授業の後は、いつも頭が重いような感覚がある。
数式やら公式やら化学式やら文法やら、授業の間は頭を使うことが多すぎて、終わった後はいつも頭に糖分が足りていないのが分かる。まして、追加で授業を受けさせられたとなれば、なおさら。
いつも持ち歩いているマカロンは午後の授業の後で食べ切っちゃったし、これは部活動で可及的速やかに糖分を摂取しないとやってらんない。たしか今日のスイーツの当番はヨシミだから、この間話をしていたお店の――、と考えながら歩いていると、見覚えのある後ろ姿を見つけた。
何やら並んだ自動販売機の隙間に体を差し込む、ホワイトスノーの髪。
「……宇沢?」
「わひゃぁっ!?」
文字通り飛び上がった宇沢は、おそるおそると言ったようにゆっくりと振り返って。私の顔を見るなり、ほっと胸をなで下ろした。
「なんだ、杏山カズサじゃないですか」
「なんだって何。ていうか、何やってんの?」
「え、これですよ、これ」
宇沢は手に持った金属でできた掴み――『ゴミはさみ』とか『トング』とか呼ばれている、アレ――をカチカチと鳴らす。宇沢の姿をよく見ると、足元近くにはビニール袋があって、その中には空き缶やら紙くずやらが入っている。宇沢が見ていたであろう場所には、暗がりの中に潰れた空き缶のシルエットが見える。
宇沢の行動から察するに、そういうことなのだろう、と思った。
「そっか、自警団ってゴミ拾いとかもするんだ。大変だね」
「…………えへへ。まぁ、自警団だからやってるって訳じゃないんですけど」
ばつが悪そうに頬をかく宇沢は、ため息を付きつつ半分笑ったような声を出す。
「ん? これ、自警団の仕事じゃなくて?」
「やー……あはは…………。杏山カズサ、私の話を聞いても、笑わないでくれますか?」
どう見ても空笑いをしていた宇沢は、ひとつ息を付いたあと、そう聞いてくる。声はいつもの声だけれど、どこか真剣味を帯びたようにも聞こえた。
「え、なにいきなり。真剣な話?」
「いいえ、笑い話です。……えっと、昨日の夕方なんですけど、部室棟で生徒を人質に取った占拠事件が起こりまして」
「……いやいや笑い話にするには重いでしょ、それ」
「まぁまぁ聞いてくださいよ。偶然その現場に立ち会ってしまった『トリニティの騎士』こと宇沢レイサは、いつものように一人で突入して、見事鎮圧したんです」
「いつものように」
一人で鎮圧を当たり前のように語る宇沢に、なんだか聞いてて頭が痛くなってきた。
「無事人質も無傷で救出して、チンピラたちは全員伸して自警団の方に引き渡したんですが。…………いやぁ、やりすぎちゃいまして」
「やりすぎた」
「はい。攻撃してくる人たちをちぎっては投げちぎっては投げしてたら、何人かが机とかでバリケードを築いちゃって、ちょっとばかし膠着状態になっちゃったんです。
『話せば分かる』とかなんとか言ってきたんで、『占拠した側が何言うんですか問答無用です!』ってバリケードごと吹っ飛ばしたら、その衝撃で部室棟に大穴が空いちゃったんですよ。あっはっは」
「…………」
やってることがバカみたいに激しくて、それがなんだか宇沢らしいな、と思ってしまった私は、大分宇沢に毒されてるんだと思う。――過去の私でもそこまではやらなかった。流石に。
そういえば――学園の通路、一箇所が通行禁止になってたっけ。そのせいか。
「で、占拠してた人たちを後詰めの自警団の人たちに引き渡したら、スズミさんに後ろから肩を叩かれて。『レイサさん。志は立派ですが、やりすぎです』って言われちゃいまして」
たはー、と後頭部を掻く宇沢は、しょうがないですね、とでも言いたげな顔をする。
「『校舎の穴は正当防衛ということでなんとかします。ただ、形上、レイサさんに何もないことにはできませんから』って言われて、今日の午後、会議とかで決まったんでしょうね、命令されたのが、学園の周りのお掃除一週間分だったんです」
そう言って宇沢は、ゴミはさみを再びカチカチと鳴らす。
「…………宇沢はさ、それで納得してんの?」
気がつけば、そう問いただしていた。
なんで、一人で危険を冒してまで突入して、人的な損害を出さずに解決したのに罰を受けるのが宇沢なんだろう――。納得が出来なかった。
だって、宇沢がいなかったら、騒ぎがもっと大きくなってただろうし、損害が大きくなっていたかも知れない。部室棟の壁一枚じゃ済まなかったことだって考えられるのに。それなのに、一人に責任を押しつけるってのは、どうなの?
「え? ……や、まぁこれ命令されたの一回や二回じゃないので、慣れっこというか。本来なら、修理費弁償なところが掃除で済んでるので、むしろラッキーというか。スズミさんも、私を守ってくれてのことだって分かってるので。平気です」
宇沢は。慣れてるから、色々としょうがない、で納得しているようにも見える。
――なんというか、そんなんじゃ、宇沢が頑張った意味、ないじゃん。
なんかムカついてきた。自警団の自己保身に走るその姿勢もクソだけど、宇沢も宇沢だ。それで納得してるんじゃない。上層部に殴り込みかけるくらいしなよ。宇沢がやったことは誇らしいのに、宇沢一人が罰を受けるとか、そんなの絶対、間違ってる。
「――――宇沢、貸して」
「……へ?」
本当なら、自警団の詰め所――があるかは分かんないけど――に殴り込みを掛けてもいいと思う。親玉の胸倉を掴んで『何考えてんのよこの(自主規制)!』と言い放つまでやってもいいと思う。けれど宇沢がそこまでしないのは、立場の問題とか、色々と、あるんだろう。
宇沢がやらないのだったら、当然だけど、私にもやる権利も何もない。一人でカチコミをかけるなんてのは、宇沢のためにもまったくならないから。
でも、さ。ここまで話を聞いて、そのまま「お疲れ」っていうのは。違うじゃん。そのくらいは、してあげるべきだし、してあげたい。
「それ、貸して。手伝うから」
言われた宇沢は、動きを止めたまま目を丸くして、ぽかんとして私の伸ばした手を見る。
宇沢は私の手と、私の顔との間を視線を何度も行き来させて。
「…………へ?」
もう一度、鳴いた。
「いや、へ? じゃなくて。一人でやるのは大変でしょ。手伝うって言ってんの」
「…………、痛い、ですね」
宇沢は、目をぱちくりと瞬かせて私の顔をじいっと見てきた後、自分の頬を抓って、首を傾げて、そう言った。
「一応聞くけど、何やってんの」
「…………いや、杏山カズサが掃除を手伝ってくれるだなんて、夢かなぁ、と」
「そっか。痛みを確認したいならそっちも手伝ってあげようか? いいよ? 歯食いしばりな」
「いえいえいえいえいえ結構です結構です結構なのでその拳を降ろしてもらっていいですか!?」
「…………まったく。ほら、貸して」
ムカついてたのが、宇沢のせいでなんだかどこかに行ってしまった。
盛大にため息をついてから、宇沢からゴミはさみを受け取って、自動販売機の裏を見る。案の定、空き缶が複数転がっていた。体を伸ばして、取って、ゴミ袋の中へ。からん、と軽い音がした。
自販機の裏から抜け出て、次の場所へ――と動こうとして、その場に立ち尽くしていた宇沢と目が合う。宇沢はさっきの場所から一歩も動かず、私の方を見ていた。
目はまん丸に見開かれているのに、口元は妙に横に広がっていて。なんとも言えない、変な顔になっている。
「ほら、宇沢。日が暮れたら拾えなくなるよ。さっさと今日の分終わらそ」
「――――はいっ!」
宇沢はこの日初めて、いつものような笑顔を浮かべた。
◇◇◇
「おんやー?」
ゴミ拾いを始めてから少しの時間が経って。ふと、聞き慣れた声が聞こえた。
顔を上げると、手に紙製のバッグ――しかもそこに描かれているのはチーズケーキで有名なTALeOの名前――を持ったヨシミたちの姿。
私の左手にはゴミが入った大袋。右手にはゴミはさみ。何をやっているのかなんて一目瞭然だろうに、ヨシミはあたかも何をやってるのか分からないといった、不思議そうな声を上げていた。
「カズサ、あんたなにやったの? 殺人? 窃盗? 誘拐? 密売?」
「どれでもないわよ、バカ。そんなことやったら正義実現委員会どころか別の所の世話になってるでしょうが」
ヨシミならどうせそんなことを言うんだろうなぁ、と思ってたら本当に言ってきて、思わず笑いそうになる。私が前にアレだったことを知ってるからとは言え、少しくらいは捻りを効かせてほしい。でも、ま、ヨシミだし。
それにしても――ここでヨシミたちが来たのは行幸とも言えた。人手はいくらいてもいいんだから。
「ヨシミ、ちょうどいいから手伝って。どうせこのあと部活でカロリー摂取するんでしょ? ちょうどいい運動だと思ってさ」
カチカチとゴミはさみを鳴らして見せる。ヨシミは私の顔を見てから、右手と足元のゴミ袋を見て、明らかに嫌そうな顔になった。その一方で、その後ろのナツとアイリは、その向こうで同じくゴミ拾いをしている宇沢を見て、なにやら得心したように頷いた。
「私たちも手伝いましょうか、ね、ヨシミちゃん?」
「えー!? なんでさ!」
「仲間の友人は、私たちの友人だよ。私たちの友人が社会奉仕活動をやっているんだ。私たちがやるのも道理だろう」
「……ということだから、よろしくね。ヨシミはあっち側の方よろしく」
「うぇぇぇ…………。はぁ、ま、いいけどさ。スイーツ前の運動ってことで」
器用に肩をすくめつつも、ヨシミはお願いをした方へと歩いて行く。
ヨシミの手には、今日部活動で食べる予定のチーズケーキ。
どうせ買ってきたケーキは
一人でやればただの罰。けれど放課後スイーツ部の面々とでやれば、部活動の一つ。
そう思えば、皆でのゴミ拾いも、悪くない。
◇◇◇
ゴミ拾いは一週間の予定が、最終的に三日で無罪放免となり、宇沢はまた放課後スイーツ部へと顔を出すようになった。
――なお、その間に自警団の中で何があったのかは、私たちはなにも知らない。
『オーバーキル宇沢レイサ』という概念がふっとんできたと思ったら、頭の中で飼っているうちに妙な化学反応を起こして最終的にできあがったのがこちら。
やんちゃな(最大限にオブラートに包んだ表現)レイサは、キャスパリーグ時代のカズサよりも派手にやりそうなイメージ、あると思います。少なくとも私はそう。
レイサは窓ガラスをぶち破って侵入しそうだし、天井とか壁のぶち抜きとかはやりそう。やることがまさにハリウッド映画。#爆発を背景にポーズを決めろ宇沢レイサ。
レイサと共闘したあと、惨状とかしたレイサ側の現場を見て、ジト目のカズサに「宇沢、やりすぎ」ってため息吐かせたい。