「…………」
部室のドアを開ける前、私は少しだけ中の気配を探る。
中に放課後スイーツ部の面々は何人いるだろうか、とか。部屋の中は騒がしくなっているだろうか、とか。――部員以外の生徒がいないだろうか、とか。
気配は三人。特に騒がしくなく、けれど静まっているわけでもない、わいわいと姦しい声が聞こえる。ぱたぱたと部屋の中を歩く音がする。おそらくアイリあたりが飲み物でも取りに行ったのだろう。
――よし。
息を一つ。ドアノブを握る。部室のドアを押し開く。チーズの、甘くてもてっとした香りを感じるのと同時、放課後スイーツ部の三人の目が、私に向く。
「遅かったじゃないの」と拗ねたように口元を尖らせるのはヨシミ。
「彼女にも用事というものがあるのさ。そう、例えば伝説のスイーツを――」話が長くなりそうなところで「はいはい」と話を切られるのはナツ。
「注文してたチーズタルトが配達されたばかりなの。カズサちゃんもどう?」と笑顔で八等分にされたうちの一片を差し出してくれるのはアイリ。
皿に載ったそれを受け取る。部屋に漂っていたのはこの香りのようだ。皿がほんのりと冷たい。
「食べるなら皆で食べようってヨシミちゃんが言うから、少しだけカズサちゃんを待ってたの。そんなに時間がかからなくてよかった」
「アイリ! それは言わな――もがっ」
顔の前で自分の指先を合わせて、嬉しそうに言うアイリの後ろで、ナツがヨシミを押さえ込んでいる。アイリを力づくで止めようとしたのだろう。やることが子どもだと思う。
じたばたと暴れるヨシミをよそに、アイリは慣れたように机の上からタルトが載った皿とコップを避難させる。そしてヨシミが落ち着いたあたりで、それらを元に戻す。
私を含めて四人が、一つのテーブルに集まる。おいしそうなスイーツを前に、部員の面々の目が期待に満ちたきらきらとした目をしている。ヨシミはほんの少しふくれっ面。
「それじゃ、食べよっか」
学園の授業が終わった後に、部員で集まってスイーツを食べる。それが私たち、『放課後スイーツ部』の部活内容。
いつもの放課後スイーツ部の部活が、今日も始まる。
◇◇◇
タルトの先の方をフォークの側面で切って、口の中へ。チーズのなめらかな舌触りを感じたあとに、じんわりと冷たさと甘みが鼻に抜けていく。
思わず、ため息が一つ。
――おいしい、と思った。
今回のスイーツは誰が見つけてきたのだろう。アイリは――いつもどおりだろうから、ナツ、かな。ヨシミは、どちらかと言えば見た目が鮮やかなスイーツを好むから、きっとナツなんだろう。ちらりとナツの方を見る。『ふっ』とでもい言そうな、笑みの上にドヤ顔を見せてきた。
やはりナツだった。あとでお店の名前教えてもらおう――などと思いながらもう一口。チーズの濃厚な風味に、思わず口元が緩む。
部室の中で、スイーツを食べながら、わいわいとおしゃべりをする、我らが放課後スイーツ部。けれど、少しだけ、ほんの少しだけ、部室に違和感を覚えてしまう。
何というか、こう……静かに感じてしまう。
会話が止まっているわけではなく、いつものやりとりがいつものように行われている。今もヨシミが子ども扱いされて、ナツに食ってかかっている。
騒がしいのは騒がしい。のだけれど、その度合いが、少しだけ、小さい気がする。
それは、きっと――――。
「おやぁ?」
声がして、顔を上げる。ヨシミが口元に手を当てて、さも面白そうなおもちゃを見つけたような顔をしている。
「カズサ、視線をきょろきょろさせて、何か探してるの? ――それとも、誰かを待ってたり?」
指三本では隠しきれないほど、ヨシミの口元は三日月型を描いている。ニヤニヤとした笑みは、どこかいたずらを企んでる子どものような印象を覚える。
「…………別に」
「ふぅん、そっかそっか」
わざとらしく、ヨシミは頷く。普段のナツに負けず劣らず、分かりやすく首を上下させる。
「カズサの
「――――ッ! だから、あいつは友達なんかじゃ――!」
「おんやぁ? べつに私は、宇沢レイサの話なんかしてませんけどぉ?」
「…………コイツ…………」
ぴき、とこめかみに青筋が浮かぶ気がした。いや、たぶん、浮かんでいる。右手が思わず愛用の銃に伸びたけれど、掴むだけに止める。ここで銃をぶっ放そうものならヨシミを子ども扱いなんてできない。我慢、我慢。息を大きく吸って、気持ちを整える。
いや、分かっていた。自分でも、ちゃんと。
違和感の理由も、なんとなく、そわそわしてしまうのも。それは。
全部、宇沢のせい。
なぜか、本当になぜか。宇沢はここ、放課後スイーツ部の部室を突き止め、ある日を境に、この部室に入り浸るようになった。
本当にワケが分からないのだけれど、アイリも、ヨシミも、ナツも、レイサを普通に受け入れていて、違和感を覚えている私の方が異端のようになっていた。
宇沢がいるだけで、部屋の空気は途端に変わってしまう。騒がしく、賑やかに、そして派手に。それは言うなれば、英国式ティータイムの最中にゼリービーンズを持ち込んだ挙げ句クラッカーを何度も鳴らすようなもので。
それが二日になり、三日になり、一週間になり。
気づけばその騒がしさも、慣れてしまった自分がいて。
――けれど、ここ数日、その宇沢がやってこない。
部室の扉の前に立つたびに、あの日みたいに宇沢が私の指定席にしれっと座っていたりしないだろうか、とか。あの熱血バカのハイテンションな声が廊下に漏れ聞こえていないだろうか、とか。私の分のスイーツを勝手に食べられてたりしないだろうか、とか。
そんなことを気にしながら扉を開けるのも、気の知れた三人とスイーツを食べながら、あの騒がしい足音が聞こえてこないかと意識のどこかで聞き耳を立てたりしているのも。
全部、宇沢のせい。
息を吸って、止めて、大きく吐いて。目を瞑って、開いて。銃から手を離す。大丈夫、落ち着いた。変わらずこちらをにまにまと見続けるヨシミを見て、諭すように、言う。
「――――ヨシミ、何度か言ったと思うけど、アイツは――――」
その時。
ばんっ、と、廊下の向こうのガラス戸が勢いよく開かれる音がした。
ばたばたばたっと、騒がしい足音が聞こえてくる。
その音と気配が、段々と大きくなっていく。
私と合っていたはずのヨシミの視線が、私の目よりも少しだけ上の方に向いたかと思うと、その笑みが更に更に深くなる。プークスクスと吹き出す声が漏れ聞こえそうな顔になる。――やっぱり、一発殴った方がいいんじゃないかと思えてくる。
その間にもばたばたばたばたっと騒がしい足音が大きくなってきて。
ばんっと、部室の扉が開かれた。
「あ! 今日はちゃんといましたね杏山カズサ!!!」
目を爛々と輝かせたその人物は、宇沢レイサは。私を見てそうまくし立て、制服のポケットに手を入れた。
そして、嫌と言うほど見覚えのある白い包みが出てきたと思うと、
「私の挑戦を受けてください!!!」
私にそれを投げつけてきた。――なんだかデジャヴ。
顔に向けて飛んでくるそれを、わざわざ顔で受けてやる筋合いはまったく無い。空中でそれを掴むと、案の定その封筒には『挑戦状』と書かれていた。
「…………は? また?」
嫌な――というよりも、ただひたすらめんどくさい記憶が頭を過ぎる。きっと、私の眉間には大きな皺が刻まれているのだろう。
「よく見てください杏山カズサ! 今までの私とは違います!」
腰に手を当てて、えへんと威張ったように私を見下ろして鼻を鳴らす宇沢。割とウザいな、と思った。
掴んだ拍子に少しだけ皺が出来たその封筒。『挑戦状』と書かれたその封筒は、よく見ると飽きるほど見たそれとは確かに違っていた。
長らく使われ続けて所々が汚れていたそれまでとは違って、紙が綺麗だった。白い封筒に、黒文字で『挑戦状』。そして、え、なにこれ。
その周りには、マカロンやらアイスやらケーキやらが彩り豊かに描かれていて――。
「――え、センス悪。なにこれ」
「挑戦状は挑戦状でも、スイーツの挑戦状です!!!」
宇沢は私の言葉は完全に無視。そして高らかにそう語って見せた。
「宇沢。……これ、なに?」
言い直す。口元を緩めて、むふんと息を漏らした宇沢は「よくぞ聞いてくれましたね杏山カズサ!」と満面の笑みになる。
「ふっふっふ…………不肖宇沢レイサ、ここ数日、スイーツを巡る旅に出ていました!」
「あ、なにか始まった」
ヨシミの茶々が入る。
「あのにっくき杏山カズサをぎゃふんと言わすべく、私は旅に出たのです! 火の中水の中草の中森の中、スイーツを尋ねて三千里!」
色々混ざっているけど、気にしないことにしよう。
「そしてついに! 私は見つけたのです! 至高のスイーツを!」
腰に手を当てた姿勢のままふんぞり返る宇沢の姿は。なんというか、アホ丸出しに見える。
けれどその一方で、楽しそうだなぁと思う。あと無駄に熱い。
「ですから杏山カズサ! 私はあなたに、スイーツ勝負を申し込みます!!! 私が出すスイーツを食べて、あなたがおいしいと思ったら私の勝ち。まだまだだと思ったらあなたの勝ちです!」
なにそれ。
勝負になってないというか、そもそも勝ち負けの判断も曖昧だし、それは勝負とは言えないんじゃ、と口を出そうとすると。
「――ロマンだ!」
そう、声を上げた人物がいた。
「スイーツで勝負をする、それこそロマン、青春だ!」
がばりと立ち上がり、目をきらきらとさせるナツが見える。あ、これは、何言っても止まらないヤツだ。
「その勝負、乗った。審判は私がやろう。それで、勝負のお題は?」
いや、勝手に乗らないでよ。宇沢に握手を求めるナツはめちゃめちゃ乗り気で、当事者のはずの私は苦笑いを浮かべるしかない。
「お題は……、チョコミントアイスですっっっ!」
力強く、拳を握りしめながらそう言う宇沢レイサ。その言葉に、横から「チョコミントっ!?」と弾んだ声が聞こえたけれど、そっちはとりあえず無視。
チョコミントアイス、そうか、よりにもよって、それ、か。
「ふぅん、なるほど」
それまでどこか客観的に見ていたのに、その言葉が出ただけで、私は舞台に立たないわけにはいかなくなった。
宇沢がそれをお題にしたのにはきっと深い理由なんて全然なくて、食べたらおいしかった――程度のものなんだろう。けれど、私にとっては、欠かせないもので、忘れられないもので、大事なもので。
それで勝負を挑まれようものなら、全力で叩き潰してやらなければと、私の中の何かが叫ぶ。
「チョコミントアイスで、私に勝負を挑む、と。宇沢、本気?」
「はいっ!」
笑顔でそう言う宇沢は自信満々だ。
「――――私は、チョコミントアイスにはうるさいよ」
「望むところですっ! 勝負は明後日の土曜日。集合場所はここで!」
宇沢の笑みに釣られてしまったのだろう。私の口元も、横に広がっているのが分かった。
◇◇◇
「うん。……おいしいはおいしい。けど、私をたたきのめすほどじゃない」
「――勝者、杏山カズサ!」
ナツが私の左手を持って高く掲げる。店の中でそういう恥ずかしいことは止めてほしい。
「な、なんですってぇーーーー!?!?!? なにかの間違いです、もう一度、もう一度だけ挑戦を受けてください!」
宇沢も宇沢でうるさい。店の中なんだから静かにして。周りの視線がウザい。
「私はチョコミントアイスにはうるさいって言ったよね。勝敗の基準が私なら、その基準が高くなるって分からない?」
「むむむ……。杏山カズサの得意分野で勝って、完膚なきまでにたたきのめしてやろうと思っていましたが……予定変更ですね。
――――杏山カズサ、次こそは勝ってやりますから!!!」
「はいはい、一昨日おいで」
ばたばたと走って行く宇沢を見て、ため息一つ。
隣から、ぷっと吹き出す声が聞こえた。
「なんだかんだ、仲良しじゃん」
「あ?」
面白がったヨシミがそんなことを言う。
「そんな否定しなくてもいいのに。認めちゃいなよ、友達だって」
「――――ヨシミ。いい? 私は――」
「はいはい。ごちそうさま」
胸倉を掴もうとした手がひらりと避けられる。追いかけようにも、アイリの背中に隠れられたら手出しは出来ない。卑怯な。
アイリの後ろからべーと舌を出すヨシミは、やっぱり。本当子どもだと思う。
「――まったく」
テーブルの上にあるチョコミントアイスを、もう一口。
――おいしい。確かにおいしい、けれど、思い出補正がかかって及第点、ってところかな。
「……ふふっ」
テーブルの向かい側から、小さな笑い声が一つ。
「何」
「カズサちゃん、なんだか嬉しそうだなぁって」
宇沢が勝負のお題として出したのと同じもの――の、量が三倍になったもの――を前に、アイリが柔らかにほほえんでいた。
「面倒なものに付き合わされたって感じなんだけど」
「そう、かな? ……いや、そうなのかもね」
ため息を付いてたはずなんだけれど。アイリはまったく正反対の事を言う。それと、なんだか意味深な納得具合も見せる。
息を吸って、ため息を、もうひとつ。
「……はぁ、まったく」
賑やかを通り越して、騒がしい中で食べるスイーツを、ここ一月で何度も体験して。なんだかそれに慣れつつある自分がいるのを認識せざるを得ない。
私は普通に、スイーツを食べたいだけなのに。
でも、その一方で。少しだけ、ほんの少しだけ、そんな空気で食べるスイーツも、悪くないかもしれないと、不本意だけれど思わなくもなくて。
色々と、狂いっぱなしだ。その原因も、理由も、火を見るより明らかで。それは――。
全部、宇沢のせい。
イベント『放課後スイーツ物語』の最後で、部室に何故かいるレイサが描かれていました。イベント以降、放課後スイーツ部の部室にレイサが入り浸るようになっていたらいいな、と思っていたらこんな話ができました。
カズサ視点のレイ×カズです。
レイサの挑戦状は、それまでとは別の形でも続いていたらいいなと思います。だってそれがレイサにとっての「遊びましょ」の合図なのだから。
そんなレイカズ、読んだ方が少しでもにんまりできたなら嬉しいです。