レイカズ/カズレイ作品 短編集   作:みょん!

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にゃんにゃんにゃんの日のパンケーキ

「あ”ー…………めんどくさ…………」

 

 私は手提げ鞄を肩越しに持って、重い足を引きずって教室の出口へ向かう。

 この後に放課後スイーツ部の部活が、そして甘くおいしいスイーツが待っていると思わなければ、全てがだるくてやってられないテンションだった。

 今日の授業は、6コマで終わるはずだった。実際、大半の生徒は、それで終わって放課後となっていた。

 それなのに。それなのに――。スコアレス(0点)で延長戦に入るのは、テレビの中の野球中継くらいにしてほしい。本気で。

 ただでさえ6コマの授業なんてキツいのに、延長戦とか、マジで止めてほしい、

 

 ――まぁ、小テストの時にうたた寝した私が全部悪いんだけど。

 

「あ、お疲れさまです」

 

 教室を出て、すぐ隣から声がした。

 ものすごく聞き覚えのある声。そして視界の端に見えるのはホワイトスノーの髪。

 

「あれ、宇沢? なんでここにいんの? 宇沢も追試……なわけないよね」

「えへへ、まぁ」

 

 壁に寄りかかったまま、宇沢は微妙な顔をして曖昧に返事をする。

 ――別に、気を遣わなくてもいいよ。分かってるから。

 

「この教室に入るのが見えて、おそらく朝テストの追試だろうなぁって。なので、待ってました」

「……先に部室に行ってれば良かったのに」

 

 わざわざこんな私を待つことなく、部室に入ってスイーツタイムを満喫すればいいのに。アイリやナツもいないこんなところで、話し相手もいないのに。

 

「杏山カズサといっしょに行きたかったので」

「そ」

 

 聞けば、たったそれだけの理由。理由なんて、あるようでないようなもの。

 だけど。

 

「じゃ、部活行こっか」

「はいっ!」

 

 二人で向かうというだけで。だるかった足取りが軽くなるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部室までの時間はあっという間だった。

 扉の向こうからは、アイリの声が聞こえてきていた。

 珍しいな、と。そう思って、扉を開けて。

 

「ごめん遅れた。ちょっと野暮(やぼ)よ――」

「――――! カズサちゃぁぁぁぁぁん!」

 

 遅れた理由を言い終えるより前に、アイリが私の胸に飛び込んでくるのが見えた。

 衝撃に耐えられるよう、足に力を入れる。お腹に衝撃。宇沢のよりは痛くないけど、ほどほどの衝撃。そして時間を置かずに、ぎゅっと背中に腕を回されて、抱きしめられる。

 

「カズサちゃん、カズサちゃん! 待ってたよ!」

 

 普段のアイリの、柔らかい声とは違う、切羽詰まったような声。そして鼻をすするような音も、聞こえてくる。

 こんなアイリは、正直言って珍しい。いつもは平和主義で、にこやかに部員達――特にヨシミやら宇沢やら――の騒ぎを見守っているポジションなのに。

 私のアイリをこんなことにしたのは。

 

 ――ヨシミ、お前か。

 

 なかなか顔を上げないアイリに、ただ事では無いと察知。部室に居るアイリ以外の面々が何か粗相をしたに違いない。な、ヨシミ。

 そう思ってヨシミを睨み付けると、ヨシミはぶんぶんと勢いよく顔を左右に振る。口元も笑ってないのを見ると、どうやら本物の反応に見える。シロ。

 

 ――なら。

 

 ナツは目を瞑って、小さく首を振る。

 二人の容疑者は全員シロの供述。ならアイリはなんでこんな――と思っていると、アイリが私を涙目で見上げているのに気づく。

 

「カズサちゃん、お願いが、あるの…………」

 

 アイリは懇願するような目で、私にそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………はぁ」

 

 私の口から出たのは、ため息とも、相づちとも、疑問符とも言えない、微妙な声だった。

 アイリが見せてくれたスマホの画面には、『2月22日限定企画!』と虹色に彩られた文字が躍っていた。

 

「明日の2月22日。語呂合わせでにゃんにゃんにゃんの日。この日にね、猫ちゃんをモチーフにしたパンケーキがその日限定で提供されるの。しかも、あの『フィフティワンアイスクリーム』の特別監修のチョコミントアイスまでトッピングで付いてくるんだって! ……でもね、限定企画だけに、お店に入るのに条件があって――」

「あー、ここ。『猫をモチーフにした衣装や仮装をしてくること』、……ふぅん、なるほどね」

 

 画面の中の文字を読み上げると、アイリはこくりと頷いた。

 

「……いや、これは私みたいに耳が付いてる子じゃなくてもいいんでしょ? 晄輪大祭で見かけた双子みたいに、耳っぽいのを付ければいい話じゃん。ナツ、アイリが行きたいんだって。付けてやんなよ」

「私は、無理だね」

「なんで」

 

 一も二もなく、ナツは即答して、静かに首を振った。

 

「私が猫耳を付ける――それは言うなれば、緑茶にミルクと砂糖を入れて飲むようなもの。チーズケーキにポン酢を掛けるようなもの。世の中には、合わない組み合わせというものが存在するんだよ」

 

 なんかいつものように、面倒くさい言い回しで煙に巻かれたような気がするけれど、ナツが言わんとすることは、分かる。そして何より、それが方便とかじゃなくて、本気で嫌がってるように見えるから、これ以上言うのは止めにしておこう。

 じゃあヨシミは――と思ったけれど、言う前から全力で拒否するのが目に見えた。

 そして隣でのほほんとマグカップを手に紅茶を啜っている宇沢は。……うん、ノリノリで付けそうな気はするけれど、余計うるさそうだから却下。

 

「…………はぁ」

 

 このため息は、最初のものとは違って。気持ちを改めるもの。

 アイリがここまで主張して、行きたいというのは珍しいことだし。なによりも――アイリに頼られるということは、私としては、すごく嬉しくて。

 誰でもない、アイリの頼みだったら。受けてあげようと思う。

 

「いいよ、アイリ。明日、皆で行こうよ。私が行けば、仮装とかしなくてもなんとかなるでしょ」

「――――――!」

 

 その言葉に、アイリの目が輝くのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………わぁぁ!」

 

 注文していたパンケーキが机の上に載せられた瞬間、誰からともなく歓声が上がった。

 厚みのある、見るからにふわふわな、二段重ねのパンケーキ。

 けれど、パンケーキはパンケーキでも、見慣れた形とは違っていた。楕円形で、上の方には三角形の突起がある。――そう、猫の顔の形をしたパンケーキが出てきた。

 しかも、目、口、髭の部分はチョコレートで丁寧に描かれていて、パンケーキよりも一回り大きな皿の上には、トッピングのチョコミントアイスとバニラアイスが4つずつ、猫を囲む様に添えられていた。

 机の周りにふわりと漂うパンケーキの甘い香りに、冷たいミントとバニラの香りがそこに加わる。

 見た目の可愛さ、出てきたパンケーキの質、そのどれもが、まさしく一級品の出来映え。

 

「…………なんだか」

 

 いち早くスマホを取り出して写真を撮っていたアイリが、ぽつりと言う。

 

「可愛すぎて、食べるのがもったいないね」

 

 嬉しそうな笑みを浮かべながら、そんなことを言う。

 

「美味しいものを美味しいうちに食べる。それは人生そのものと言っても過言ではない。そして美味しいと思えるうちに食べるのが、スイーツへの感謝の意を伝える私たちの手段でもある」

「回りくどく言ってるけど、ナツが食べたいだけでしょ」

「にひ。そうだよ」

 

 正直でよろしい。

 右手にナイフ、左手にフォークを持って、その柄尻の部分で机でトン、と鳴らす。どうやらスイーツ学専攻の教授は待ちきれないようだ。

 全員で一つのものを注文したとき、誰が最初に食べるのか――。キヴォトスのSNSではちょくちょく学級会が開かれる議題なのだけれど、私たち放課後スイーツ部では、最初に行こうと言い出した人、所謂言い出しっぺの人が先に食べることにしている。誰が言い出したかは定かではないけれど、大体こういうのを決めるのはアイリだ。一番平和に済む方法を、アイリは考えてくれる。

 

「――――よし」

 

 全員がスマホで写真を撮り終えたところで、猫のパンケーキを前にしたアイリが、猫の顔にフォークを入れる。

 

 ――毎回思うけど。キャラクターの顔の形したケーキとかって、何も手を付けていないときはいいけど、食べ始めるその瞬間って、なんだか微妙な感じになるよね。

 

 そんなことをコラボカフェにいっしょに行ったときに宇沢と話したことを思い出しつつ、アイリは一口大に切ったパンケーキを、フォークに刺す。

 

「はい、カズサちゃん」

 

 そして、私に、差し出してきた。

 

「……え」

「はい」

 

 ずい、とさらに近づけてくる。

 いや、それ持ってくのは自分の口じゃないの。

 アイリが何をやろうとしているのかは。一目瞭然で。でもそれを私にするのは場違いというかなんというか――

 

「さ、いしょはアイリが食べなよ。楽しみにしてたんでしょ?」

「ううん。カズサちゃんが連れて来てくれたから、カズサちゃんに。はい、あーん」

 

 アイリが『私の真似をして』とでも言うかのように、口を開けてくる。

 一瞬口が開きかけたのを、慌てて閉じる。宇沢やらヨシミやらナツのにやつき笑いの顔が見えたから。なんというか、これは。これは……。

 

「恥ずかしがると、更に恥ずかしいことになるよ。ここは素直になるべきだよ。にひ」

 

 ナツは笑みを浮かべて言う。

 

「いいですねいいですね。杏山カズサがこうなるのは珍しいですねっ!」

 

 宇沢はいつも通りうるさい。

 

「ほら、カズサも甘えたがりな年頃なんだからさ。さぁさぁひと思いにやっちゃって、アイリ」

 

 ヨシミは後でぶん殴る。

 

「…………どうしても、私?」

「うんっ」

 

 即答だった。

 これは逃げ場はない、なぁ。

 パンケーキの上に載っているチョコミントアイスが、パンケーキの熱でじんわりと溶けているのが見えた。

 仕方なく、口を開ける。アイリの顔を見るのは、なんだか気恥ずかしくて――思わず、目を閉じる。

 少しの間を置いて、舌先に温かくて柔らかい感触。そして次にバターの風味が鼻に抜けて、最後にチョコミントのすっきりとした香りが口全体に伝わってくる。

 

「…………おいし」

「――ね」

 

 目を開ける。満足そうに笑みを浮かべる、アイリの顔があった。

 咀嚼して、飲み込む。ほう、と、息を吐く。美味しさに、思わず頬が緩む。

 余韻に浸っていると、脇腹に何かが触れる感覚があるのに気づく。

 左側に座っているのは宇沢だけれど――と思っていると。宇沢が何やらニヤケ顔で私の脇腹を小突いていた。

 なるほど、そんなに私が、アイリにあーんされているのが珍しく、そしてからかうネタか。なるほどなるほど。

 

 ――でもね、宇沢。

 

 本人は気づいていないようだから、気づくように示してやる。

 少しばかり強めに肘を突き返して、人差し指を机の向こう側へ。

 宇沢の視線が、私の指の向こうへ移って。そして。

 

「……へ」

 

 鳴き声を上げた。

 宇沢の視線の先には、にこにことしたアイリが、パンケーキが刺さったフォークを宇沢に差し出していた。

 

「……へ?」

 

 もう一回。今度は首を傾げるおまけ付き。

 

「そういえば、レイサちゃんにはまだやってなかったなぁって」

「いやー、私は……」

 

 宇沢は両方の手のひらを見せて渋るけれど。……アイリはそんなもんでやめるわけないし、きっと宇沢が折れるまで、ずっとにこにこしたまま差し出し続けるよ。

 

「恥ずかしがっても無駄だよ。諦めな、宇沢」

「先ほどされた杏山カズサが言うと説得力がありま――ッ!?」

 

 言葉が減らないので肘を入れておいた。

 

「はい。レイサちゃん。あーん」

「あ、あーん…………むぐ」

「どう?」

「おいしい、です」

「よかった」

 

 アイリは心底嬉しそうに、笑顔を見せた。

 

「さ、やりたいこともやったし、パンケーキが温かいうちにみんなで食べよっか。アイスも溶けないうちに」

 

 アイリが皆にそう言って、猫の顔をしたパンケーキを器用に切り分けていく。

 

 ――結局、見た目可愛いパンケーキは、こうなるんだよねぇ。

 

 五等分にされた、元、猫の顔の形をしたパンケーキ。

 私の元にやってきたのは、ちょうど右側の口ひげの部分だった。

 皿の上には、私も好きなチョコミントアイスが載っている。

 

「みんな、行き渡ったね?」

 

 アイリの声に、これ以上待ちきれないという顔が、隣に見える。目がきらきらとしていて、視線はパンケーキに釘付けになっている。先ほどの一口で、美味しさが分かっているのだから、そうなるのも仕方ない、と思う。私だってそうだから。

 

「それじゃ、いただきます!」

 

 そして食べ始める面々。

 猫の日のパンケーキは、こうして平和に過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、これは余談になるけれど。

 このお店の企画ページの最下段に、『当日、店内にカメラマンがいます。いい顔をしてくださいね』と書いてあったらしい。

 三月も下旬になって。

 『黒猫と一家団欒』とタイトルが付いた、アイリと私を中心にした写真が、お店に飾られることになり、我らが放課後スイーツ部はこのお店の一年分のお食事券を手にすることになったのは。また、別の話。




2月22日はにゃんにゃんにゃんで猫の日! 猫の日と言ったらカズサをメインにした小説が書きたい! と思った時にはプロットができてました。わお。

放課後スイーツ部が秋葉原のパセラとコラボしてて、更にスタンプラリーの対象店舗になってたんですが、その中のシナリオでアイリがカズサやヨシミにあーんしてたのを見て、こんなお話になりました。
フォークを差し出してるアイリはとてもいい笑顔をしていると思うし、照れ顔のカズサやヨシミを想像するとすっごく、かわいいなぁ!ってなりました。読める人はぜひ読んで欲しい。そして放課後スイーツ部の唯一の良心ことアイリを好きになってほしい。
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