ポン、とスマホが通知音を鳴らした。
真っ黒だった画面に、『杏山カズサ! 今日暇ですか!?!?』と文字が躍っている。モモトークを開くと、続けざまにスタンプが飛んできていた。
「あー…………」
少しだけ考えてから、数文字の短い返答を返す。
『ヒマしてる』
その一言を送って、既読が付いて。……ちょっとだけ待ったけど、続く返答はない。
「いや、なんなのよ、宇沢……」
暇を聞いたからなんなのか。ただの煽りなのか、はたまたいつものようにスイーツ食べにでも行く話になるのか。宇沢からの反応がない以上、なんとも分からない。
一分が経って、二分が経って。それでもスマホは鳴らない。
仕方ないから、読んでいた本を開きかけて――そういえばさっき入れたレモンティーはそろそろ冷めただろうか、と机の上のマグカップを取って、息を吹きかけてから口を付けて。
その直後――ずだだだだ、と寮の廊下を盛大に走る音が響いてきた。
「杏山カズサ! 今日はゲームで勝負です!」
チャイムも鳴らさず、ノックもせず。走ってきた勢いのまま、宇沢は寮のドアを押し開いて。開口一番そう言い放った。
「……は?」
「ですから! 今日はスーパーメイリオカート
「いや、ソフトの名前とかじゃなくて。モモトーク送ってから来るの早すぎでしょ」
「ここに来る途中で送りましたもん。『あ、そういえば聞いてなかった』って」
「…………」
なんでコイツはこう……足を止めて考えるってことをしないんだろう。もし私が寝てたり、別の予定があったりしたら、それまで走ってきたことも全部無駄になるっていうのに。
――ま、宇沢がどうせ誘ってくるだろうから予定は空けてた――なんて、口が裂けても絶対に言えないけど。
「ま、いいよ。上がって」
「はいっ! あ、いつもの所でケーキ買ってきたので、後で一緒に食べましょ」
宇沢は歯を見せた笑みを浮かべて、紙製の箱を掲げて見せる。それはちょうど宇沢の寮と私の寮の間にある、トリニティの生徒の間でも名の知れた洋菓子店の名前が書いてあった。
――宇沢が、それを持って全力ダッシュしてきたということは、気にしないことにした。
◇◇◇
「これと、これを、繋いで、コントローラーを……っと。よし、できました!」
宇沢は、持ってきた自分のゲームガールズアドバンスSPのドックと、私の部屋のテレビとを器用に繋げていき、ものの数分でゲームの画面がテレビに映し出された。
宇沢が準備にもたついている間に宇沢の分の飲み物を持ってきて、ついでに宇沢が買ってきたお菓子を乗せる皿やらフォークやらを準備しようかと思っていたのだけれど。思った以上に宇沢の作業が早く終わってしまい、皿とフォークは取り出せずじまいだった。
メイリオカートのスタート画面が移ったテレビを前にして、腰に手を当てて満足げな宇沢を尻目に、マグカップに入れたオレンジジュースを宇沢の手が届かない机の上に置いておく。
「はい。一応溢すとアレだから、遠くに置いておくね」
「ありがとうございます。……ところで、杏山カズサは私がゲームに夢中でコップの飲み物を溢しそうとか思ってます?」
「うん。すごく」
「即答しないでくださいよ」
「や、だって、ねぇ。宇沢だし」
「なんか分かってもらえて嬉しいような、でもそこを分かってもらうのは嬉しくないような…………。あ、でも杏山カズサからの解像度が上がったのは嬉しいような……? うん、よしとしましょう、うん」
「なんか勝手に納得いってるとこあれだけど、まず座んな。冷たいでしょ」
座ったときに下に敷く私のクッションと、一応の来客用のクッションを取り出して、片方を宇沢に投げ渡す。色こそ違うけれど、中身は放課後スイーツ部の部室にあるものと同じ。
そして、偶然なのか故意になのかは分からないけれど、宇沢用の部室のクッションも私と同じものを使っている。だから今宇沢が持っているのは、座り慣れているもの、のはずなのだけれど――座り心地を確かめるように、手で叩いたり押したり抱きしめたりしている。そして宇沢の中で得心がいったのだろう、なにか頷いたかと思うと、おずおずとクッションに座った。
テレビから数メートル離れて、私と宇沢は隣り合う形で座った。もう少し離れようとも考えたけれど、宇沢が『レーシングゲームは正面から見ないと色々と感覚が狂いますよ!』などと言うものだから、手を伸ばすだけで宇沢を殴れるくらいの距離に隣り合う形になった。――もちろん、そんなことをやるつもりもないけれど。
「よし、」
と、隣から宇沢の気合いを入れる声が聞こえてきた。それと同時に、ピロン、と効果音が鳴り、ステージの選択画面がテレビに映った。
「さ、やりますか。――杏山カズサ、いざ尋常に勝負です!」
真剣さよりも楽しさの方が勝っているような、きらきらとした宇沢の目がまっすぐに私の目を見据える。口元には、これ以上ないくらいに、笑みが浮かんでいる。
「ぼっこぼこにされて泣いても知らないから」
「泣きませんよ! っと、ただゲームでの勝敗だけじゃつまらないので、買った方が先にケーキを選ぶ権利を得るとかどうですか?」
「あの中身ケーキなんだ。もしかして、冬の新味?」
「そうですそうですっ! 折角食べるんなら一緒にシェアしようと思いまして!」
「私も食べようと思ってたから助かる。それじゃ、とっとと勝って好きなの選ばせて貰おうかな」
「勝った気になるのは早いですよ。私の特訓の成果、見せてあげますから!」
宇沢はそう宣言すると、選択ボタンを押す。
ピロン、と効果音が鳴った。
◇◇◇
スーパーメイリオカート∞は、どちらかというとカジュアルな方のレーシングゲームだ。本物の車を使うわけでもないし、コースは実際にあるレース場ではない。むしろ、砂漠だったり宇宙だったり、海だったりお化け屋敷だったり、現実にはないファンタジーなコースが多い。
そんな数々のコースを、アイテムを使って自分のカートを加速させたり、逆にアイテムを使って相手を妨害したりして、駆け引きをしつつゴールを目指していく。
ゲーム自体はそこまでやるタイプじゃないけれど、放課後スイーツ部の部活中に時々やることもあって、このゲームはそれほど苦手ではない。
そもそも、宇沢との『勝負』は、そこまでガチガチにやるものじゃないし。その宇沢ですら、わくわくして「誰を使いましょうかねぇ」などと言ってるくらいだし。
ほどほどに真剣に、ほどほどに気楽にやれるのが、宇沢との『勝負』だ。
キャラクターの選択画面になる。私は緑色の恐竜のキャラクターを選ぶ。
宇沢のカーソルは、それなりに迷った様子を見せたあと、茶色のゴリラのキャラクターを選択した。
画面が暗転し、カートに乗ったキャラクターたちが画面に現れる。
表示されていたシグナルが緑になり、レースが始まる。
スタートダッシュを決める私のカートの、その一方で。
「あーーーっ!」
宇沢の叫び声が隣から響いた。うるさい。
宇沢のカートは、アクセルを蒸かしすぎたのか、スタート地点からやっとのろのろと動き出したところだった。
「ふ、」
「ほくそ笑むのはまだ早いですよ杏山カズサ。ここから私がアイテムで星やら雷やらを出して大逆転してあげますから!」
宇沢の声を尻目に、私も画面に集中する。
一周目を終えて、順位は二位。まずまず。なお宇沢は八位。
二週目も半分を超えようとしたとき、視界の隅にちらちらと動くものが見えた。
隣に居るのなんて一人しか居ないし、部屋の中でそれ以外動くものなんてないのだから、その犯人は宇沢であることは間違いないのだけれど――それは一度気づくと、なんというか、気になって気になって仕方がない。
画面を見つつ、ちらりと隣に視線を移す。クッションに座って、前のめりになっている宇沢の姿があった。
「……お、お? …………おぉぉ?」
そして前のめりでレースをしているかと思ったら、カーブに差し掛かった途端、カートが曲がった方向に頭と体が傾いていた。
宇沢の頭が私の肩に当たりそうになって、咄嗟に体を右側にずらした瞬間、左手の操作が狂ってカートが柵の外へとダイブしていった。
「――――あッ!」
「おっと杏山カズサ、甲羅でも当たりました?」
「ま、まぁね…………」
当たりそうになったのは宇沢の頭だよ――とは言わず、カートを再発進させる。順位は4位に落ちたものの、宇沢は相変わらず8位のまま。
結局そこから抜かれることなく、抜くこともなく、一つ目のコースは終了した。
宇沢のカートがゴールしたときに、バナナしか出ないだの、キノコが使えないだの、青甲羅しか出ないだのと不満ばかり言ってたけど。……多分ダメなのはそこじゃないと思う。
「宇沢さ、レース中、体傾いてるの分かってる?」
「え? 私が? そんなことあるわけないじゃないですか」
無意識のようだった。
ま、いいけど。
「宇沢、誰かとこれをしたことは?」
「ネットならそれなりに」
「ああ、なるほど」
なんとなく、事情を察した。
そして2レース目も騒がしく順当に終わり。
3レース目で、事故は起こった。
次に選ばれたのは、床面が虹色なコース。ここはカーブがそれなりに急な上に、落ちる場所が多数あるため、上級者向けコースと言われている。
「む、う、むん、む!」
隣から聞こえる宇沢の声が、このコースの難しさを物語っている。そしてコースの大カーブに差し掛かった途端――――。
「あぶなっ!?」
「ぐふっ!?」
宇沢の声が聞こえたかと思うと、脇腹に、強い衝撃が走った。
一瞬呼吸が止まって、鈍い痛みに顔をしかめている間に、私のカートは谷底へと落ちて行っていた。
「おま……うざ、わぁ…………」
レース中に物理的に邪魔をしてくれた宇沢を睨み付ける。
こちらを見てほくそ笑んでいるかと思いきや、宇沢はゲームに集中しているのか、テレビ画面を凝視したまま、私の視線には気づく様子もなかった。
――邪魔をした、訳じゃない?
自分の肘で脇腹をさすりつつ、コースに復帰したカートを再び走らせる。順位はそれなりに落ちたものの、まだ一週目。逆転の目は、まだまだいくらでもある。
二週目。
「ちょぉぉぉっ!?」
「ぐぅっ!?」
宇沢の叫び声と共に、再び脇腹に衝撃。瞬時に宇沢の方を見ると、宇沢の肘鉄が私の脇腹に刺さっていた。
スタートボタン。
ゲームが止まる。
「おい宇沢」
「なんですか杏やあいだだだだだだ! 耳! 耳引っ張んないでください!」
「宇沢、申し開きの時間をあげる」
「いだだだだだ、痛いですって! 杏山カズサ、あの、耳! 耳!」
宇沢の声がマジトーンになってきたので、手を離してやる。右耳をこすりこすり、私を恨みがましい目で見てくるのだけれど。悪いのは間違いなく宇沢の方。
「で、宇沢。私に肘入れてきたのは何?」
「肘? 杏山カズサに? 私が?」
正座になった宇沢は、まん丸に見開いた目で私を見る。『肘、ひじ……?』などと口の中で言葉を転がして、それでも心当たりがないかのように首を傾げた。
自慢じゃないけれど、宇沢の嘘は、目の動きか手の仕草を見るだけで一発で見抜ける自信がある。
その宇沢の仕草が普通で、嘘をついているようには見えなくて。
それはつまるところ。
「え、完全に無意識なの?」
「無意識も何も……どういうことですか?」
「…………ちょっと、座る位置変えよっか」
宇沢には、私より体一つ分前に座って貰い、ゲームを再開させる。
三週目。
「あっ……っぶな!」
宇沢の体が、カーブを曲がる度に左右に揺れるのが分かる。そしてコースが難しい場所のせいか、コントローラーを持つ手に力が入っているのだろう、宇沢の肘が左右に伸びている。
そしてコース中盤にやってくる、大カーブ連続地帯。左カーブを終えた後にやってくる、急激な右カーブ。宇沢は両方の肘を開いたまま、そのまま右側へと急激に傾いた。
そして宇沢の肘は、丁度私の脇腹がある位置へとまっすぐに伸びていった。
「………………」
スタートボタン。
ゲームが止まる。
「宇沢」
「え? ……あ、」
宇沢は視線をテレビから自分の体へと移して。
「あ、あはははは…………」
気まずそうに、乾いた笑い声を出した。
◇◇◇
結論。
やっぱりゲームをしている宇沢のせい。
そのステージを終えたタイミングで、小休止となった。
百歩譲って不可抗力とは言え、立て続けに脇腹に肘鉄を受けてしまうのは、なかなか堪える。
「あ、あはははは。自分でもこうなってるとは全く分かってなくて…………ごめんなさい」
苦笑いを浮かべたあと、宇沢はちゃんと謝ってくれた。
「や、いいんだけどさ。レースゲーやるのは楽しかったし。――肘鉄さえなければ」
「うぅぅぅ……画面に集中してると、自分の体のことなんて気にしないというか、分からないというか…………」
何というか、そういうところも含めて、宇沢らしいなと思えてしまう。
「ま、今回の勝負は宇沢の反則負けということで。ま、肘入ってなくても私が勝ってたけど」
「ええ、そこは潔く負けを認めましょう。――さて、ケーキ食べますか!」
一瞬で宇沢が元に戻る。現金だとも思う一方で、私たちはスイーツの前にはどうやっても抗えない人種なのだから、仕方ない。うん。
宇沢が文字通りスキップをするような足取りで、冷蔵庫からケーキの箱を取って戻ってくる。
目を輝かせながら箱を開く。
「あ”」
宇沢の短い鳴き声が、部屋に響いた。
レイサとカズサが仲良く隣り合ってレースゲームをしたらどうなるの? という妄想をしたららこんな作品ができました。
ゲーム中のレイサ概念が、これを読んだあなたと一致していたら幸いです。
騒がしくぎゃーぎゃー言いながら仲良くゲームするレイカズ概念、想像するだけでにんまりしちゃうので好きです(˶′◡‵˶)