「――――」
部室へ通じる廊下を歩いていて、ふと、耳の先に、ぴり、と痺れるような感覚があった。
十メートルほど先の、廊下の十字路。その両側から感じる、違和感。
――いる、なぁ……。
待ち構えている人物の気配が、二人ほど。視界には映っていなくても、なんとなく、いるのが分かる。そして気配の隠し方を知らないのか、はたまた隠すつもりがないのかは分からないけれど――視線を感じるどころか狙ってるのがバレバレだ。
周りを見る。他の生徒はいない。ってことはやっぱり私、だよねぇ。
待ち伏せ、不意打ち、闇討ち。私がかつていた世界では、そんなことが当たり前で――なんとなく、この感覚が懐かしいとまで思えてしまう。最近は感じてなかっただけに、なおさら強く感じる。
――さて、どうしようかな。
気配に気づいていない風を装って、視線や表情を変えず、歩きながら考える。ここで引き返すという選択肢もあるし、その一方で、気づいたならここで処しておいた方がいい、とも思う。こういうのは得てして一回で終わらないし、次気づかないとも限らないし、……他の部員が巻き込まれるのは、嫌だし。
――よし、
方向性は決まった。あとはどうするかだけれど――ま、先手必勝でいいかな、うん、そうしよう。誰かさんの真似とかではない、決して。
気配がする十字路から射線が届くまでは、あと数メートル。
「…………ッ!」
その線を越える直前から、私はノーモーションで走り出した。背後に、何かが落ちる軽い音がした。
廊下の角に隠れている人物が見えた。驚愕に固まるその人物の背後を取って、首に手を回して――。
「ちょ――――っ!?」
「ん?」
前方から、何やら聞き慣れた鳴き声。眼前にはホワイトスノーの髪が見えた。
首を絞めるべく力を入れかけたのを、瞬間的に止めた。
「す――すとっぷ! すとっぷ!」
再び聞こえてきたのは、やっぱり聞き間違いじゃない、宇沢の声。
宇沢の頭が鼻先にあって、吸気とともに宇沢のにおいがする。
――ここに、宇沢がいるということは。
体勢はそのままに、廊下の逆側へと視線を移す。
なんというか、案の定というか。そこに居たのはヨシミだった。
「…………。あのさ……あんたたち、何してんの」
張り詰めていた緊張感が、一気にほどける気がした。むしろ、脱力感まで覚える。
戦闘する気満々だったのに、この肩すかし。答えようによってはボコることも考えなければいけない。
「なんだ、バレてたの」
「バレバレだっての。気配消すの下手くそすぎ。――で、これは、何?」
宇沢の首に少しだけ力を入れる。手足をばたつかせる一方で、ヨシミは演技ぶって肩をすくめる。
「ちょどいいや、レイサ。そのままでいてね。――ねぇ、カズサ。今日、節分なんだって」
「あん? それがどうかした?」
レイサに言葉を向けたあと、部室で駄弁るときのような口調で、ヨシミは言う。口元に笑みを浮かべたまま、握り込んだ右手に力が入るのが見えた。
「節分だしさ、鬼退治をしようと思って」
「は?」
「つまり。――こういうことよ杏山カズサぁっ!」
そう言うが早いか、ヨシミは分かりやすいほどのオーバースローで握り込んだ右手を私に振るう。いやまぁこのやりとりの時点で何が飛んでくるかは分かるんだけど。っていうかこっちには人質がいるんだけど。
「ちょっとヨシミちゃ――うぎゃっ!?」
飛んで来たのは、1センチくらいの丸くて軽そうな豆の粒。それを食らってやる義理も道理もないので、宇沢の影に隠れる。数瞬後、宇沢の叫び声がすぐ近くから聞こえた。
◇◇◇
「――――で」
宇沢を盾にして、ヨシミの攻撃――と言っていいのかは分からないけど――をノーダメージで回避した後、ヨシミの頭を一発ボコって部室へと引きずってきた。
今は二人とも並んで正座をさせている。
ヨシミは頭をさすりつつ私を恨みがましい目で見、宇沢は困ったような笑みを見せている。
「何してたの、あんたたちは。答えようによっては許してあげる」
「え……っと。はい。モモトークで、節分だから豆まきしようって話になって。なら二人でカズサを狙わない?ってヨシミちゃんが言うから、いいですね!ってなって、杏山カズサを待ち構えてました!」
「……ふぅん、なるほど」
全て正直にゲロってくれた宇沢に敬意を表したい。
アイリもその様子を繭を下げて眺めているのを見ると、計画だけは四人とも知っていたらしい。まったく。
言うなれば、『豆まき』と称して日頃の鬱憤を晴らそうとした、と。首謀者はヨシミで、巻き込まれたのは宇沢。ナツとアイリは傍観に徹して、で、結果は見ての通り。
……なんというか、発想がお子ちゃますぎて、ため息しか出てこない。
しかも、宇沢は完全に被害者だし、なんなら最後はヨシミに裏切られたし、豆を受けたのも全部宇沢だし。……なんというか宇沢が不憫でならない。
「……はぁ、まったく」
とりあえず、処罰は決めた。
「ヨシミ、今日一日のスイーツ、あんたのおごりね。もちろん宇沢の分も」
「はぁ!? なんでよ!?」
歯を見せて威嚇をしてくるヨシミは、ナツを使って黙らせる。
「うるさい首謀者。最後は宇沢を裏切ったくせに。宇沢への迷惑料よ」
「計画立てたときレイサもノリノリだった! あの杏山カズサに合法的に反撃できますね! とか言ってた! モモトークにも証拠は――」
「ちょ――ヨシミちゃん!」
――ふむ。
もはや受刑は免れないと悟るや否や、宇沢を巻き込もうとしたところも含めて、ヨシミに情状酌量の余地はない。
「アイリ、いいよね?」
「……あははは、お手柔らかにね、カズサちゃん」
「これでも刑は軽くした方よ」
「全然軽くない!」
判決は確定。
これにて閉廷。
それじゃあヨシミのおごりのスイーツはどこにしようか――と考えたところで、宇沢とついでにヨシミが正座したばかりなのを思い出す。
「申し開きの時間は終わり。ほら、部活始めるよ」
宇沢に、足を崩していつもの席に向かうように促す。けれど、宇沢が動く様子はない。
「あ、あははは。……足が、痺れました」
「はぁ、まったく。ほら」
部室の中で、周りに部員がいる中で、宇沢を担ぐのは、流石にだめだと思った。色んな意味で。
宇沢に手を差し伸べると、宇沢が私の手を掴む。
力を込めて、ゆっくりと宇沢を立たせる。宇沢は、私をまっすぐに見たまま、顔を近づけて。
「杏山カズサとの真剣勝負、実は、ちょっとだけわくわくしました」
そう、イタズラを終えた子どもみたいに微笑んで見せた。
――前言撤回。やっぱり、コイツも刑に含めた方が良かったかもしれない。
節分の日。レイサはカズサに豆を楽しそうに投げそうだな、と思った一方で、日頃の鬱憤を晴らすべく全力投球しそうなのはヨシミだよな、と考えた結果こんな話ができました。
カズサとヨシミのパッションケンカ具合が結構好きだったりします。二人とも仲良くケンカしなー。