「きょーうは、おっうちっで、まっかーろーん!」
授業が終わって、真っ先に教室を出たおかげで、学校の廊下も、寮までの帰り道も、ほとんど誰もいない。
気づけば私の足はスキップしていた。るんたるんたとご機嫌で歩く私は、誰かが見ていたのならさぞ驚かれただろう。でも私はそんなの気にしない。だって今日は、下校後の楽しみがあるのだからっ!
寮のドアを開ける。着がえるのはめんどくさい。鞄をベッドに投げて、冷蔵庫の前に正座。
冷蔵庫を開ける。紙でできたテイクアウト用の箱が目に入る。
「――――へへっ」
勝手に、声が漏れた。
紙の箱を取り出す。ほんの少しの重さを感じつつ、大事に大事に床へと降ろす。
箱を開く。合計5つのマカロンが、色鮮やかに箱に収まっている。ふわりと、キャラメルの甘い香りが漂ってきて、よだれが勝手に出てくる。
勝手に、口元が緩む。
マカロンの甘い匂いを嗅いだだけで、昨日のことが脳内に浮かぶ。杏山カズサと一緒に、パンケーキやマカロンや、数々のスイーツを食べた、楽しすぎたあの日が。
「へへへ……。楽しかったなぁ……」
一日が経っても、あの時間のことを思い出すだけで胸がうきうきして止まらなくなる。頬が緩んで、口が横に広がって仕方なくなる。まさかあの杏山カズサと一緒にスイーツを食べるだなんて想像してなかったし、最高に楽しかったし、おみやげまであるし!
そう、おみやげ。杏山カズサと一緒にスイーツを食べて、食べきれなくなったものをテイクアウトした。それが今、目の前にある。昨日の杏山カズサとのスイーツの延長戦が楽しみすぎて楽しみすぎて、今日の授業はまったくと言っていいほど頭に入らなかった。
「……さて、さてさて。どれにしましょうかねぇ」
合計10種類あったうちの、残った5種類。色も香りも違う、マカロンたち。昨日食べたものはどれもこれもがおいしくて、ここにある5種類も間違いなくおいしいのだという確信がある。
だからこそ、私は悩む。
どれを食べようか――と。
「フルーツフレーバーは鉄板ですよね。杏山カズサお勧めの苺はすごくおいしかったですし。とすれば、別のフルーツフレーバーの二択……。いや、でも変わり種の緑茶も惹かれますし、黒ゴマもいい香りが…………うぅぅぅぅん…………」
箱の底にいるマカロンたちは、みんな『私を食べて、おいしいよ!』と主張する。だからこそ、悩む。
「むしろここは全部無視して紅茶フレーバーの……、あ、紅茶!」
昨日杏山カズサに言われたのを思い出した。マカロンには紅茶。
善は急げ。ケトルに水を入れて、スイッチオン。紅茶を入れる準備をしてから、再びマカロンの前に正座して、悩みリスタート。
「どれかひとつ、かぁ。どれかなんて……なかなか選べません……」
箱の中のマカロンと睨めっこをしていると、ふと、頭の中で声が聞こえてきます。
『よく考えてください私。どれを食べればよいのか考えているのなら、いっそ今日で全て食べてしまえば全て解決のでは?』
『いや、それはおかしいですよ私。杏山カズサとのおいしいおみやげを一日で食べきってしまうのですか? もったいないとは思いませんか?』
『いやいや、スイーツはおいしいうちにですよ私。悩む時間があるのなら全部食べてしまって、その後に杏山カズサをスイーツにお誘いすればよいのでは?』
「いやいやいや、何を言いやがりますか私。そんなことできるわけないじゃないですか!」
「いやいやいやいや、日和ってんじゃないですよ私。あの杏山カズサは――」
頭の中で小さい私がケンカをし始めた。ええいうるさいうるさい。頭がこんがらがってくる。
「うううぅぅぅぅ…………よし、決めました。今日は一つだけ! これにしましょう!」
私の心に問いただして、和風にすべきと脳内会議で議決。迷えば迷うだけ時間がもったいないし、何より正座しているせいで足が痺れてきた。そろそろ限界。
抹茶色のマカロンを手に取る。しっとりとした手触りは、昨日食べたときと変わらない。華を近づけると、緑茶の爽やかな香り。にへ、とほほが緩む。
手に取って、今朝コンビニで見かけたものとは全然違うことに気づく。
厚みが違う。コンビニで食べるものとは、1.5倍の違いはある。そしてクッキー部分とクッキー部分の間のクリーム部分、これが見えるのがすごい。端までぎっしりクリームが詰まってる。すごい。
今手に取っているものは、マカロンという名前の別の何かだと思う。
そしてそれが、杏山カズサのお勧めであればなおさら。大事なもので貴重なものなんだなって思える。
「…………さて。いただきますっ!」
両手で持って、一口。ほんの小さな一欠片が私の口の中へと入っていった。
クッキー部分の甘さと、抹茶クリームの風味が口の中でとろけて、息をするとその風味が鼻を抜けて香りが更に強くなる。
「…………はふぅ…………」
思わず、ため息が出る。一口食べるだけで、こんなに幸せになるなんて。流石は杏山カズサのお勧め。
もう一口食べる。息を吐く。もう一口。あ、紅茶入れるの忘れてた。まぁいいや。もう一口。
あれよあれよと言う間に、マカロンは私の口の中に消えていった。
「………………、」
気がつけば、無意識のうちに冷蔵庫の扉に目が行っている事に気づく。扉の向こうには、まだ食べていないマカロンが4つ――と頭の中の別の私がささやきかけてきて、ぶんぶんと首を振る。
――今日は一つと決めたんです。残りは明日!!
なんとかマカロン欲を押さえつけて、テーブルの上に置きっぱなしだったスマホをチェックする。特に通知はない。
「――――あ。写真……」
スマホを手にして、やり忘れたことを思い出した。おいしいスイーツは写真に残そうと思っていたのに、寮に戻ってくる道中では覚えていたのに、気がつけば全部私の胃の中に収まってしまっていた。私、一生の不覚。
「うううぅぅぅ……感想と合わせて撮っておきたかったのに、やってしまいました……」
一応、5個丸ごとが映った写真は残っているから、この写真を加工すれば大丈夫ではあるのだけれど――。
スマホに表示される、昨日帰った直後に撮った写真。そして、画像一覧に表示される、昨日食べたスイーツの数々。
「………………へへっ」
写真を一枚一枚スライドさせて見ていく。その内の一枚で、私の手が止まる。クリームがたっぷり載ったパンケーキの向こうに、すこしぼけた杏山カズサの姿も映っている。
昨日の『おいしい』が、『楽しい』が、『嬉しい』が、写真と一緒に甦ってくる。勝手に、頬がにやける。口から、変な声が出る。
あの杏山カズサと一緒に、スイーツを食べた。
杏山カズサが体験している青春を、一緒に体験した。それこそ夢みたいに思うけれど、スマホに残った写真が現実なんだと教えてくれる。写真を見返せば、あの時の気持ちをすぐに追体験できる。あの時の、お店にただよう甘い香りも、お勧めされて食べたスイーツの甘さも、杏山カズサの優しい声も、全部。
楽しくて楽しくて、嬉しくて、仕方がなかったあの数時間。杏山カズサがくれたおみやげで、今はその延長戦。
残ったマカロンは、あと4個。
――できるなら、もし、できるなら。また、一緒に食べたいな、とも思う。また、あんな風に食べられたらな、と思う。
まだ私は、その勇気が出ないけれど。
でも。
「……残りのマカロンが、4個。で、今日が、月曜日。……ようし」
鞄の中からノートとシャーペンを取り出し、最後のページを開く。
『杏山カズサとスイーツを食べよう作戦』とだけ、殴りつけるように書いた。
『宇沢レイサはマカロンを食べる時はハムスターみたいに両手に持って細かく食べそう』
ってな妄想ツイートを元にした、カズサとのスイーツ会翌日のレイサのお話を書きました。
レイサ、スマホに撮ったスイーツの写真を見て幸せそうににへーってしそう。レイサはずっと(カズサ曰くアホみたいな)幸せそうな顔しててほしい。
みょん!は幸せなレイカズとカズレイを応援しています。