――犬は喜び庭駆け回り……って歌ったのは誰だったっけ。
そんなことを思いながら、私は宇沢とヨシミがトリニティのグラウンドを駆け回るのを、窓枠に頬杖をついて眺めていた。
前の日から、テレビのニュースでもスマホの通知でも、『大雪に最大限の警戒を』だとか大々的に注意を煽っていた。だから、朝起きたら窓の外は白銀の世界が――とか、思っていたのだけれど。
「……意外と、そうでもなかったな」
「ん? カズサちゃん、なんか言った?」
「うんにゃ、何も」
放課後スイーツの部室に居るのは、私と、アイリと、ナツの三人。
残りの二人、宇沢とヨシミはと言えば、外を元気よく走り回っている。
ほんの数㎝積もっただけのグラウンドは、まだ誰も足を踏み入れていないようで、足跡一つついていなかった。今は宇沢とヨシミが歓声を上げながら足跡を付けまくっている。
かと思いきや、両手を広げて倒れ込み、グラウンドに大の字を作った。
「……やってることがガキ」
「カズサちゃんは、寒いの苦手だっけ」
「うん。寒くなるとポケットから手が出せなくってさ。ガラが悪く見えちゃう」
「元からカズサはガラ――は、いいほうだったな。うん」
ナツが途中で何かを言いかけた。じろりと睨むと、慌てたようにその言葉を無理矢理変える。
――いいんだけどさ。別に。今更だし。
はぁ、と息を付いてから、アイリが淹れてくれた――私の分はほどほどに冷ましてくれた――ココアに口を付ける。じんわりと体が温まっていくのを感じる。
「冬は……こたつに入っていた方がいいよ。うん」
「カズサちゃんらしいね」
「うん?」
思わず聞き返すも、アイリはにっこりと笑顔を見せるだけだった。
それから二十分くらいが経って、泥だらけになった二人が、つやつやとした顔をして部室に入ってきそうになったのを三人で慌てて止めた。
ほんの数㎝しか積もってないグラウンドに体を投げ出したらどうなるか、分からなかったのかな、とは思ったけれど。それと同時に、二人ともやることが子どもだもんな、と思うと、それも自然と納得できた。
――ノリと勢いで生きてる二人だもんなぁ。特に、宇沢。
それからジャージに着替えた二人と、元から部室にこもっていた三人の、いつもの五人で放課後スイーツの部活動を行った。
今日は優しい味のシフォンケーキと、温かな紅茶。
温かい部屋中に漂う紅茶の香りの心地よさ。そしてそれを感じながらぬくぬくとした炬燵に入っているという背徳感。
冬に食べるのは、こんな優しい味のものに限るな、と。今日の注文当番だったナツのセンスの良さを褒めてやりたいと思った。
◇◇◇
部活動からの帰り道。
アイリとナツとヨシミの寮は私たちと丁度逆方向にあって、自動的に私と宇沢が途中までの道を歩く形になる。
明け方に学校に向かったときには、さくさくと雪を踏みしめて来たはずなのに、今ははっきりと地面が見えている。雪があるのは街路樹の根元くらいなもので、大雪警報とはなんだったのか。
「――――あ!」
ふと、宇沢が弾むような声を上げた。真隣から突然聞こえたその声に、耳にキンとした音が残る。
「ほらほら見てくださいよ杏山カズサ、雪、降ってきましたよ!」
隣を見ると、宇沢が白い息を吐き出しながら空を指差していた。宇沢の指先に目を向けると、粒の大きな雪がゆっくりと空から落ちてきていた。更に視線を上に向けると、夜空を黒色の中に、白色が点々と見えた。
その雪は地面に落ち、コンクリートの地面に白色を残していく。それはまるで、チョコレートケーキの上にまぶされた粉砂糖のようにも見える。
「このまま降ったら、また積もりますかねぇ」
宇沢は手のひらの上に雪を載せて、じぃっと見ている。かと思えば街灯の下に氷の張った水たまりを見つけて、犬みたいに駆けていった。
フィギュアスケートのまねごとだろうか。右足一本でスピンをする姿は、――何というか、すごくアホっぽく、そして子どもっぽく見える。――誰も見てないうちにやめな、と声をかけようとした、その時。
「ちょっとお時間よろしいですか?」
そんな声が響いてきた。
「え?」
いつの間にそこに居たのだろう。色が濃い肌色をした、白髪のポニーテールの生徒がいた。
大型スクリーンの中で見たことのあるような気がするそのキヴォトスの生徒は、手にマイクを持って宇沢に差し出していた。――その後ろには、煌々と灯るライトと、大きなカメラ。
「なんですかなんですかっ、事件ですか、聞き込みですかっ!?」
マイクを向けられた宇沢は、声を弾ませて物騒なことを言う。自警団員としてのスイッチが入ったのか、途端に周りをきょろきょろと見回し始める。それから急に黙って聞き耳を立ててるように見えるのは、おそらく銃声などが聞こえないかを探っているのだろう。けれどインタビュアーは「違います」とでも言うかのように首を横に振る。
「この周辺で、ここまで雪が降るのは珍しいですからね。なので通りがかりの生徒にインタビューをしてるんです。受けてくださいませんか?」
「なるほどぉ。いいですよっ!」
顎に手を当てて、うんうんと宇沢は納得したように頷く。
なるほどぉ、じゃない。バカ。宇沢、カメラ向いているのが気づかないんだろうか。下手したらメイン通りのあの大型スクリーンに現在進行系で映っているかもしれないということに気づかないんだろうか。このバカは。注意を促すように服の背中を引っぱるけれど、気づく気配はない。
「それでは、今日の雪の様子を見ていかがですか? 気分でもいいし、感想でもいいです」
「え? 雪が降った今の気分ですか? ……うーん、そうですねぇ…………。あっ、好きな人といるときの雪って、なんだか普通の雪よりも特別な気持ちになれますねっ!」
「…………………………は?」
今、なんて言った。宇沢お前、今、……なんて言った。
インタビュアーの獲物を見つけたような目が私の方に移る。目元が緩み、口元に笑みが浮かぶのが見えた。
「なるほどなるほど、それでは――――」
思わず、フードを目深に被って顔を隠す。できる限り顔が見えないように、袖で口元を覆う。宇沢が今振り返ったら、ちょっと、洒落にならない。
「それに――――」
なんか宇沢が引き続き何かを言ってるように聞こえたから、止めるように上着の裾を引っ張る。けれど宇沢の言葉は止まらない。
「ですし、杏や――――」
名前が聞こえた気がしたから背中を強めにどつく。止まらない。
「――――ということです!」
自慢げに、そう言い切った声がした。ふん、と、鼻息一つ吐き出す音がする。
見なくても、宇沢がどんな顔が分かってしまう。ああぁぁぁもう、バカ。
「ふんふんなるほど。あなたにとっての雪は特別、ということですね?」
「はいっ!」
声を弾ませて、体全体で頷く宇沢の背中が見えた。
「では、あなたと一緒にいる――――」
なんか対象が私に向いた気がして、逃げようとしたら服を引っ張られる感覚があって逃げられない。強く引く。逃げられない。
何に引っかかってるのかと見たら、宇沢が私の服の裾をしっかり握ってた。ふざけんな。
逃げたい、逃げられない。インタビューは続いている。宇沢の弾んだ声だけが私の耳に入ってくる。
――やめて、マジで。宇沢、やめろ。
心の声は届かない。声に出そうもんなら逆に私に目が行きそうだから、止めておく。
コイツの腕切り落とせないかな、とか。コイツそろそろぶん殴って昏倒させといたほうがいいんじゃないかな、とか。割とマジにそんなことを考えながら。
「はいっ! 一緒に居るとそれだけで――――」
「……………………殺す………………後で、絶対殺す…………………………」
私は宇沢が受けるインタビューを、その後ろで呪詛を吐きつつ、早く終わるようにと願うだけしかできなかった。
大雪が降った日にインタビューを受けるレイサと、同席したカズサ、な短編。レイサの純粋無垢な眩しさに照れ照れたじたじなカズサ、かわいすぎでは???ってなりながら書きました。
2月10日。都会ではめちゃめちゃ雪が降りました。
そんな日は、毎度とあるニュースのキャプチャ画像が頭を過ぎります。その瞬間、そんなレイカズが書きてぇ!って電波が降り注ぎました。書きました。尊死しました。
10年前のあの日、ニュースでインタビューを受けてくれた二人。最高に素敵なシチュをありがとう。