恋姫奇譚   作:乾燥海藻類

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前回はちょっとネタ(名言)が多かったですかね。
全部分かった方はいるでしょうか。
今回はみんな大好き覇王さまの回です。



閑話-覇王覚醒-

「凪、沙和、真桜は陣の構築。桂花はどこの諸侯が来ているのかを調べておいて。春蘭、秋蘭は私の供をなさい。麗羽のところへ行くわ」

 

連合軍の合流地点に到着した華琳はすぐにキビキビと指示を出した。

 

「それと一刀、あなたも一緒に来なさい」

「え、俺もか?」

「そんなっ!? こんな精液臭い男を連れて行くなど! あっ、不敬罪で斬らせるおつもりですね」

「連れていくだけで不敬罪ってどういうことだよ……」

 

桂花の憎まれ口にも慣れてきたものの、マゾヒストではない一刀には辛いものであった。

 

「他の将の顔も見ておくといいわ。何か得るものもあるでしょう」

「……了解」

 

華琳は一刀の三国志知識をあまり当てにはしていなかった。黄巾の乱は、おおよその部分では一刀の知識通りであったが、張三姉妹が旅芸人だということは大はずれだった。

董卓にしても、華琳の知る董卓と、一刀の知る董卓はかけ離れたものだった。

 

それ以降、華琳は一刀に自分の許可なく三国志の知識を口に出すことを禁じた。

それでも人物評に関しては合致する部分は少なくもなく、人材マニアである華琳は、そのことに関してだけは一刀の知識を参考にしようと思った。

 

「おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!」

 

麗羽の待つ天幕に入ると、甲高い笑い声が聞こえてきた。だが付き合いの長い華琳は、すぐに違和感に気づいた。

 

(いつもほどのキレがないわね。何かあったのかしら。こういう時は……)

 

華琳は麗羽の側近へと目を向けた。

まずは筆頭軍師である田豊。彼女は軍師らしく、感情を乱さない。読み取るのは困難だろう。

次に筆頭武官である文醜。分かりやすい性格をしているが、それ故に、深く考えない。こちらも読み取るのは難しい。

最後に顔良。文武に優れ、舵取りや調整役を担っている。いつもは朗らかな笑顔を浮かべている彼女であるが、どうも疲れたような表情をしていることに華琳は気づいた。

 

(そういえば、派手好きの麗羽にしては、兵の数が少なかったわね。削られたか。桂花の予想が当たったようね)

 

騎兵というのは、防衛戦においては然程役に立たない。騎兵が活躍するのは野戦だ。華琳もここに来るまでの道中、襲撃に警戒していた。幸い、見逃されたようであるが。

 

(兵力が少ない、というのが幸いしたわね)

 

この間、約二秒の思考だった。

 

「華琳さん、よく来てくださいましたわ」

「……ええ」

「さて、これで主要な諸侯は揃ったようですわね。華琳さんがびりっけつですわよ。びりっけつ」

「……はいはい」

 

華琳は呆れたように返事を返した。

 

(警戒もせずに行軍するから、襲撃を受けるのよ)

 

そして、隣でオロオロしている一刀を見て気持ちを落ち着ける。

麗羽の仕切りで始まった最初の軍議は、まずは諸侯たちの自己紹介から始まった。最後に華琳の番となって、一刀は違和感を覚えた。

 

(劉備がいない? 黄巾の乱の時にもいなかったし、この場でもいないって、どういうことだ?)

 

それほど三国志に詳しいとは言えない一刀であっても、曹操、劉備、孫権くらいは知っている。

孫権もこの場にはいなかったが、孫策というのが孫権の姉であることは、以前華琳に聞いていた。

 

(あの劉表って人が、劉備の身内なのか? そういえば劉備は劉表を頼って荊州へ行ったって聞いたことあるような……気がする。でも華琳は、劉姓なんてごまんといるって言ってたしなぁ。まあ袁紹がアレで、袁術がアレだもんなぁ。やっぱ俺の知ってる三国志とは違うんだな)

 

なかば諦めたように、一刀は心の中でため息を落とした。

 

「……で、彼が北郷よ」

 

華琳の言葉にハッとなり、一刀は慌てて黙礼した。その瞬間、場がざわめく。

 

「あーら、その貧相なのが、天からの遣いとかいう輩ですの? どこの下男かと思いましたわ」

「て、天っ!? おい、華琳。あれは隠すって」

「ここが使い時だと思ってね。適当に噂を流しておいたのよ。天の御遣いが天子様をお救いする。民が好みそうな物語でしょう?」

「マジかよ……」

 

一刀は目をつぶって頭を抱えた。しかしざわめきは生まれたものの、一刀に詰め寄ってくる者はいなかった。

 

(ゆ、許された……?)

 

麗羽もすぐに興味を失ったようで、咳払いをひとつして自己紹介を始める。

 

「さて、それでは……最後はこのわたくし、袁本初ですわね」

「それは皆知っているから、いいのではなくて?」

 

と、華琳から鋭いツッコミが入る。

 

「くぅ、三日三晩考えた名乗りですのに……。まあ名家たる者の悲しい運命(さだめ)といったところですわね。では軍議を始めますわ。真直(まぁち)さん」

「はっ、まずは現状と目的の確認を行います」

 

麗羽に指名され、眼鏡をかけた女性が前に出る。

 

「都で横暴を働いている董卓を討伐し、天子様をお救いすること。それが我らの使命です。この通り、勅命も頂いております」

 

田豊は豪奢な箱の中から、勅命を取り出し、諸侯たちに見せつけた。

 

(よくも言えたものね)

 

それを華琳は冷めたような視線で睨みつけた。

洛陽に伝手を持つ者ならば、真相を突き止めるのはそれほど難しくはない。あれは間違いなく、宦官が用意した偽勅。しかし、それを袁紹に届けさせたのは、董卓の失策だった。

 

(所詮は田舎の官吏。洛陽の魑魅魍魎どもを相手取るには、力不足だったようね)

 

華琳は董卓に同情した。しかし、あの勅命が偽勅であるという確信がない以上、華琳は麗羽に従うしかなかった。現状の兵力で麗羽とぶつかれば、いかに華琳といえども必敗は目に見えていたからだ。

 

(この戦いで麗羽の戦力を削る。官軍は良い仕事をしてくれたわ)

 

華琳は心の中でほくそ笑んだ。

そのまま軍議は続き、汜水関での一番槍は王匡が務めることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「王匡が敗走した? 官軍が打って出たというの?」

 

華琳は桂花の報告に目を見開いた。威勢よく一番槍を買って出た王匡は、大きな被害を出して撤退することとなった。

 

「はい。防衛に徹すると思っていたのですが……王匡も虚を突かれたようで、方悦という将軍が討たれたそうです」

「……そう。河内の名将、方悦がね。討ったのは、やはり呂布かしら?」

「いえ、それが、聞いたこともない名前で……関羽雲長と」

「関羽だってっ!?」

 

その名前にいち早く反応したのは一刀だった。

 

「ちょっと!? 精液を飛ばさないでちょうだい! 妊娠しちゃうじゃない!」

「それを言うなら唾だろ……ってそうじゃない! なんで関羽が董卓のところにいるんだ!?」

「何を興奮している。その関羽という女が董卓のところにいるのが、そんなにおかしいのか?」

 

春蘭が真っ当な疑問を口にする。

 

「一刀、あなたの知る関羽がどういった人物か、説明なさい」

「あ、ああ。関羽ってのは、抜群の武勇と将才を持つ武将で、軍神とまで呼ばれた凄い人だ。劉備の配下のはずなんだけど……」

「……へぇ、軍神、ね」

 

華琳の瞳が妖しく光る。

 

「……か、華琳さま。お戯れは……」

 

桂花がやんわりと諫めるが、華琳は止まらない。

 

「飛将軍だけではなく、軍神まで。……欲しいわ。春蘭」

「ハッ、呂布も関羽も、縛り上げて華琳さまの前に連れ出してみせます!」

「華琳様、今回ばかりはお控えください。呂布の強さは人知を超えております。黄巾の三万殺しは華琳様もご存知でしょう。その関羽とやらも、方悦は三合すら打ち合えなかったと聞いております。また関羽の率いる五〇騎も精鋭揃い。一騎の損害も出しておりません。城壁からの援護があったとはいえ、王匡軍は関羽とたった五〇騎に翻弄されたのです」

 

姉の命が懸かっているためか、秋蘭も必死で華琳を諫める。

 

「秋蘭! 私が信じられないのか!?」

「いや、姉者の強さは信じている。だが呂布の強さは本物だ。関羽とて得体が知れない。情報が少なすぎる」

「それでもっ!」

「二人とも黙りなさい。そうね、捕縛というのは、欲張りすぎたわ。春蘭、無理に捕らえなくてもいいわ。勝つことをまず考えなさい。いいわね」

「はい、華琳さま! 私は華琳さまの剣! 誰にも負けません!」

「そう、いい子ね」

「か、華琳さま~」

 

華琳にほほを撫でられ、春蘭は顔をほころばせた。

こうして、汜水関での初日は終わった。

だがそれは、終わりの始まりでしかなかった。

その日の夜、華琳は銅鑼の音で目を覚ました。

 

「夜襲です! 曹操様!」

「分かっている! 糧食を守れ! かがり火を絶やすな!」

 

華琳が次々と部下に指示を出していく。

 

(まさか初日に夜襲とは。籠城する気がないのか。飛将軍呂布、よほど攻撃的な性格のようね)

 

「華琳様!」

「秋蘭、状況は?」

「はい。攻められているのは我が陣ではないようですが、いつこちらに牙を剥くか分かりません」

「警戒を厳に。夜襲は一撃離脱が鉄則よ。糧食は死ぬ気で守りなさい」

「ハッ!」

 

秋蘭と入れ替わりに、季衣と流琉が華琳の護衛に駆けつけた。

 

(声は……麗羽の陣か。まあそこは狙うわよね。一か所じゃない……わね。かなり遠い……数を減らすのが目的か。下手に援軍を出しても、同士討ちが関の山ね。ここは守りを固める)

 

華琳の判断は間違いではなかった。しかしここで華琳が麗羽に援軍を出していたら、後の麗羽の印象も変わっていたかもしれないが、それは今の華琳には知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

汜水関の戦い三日目、朝の軍議にて、華琳は針の筵に座らされていた。

 

「麗羽、少し考えれば分かるでしょう。これは典型的な離間の計よ」

 

本来ならば、華琳は頃合いを見て、一昼夜攻め続けるという策を提示するつもりだった。しかし、相手はそれを読んでいた。初日、二日目の夜襲はその布石。攻めてくるかも、という不安。そして闇という恐怖。誰も夜の城攻めなどやりたがらないだろう。

 

(その布石すら、更なる策の布石だったとは……呂布の軍師、陳宮といったかしら。侮れないわね。本命は、私か!)

 

華琳は自分が狙い撃ちされたことに気づいた。もしかしたら予測はできたかもしれない。だが回避は不可能だった。自分と麗羽の間には、そこまでの信頼関係はない。

実際、華琳は麗羽に全幅の信頼を置いているわけではなかった。信用はしても信頼はしていないのだ。

 

「そうですわね。わたくしと華琳さんの仲を引き裂こうとしているのですわね。ほほほほっ」

 

(目が笑っていない。……これ以上は何を言っても無駄か。実績で黙らせるしかない)

 

道中の襲撃もなく、夜襲も華琳の軍は全く被害を受けていない。それが麗羽の疑心を強めていた。

 

「今日の城攻めは、私の軍が行うわ。それを証明としてみせましょう」

「ええ、期待しておりますわ。か・り・ん・さん」

 

麗羽は妖艶な笑みを浮かべて、華琳を送り出した。

華琳は汜水関を前に軍を展開する。

 

「万が一の襲撃を考えた場合、本陣の守備を手薄にはできません。前線指揮は春蘭、補佐として秋蘭と季衣を付けましょう」

 

桂花の進言を受け入れ、華琳はそのように陣を構築した。

そして、戦いが始まる。

しばらくして華琳の下に伝令が走ってきた。その内容を聞いて、華琳は眉を顰めた。

 

(鏃を外した矢だとっ!? この曹孟徳をどこまでコケにするつもりか! これではまるで本当に内通しているような……いや、まて。考えろ……戦いとは常に二手三手先を考えて行うものよ。官軍は私に、何をさせようとしている(・・・・・・・・・・・)?)

 

華琳が沈思黙考を始めた。思考の渦に沈んでいく様を隣で眺めていた一刀は、思考の邪魔をしないように、視線を前線に戻した。

そこではちょうど、春蘭の一騎打ちが始まったところだった。

 

(……すごいな。男でもあそこまで戦えるものなんだな)

 

一刀の口から感嘆のため息が漏れる。これまでにも、それなりに戦える男はいた。賊の(かしら)などは男が多かったし、春蘭と数合打ち合えるくらいの猛者もいた。

だがあそこまで春蘭と戦えた男はいなかった。

一刀は剣道の経験者だったが、所詮は学生剣道であり、実戦の機微には疎い。一刀の目には、春蘭が一方的に攻め立てて、相手は防戦一方に映っていた。

 

(何か言い合ってるみたいだけど、この距離だと聞き取れないな。えっ!? 春蘭がふっ飛ばされた!? "気"ってやつか? 凪みたいな……相手は退くみたいだな。春蘭が勝ったのか。あれ? 今、秋蘭が射かけた? 一騎打ちなのにいいのか? いや、終わった後だからいいのか? わ、わからん……)

 

戦場の作法など分からない一刀は首を傾げた。とその時、華琳の目がカッと見開かれた。

 

「見えた! 水のひとしずく!」

 

長年悩まされていた頭痛の種が割れ、頭の中がクリアになる。

思考の渦に沈んでいた華琳が、ようやく浮上してきた。

 

「そうか。そういう、ことか……。伝令! 春蘭に少し下がるように伝えなさい。そして真桜に衝車の準備を急ぐように伝えろ!」

「ハッ!」

 

華琳の指示を受けて、伝令が走り出す。

しばらくして衝車の準備が整い、華琳は突撃するように命じた。

その結果、衝車は門前で横転した。

 

(あわよくば、とも思ったが、これはこれで良い。今回は負けを認めてあげましょう。だがこの曹孟徳を利用した代償は高くつくわよ。董仲頴!)

 

華琳の瞳は、ギラついた光を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、冥琳」

「なんだ、雪蓮」

 

天幕の中、褐色の美女二人は杯を交わしていた。

 

「曹操って本当に内通していると思う?」

「さて、おまえの勘はなんと言っているのだ?」

「う~ん。ナシ、かな」

「だろうな。あからさますぎる。曹操自身も言っていたが、典型的な離間の計だ。田豊は半信半疑といったところか。張勲は気づいているようだったが、わざわざ首を突っ込むとも思えんな。曹操を助ける理由もないし、やつの立場なら袁紹の力が削がれるのは望むところだろう」

 

その言葉に、雪蓮はほほを膨らませた。

 

「私を試した?」

「ふっ、そうむくれるな。我らに損害はないのだ。いや、負傷兵たちに不満はあるようだが」

「うちのやつらって荒くれ者が多いからねぇ。怪我もしてないのに怪我人のふりして、一日中おとなしくしてるのは辛いわよね。私なら、んあ゛あ゛あ゛ーーってなっちゃう!」

 

そう言って、雪蓮は腕を振り回した。雪蓮の兵たちも、打ち合わせ通りに夜襲を受け、その際に負傷兵が出た、ということにしている。

曹操に疑惑の目が向けられているおかげで雪蓮たちは疑われていないが、一応の保険だった。

 

「で、あと何日くらい?」

「二〇日、といったところだな」

「……早すぎない? 汜水関が落ちるって意味じゃないんでしょ?」

「ああ、気づかないか? 汜水関には「張」の旗がない。そして、連合に公孫賛が参加していない。そこから導き出される結論は……」

「二人して冀州を攻めてる?」

「ふっ、その通りだ」

「なるほどねぇ。袁紹の余裕がないのは、それが理由か」

 

雪蓮は納得したように、杯の中身を飲み干した。

 

「冀州の状況次第だが……もって二〇日だ。食糧と袁紹の忍耐力を考えればな」

「う~ん。でもさぁ、冀州には韓馥がいるでしょ。州牧なんだから兵も多いはず。だから袁紹も守りに残したんじゃないの?」

「所詮は脅されて従っただけにすぎん。董卓側に勝ち目が出てきたのなら、あっさり裏切るかもしれんぞ。いや、董卓を裏切って袁紹に付いて、さらに裏切るのだから表に戻っただけか」

 

冥琳はシニカルな笑いを浮かべ、杯に口をつける。

 

「董卓が許すかしら。一度裏切ったのよ」

「韓馥の持つ兵は多い。だからこそ、董卓は韓馥を許すだろう。誰も彼もを敵にできるほどの余裕は、今の董卓にはない。敵は袁紹に絞るはずだ。そして、許されると分かれば、韓馥は州牧の地位を手放してでも命を取るだろう。袁紹に忠義を誓っているわけではないのだからな」

「……なるほど。でもさぁ、戻るんじゃなくて、進む可能性だってあるんじゃないの? 一気呵成に攻め立てるとか」

「田豊が止めるさ。多大な犠牲を払って汜水関を落として、洛陽まで兵を進めたとしても、帰る家がなくなっていれば意味はない」

「陛下の玉体を押さえればなんとでもなるんじゃない?」

「洛陽に陛下がいらっしゃればな」

 

雪蓮の片目がピクリと動いた。

 

「そんなことある?」

「むしろ逃げない方がどうかしている。田豊はそこまで考えているさ。洛陽に入ったものの、陛下を確保できなければ、詰みだ。だから田豊は顔良や文醜を使って、無理矢理にでも袁紹を冀州に連れ帰るだろう。本拠地を固めることができれば、再起は可能だ」

「なるほどねぇ」

 

空になった杯に酒を注ぎながら、雪蓮がつぶやく。

 

「そして袁紹が張遼と公孫賛に攻めかかったところで、後背から曹操が襲い掛かる。つまり、挟み撃ちの形になるな」

「……曹操が従うかしら? 今まで利用されていたのよ」

「そのための勅命だ。董卓の悪政がないことは分かっている。袁紹討伐の勅がすでに出されているのは知っているだろ。何かしらのエサも用意しているだろうな。その時、内通という嘘は(まこと)になる。曹操は漢帝国のために、埋伏の毒となったのだ。というのが筋書だろうな。曹操は優れた判断力を持っている。利のある方を選ぶさ。尤も、受けた屈辱は忘れないだろうが。まあ、私たちには関係のないことだ」

 

そう言って、冥琳は酒をチビリと嚥下した。

 

「呂布の軍師、陳宮か。あるいは洛陽の賈駆か。相当な策士だな。人間心理の裏を巧みに利用した策だ。この策の恐ろしいところは、気づいた時にはもう遅いということだな。実際、曹操には打つ手がなかった」

「ふふっ、袁紹と曹操が、私たちみたいなら良かったのにねぇ」

 

そう言って、雪蓮は冥琳と指を絡ませた。二人は金属を断つほどの、強く固い絆で結ばれていたのだ。

 

「でも、曹操もしてやられたわね。評判も当てにならないってことかしら」

「……いや、それは違うぞ雪蓮。曹操は傑物だ、間違いなくな。だがそう簡単ではないのだ。過去に英傑、名将と呼ばれた人物の戦記を読んでいても、なぜこんな稚拙な策に引っかかるのだ? と思ったことは多々ある。しかしそれは、私が結果を知っているからで、当事者でもなく、その時代を生きたわけでもないからだ。戦史に難癖をつけて、私ならもっと上手くやれるといきがっていた小娘だった」

「冥琳にもそんな時期があったのねぇ」

 

親友との出会いを思い出しながら、雪蓮はしみじみと頷いた。

 

「ふふっ、まあ夏侯惇と征南将軍の一騎打ちは見ものだったがな。しかし衝車は余計だった。あれで進入が難しくなってしまった」

「袁紹も苦い顔してたもんねぇ。でもあの口上はカッコ良くなかった? 「貴様らに名乗る名前はない!」ってやつ。みんな名乗りたがるのが普通なのに。自分の旗も立ててないし、恥ずかしがり屋なのかしら?」

「そんな問題でもないと思うが。というかよく聞き取れたな。まあマネはしないでくれよ。おまえは名前を売る必要があるのだからな」

「は~い」

 

雪蓮は手をぶらぶらと振りながら答えた。

 

「連合はもう、ダメだろう。衝車は結果としてはダメだったが、手としては悪くなかった。袁紹が曹操を(ねぎら)っていれば、また違ったのかもしれんが……あれで諸侯らの気持ちも離れた」

「それが袁紹の限界なんじゃない?」

「そうだな。もう少し袁術の兵を削って欲しかったが、これでは二〇日ももたないかもしれんな。終わりの時は近い」

 

冥琳は月を眺めながら、杯を傾けた。

 

「その終わりの時が、私たちの始まりの時なんだけどね。蓮華の方は大丈夫なの? 不安なんだけど、あの子。あなたが推挙したから受け入れたけど」

「能力はあるさ。うまく物資も仕入れられたとさ。馬と食糧、新型の弩も買えたらしいぞ」

「北方の豪商の、宝山商会だっけ? そこの会頭と懇意なんだっけ?」

「ああ、会頭の劉岱(・・・・・)殿は、かなりの才媛のようだ。(ぱお)も認めていた」

「天才が認める天才ってやつ? まあ、お手並み拝見と行きましょう。冥琳にも勝る逸材と豪語する天才ちゃんの、ね」

「ふっ、そうだな」

 

二人はカチンと杯を打ち鳴らし、中身をグイと飲み干した。

 

 

 

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