を放出して衝撃を殺す。

舞い上がる粉塵を、夏侯惇は大剣を振るって払いのけた。

 

「こんちはーーーっ!!」

「呂布ではないな! 誰だ貴様はっ!?」

「己の欲で真実を虚偽に塗り替える悪魔どもめ。貴様らに名乗る名前はない!」

「なんだとぉ!? わけのわからんことを言うな!」

 

いや、割とハッキリ言ったつもりだけど。ああ、認めるわけにはいかないのか。そりゃそうだ。董卓の悪政から帝と民を救うってのが、連合軍の大義名分だからな。

それにしても、真面目になんで曹操は袁紹に付いたのかな。曹操なら連合軍の脆さなんて気づきそうなモンだけど。

 

囚人のジレンマってやつだ。理論上は最善の策でも、お互いの疑心暗鬼が邪魔をする。みんな自分の利益を優先するから、作戦が上手くかみ合わない。

連合軍ってのは大体そのパターンだ。

 

例えば昔、趙・楚・韓・魏・燕の連合軍が大国秦を攻めたことがあったが、大した戦果もあげられずに終わっている。

連合軍をまともに指揮できたのって、たぶん楽毅くらいじゃないかな。

 

「まあこれから死ぬやつに名乗っても意味がないだろってことだ」

「貴様ぁ!!」

 

夏侯惇が大剣を大上段から振り下ろしてくる。俺はそれを横っ飛びで躱しながら、指弾を馬の尻にぶつけた。

 

「なっ!? おい! 暴れるな!」

 

馬が暴れ出した隙を突いて、俺は下方から抜刀する。

 

「ちぃ! なめるなぁ!」

 

夏侯惇は馬から飛び降りながら、俺の肩口を狙ってきた。判断が早いな。

 

「ふんっ、なかなかやるじゃないか。しかし変わった武器を使っているな」

 

俺の得物は日本刀……の出来損ないだ。中国では「刀」とは反りが大きく幅の広い、斬ることに特化した武器を指す。有名なのは、関羽や張遼が使った偃月刀だな。

この刀は、それらとは基本的な形状が異なる。大陸製の日本刀、言ってみれば倭刀ってとこだ。本来の倭刀とは製法が全く違うけど。

 

「だが貴様などの首は必要ない。呂布を出せ、呂布を! もしくは関羽だ!」

 

呂布は分かるが、なんで関羽? ああ、そういえば曹操って人材マニアだったか。

 

「呂布と戦いたいなら、まずは俺を倒すことだな」

「言ったな! ならば呂布の前に血祭りにあげてやる!」

 

夏侯惇が大剣を手に突進してくる。しなやかで俊敏な動きだ。大剣に振り回されている様子もない。

 

「ちぃ! ちょこまかと動きおって! 正々堂々と打ち合え!」

「これが俺の戦い方でね」

 

あんな重量級の武器と打ち合えば、こちらの方が先に壊れる。あんまり頑丈じゃあないんだ。

しかし相手もやるものだな。時折り飛ばしている指弾にもしっかり反応している。野生の獣のような勘の良さだ。

 

タイプとしては恋と似ているが、そこまで極まってはいない。恋の強さは天衣無縫。完全な我流なので、型も技もない。なら型や技を身につければもっと強くなるかというと、そうでもない。おそらくだが、型や技を身につければ、恋は弱くなる。型を覚えれば窮屈になり、技を覚えれば縛られる。そういう規格外の強さなのだ。

虎や狼は日々鍛錬などしない。

もうあいつ一人でいいんじゃないかな、とも思ったが、燃費が悪いんだよなぁ。継戦能力がやや低い。

 

対して夏侯惇は、型がないように見えて、剣術の基礎が出来ている。幼い頃から誰かに教わっていたのだろう。しかし型にはまらない破天荒さがある。

確かに夏侯惇は強い。だが大剣の使い方はあいつ(・・・)の方が(うま)かったし、あいつほどの圧も怖さも感じない。

 

「こんのぉ! 逃げてばかりで恥ずかしくないのか!」

「そんな大振りでは当たらんよ」

 

技量はたいしたものだが、精神面はまだまだ未熟のようだ。かなり焦れてきたな。もうひと押しか。

 

「なかなかの武威だな。曹孟徳の家臣など辞めて、こちらに来ないか? 良い待遇を保証するぞ」

「ふざけるな! 私が華琳様を裏切るなど、天地がひっくり返ってもありえん!」

「大した忠義だな。だが聞いた話では、曹孟徳はチビで生意気な醜女だそうだな。おまえほどの女が仕えるには不足だと思うが?」

「し、し、し、醜女だとぉぉぉっ!!」

 

ついに怒髪天を衝いた夏侯惇は、双眸に炎を宿して、鬼のような形相で俺を睨みつけた。

 

「もう許さん! 貴様だけは一〇〇回(ひゃく)殺す!」

 

夏侯惇の大剣が大上段から一気に振り下ろされる。その一撃に合わせて、俺も刀を振るった。二振りの剣がぶつかり合い、止まった。

 

「な、なにぃ!? 動か――」

 

重心を抑えたことで、一瞬の硬直が生まれた。その隙を突いて間合いを詰める。俺の右掌が、夏侯惇の腹部を捉えた。

 

「発勁ッ!!」

 

――ヌッ!?

手応えが軽い。インパクトの瞬間に身体をねじったか。本当に勘が良いな。だが衝撃を完全に殺し切ることはできなかったようで、夏侯惇は後方に大きく吹き飛んだ。

 

「姉者ッ!?」

 

蒼髪の女性が夏侯惇に駆け寄る。妹ということは、夏侯淵か。

 

「夏侯元譲、噂に(たが)わぬ見事な武であった。曹孟徳を侮辱したことは謝罪しよう」

「くっ、今さら何を! まだ勝負はついていない!」

「そうだそうだ! 春蘭さまは負けてない! 華琳さまの悪口を言うやつなんかに負けない! 謝ったって許さないぞ! おまえの方がブ男だ! 兄ちゃんの方がずっとカッコイイんだからな!」

 

なんだこのチビッコ!? まま、ええわ。所詮子供の戯言。俺の心には響かない。

 

「いや、終わりさ。鈴々!」

「なのだ!」

 

城壁から降りてきたロープを掴む。

 

「おまえの武威に敬意を表し、花を持たせよう。おまえの勝ちだ。上げろ!」

「うりゃりゃりゃりゃりゃーーっ!!」

 

凄まじい勢いでロープが引き上げられる。

 

「逃げるな卑怯者! 逃げるなーーーっ!!」

 

なかなか元気なチビッコだな……ん?

上昇中、一本の矢が俺の首筋に迫ってきた。いや違う!

一本目を掴み取り、二本目を裏拳で打ち落とす。全く同じ軌道の連射か。おそろしく正確な射撃。俺でなきゃ首を射抜かれてたね。

掴み取った矢を投げ捨てながら、射手を睨む。

そして相手も、蒼い髪を揺らしながら俺を睨んでいた。

 

しばらくして、衝車が現れた。あれで城門を破壊するつもりか。随分と本気じゃあないの。だがそうはさせん。タイミングを合わせて、城壁からの飛び降り発勁で破城槌を粉砕する。車輪が破壊された衝車は門前で横転した。

これで進入はされなくなったが、こちらからの出撃も出来なくなったな。

その後は膠着状態のまま時間が過ぎていき、薄暮となって曹操軍は撤退した。

そして数日後、ついに終わりの時が訪れた。

 

 

 




韓遂は恋姫でも名前だけちょろっと出てきたと思うんですけど、閻行はどうだったかな。
馬超をボッコボコのボコにした人なんですが、某ゲームだと馬超の方が武力値高いんですよね。
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