「ねぇヨシミちゃん、どうしたらいいと思います?」
「どうしたらいーんだろうねー?」
お互いの寮の、だいたい中間地点にあるMから始まるハンバーガー屋の二人用テーブル。飲み物とポテトを注文して、私はヨシミちゃんと向かい合っていた。
場所がいつもの放課後スイーツ部の部室ではないのは、こっそりとした相談ごとだから。
これは、万が一にでも杏山カズサに聞かれちゃいけない相談だから、こうやって場所を移して話をしているのだけれど。
「やっぱり、ホワイトデーのお返しだったら杏山カズサが好きな物がいいんでしょうかね? 例えば……やっぱり杏山カズサが毎日のように食べてるマカロンとか?」
「さー?」
相談するのは私の方。そして相談を受けてもらってるのはヨシミちゃん。
ヨシミちゃんはポテトを口にくわえながら、頬杖を付いている。
「あのカズサのことだし、レイサからだったら何贈っても大丈夫なんじゃない? 知らないけど」
「うーん…………、そういうもの、なんですかねぇ?」
――相談したいことがあります。とヨシミちゃんにモモトークで伝えて、二つ返事で相談に乗ってくれるって返ってきて、この場所に来て。
『杏山カズサにバレンタインのお返しをしたいんですけどっ!』
と言った途端のヨシミちゃんの顔と言ったら――私が杏山カズサへ挑戦状を持って突撃したときの顔を思い起こさせた。
「そういうもんよ。アイツ、色々と面倒そうに見えて、バカみたいに単純だしね」
そう言ってヨシミちゃんは、ポテトにバーベキューソースを付けて口へ放る。
ヨシミちゃんと杏山カズサは、本人たち曰く『犬猿の仲』らしい。
でも私から見ると、一番ヨシミちゃんを知っているのは杏山カズサだと思うし、逆もまたそうだと思う。犬猿の仲というよりは、『ケンカするほど仲がいい』に近いものを感じている。
――ま、それを言ったらお互いに全力で否定されちゃうんですけどね。
なので、一番の杏山カズサの理解者であるヨシミちゃんに相談を持ちかけているのだけれど。――ヨシミちゃんは、こういったことはそこまで得意ではないのかもしれない、と思えた。
「ではでは、やはり杏山カズサが一番喜びそうなマカロンでしょうか。ヨシミちゃん、おすすめのお店とか通販のサイトとか知りませんか?」
「んー、それはレイサの方が知ってるんじゃない? カズサと一緒に、色んなお店行ってるでしょ」
「あー、それはですね。杏山カズサと一緒に行ったお店だったら、一回は食べた味になっちゃうじゃないですか。杏山カズサに贈るんなら、食べたことのないものを贈りたいなーとか、思ってて。……、せっかくの、初めての、お返し、ですし……」
「…………はぁ」
言ってて、なんだか恥ずかしくなってきて。ちょっと暑くなってきて。メロンソーダLサイズを啜る。氷がたっぷり入っていて、注文からそれなりに経っていてもほどほどに冷たい。
一息付いてヨシミちゃんの方を見ると、何やら肩をすくめて盛大にため息を付いていた。なんだか小声で『ああもうこのバ――――』とかなんとか聞こえた気がしたけれど、聞き返すのも違う気がして、聞こえなかったことにした。
「そこで、ちょっと色々と考えてみたんですが、ここらへんで探すのとかどうかなって思うんですけど、どうでしょう?」
ヨシミちゃんに言ったとおり、トリニティ周辺のお店は、自慢じゃないけどかなりの数を巡ってるし、リピートしたいマカロンを出すお店は片手の数以上はある。――なお全部杏山カズサからお勧めしてもらうか、『あ、そこ行ったことあるよ。美味しいよね』とか言われた。
だからおそらく、トリニティのお店で
「通販、ね。いいんじゃない? 値段もピンキリだしさ」
「ですよねですよねっ! で、何を買うかってところなんですけどね――」
ヨシミちゃんとあれこれと相談し、ついでに美味しそうなイートインのお店を見つけたので今度一緒に行くことにしたりして。
大体二時間くらいが経過した。
「うん、よしっ、決めました。やっぱりマカロンにしますっ! 今のところは三択で絞りきってないんですが、どれにするかはもうちょっと考えてみますね。ヨシミちゃん、相談に乗ってくれてありがとうございました!」
「ん、まぁ私は特に何もしてないけどね。がんばんなー」
バニラ味のシェイクを啜って、ヨシミちゃんはそう言って手をひらひらと振って見せた。
◇◇◇
「…………な、ななん、な、な………………」
部屋の、ベッドの上。
私の口から、変な声が漏れるのが止まらない。むしろ変な汗まで出てきた。
スマホに表示された文字列を見て。心臓がバクバクと音を立て始めてるのが嫌ってくらいに分かった。
――そういえば、ホワイトデーに贈る物は何か意味があるんじゃなかったっけ?
そう思って。なんとなく。本当になんとなーく、検索してみた。
変な意味だったら困るなーとか、誤解を与えちゃうような意味だったらだめだなーとか、杏山カズサってそこらへん詳しそうだしなーとか、そのくらいの、軽い気持ちで検索エンジンに『ホワイトデー マカロン 意味』って入れてみた。
「………………い、いやいやいや、これは、……これ、はー…………」
『マカロンの意味は【特別に大切な人】』とスマホに表示されていて。
えと、えとえと、私が、杏山カズサに贈る物で、マカロンを選ぶと言うことは。
それは、つまりー――――――。
「いやいやいやいや、えっと。…………まず深呼吸しましょ」
息を吸って、吐いて。もうひとつ吸って、吐いて。おまけにもうひとつ吸って。止める。
止める。止める。とめる。……ちょっと苦しくなってきた。
「…………っはぁぁぁぁぁ」
思いっきり息を吐いて。
ばふん、と。倒れ込んでクッションに顔を埋めた。
「特別に大切な人。…………特別に、大切な、ひと」
口に出してみる。「~~~~~」クッションがやけに熱くなったように感じる。何か体を動かしてないと気が気じゃなくて、足がばたつく。
私はただ、純粋に。杏山カズサが好きなものを贈ろうとしただけで。そのマカロンというもの自体には意味はそんなに考えてなくて。
でも、そのマカロンというものに意味があると知ってしまって。
私はどうしよう、と割と本気で悩む。
「贈るなら、杏山カズサの好きな物を贈りたい、じゃないですか。杏山カズサに、喜んで貰いたい、じゃないですか」
悩む。
聞く人はいないけれど、とりあえず、口に出す。
「大切な人だっていうのは、もちろん、嘘じゃないですし。……杏山カズサが一番かって言えば。…………、…………あー……、うん、そう、なりますよね。その言葉には、どこにも嘘偽りはないわけですよ」
悩む。悩む。
誰かに言い訳するように。口にする。
「特別に、大切な、ひと…………。うぅぅぅぅぅん…………そう言っても。そーーー言っても。マカロンが『特別に大切な人』って意味の物であることには間違いないわけですし。んー…………贈っちゃって、いい、んでしょうか。ううぅぅぅぅ……助けてヨシミちゃぁん…………」
悩む。悩む。悩む。
クッションが割と熱を持ってきて苦しくなってきた。顔を上げる。顔が涼しい。
さっきからずっと正座してて、足が痺れてきた。ベッドの縁に座って、再度、スマホの画面を見て。ホワイトデーにマカロンを贈る意味の言葉は、少し時間が経った今も、まるっきりさっきと同じ言葉が書かれているだけだった。
天井を見上げて、少しだけ考えて。もう少しだけ、考えて。
杏山カズサの顔を、思い浮かべて。――なんか頭の中の杏山カズサが薄笑いの顔で『ばーか』って言ってきた。バカって言うほうがバカなんですー。
「――――よし!」
ふと、私の『トリニティの審判者』の頭脳がひらめきを告げる。
「うぅん、深く考えないようにしましょう! 杏山カズサは特別だし、大切! その言葉に嘘偽りは一切ありません! だから『これかもよろしくお願いしますね、杏山カズサ!』って渡せばそれでいいんです! これで解決です! 完璧な作戦です!!!」
頭を左右に振って、もやもやと浮かんでいた思考を取り払う。
深く考えるのはやめよう。杏山カズサが好きな物を贈る、それがいい、それでいい。
考えが変わらないようにと、急いでスマホのページを通販サイトに切り替える。
「杏山カズサの好きなミント味がメインの、お手頃サイズの六つ入り『特別マカロンセット』を、……ホワイトデーのラッピング付きで、っと。……よし!」
『注文』をタップして、注文完了の画面が表示された。
もう後戻りはできない。だからあとは、渡すだけ。
「さーって。作戦を考えますか」
◇◇◇
息を吸って、吐いて。もうひとつ吸って。気配を探る。
場所は杏山カズサの寮の、地上に降りる階段前。時間は杏山カズサが降りてくるであろう時間より、かなり前。
すぅ、はぁ。……すぅ。
さっきからずっと、やることがなくて深呼吸ばかりしている。なんとなく、空気が入ってこないというか――杏山カズサに挑戦状を投げつける時よりも、緊張してる気がする。
時計を見る。まだ時間としては早い。杏山カズサは、まだ降りてこない。
階段を見上げる。ちょっとだけ、胸がそわそわとしてくる。
――杏山カズサが別の階段から降りてくるんじゃないか、とか。
――杏山カズサが今日に限って早く学校に行ってるんじゃないか、とか。
――今日はサボりでずっと家にいるんじゃないか、とか。
杏山カズサが階段から降りてこないイメージが、ふと頭を過ぎってくる。
頭を振って、「私の作戦は完璧。大丈夫。かんぺき」と言い聞かせる。
やがて――カン、カン、カン、と、ゆっくりとした、いや、だるそうな足取りの音が聞こえてきた。
「――――!」
思わず、近くの柱に隠れる。
降りてきたのは、見慣れた黒いパーカーに、肩に引っかけるようにして持った黒い手提げ鞄、そして桃色の丸いヘイロー。
私が待っていた、杏山カズサ、その人。
「……――杏山カズサ!」
「――――――ッ! ……なんだ、宇沢じゃん。驚かせないでよ」
びくりと肩を振るわせたかと思うと、杏山カズサは瞬時に振り向いて。その右手は銃に添えられていた。その反応速度と瞬時に発せられる威圧感は流石はキャスパリーグと言ったところで、思わずホールドアップ。
「急に、しかもデカい声で呼ばれたらカチコミかと思っちゃうじゃん。あー、びっくりした」
涼しい顔でそう言う杏山カズサは、再び銃を肩に掛けて、口元に笑みを浮かべる。
「で、どうしたの、宇沢。こんな朝早く」
「え、あ、そうでしたそうでした。えっとですね、杏山カズサに渡すものがありまして!」
鞄の中に入れていたものを手に取る。桃色の包装紙に、濃い色のリボン。ほんの少しだけ、杏山カズサの色に近いものを選んだ、それ。
「バレンタインの時にケーキを頂いたので、お返しです!」
差し出すと、杏山カズサは「え、」と言ったあとに、目を何回か瞬かせる。
それから目を細めて、ふっと、小さく息をついて。
「そんなの、気にしなくていいのに」
言葉とは裏腹に、嬉しそうに、はにかんで見せた。
杏山カズサの、その優しい表情が見れただけで。待っていた時間も、考えに考え抜いた時間も、全てが報われる気がした。
「〰〰〰〰〰〰〰〰、いえいえ、せっかく杏山カズサが長い時間悩んで選んでくれたチョコケーキでしたし、私の方からも贈りたかったので! どうぞ!」
「――じゃあ、ありがたく貰っとく。…………ん、ちょっと待って宇沢。……長い時間? 悩んで?」
――――――あ。
杏山カズサの目の奥が、キラリと光ったように見えた。
私の第六感が『まずいですよ私!』と叫ぶ。このまま追求されたらきっと――バレる。
「――――と、というわけでですねっ! これからもよろしく、ということで! それじゃ!」
言い終えるのと同時に、ダッシュ。鞄も銃も肩に掛けたままだから、拾う荷物はない。足元に鞄がある杏山カズサよりは、少しだけ有利。
何より――逃げ足には、それなりに自信があるんですよ、私。
「あ、それと! 別に意味とかそんなんないですから!」
言い忘れたことを、振り返りつつ叫ぶ。
杏山カズサはと言えば、ぽかんとした顔をしていて。
私の声の後に、その耳をピクッと動かして、両方の手を握って、叫んだ。
「ちょ……と待って宇沢!」
それなりに距離は離れていてもしっかりと聞こえる杏山カズサの声。
でも。待てない。というか、待たない。
杏山カズサに追求されたらまずいというのもそうだし。
何より――ホワイトデーのお返しを、初めて、ちゃんと、渡せたという満足感で。
泣きそうなくらいに、嬉しかったから。
そのまま顔を合せているのが、ちょっとだけ、大変そうだったから。
緩んで緩んで仕方がない顔は、学校に着くまでには収まるだろうから。
だから今は。足が動くままに、走り続けた。
レイサ、カズサからバレンタインデーに貰ったチョコのお返しを考えてたらきっとこんな光景が広がってるんだろうな、と浮かんだものを書きました。マカロンを贈る意味を知った時の、ばふんって顔が爆発する瞬間は最高に可愛いと思います。
杏山カズサの好きな物を贈りたい→マカロンの意味を知る→それでもマカロンを贈ることに決める→初めてのホワイトデーを成功させる
っていうレイサの心境の変化を書いていって、この子の成長っぷりを作者目線で感じてたりしなかったりしてます。
そして、この作品の続きが、この先に続きます。
レイサとカズサのホワイトデーを巡る物語、見守ってもらえたら嬉しいです。