「杏山カズサ! あけましておめでとうございますっ!」
ゴンゴンと、うるさいくらいに扉を叩かれる。暗がりの中、時計を見る。午前0時15分。……深夜も深夜じゃん。
「…………」
人の安眠を妨害したらどうなるかってのは過去の歴史からも物語の世界でも証明されているはずなのに、あのやろう。
寮には門限があって、その時間になると正面入り口も裏口も閉められる。その時間を越えてから入ろうとすると、比較的マジに怒られるんだけど――12月31日から1月1日の間だけは別だとか入り口の掲示板に書いてあった気がする。
……まぁそうでなきゃ、宇沢が私の部屋のドアを叩くことなんてできないんだけど。
「杏山カズサ! 約束通り初詣行きましょう!」
ゴンゴンと、再び音が鳴る。除夜の鐘の方がまだ静かだったまである。このまま無視を決め込んでもいいかな、と思うけれど。宇沢のことだ、このまま寝たふりをしていても、どうせ今度は通話でたたき起こしてくるんだろうな、と思う。そういえば、大掃除を兼ねた年末スイーツ会の時に、そんなことを言っていた気がする。意外と約束は守る方だな、と部員の面々の顔を思い出しつつ、起き上がる。意外と、頭はすっきりとしていた。
――こんなこともあろうかと、昼寝しておいてよかった。
扉を開く。もこもこの服を着て、完全に外行き姿の宇沢がいた。
「あ、杏山カズサ! あけましておめでとうございます! そして初詣行きましょう!」
深夜もいいとこなのに、ほんと、元気だな、宇沢は。
「はい、あけましておめでとう。で、やっぱり初詣行くの?」
「ええ!」
元気よく宇沢は頷く。「色々と準備もしてきましたのでっ!」と背負ったバッグから物を取り出そうとしたから、やんわりと止めておいた。
ぱんぱんに詰まったバッグには、一体何が入っていることやら。下手なことは詮索しない方がいいだろう、と思う。
「銃は?」
「荷物が多くなっちゃうんで、置いてきました」
「え、大丈夫? 私夜の初詣初めてなんだけど」
「スズミさんが夜の警備に当たるそうなので、そこは大丈夫かなぁと。ま、もしもがあったら逃げの一手ということで」
「ん、まぁ正月早々ドンパチやりたくないしね。そうしよっか」
荷物は財布とスマホだけ持っていけば充分。愛用の銃は壁に立てかけさせたまま、防寒対策のダッフルコートを羽織って、廊下に出る。
キン、と透きとおった空気が、廊下に満ちていた。
しん、と廊下は静まりかえっている。いくら大晦日開けとは言え、そんなに騒ぐ生徒はいないのだろう。
――目の前に一人いるけれど。
「さ、行きましょうか!」
宇沢は毛糸の帽子と毛糸の手袋を付けて準備万端の様子。
散歩を促す犬のように、私の数歩先で私が来るのを待っている。
歩き出す。先導するように、宇沢は跳ねるような足取りで、廊下を駆け出した。
◇◇◇
「…………こんなにいんの」
学園から商店街に向かう途中に、その神社はある。何の神様が祀られているのか、とか。どんな御利益があるのか、とか。そういうのは全く分からないけど、それなりの規模がある神社。
普段の参道なんて、ランニングしているトリニティの生徒か、路上パフォーマンスの練習をしているトリニティの生徒か、なにやら輪になってヤンキー座りをしているどこぞの輩くらいしかいない。けれど今目の前にある光景は、本当に同じ場所なのかと疑ってしまうくらいに、人でごった返している。
眉間に皺が寄るのが自分でも分かった。それなりの人数は覚悟していたけれど、この人の量は、何というか、すさまじい。
「え、日付跨いだ直後なんてこんなもんですよ?」
隣で同じように人の行列を眺めていた宇沢は、しれっと当たり前のように、そんなことを言う。
「宇沢は慣れてんだね」
「ええ、それなりには。何度も自警団の任務で来てますし」
「あれ、そっち?」
「私が誰かと来るとか思ってます?」
「……だよね」
「いや、そこはフォローしてほしいんですが」
「いや、だって宇沢だし」
「否定できないのが辛いんですけど。――じゃなくて! ほら、行きますよ! 並ばないとお参りできないんですから!」
話広げたのは宇沢の方からだし、勝手に自爆したようにしか見えないのに、なんだか私のせいにされたような気がする。解せない。
宇沢は引き続き私を先導するように前を歩き、そしてふらふらと甘い匂いに誘われたか、屋台の方へ寄り道してから、列の最後尾につく。
「んー、んー! 大体三十分くらいですかね。あとは前が進むにつれてゆっくり歩くだけです。……ということで」
宇沢は背伸びして列の先頭を見ようとして、見えなかったのだろう、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねて。
そして宇沢は、先ほど屋台で買った紙袋を目の前に掲げる。何回も折られた紙袋の口を開けた途端、ふわりと甘くて温かい香りがした。
「はい」
一つ取り出して、私に、手渡してきた。
「なにこれ。何というか、こう……形というか、格好が……」
手袋越しに持っても、じんわりとした温かさを感じる、黄土色の焼き物。色合い的にはどら焼きの皮の色をちょっと薄くしたくらいなのだけれど――妙な形をしている。
「人形焼きですよ。ペロロの形の」
「ペロロ。……ああ、モモフレンズの」
「そうですモモフレンズです! そしてそして! この人形焼き、そんじゃそこらの人形焼きじゃないんですよ!」
何かのスイッチが入ったように、鼻息荒く、宇沢は自慢げにまくし立てる。
「トリニティ総合学園から歩いて十分、あのどら焼きで有名な、杏沢庵の人形焼きなんですよ! 素材はどら焼きに使ってるのと同じ高級品。そしてその生地は人形焼きのためだけの配合をしていて、ふわっふわでおいしいんです! 中に入っている餡子も、濃厚で甘くて、そして焼きたては香りがすごくいいんですよ! ってネットに書いてありました」
なるほど。宇沢に渡されたペロロの形をした人形――人形?――焼きは、冬の寒さも相まってか、湯気が立ち上っている。……このまま食べたらきっと、舌を火傷してしまうだろうな、と思う。もう少し冷ましておこう。
そんな私をよそに、宇沢は紙袋からペロロ人形焼きを取り出し、すぐさま口にする。断面から見えたのは、たっぷりの粒あん。こしあんじゃないところが評価できる。
「んーーーーー、おいひいでふねぇ」
頬に手を当てる宇沢は、実に幸せそうで、なおかつ、アホそうだ。
「初詣の夜に食べる、熱々の人形焼きは格別だ。って色んな記事に書いてあったんですよねぇ。記事の内容に間違いなしです」
満足そうにほう、と息を吐くと、暗闇に宇沢の白い息が見えた。そしてまた一口。ペロロ人形焼きは、二口であっという間に宇沢の胃の中に収まった。
そして鞄から筒状のものを出したかと思うと、蓋を開けて、中身をその蓋に注ぐ。
「人形焼きは喉が渇きますからね。杏山カズサも、はい」
差し出してきたのは、匂いから察するに、焙じ茶のようだった。
「宇沢、準備いいね」
「へへ。もっと褒めてください」
得意げに鼻下をこする。調子がいいやつ。
ただ一つ言うことがあるとすれば。……これ、見るからに沸騰してるんだけど。
「ミレニアム製の、ぱっと見は水筒にしか見えない、持ち運び電子ケトルです。充電式で6時間は常に熱々の飲み物を提供できますよっ!」
胸を張って、「めちゃめちゃ高かったんですから!」と言う宇沢。
熱湯って。飲めないじゃん。
◇◇◇
それなりに待ってやっと、私たちの番がやってきた。
鐘を鳴らす紐は五本垂れ下がっていて、人が分散できるようにと神社側で配慮しているにも関わらず、宇沢が『杏山カズサ、真ん中の鐘を鳴らしましょうっ!』と言うものだから、周りよりも明らかに進みが遅かった。
宇沢が鐘を――本当にうるさいくらいにめちゃくちゃに――鳴らして、鐘の音の余韻が残る中、二礼して、二拍して、手を合わせる。
手を合わせるその数秒前にきてやっと、『あ、そういえば願いごと決めてなかった』ということを思い出した。
ま、考えたところで結局、私の願いごとは去年と同じなんだけど。
――今年も『普通に』スイーツが食べられますように。
胸の中で、そう唱える。
そこでふと、普通ってなんだ、と考える。
去年の途中までは、放課後スイーツ部の四人で、『普通に』スイーツを食べていて。
年も半分を過ぎたあたりから、宇沢が部に来はじめて。めちゃくちゃ騒がしくなって。
それが段々と、慣れちゃって――気がつけば宇沢のいるそれが、私の『普通』になっていた。
それで考えたら。
『普通』が、少しだけ変化しているんだな、ということに気づく。私の『普通』に、宇沢がいるということに、なってしまっている。
「…………」
隣にいる人物の気配を感じながら、もう一度だけ、改めて、願いごとを唱える。
目を開ける。宇沢が私の顔を覗き込むのが見える。何やらほくそ笑むようなニヤケ顔が見えたので、額をでこぴんをしておいた。
「……なに」
「やけに熱心にお願いしてましたね、杏山カズサ」
額をさすりさすり、そんなことを言ってくる。
そんなに長かったとは思わないんだけど。
「願いごとなんて、一つだけだよ」
私の願いごとは、結局の所は、去年と変わっていない。
けれど、その前に少しだけ、言葉が増えた。
――宇沢と一緒に
――今年も『普通に』スイーツが食べられますように。
「レイサとカズサで初詣デートしてるのが見たい!」「よしきた」(みょん!脳内会議議事録)
カズサの趣味の項目、『「普通に」スイーツを食べること』を下敷きにしたら、きっとカズサのお願いはこうなんだろうな、というイメージです。
二人の初詣は賑やかに騒がしく行われてほしいし、寒い中でも二人の間だけはあったかい空気が流れてたらいいなと思います。
あけましておめでとうございます。今年もみょん!をよろしくお願いします。