「むむ…………」
私は、迷っていた。
「むむむむ…………」
盛大に、迷っていた。
「むぅぅぅぅぅ~~~~~~」
ここ数ヶ月で一番といえるくらい、迷っていた。
場所は、コンビニのお菓子売り場の前。
まだ正月も明けて一週間かそこらしか経っていないのに、売り場にはもう『バレンタイン』の文字が躍っていて、お菓子売り場の一角がチョコレート菓子で埋め尽くされていた。
特に買うあては無かったのだけれど、何気なーくその棚を目で追って――棚の最上段にあるPOPの文字が、目に入ってきた。
『あなたは、どっち派?』
その文字と共に陳列されていたのは、【き○この山】と、【たけ○この里】という、二種類のお菓子。
その書き文字のPOPに、その並んだ二つのお菓子に、
――杏山カズサは、どっち派なんでしょう?
ふと、そんな疑問が浮かんでしまったが最後、私の目は、その二つのお菓子に釘付けになってしまっていた。
私もよく参加している放課後スイーツ部の活動は、お店のスイーツを取り寄せして食べる時もあれば、コンビニスイーツ、もしくはコンビニで買ったお菓子を持ち寄って、紅茶やお茶を飲みつつおしゃべりをするときもある。
今目の前にある、【き○この山】と、【たけ○この里】。昔から存在するこのお菓子は、手頃に食べられるという人気商品であるその一方で、リアルやネット問わず、戦争の火種にもなってきた歴史がある――らしい。
実際、とある学園では、き○こ派、たけ○こ派の些細な諍いをきっかけに、学園全体を巻き込んだ大抗争に発展し、多数の負傷者が出たって話をヨシミちゃんから聞いたことがある。
それはそれは怖いお菓子で、そして、その火種は、このトリニティ総合学園の中でもくすぶり続けている、らしい。
「どっち派……かぁ」
杏山カズサがどっち派かなんて、今までは聞くタイミングもなかったし、聞く必要もなかったのだけれど――コンビニお菓子を食べる部活動である以上、いつかは直面することになるものだったのは間違いがなくて。
それが、偶然にも今この場所だったと言うこと。そうだと思うと、少しだけ気持ちが楽になった。
偶然にも杏山カズサも、放課後スイーツ部のメンバーもいない。だから、ここで私の天才的頭脳から導かれる策を練って、あわよくば杏山カズサと同じ陣営に属したい――と、必死に頭を巡らせて。
「――――――! 思い、付きました!」
頭に浮かんだ超天才的なひらめきに、言葉が口から出るのが止められなくて。
店員をやってたおでこの広い子が、びくっと体を震わせるのを見てしまった。
ごめんなさい、と心の中でだけ謝って、お詫びにと二種類のお菓子を二つずつ持ってレジに並んだ。
◇◇◇
会計を終えて、ふたつのお菓子をビニール袋に入れてコンビニを出た、その矢先。
けだるげに歩く、見慣れた黒いジャージ姿が見えた。
その姿はまごうこと無き杏山カズサの姿。その周りには、誰もいない。
――これはチャンス、聞くなら今しかないですよ、宇沢レイサ!
私のゴーストが、耳元でそう囁いた。
「きょ、杏山カズサ!」
普通通りに呼びかけたはずのその言葉は、途中でつっかえてしまった。
「ん? ああ、宇沢じゃん」
その耳をぴくっと動かした杏山カズサは、首だけで振り返って私の方を見、そしてその口元をゆるませる。
「こんなとこで何してんの? 部活前の腹ごなし?」
「や、そういうんじゃないんですけど。ああ、部活には行きますよ、もちろん」
杏山カズサは、私が部活に参加するのが当然なように言ってくれる。なんだかそれが嬉しく感じられて、張り詰めていたはずの意識が緩むのを感じた。
いけないいけない。ここは集中しないと。選択肢を間違えてしまえば、杏山カズサと敵同士になる可能性だってあるのだから。
息を吸って。吐いて。少しだけ止めて。もう一度吸って。
「杏山カズサ!」
変に声が大きくなってしまった。
「え、何。急に大きな声出して」
言うなら、今しか無い。勇気を出して、さぁ、今。
「食べるならどっちがいいですか? 今なら好きな方を選ばせてあげますっ!」
コンビニ袋から取り出した、
好きな方をどうぞ、と言って、取った方が杏山カズサが属する陣営ということ。表立って聞けば角が立つかもしれないけど、こうやって選んでもらうことで陣営を知れるという、私の天才的な発想――!
私が差し出した二つの箱を前にして、杏山カズサはしばしきょとんとした顔を見せて、そして、ふふっと猫みたいな微かな笑みを見せた。
「なんかいつも唐突だよね、宇沢。何かの抽選とかで貰ったとか?」
杏山カズサは、親指でコンビニを指差してそんなことを言う。私の作戦に気づいた様子は――ない。
「ま、まぁそんなところです。偶然別々の種類のをもらっちゃったので、一つどうかな、と思いまして」
「ふぅん。それじゃ、ありがたくもらおっかな」
鼻を鳴らした杏山カズサは、私が持つ二つのお菓子へと手を伸ばして――そして、「あ、そうそう」その手を途中で止めた。
「――宇沢は、どっち派?」
「――――ッ!」「
一瞬、時が止まった気がした。ここでその質問をしてくるということは――いや、私の作戦はバレていないはず。その言葉に、深い意味は無いはず。
「……と、言いますと?」
心の揺らぎを表に出さないように、慎重に慎重に、声を出す。
「や、これってけっこう好き嫌いあるって聞くからさ。私が先に選ぶよりも、宇沢が先に好きな方食べた方がいいんじゃないかなって」
「い、いぃぃぃや? どっちが好きかってのは、特にはないですかねぇー?」
「宇沢、目が泳いでるけど」
「そ、そおんなことないですよぉ?」
いつもの調子で返したはずの言葉は、それでもやっぱりどこか上ずってしまって。杏山カズサが、顎舌に指を当てて、にんまりとした笑みをするのが見えた。
――あ、これは、もしかして、バレたかもしれな
「はい」
い、と思っていると。ふと両手に乗っていたはずの微かな重さが、無くなる感覚があった。
「――――へ?」
目の前では、二つの箱を持った杏山カズサの姿。
イタズラを終えて満足した子どもみたいな顔をして、私の方を見て。
「私さ」
にひっと笑った杏山カズサは、
「どっち派とかないんだよね」
器用に二つにパッケージを同時に開けたかと思うと、その二つを空中に投げ――そして、二つともを口の中に入れる。
「き○こは、『ああ、私チョコ食べてるな』ってなるから好きだし、たけ○こはチョコとスナックのバランスがよくて『チョコ菓子って言ったらこれだよね』ってなる。どっちがいいっては決められないし、どっちが嫌いとも言えない。だから宇沢への答えは、『どっちも好き』かな。――残念でした」
ぺろり、と舌を出して、それからぺしっと私の頭に二つのパッケージを乗せてくる。
「どうせ、選んだ方が私の陣営、とか思ってたんでしょ。顔に出すぎだよ、宇沢」
「な……なん、でそっ――――」
なんでそこまで
「まったく。そんな回りくどいことしないで聞いちゃえばいいのに」
そう言う杏山カズサは、勝ち誇ったようで、それでいてどこか楽しげな様子に見えた。
◇◇◇
「で、宇沢は結局どっち派なの?」
「え、私は――――」
「別にいいじゃん、誰が聞いてるわけじゃないんだし」
「うぅぅ…………言っても私を嫌いになりません? 私と仲違いしません?」
「はぁ、そんなしょーもないことで宇沢を嫌いになるわけないでしょ」
「――――――――」
きっぱりと言い切る杏山カズサが、今はとても頼もしく見えた。
「誰にも、本当に誰にも秘密ですからね。自警団の中でも割と派閥争いがあるんですから」
「分かった分かった。誰にも言わないって」
「じゃあ………………」
「あ、やっぱりそっち。宇沢らしいね」
「やっぱりって。分かってたんだったら聞かなくてもいいじゃないですか」
「そんな予感がしただけ。拗ねないでよ。それに、聞いてもみたかったしね、宇沢が好きな方」
杏山カズサは、そう言って私が属していない方のお菓子を手に取り、口に含む。チョコの甘さを感じてか、にんまりと横顔の頬が緩むのが見えた。
そして私は、私が属している陣営の方を、口に含む。
「――――――」
つい先ほど言われた言葉を、チョコとスナックが入った口の中だけで繰り返す。
隣を歩く杏山カズサ以上に、頬が緩んでしまっているのは、食べているお菓子のせいということにした。
放課後スイーツ部は、お菓子を含むスイーツを食べる部活動。ならば戦争の火種である、き○この山とたけ○この里を巡る心理戦が行われるに違いない――。
そんな電波を受信した結果、こんな話ができました。
レイサの策略はカズサにバレバレだし、そんなレイサの策略を見抜いた上で最後まで泳がせて楽しむのがカズサだと思うんです。
いたずらっ子みたいに笑って舌を出す杏山カズサ、絶対可愛いと思うし、レイサにしか見せない表情だと思うと最高に尊い。そんなカズレイ、いいと思います。