「杏山カズサ杏山カズサっ!」
参拝を終えて、未だにずらりと続く行列を傍目に参道を戻っている途中、宇沢に結構な勢いでフードを引っ張られた。
だから、フードを、引っ張るなと、何回言えば、あんたは――!
睨み付けようと宇沢の方に視線を向けると、宇沢のきらきらとした顔が見えた。息も声も弾ませて、何やら一方を指差している。
「あれ! やりましょう!」
指を差す方向には、『授与所』と筆で書かれた看板があって、こちらも参拝列ほどではないにせよ、かなりの列ができていた。先頭の人の向かいには、紅白の衣装を着た巫女さんたちが忙しそうに動き回っているのが見える。
「宇沢、お守りでも買うの?」
「ちっちっちっ、甘いですよ杏山カズサ。私が買うのはそんなちゃちなもんじゃありません!」
宇沢の声は割と大きい。そして元々、境内はそこまで賑やかじゃないから、宇沢の声は周りによく聞こえる。その証拠に、何人かが宇沢の方を振り向いているのが見えた。
――神社の中でそんな罰当たりなこと言っていいのかな。
と思ったけれど、ま、宇沢のことだしいっか、と流す。
それにしても――したり顔で指を振ってみせる宇沢は、割とウザい。もう少し続けようもんなら、宇沢の頬が伸びるところだった。
「買うものはおみくじです! ――ということで、おみくじで勝負ですっ、杏山カズサ!」
「…………」
いやまぁ、どうせ宇沢のことだから言い出すんだろうな、と思っていたら。やっぱり案の定というか、何というか。分かりやすいヤツだな、と思う。
「おみくじってさ、そういうもんじゃないんだけど……」
「いいんです! そっちの方が、なんというか、一緒に引いたって感じがあるじゃないですか! さ、引きに行きましょう!」
宇沢はパーカーから手を離して、今度は私の服の裾を掴んで、授与所へと既に足を向ける。
一応私はまだ返事してないんだけど、宇沢の中ではもうやることで決まっているようだ。
一緒に、ね。ま、仕方ない、乗ってあげよう。
「ま、いいよ。じゃ、いいのを引いた方が勝ちってことで」
「去年までの負けっぱなしの私じゃありませんからね。新年一発目で杏山カズサから華麗に勝利を手にして見せましょう!」
いつものように盛大にフラグを立てつつ、宇沢は私の袖を引いて授与所へ。
おみくじの列とお守りの列とは違うようで、覚悟していたよりも列での待ちは少なかった。
それにその間、宇沢がスマホで『この冬に行きたいスイーツショップ』の話題でずっと話し続けてくれたから、暇を持て余すことはなかった。――ついでに、ミレニアム製電気ケトルが充電機能も備えていて、スマホの電池の心配もなかった。なにあれ。
◇◇◇
そして私たちの番が来た。
六角形の筒があって、そこから出てきた数字の引き出しを開けて、おみくじを貰う形らしい。
「…………よぉし、いきますよ!」
ふん、と両手を握りしめ、気合いを入れた宇沢は、まず棒が出ないように穴を上にして、上下左右に筒を振る。これでもかという位に、振る。筒の耐久が気になるくらいに、振る。
そろそろやめな、と言いかけたところで、宇沢は筒を逆さまにし、「そぉい!」大きく一振り。筒の中心部から、割り箸のようなものが出てきていて、そこには『二十三』と描かれていた。
「ふむふむ、これで杏山カズサが23より低い数字を出せば私の勝ちってことですね」
「いや、おみくじの引き方もっかい見てみなよ。それは引き出しの番号。おみくじの中身はそのあと」
「え、そうでしたっけ」
割と勢いで生きてるな、コイツ。
宇沢が引き出しの方へ向かっていくのを傍目に、私も筒を手に取る。私自身、そこまで信心深い方ではないけれど――一応、験担ぎってのもあるし。悪くなきゃいいな、という願いを込めて、上下左右に数回振ってから、筒を逆さまにする。割り箸から出てきた番号は、『二十二』。
「…………」
なんというか、聞こえてくる声が、想像できた。
筒を元の場所に置いて、引き出しの方へ。二十二の引き出しを開けたとたん、隣から勝ち誇ったような笑い声。
「ふっふっふ、見てましたよ、杏山カズサ。最初の勝負は私の勝ちで――痛ったぁ!」
「だから番号は関係ないっての。で、宇沢は? もう見た?」
先ほどはデコピンだったけど、丁度頭が空いていたから裏拳で頭を叩いておいた。そこまで痛くはしていないはず。――たぶん。
しばし蹲っていた宇沢は、やがて起き上がって首を左右に振る。
「私だけ先に見るのは公平じゃありませんからね。見るなら同時に、ですよ」
「……ふぅん、意外。じゃ、書いてあること読みたいから、勝ち負けの判定はその後でってことでいい?」
「おっけーです! それじゃ、見てみましょうか」
宇沢はそう言って、私のほうから離れて、授与所近くの木の元へ移動する。
おみくじを胸に当てて、吸って、吐いて、と深呼吸をしているのが見える。そこまで、緊張するものなんだろうか。宇沢の様子を見ているのもきっと楽しいけれど、とりあえず、自分のおみくじを見てみる。
『第二十二番 小吉』
と上部に書かれていて、何やらありがたいお言葉があって、その下に、それぞれの運勢が事細かに描かれていた。
良くも悪くもなく、まぁ普通、といった感じのことが書かれていて、私らしいな、と率直に思った。
ただ、ちょっとだけ嬉しかったのは『友人とはいい関係を続けられるでしょう』とあって、思わず頬が緩むのが分かった。
そして改めてありがたいお言葉の所を読んで、もう一度細かい運勢の所を読んで――としていて、ふと違和感。――静かだ。いや、静かと言うか、うるさいのが、来ない。
いつもだったら、かなり早い段階で、
『ねぇねぇねぇねぇ杏山カズサ、どうでしたかどうでしたかっ!』
ってウザいくらいにテンション高く聞いてくるはずなのに――。
と、宇沢の方を見ると。何やら両手でおみくじを手にした姿勢のまま、固まっていた。
――ああ、なるほどね。
宇沢との付き合いは、腐れ縁時代も含めて短くはない。そして宇沢は、本当に分かりやすい。
それだけで察しが付いてしまった。きっと、おそらく、宇沢のおみくじに書かれているのは――。
「うわ、大凶とか初めて見た」
宇沢の肩越しにおみくじを見ると、見えたのはその二文字。一文字かと思いきや、もうひとつおまけが付いていた。
『神社にお参りに来る人がいい気持ちで帰れるように、そんで来年もその神社に来てもらえるように、おみくじは末吉以上しかないんだよねぇ』とドヤ顔で語っていたのはヨシミだったか。――少なくとも目の前にあるおみくじは、その例に漏れているようだった。
「き――――――!」
声をかけてから数秒。やっと私に気づいたのか、宇沢は勢いよく私の方を振り向いたかと思うと、おみくじを胸に抱いて隠そうとする。いや、もう見てるし。
「…………私の、見ました?」
「一番上だけ」
「…………ちなみに、杏山カズサの方は」
「小吉。ま、可もなく不可もなくってとこ。……見る?」
私しか見てないのはフェアじゃないから、宇沢に私のおみくじを渡す。
一番上を見て、ありがたいお言葉部分は飛ばして、視線は下の方へ。気のせいかもしれないけど、宇沢の頬がゆるんだのが見えた。
「……はい。まぁまぁいいこと書いてますね。勝負運はほどほどらしいですけど。これは私の初勝利は間近ですよ?」
「今しがたに記念すべき一敗目を喫したばかりだけどね」
「うぐ……。い、言ってくれますね杏山カズサ……」
全力で負け惜しみを言ってきたので、軽口で返しておく。
胸を刺されたかのようなリアクションをする宇沢は見てて面白い。放課後スイーツ部の面々はここまでリアクションをしてくれるのは居ないから、新鮮だ。
「さて、と」
胸を刺されてダメージを受けたままの宇沢は置いておいて、周りを見回して――おみくじを結ぶ場所を探すと、ロープが横に何本も張られている場所を見つける。
そこには既に、いくつも白い紙が結ばれていた。
「宇沢、おみくじ結びに行こっか」
おみくじというものは、持ち帰ってもいいし、神社の所定の所に結んでもいいとされている。私は持っていても見直すこともないから、結ぶことにしている。
まして隣にいる人物が引いたのは大凶ということもあるし、『凶返し』という意味も込めて境内に結ぶものだと、そう思っていたのだけど。
宇沢は私が指差した方を見て、それから自分のおみくじを見て。
「あー…………」
上の方を見て、ぽかんと口を開けて数秒。ちらりと私を見てから、おみくじを大事そうに折りたたみ、財布を取り出した。
「いいえ、持っておくことにします。せっかく、杏山カズサと一緒に引いたおみくじですし」
にへ、と表情を緩ませた宇沢は、そう言って、財布の札入れへと『大凶』のおみくじを入れる。
「それに、大凶なんて珍しいもの引いたら、逆に今年の運は捨てたもんじゃないって思いません?」
「それでも大凶は大凶だけど」
「それでもですよ。お守りになってくれそうですし。凶も捨てたもんじゃないですよ、きっと」
「そ。……じゃ、私も持っておくことにしよっかな」
なんとなく、予定変更。
丁寧に折りたたんで、後は結ぶだけになっていた自分のおみくじを、財布の中に入れる。
「私の方は、ほどほどにいいものだからね。運を手放さないようにする」
「おや、おみくじで一喜一憂するのは健康に悪いですよ」
「おみくじ見て固まってた宇沢がそれを言う?」
「私はおみくじの文章を読んでいただけです!」
「ん、そういうことにしておこっか」
「本当にそういうことなんです!」
軽口を叩きつつ、おみくじを引いた人たちが結ぶ場所に向かう流れに逆らって、私たちは出口の方へ。
神社の入り口近くは、私たちが来たときと混雑の様子は変わっていなかった。むしろ増えたまであって、自警団の人たちはこれが終わるまで帰れないと考えると、なかなか大変なものだな、と思う。
そして少し歩いて寮までの道となると、流石に人通りは少なくなる。――というか、居なくなる。いくら正月とはいえ、ハロウィンの時とは違うようだ。まして、深夜だし。
寮の入り口にたどり着く。部屋の電気が付いている部屋は無い。門の前の照明も落とされていて、明かりと言えば月明かりくらいなもの。
「くぁ……。初詣、付き合ってくれてありがとね、宇沢」
後は寝るだけ、と思うと、欠伸が出る。ここまで起きているのは――あの時以来、か。
「いいえこちらこそ。誘えるのはあなたくらいでしたし。初詣、楽しかったです」
「それじゃおやすみ。宇沢も夜更かししないで寝なよ」
「だいじょーぶです。徹夜は慣れてるので!」
胸を張って、ノータイムで言ってのける宇沢。割と眠い私の一方で、宇沢は全く変わらず、元気なように見える。
――自警団の活動状況ってどうなってるんだろ。
おそらく、聞いちゃいけない部分なのだろうと思う。知らぬが仏という言葉もあるし。
「それじゃ」と言って宇沢は背負ったリュックを背負い直して、そして自分の寮へと戻っていく。
その背中を見送ろうとして。
「あ、そうだ」
一つ、忘れたことがあったのを思い出した。
「まだ言ってなかった。宇沢、今年もよろしくね」
宇沢のツインテールが、ぴくりと動く。そして体ごと振り返った宇沢は、
「こちらこそっ!」
弾んだ声で、言葉を返してくる。
「杏山カズサ。今年もよろしくお願いします!」
明かりらしい明かりはないけれど、宇沢の満面の笑みは、はっきりと見えた。
◇◇◇
それから宇沢の大きなリュックが角を曲がるのを見送って、寮の廊下へと向かう。
寮の廊下は、普段の喧噪からは信じられないほどに、しん、と静まりかえっている。
別に隠れている訳ではないけれど、自然と足音を消す歩法になる。
自室の前に立って、鍵を開けて、入る。ドアを閉めて、鍵を掛けて、そして、ドアに寄りかかった。
「…………今年もよろしく、か」
大きく吐いた息とともに呟いた声は、小さいはずなのに、やけに大きく聞こえた。
宇沢と初めて交わしたはずの言葉は、自分でも驚くくらいに、すんなりと口から出てきた。
ああやって一緒にスイーツを食べるようになってから、まだ一年も経っていない。
それなのに、まるで何年も一緒にいるような、そんな気がしてくる。――あの時代は、無かったことにするとして――この半年は、本当に濃い時間だった。
思い返せばずっと、宇沢とは『勝負』してばかりだったと思う。
そして新年早々、既に勝負は一回目を数えた。今年も宇沢と、それこそ何回も『勝負』をすることになるんだろうなと思うし、私自身はそうあってほしいと思っている。
『いい関係を続けられるでしょう』
宇沢と引いたこのおみくじは、今年一年、大事に持っておこう、と。
一度読んでから、私は再び、おみくじを大事に財布の中に入れた。
レイサとカズサが神社に来たらやらないわけがないよね!というおみくじ勝負のネタで一作。
レイサが嬉々としてカズサの元にやってこないのが、悪い結果だったという証左になるっていう部分、カズサが、今までレイサと過ごしてきたことで得られてきた知見って感じがいいなって書いてて思いました。
今年もレイサとカズサが平和にいちゃついてたらいいなと思います。
時間軸的には前作(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19016582)の後の話ですが、それぞれ別々に読んでも支障はありません。