「よし、決めた」
ある日の放課後スイーツ部の部活中――とは言ってもテイクアウトしたスイーツを食べているだけの、汗も努力も涙も何もない、平和な部活動――ナツがおもむろに立ち上がる。
「明日、野スイーツ会をやるよー」
むふん、と鼻息一つ。目をきらきらとさせて、ナツはそう宣言した。
「おお、いいじゃん。どこでやる? なに食べる?」
「外となると、机と椅子が必要ですね。どこかにあったかな……」
ヨシミとアイリがすぐさま話に乗る。
ナツが言ったのは『野スイーツ会』というだけ。その名目での部活動は今までやったことは――少なくとも私は――ない。それなのに、ナツを含めた三人は準備するものやら場所やらを話し始めている。一方の私は、さっきから頭に浮かんだ疑問符は消えるどころか増えていく一方で。
……あれ、話について行けてないの私だけ?
「いやいや待って、次々話進めないでよ。何よ、『野スイーツ会』って」
準備への話が熱を持ち始める前に、ストップをかける。ナツが言い出すことはいつも突然で、突発で、しかもふわふわとした物ばかりだから、私がそれをしっかりと固めなくちゃいけない。しっかり者のアイリはともかくとして、ヨシミは割と面白ければなんでもいい、のスタンスだから、なおさら。
「あによ、その名前の通りでしょ?」
折角盛り上がってるのに話の腰おらないでよ、とでも言いたげなヨシミの視線が刺さる。
『その名前』の意味がふわふわしてるから、定めようって話なのに。以前も同じようなことがあったときに、ヨシミナツ組、アイリ私組の間で認識が違ってて大変なことになったのを忘れたんだろうか。
「……で、『野スイーツ会』って?」
「教えて進ぜよう。野スイーツ会とは! 落ち葉を集めて、火を付けて、中にアルミホイルで包んだサツマイモを――」
「はいはい、焼き芋会ね」
「野スイーツ会」
口元を尖らせたナツが、私の言葉に食い気味に被せてくる。頑としてその言葉を譲らないのを見ると、スイーツ学的によほど気に入った名前なんだろう。
ナツのスイーツにかける情熱は並々ならぬ物なのは今までの行動を見れば分かることだし、ナツにスイーツ哲学を語らせようものなら黙って一時間は余裕でかかる。
ここはナツに従った方がよさそうだ。――あと、外で焼き芋を作るというのも、面白そうだし。
「はいはい、野スイーツ会ね。で、場所と時間は――」
「え、もう決めた。学園の裏庭の端んとこに開けた場所あるじゃん? あそこ」
「決めるの早すぎない?」
「野スイーツ会って言ったらやることはどうせ一つでしょ。そんで落ち葉が沢山あるとこって言ったらもうそこしかないし。問題なのは何を食べるかだけ。――ってことで、カズサ」
ぽん、と私の肩に手が乗る。
「場所とか道具は決めたから。残った買い出し役、お願いね」
「――――うぇ」
ヨシミに体よく面倒事を押しつけられた気がした。けれど、四人のうちで何もしていないのは私だけという事実は、どうしようもなく変わらない。
アイリが困ったように苦笑いするのを見つつ、精いっぱいの抵抗として盛大にため息を付いてから。
「……分かった。ただ、私が勝手に買うのもなんだから、リストちょうだい」
「もちろん。サツマイモ10本と、牛乳2本と、バター1箱と、アルミホイルと、バーベキュー用の木と炭とー。カズサが持つんだから、重いものいくら持たせても大丈夫よね。あとはー」
「おい」
ヨシミの心の声が漏れ出るのを聞き逃さなかった。買い出しが終わった後、一発はたいておこう。
◇◇◇
「…………で」
「はい?」
「なんでここに宇沢がいんの?」
竹箒を手にして、ざかざかとご機嫌な様子で落ち葉をかき集めている宇沢の姿が見える。目を擦って見ても、見えた景色は変わらない。
落ち葉が一箇所に集まっているどころか、箒が出す風圧で逆に散らかっているように見えるのは、きっと気のせいだろうと思う。宇沢がここに居ることに比べたら些細なこと。
「ヨシミちゃんに、野スイーツ会をやるから来てって誘われました! 杏山カズサも来るって言われたので、二つ返事でスタンプ連打しました!」
「いやモモトークの内容じゃなくて。――っつかヨシミの仕業か。よし、シメる」
「暴力はだめですよ杏山カズサ」
「あんたが言うな。――まったく。来るなら来るって言ってよ」
勝手にため息が出る。ヨシミのやつ。部室じゃメンバー四人って言ってたくせに。
――っていうか、よく考えたら買わされたサツマイモ10本じゃん。コップと皿も四人にしちゃ多いじゃん。畜生。騙された。なんで気づかなかったの私。
「んー? 杏山カズサ、なんか言いましたかー?」
「――――っ! うるさい。あと箒の使い方ヘタ過ぎ。落ち葉散らかるでしょうが」
気がついたら宇沢がすぐ近くにいたので、掌底で押し返しておいた。
学園内で火を扱うときは許可がいるらしい――というのは、集合場所に来てから知った。
役割分担の中ではそんな話はまったくしていなかったから、企画倒れになるじゃん、と思っていたら、アイリがそこらへんのことを全部処理してくれたらしい。
「私が全部やったので、大丈夫」
と言い切ったアイリは、その後で恥ずかしそうにはにかんでいた。
校内の清掃をするという名目で箒を借りて、火を扱う許可もしっかりと確保。昨日の今日にも関わらず、それらをもれなく完璧にこなせるアイリは、本当にすごいと思う。
焼けたサツマイモは、最初にアイリに渡してあげよう――と落ち葉とバーベキュー用の木材でできた火の山を木の枝で突く。
――あれ、なんでそもそも私が火の管理をしてるんだっけ。ヨシミの役割だったんじゃ?
ふと思い立ってヨシミの姿を探す。落ち葉の山は二つ。役割分担的にはヨシミが火の管理だから、少なくとももう片方の方に居るだろう、と思ったけどそこに居るのは宇沢。じゃあヨシミは? と思って周りを見ると。折りたたみ椅子に座ってのほほんとナツと牛乳を飲み交わしていた。
「ヨシミ、サボってないで働いて」
「やー、レイサが火の番変わりますっていうから変わってあげたんだよ。私はサボってない」
「宇沢に押しつけたとかじゃなくて?」
「とかじゃなくて。なんでもレイサが焼きたい物があるんだってさ」
焼きたい物。私がリストで買ってきたのは、サツマイモとジャガイモだけ。口の中がパサパサになるだろうから飲み物として――ヨシミの強い要望で――牛乳を買ってきたのだけれど。宇沢は何が食べたいんだろうか。
その宇沢は鼻歌を口ずさみながら、同じく木の棒でほどほどに火力のある山を突いている。
「宇沢、その中何入ってんの?」
「よくぞ聞いてくれました杏山カズサ! 野スイーツ会と聞いたので、カボチャを焼いてます。じゃがバターならぬかぼちゃバターを作るんです。きっとほっくほくでおいしいですよ!」
――ああ、なるほど。さては、先週スイーツ勝負で食べたパンプキンティラミスにハマったクチだな。
宇沢の思考が見え見えで、少しだけ嬉しくなった。
抹茶ラテを飲んだ次の週は抹茶フレーバーのケーキを食べに行くし、店でマカロンをお勧めしたら、いつの間にかその店のスタンプカードを埋め切るほどの常連になっていた。
宇沢はよくいろんなものに影響される。そのフットワークの軽さと行動力は、素直に尊敬できるところだし、ほほえましさすらある。
「あと、ここに来る途中に集めた栗もこっそりと焼いてます。焼き栗も、美味しいんですよね」
「――――ちょっとまて宇沢」
息が止まる。嫌な予感がした。
「栗に切れ込みとか入れた?」
「え? いや、なに――」
全て聞き終える前に、私は飛び出していた。彼我距離は2メートルもない。一飛びで埋まる距離。
「きょ――――――」
たき火の前にしゃがんでいる宇沢を、横から突き飛ばす。上に覆い被さる。
――同時。背後から破裂音。
ハンドガンの銃声より重い、バンッ、という音。
一つ目の破裂音を皮切りに、背後から何発も何発も響き渡ってくる。
足や後頭部に、結構な勢いで何かが当たる感覚。それなりに痛いし、何より、熱い。
「きょ、やま、なに、が?」
胸の中でもごもごとした宇沢の声が聞こえる。
「バカ。栗は直で焼いたら破裂すんの。そんくらい調べ、痛っ」
後頭部におそらく弾けたであろう栗が当たる。頭だから痛いで済むけれど、これが顔だったら――と思うと、背筋が凍る。
もうひとつ、破裂音。
「アイリ、ナツ、ヨシミ。危ないからこっち来ないで。いいって言うまで頭出さないで」
一番近いであろうヨシミでも、たき火の場所から数メートルは離れているから大丈夫だとは思う。けれど弾けた栗がそっちに飛んでいかないとも限らないから、一応対策はしておく。
胸の中の宇沢は、押し倒された直後はもごもごと動いていたけれど、今は落ち着いている。――というよりも、さっきから微動だにしていない。
ヘイローは見えてるし、さっき声を上げていたのだから意識はあるのだろうけれど。反応がないのは少しだけ――。
「きょうやま、カズサ」
もご、と声がする。
「その。こうなるって、知らなくて、…………、ありがとう、ございます」
消え入りそうな声が、胸の方から聞こえる。
「自分の体、大事にしなさいよ、まったく」
背後から破裂音が聞こえなくなるまで、私は宇沢の上に覆い被さり続けた。
◇◇◇
破裂音が止んでから、念のため数分をおいて、私は起き上がった。
まだたき火の中に栗が残っていて、いつ破裂するか分からない状態だったので、折りたたみ机をシールド代わりにして近づいて水をぶっかけた。鎮火したたき火を机を置くことで覆いとして、万一破裂しても大丈夫なようにした。
それと、宇沢。
状況が状況だけに仕方が無かったとはいえ、全力で押し倒す形となってしまった宇沢。顔や体には特に怪我などは見えなかった。頭を強めに打ちました、とは宇沢の談。だけど元気そうだからよしとした。
一応、銃弾を受けても割と平気とはいえ、顔に何か跡が残ったらそれこそ一大事だから。宇沢に何もなくてよかったと思う。
「まったく、宇沢は。調べもしないで入れるから……」
私の隣で小さくなって焼き芋を食べる宇沢の頬を突く。今日の宇沢の頬も弾力がある。
「本当に本当にごめんなさい」
「ほら、レイサちゃんも反省してるんだから、ね?」
「まったく。何もなかったから良かったものの。宇沢の顔に傷でも付いたらどうすんのさ……」
ため息を付いてから、充分に冷めたサツマイモにかぶりつく。数十分もの間火の中にあったにも関わらず、サツマイモはほどよくしっとりとしていて、ふんわりと甘い香りが漂ってくる。
もう一口。ほどよく冷めたと思ったら、中の方はまだ熱が残っていて、少しだけ舌がひりついた。冷めた物ですらこうなのだから、焼きたての、湯気が立ち上っている状態のものを美味しそうに食べるヨシミやナツはどんな舌をしてるのかと思う。――私が猫舌過ぎるだけなのかもしれないけれど。
「…………なにさ」
ふと顔を上げると、全員の顔が私の方を向いていた。
アイリが念のためと言って持ってきた、ビニールシートの上に全員で円形に座っている状態。全員の顔が一目で見えるのだけれど、その視線は全部私の方に向いている。
いつものようにというか、ヨシミはにまにまとした笑みを浮かべているところまでいつも通り。宇沢は、なんというか、視線がきょろきょろと動いている。なんなの、いったい。
そういえばさっき、ナツとヨシミがなにやらこそこそと話をしていたような――。
「カズサもさ。なんだかんだ言ってもレイサのこと好きだよねぇって」
「――――はぁ!? 今の流れでなんでそんなことになんのよ!」
何やら、ヨシミがよく分からないことを言い出す。いやマジで何言ってんの。
「怪我する、とか。痛い目にあう、とかじゃなくて。顔に傷が付くこと心配するとか、レイサのこと大事にしてなきゃそんなこといわ――――ぐぇ」
「あんたは、一体、何を、言って、んの!」
ヨシミが言わんとすることが途中から分かっていたので最後まで言わせなかった。言わせたくなかったというか宇沢に聞かせたくなかったというか。とにかくヨシミの胸倉を掴んで前後に揺さぶる。
ヨシミは一体そういう知識をどっから仕入れてくるんだろう。漫画かなにかか。とにかくなんでそんな思考になるのか。女の子の顔に傷が付くとか最悪だから。私はただ宇沢を心配していただけで――。とそこまで考えて。
宇沢を心配して、ってのはどうしようもなく間違いがないことだと思うと。ヨシミの言葉も、あながち間違っちゃいないと思わなくもなくて。
でもそれを自分の口からじゃなくてヨシミの口から言われるのはやっぱり癪だから、とりあえず全力で揺すぶっておいた。
アイリに止められるまで揺さぶり続けたら、ヨシミはいつの間にか目を回していた。まったく。こうなると分かってるんだったら言わなきゃいいのに。
ヨシミへの復讐を果たしてスッキリしたところで、宇沢の方を見ると。まぁなんというか。想像通りの反応をしていて。
「――――――――」
目をぱちくりとさせて、手をばたつかせて。なんというか挙動不審になっているその姿は、ちょっと前に見たことがあるようなないような、そんな様子で。
「きょ――――きょきょ、きょう、や――――――」
――ああもう、宇沢がこうなったら元に戻るまで時間かかるんだよねぇ。
諸悪の根源のヨシミを恨みつつ、手に持っていた焼き芋を宇沢の口に突っ込んで、とりあえず黙らせておいた。
秋なので、放課後スイーツ部の面々で焼き芋をやってもらいました。
サツマイモ、ふかした物と違って、焼いたものってやけに美味しく感じます。放課後スイーツ部プラス1の面々は、てんやわんやの後、焼き芋を牛乳と一緒においしく食べたことでしょう。
なお、今作は一部を作者の実体験を元に作成しています。たき火の中に栗入れちゃだめだぞ。絶対だぞ。マジで破裂するからね!