レイカズ/カズレイ作品 短編集   作:みょん!

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ホワイトデーの贈り物 side 杏山カズサ

 私は、寮の入り口にある柱に寄りかかっていた。

 学校に行くにはまだ割と余裕がある。だからもう少しだけ、こうすることに決めた。

 

「…………」

 

 バレンタインの日。宇沢に渡したくて渡したチョコケーキ――結局、日和(ひよ)った宇沢の提案で一緒に食べることになったけれど――のお返しとして、この箱を渡された。

 桃色の包装紙に、ダークグレーのリボン。そして『ハッピーホワイトデー』と筆記体で書かれたシールが貼ってある。

 一応回りを確認。宇沢がどこかでのぞき見とかは――気配的にたぶん無い。放課後スイーツ部の面々もいない。うん、開けるなら今しかない、と手に持った箱の包装紙を丁寧に外す。

 ベージュ色の四角い箱が中から出てきた。すん、とほのかに甘い香りが漂ってくる。

 箱を開ける。仕切られた箱の中に、6つのマカロンが見えた。ライトグリーンの色をしたマカロンが3つと、桃色のマカロンが2つ、アイボリー色のマカロンが1つ。一見するとアンバランスな数に見えるけれど、蓋の裏に貼られてあるフレーバー一覧を見て、口元がゆるむのが分かった。私が好きだと公言しているミントフレーバーが半分を占めるこの詰め合わせ(アソート)は、間違いなく私向けの一品。宇沢が、これを考えて選んでくれたんだな、というのが分かる。箱を見るだけで、気持ちが伝わってくる。

 

「宇沢……。ここまでしなくてもいいのに」

 

 『嬉しい』が、こみ上げてくる。

 別にいいのに、と口から言っておきながら、なんだかんだで嬉しい自分が居る。宇沢からまっすぐに伝わる気持ちは、くすぐったいのもあるけれど、やっぱり、嬉しい。

 ふと、足元の水たまりに自分の顔が映っているのが見える。

 蒼空を背にした私の顔は、柔らかな笑みを浮かべていて――過去の自分が見たら、間違いなく驚くだろう、と思う。あの頃の自分には、まったくもって、想像もできない姿なのだから。

 アイリたちがスイーツを食べている所に遭遇して、放課後スイーツ部に入って、宇沢との確執が解消されて、宇沢と一緒にスイーツを食べるようになって――。今、私は、普通にスイーツを食べる、私がなりたい自分になりつつある。

 それが、嬉しいって思う。

 

「さて、と。このままサボってもバチは当たんないとは思うんだけど。……そうなったら間違いなく宇沢がうるさいしなぁ」

 

 空は透きとおるくらいに快晴。いい感じのサボり日和と思う。けれど。

 私には少し、やることができたから。今日はこのまま、学校に向かうことにした。

 

「…………ホワイトデーに、マカロン、か……」

 

 その意味を、考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………という訳でさ。今朝、宇沢にマカロンのセットを貰ったわけなんだけど」

「なんなの? わざわざ昼休みに呼び出しといて、聞いてほしいことって惚気(のろけ)? ケンカならともかく惚気は買う気無いんだけど」

 

 トリニティ総合学園の、教室がある棟から二番目に近い中庭。よく猫がたむろしているここは、ほどほどに涼しく、ほどほどに人が来ないため、日向ぼっこ(サボり)に丁度いい場所だったりする。

 ビニール袋の中に手を突っ込んだポーズのまま、ヨシミが露骨に嫌そうに顔をしかめた。

 授業前に『ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど』と話をしたところ、『昼食一回分で手を打つわよ』と言ってきたので、仕方なく菓子パンと牛乳を購買で勝ち取ってきた。

 

 ――なお牛乳を見た瞬間に拳が飛んで来たので軽く受け止めておいた。ふふん。

 

「いや、惚気とかそういうんじゃなくてさ。……なんというか、アイリには言いにくいし、ナツはいい答えが返ってくる気がしないしで、話せるのがヨシミくらいでさ」

「…………はいはい、で、なんなの」

 

 諦めたように息を吐いて、そして座った姿勢のまま器用に頬杖を付く。

 つっかかってくる割に、昼食分はちゃんと話を聞いてくれるらしい。ヨシミはいい子だなと思う。子どもだけど。

 

「……なんか変なこと考えられてる気がする」

「気のせいよ。……それでさ」

 

 頬を膨らませるのを見ると、やっぱり子どもだなと思う。

 

「宇沢にこれを貰ったときさ、『別に意味とかそんなんないですから!」って言ってさ、しかもそれから逃げるみたいに行っちゃったんだよね。それで中を開けたら入ってたのがマカロンなんだけど」

「いいじゃん、マカロン。カズサ好きでしょ」

「うん、大好きだし、私が好きだって言ってたミントフレーバーを入れてくれる辺りさ、宇沢が色々考えてくれたんだなって思って、嬉しくなったんだけど」

「ふーん、そんで?」

 

 頬杖を付いて、ヨシミの頬がさっきよりも膨らんでいるように見える。顔に『やっぱり惚気じゃん』と書かれて見えるようだった。

 

「それでさ。中身がマカロンだって分かってから、宇沢が言ってた『意味とかそんなんないですから』ってのが、なんとなく分かったというか……。なんて言えばいいのかな、私がマカロン好きだからくれたんだなーって、ただそう思えばいいんだって考えればいいんだけど。去り際にそんな念押しされるとさ。やっぱり、こう……気になるじゃん。

 や、元々その意味は知ってたんだよ。好きなお菓子のことくらいはさ、調べるしさ。……だから、宇沢にホワイトデーにってことでこれを貰ったってことを、どう考えたらいいもんかな、って」

「やっぱり惚気じゃん。はいはいごちそうさま」

 

 私の言葉が止まった瞬間、ヨシミの不機嫌そうな、そして適当そうな声が飛んできた。

 

「惚気じゃないっての。ヨシミ、真面目に聞いてる?」

「うんにゃ。ほどほどにてきとーに聞いてる。幸せそうなお二人でお熱いこと。あー熱い熱い」

 

 そう言ってヨシミは、手を顔を扇ぐ。

 

「ちょっとヨシミ、私は真剣に話をしてるんだけど」

 

 思わず声が荒くなるのが分かる。体がヨシミの方を向く。反射的に手が動きかけたので、押しとどめた。相談中の身だから手は出さない。決して胸倉を掴んだりとかはしない、決して。

 そのヨシミは、と言うと。じとっとした湿り気のある目で、私の方を見ていた。

 

「ふぅーん」

 

 鼻を鳴らす。私の顔を見たまま、口元がにやりと笑みの形を作る。

 

「――真剣に、ね」

 

 ――あ。

 

 ヨシミの視線が、私の胸を射貫いてくるような気がした。

 

「レイサのことを、真剣に、考えてるんだ」

 

 一言一言を言い聞かせるように区切って、ヨシミが言う。真剣に、と言う言葉が、より念を押すような響きを持っているように感じられた。

 ついさっきまでの頭の熱さが、嘘かのように冷えていくのが分かる。

 

「ま、つまりそういうことでしょ?」

「…………」

 

 肩が上がるほどに大きく息を吸ったヨシミは、盛大にため息を吐く。それを見て初めて、自分が息を止めているのが分かった。

 息を吐いて、吸い込む。頭に酸素が行くのが分かった。

 そんな私を見て、ヨシミはふん、と鼻を鳴らす。

 

「カズサん中じゃ、もう決まってんじゃないの? 相談じゃなくて、話聞いてもらいたいってだけみたいに思うんだけど」

 

 ――私の、中で。

 

 口にしようとした言葉は、口の中が乾いて上手く言葉にならなかった。

 宇沢に、ほんの気まぐれであの日にチョコレートケーキを渡して――と言い訳をしようとして、『本当に?』と頭の中で誰かが問う。だってそうじゃん、気まぐれだったらあんなに悩まないし、そもそもバレンタインだからと言って渡すようなことをするような人だったっけ? 杏山カズサ。頭の中で私が問う。

 

 ――それが答えってことじゃん? 再度、私が問う。

 

 なんとなく、自分の頬に爪を立ててみる。痛い。けど、頭は少しだけスッキリした。

 

「――はぁ、そもそも。あんたたち、どう見ても友達なのに友達じゃないとか。どーう見ても二人でいちゃついてるのにそうじゃないとか。あんたらいい加減にしなさいよね」

 

 隣のヨシミはそう言って、むくれるように息を吐く。そしてガサガサと音を立てて、ビニール袋の中からミルククリームが挟まったコッペパンを取り出し、袋を開けた。

 もう話は終わりでいいよね? と面倒くさそうな横顔がそう語る。

 

「……ヨシミ」

「あによ。まだなんかあんの? この期に及んで言い訳すんのはかっこ悪いからね」

 

 コッペパンにかぶりついて、ヨシミは眉間に皺を作って言う。けれどその目は睨んでいるわけではなくて、いつものような憎たらしくも優しい目をしていた。

 

「…………ありがと」

 

 パンを持つ手が止まる。ヨシミの眉間の皺が、深くなった。

 

「カズサからお礼言われるとか、また空が赤くなるわ」

「そこまでじゃないよ。……でも、ありがと」

「…………ん」

 

 ヨシミはそう一言鳴くと、再びパンをかじり始めた。

 

 ――宇沢と話、しないとね。

 

 私はスマホを取りだして、モモトークのアプリを立ち上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ちょっと話あるんだけど、放課後、時間ある?』

 

 宇沢のモモトークにそう送ったのが、昼休みの終わりころ。6コマ目の授業が終わった今も、既読が付いただけで返答はない。いつもなら、スタンプが連続で飛んでくるのに。

 

「…………ま、そうなるよね」

 

 空き時間や、授業中も時々スマホを見るけれど、やっぱり表示されている文字は変わることはなくて、今に至る。

 なんというか、予想通りというか――。宇沢も顔が合わせづらいだろうなってことも、なんとなく分かる。

 だけど、この話は今日やらなきゃいけないし、先延ばしにできることでもない。

 

 だから私は、部室に来る前の宇沢を確保する作戦に出た。

 

 掃除を早々に終えて、やることをやって、配置につく。

 教室棟から部室棟に来るルートは、大きく分けて三つ。

 教室からまっすぐ歩いてくる最短ルートと、少し回り道をして別の階段を使う準最短ルート。そして一度外に出てから逆側の校舎から入る大回りルートの三つ。

 

 本当になんとなくでしかないけれど、宇沢はこのルートを使うだろうな、という予想がついたから、一点狙いで張ることにした。

 

 十分かそこらが経った頃――。

 トン、トン、……トン、と。階段の上の方から足音が聞こえた。おそるおそるといった足取りなのが、音を聞くだけで分かる。降りてくる場所からは私の姿は見えない。だからゆっくり階段を降りてきても、まったくの無駄なのだけれど。

 

「…………なーんか、行きずらいですね……」

 

 足音が止まって数秒、独り言が聞こえてくる。間違いなく、宇沢の声だ。

 

「や、でも……顔を出さないのも、逆に変ですし……でも……うーん……」

 

 階段の踊り場近くで悩んでる声がする。

 

 ――私自身もめんどくさい自覚はあるけれど。宇沢も宇沢で結構めんどくさいな、とか思ったのは、心の中だけに止めておく。

 

「うぅん、いえ、行きましょう。今日も美味しくスイーツを食べましょうっ!」

 

 ふん、と鼻息ひとつ、宇沢の階段を降りる足音が再開される。宇沢が両方の拳を握りしめるところまで、私の頭には容易に思い浮かんだ。宇沢は、本当に分かりやすい。

 階段を降り終えて、宇沢の後ろ姿が見えた。――宇沢が私に気づいた様子は、ない。

 声をかけるなら、今。

 

「宇沢」

「ぴゃっ!?」

 

 名前を呼んだ瞬間、宇沢がびっくりしたようにその体を跳ねさせる。そして勢いよく振り返って、私の姿を見た瞬間。

 

「――――――ッ!」

 

 宇沢は前方向に走り出した。

 

「…………なんってーか、ほんっとう……」

 

 ――宇沢は、私の予想を裏切ってくれないね!

 

 声をかけた後の行動も、逃げるルートも、「宇沢ならどうせそうするだろう」って考えたことを、その通りにやってくれた。時々完全に想定外な変なこともやるけど、放課後スイーツ部の中でもヨシミと同じくらい分かりやすい。

 

 ――だから、対策だって万全だ。

 

 まっすぐ進んだ道の向こうは、部室棟へと続く階段と、奥へと続く分かれ道になっている。

 そしてここに来る前、私は机を積み上げて、バリケードを作って階段を封鎖した。――一応、この時間はここの階段を使う人は見たこと無いから、バレないとは思う。もしバレたら――まぁその時は素直に謝ることにする。

 

「なん――――!」

 

 宇沢は逃げ道だと思っていたルートを通れないことを知り、悪態を垂れつつ、もうひとつの道へ足を向ける。――宇沢は知らないんだろうけれど、その先は、ただの部活用具やらなんやらが雑多に置かれている、物置(私のサボり場所)だ。

 向かった先に道はなく、宇沢は唯一の逃げ場とばかりに勢いよく扉を開けて、中へ飛び込む。数秒遅れて私も中へと入り――壁を背にした宇沢と対峙した。

 

「…………観念しなよ、宇沢。もう逃げ場は無いよ」

「杏山カズサ。それ、完全に悪役の台詞ですからね」

「いいよ、悪役でも。悪役らしいやり方で話を聞いてもらうからさ」

 

 指を鳴らしながら、宇沢へと近づいていく。割と、昔はこの方法で相手をビビらせてたもんだけど、意外と宇沢にも効果はあるようだった。宇沢は背中と両手を壁に付けたまま、動こうともしない。

 宇沢に手が届く距離まで近づいて、顔の隣の壁に手をつく。バンッとそれなりに大きい音が鳴って、宇沢の目がまん丸に見開かれるのが分かった。

 

「話あるって言ってんのにさ。モモトークは既読無視するし、直接凸ったら逃げるし。まったく、宇沢は……」

「あ、あははは。今回は杏山カズサの方が一枚上手でしたね……」

 

 悪役らしく、実力行使に出る。とは言え、別に宇沢をボコったりするわけではなく、逃げられないように威圧するだけだ。

 宇沢の顔がすぐ近くに見える。観念したようにため息を付いた宇沢は、両手を上げて、降参のポーズを取る。

 

「大丈夫ですよ、私はもう逃げませんから」

「だったら最初から逃げないでよ。追いかける私が大変なんだからさ」

「いや、まぁ、ほら、私にも色々と、ね。……えへへ」

 

 宇沢と追いかけっこをしたのは、つい最近もあってこれで二回目。昔とは逆の立場になってるけど、割と疲れるからもうやめて欲しいとは思う。

 

「ま、捕まったからいいけどさ。――で、一応、言いたいことがあってさ」

「…………」

 

 宇沢の目を見て、言う。宇沢が息を飲むのが分かった。

 

「宇沢。貰ったときは言えてなかったから、ちゃんと言うね。ホワイトデーのお返し、ありがと」

「…………え、あ、いや。どう、いたし、まして…………」

 

 私を見上げる宇沢の目が、声の勢いがなくなっていくのとともに、下に落ちていく。

 

「で、さ」

 

 一息で言うつもりだったんだけど、言葉が詰まった。一呼吸を置いて、言う。

 

「中身見る前に宇沢が逃げちゃったから聞きそびれたんだけど。ホワイトデーにマカロンを贈るって、……その、どういうことか、宇沢は知ってる?」

「…………あ、そっち、ですか」

 

 宇沢の目がきょとんと丸くなるのが見えた。そしてほっと息を吐くのも。

 

 ――私はさっきから、宇沢からなんて言われるかと緊張しっぱなしなんだけど。

 

「そっち? ま、いいけど。で、どうなの?」

「え、と。杏山カズサに贈る物を決めてるとき、知っちゃいました。『一番大切な人』って意味のこと、ですよね?」

「ん、それ。――――そ、っか」

 

 宇沢は知っている、と。……さて、どう返そうか。

 

「でも、どっちかと言えば、意味よりも杏山カズサが好きな物を贈りたいなーって気持ちの方が強いですかねぇ」

 

 ……ん?

 

「自慢じゃないですけど、私、そんなに友達いませんし。一番一緒にいるのが誰かって言えば、間違いなく杏山カズサなんですよね。なので、一番大事ってのも、その通りですし。『これからもよろしくお願いしますね!』ってことで、マカロンにしたんです」

 

 ……あれ?

 なんか少し、というか、結構な違和感。「なので、通販で――」宇沢がもう少し話しそうなところを、上から被せて、聞く。

 

「ねぇ、宇沢。一応聞くけど。……それだけ?」

「それだけ、とは?」

 

 宇沢の目が私をまっすぐに見てくる。ぱちぱちと瞬きをして、不思議そうに首を傾げる。

 

「…………あー、なんっていうか。その。…………」

 

 言おうとすることを考えて、なんか恥ずかしくなってきた。宇沢のきょとんとした顔がすぐ近くにある。ウザい。

 

「これから、関係変えようとか、そういう、んじゃ……?」

「え。ですから。これからもよろしく、と……」

「………………」

「………………」

 

 つまり。

 宇沢は、私が好きなマカロンを贈ってくれた。

 

 ――だけ、ってことか。

 

 そういうことか。

 

 

 …………あー。なるほど。

 

 

「………………――――――――~~~~~~!」

 

 なんか、なんか。なんか! 急に恥ずかしさが湧き上がってきた。なんだよ、いつも通りってことじゃん。ただそう思えば良かったってことじゃん。なによ!

 

「ビビって損した! ~~~~宇沢のばか!」

「痛っっったぁ! 叩かなくてもいいじゃないですか!」

 

 思わず手が出て、宇沢の脳天に裏拳が入る。頭に手をやって涙目の宇沢がすぐ近くに見える。でもそんなんじゃ私の鬱憤は収まらない。朝から抱えていた私の悶々とした気持ちはどうすればいい。ヨシミに献上した昼食代は!

 

「うっさい! どれだけ私が悶々していたかも知らないくせに! 宇沢のばーか!」

「二回もバカって言った! バカって言う方がバカなんですからね!」

「うっさいばーか! ばーーーか!」

 

 恥ずかしいのと、恥ずかしいのと、おまけに恥ずかしいので私の頭がヨシミ(子ども)並になっているのが分かる。

 

「ひひゃーっ! ひょーやあかずひゃ、ひひゃいえふっふぇ!」

「私がどれだけ! 真剣に! ――――――~~~~もう!」

 

 私の怒りとついでに恥ずかしさは、止まってくれそうにない。

 宇沢は涙目で私の手を叩いて降参の意を示してくる。でも無視する。

 全部全部宇沢のせいなんだから、少しくらい、私の憂さ晴らしに付き合ってもらってもいいと思う。

 宇沢の頬が気持ちいいくらいに左右に伸びる。涙目の宇沢が目の前に見える。

 

「~~~~~~っ!」

 

 私の精一杯の決意は、どこにどうやって持っていってどう捨てたらいい。

 こんなことヨシミにもアイリだってナツにだって、当然宇沢にだって聞けるわけがない。

 だからこうやって宇沢で発散するしかない。

 ごめん、とほんの少しだけ感じるけれど、それ以上に、何かしてないと恥ずかしさで爆発しそうだから。

 

 今はまだもう少しだけ。宇沢の頬を引っ張らせてもらおう。

 

 今日の宇沢の頬は、相変わらずよく伸びた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁ…………」

「ため息付くと、幸せが逃げて行っちゃいますよ、杏山カズサ」

「あんたのせいだっての。ああもう……」

 

 倉庫の壁に、宇沢と並んで座って。頭をがしがしと掻いて、盛大にため息を付いて。

 さっきからずっとそう。なんだか、今から部活に行こうと動く気にはなれなかった。

 

「私、なんにも悪いことしてないんですけどねぇ」

 

 困ったように笑うついでに、頬を人差し指で掻く宇沢の声が、隣から聞こえる。顔は見てないけど、どんな顔をしているかくらい、この長い付き合いで分かる。

 

 ――まぁ、言ってしまえば、全ては私の早とちりであり勘違い、ということになるのだけれど。

 

 そのオチになるには、あまりに周りを巻き込み過ぎて。ちょっとだけ、いや、相当な罪悪感。

 具体的には、ヨシミに。

 

「…………なーんて話すればいいんだろ……」

「…………ま、元気だしてくださいよ。杏山カズサらしくないですよ」

 

 肩をぽん、と優しく叩かれる。

 ある意味でやらかした私に付き合ってくれる宇沢は、割と面倒見がいいなとは思うけれど――そもそも、宇沢がややこしいこと言ったのが原因じゃん、ってことは声を大にして言いたい。言わないけど。

 

「――え、あ、あっ! 杏山カズサ杏山カズサっ!!!」

 

 途端に隣から飛んでくる興奮した宇沢の声が耳に刺さる。耳を物理的に倒すけれど、その防御をも宇沢の声は貫通してくる。

 

「ヨシミちゃんから『ミラクル5000が手に入ったからカズサとおいで』ですって! 食べに行きましょうよ、杏山カズサ!」

 

 そう言うのが早いか、隣からは立ち上がる気配。そして私の服の袖が引っ張られる。

 上方向に服が引っ張られたかと思うと、右手が宇沢の手にしっかりと握られる。

 

「ほーら、美味しいもの食べたらきっといろんなものが吹っ飛びますよ! なんてったって、あのミラクル5000ですからねっ!」

 

 促すように私の腕を軽く引きながら、心の底から楽しそうに、宇沢が言う。

 

「早く行かないと無くなっちゃいますよ、ほら」

 

 頭のてっぺんから声が出ているような、明るい声。視線を上げると、逆光に照らされた宇沢の笑顔が眩しく見えた。

 

「はぁ、まったく……」

 

 ――私の気も知らないで。

 ――でもそれが、宇沢なんだよなぁ。

 

 と、宇沢の――無駄にうるさい――声を聞いていて、少しだけ頭が整理できてきていた。私の気も知らないで、無駄にエネルギッシュで、ついでにバカで、私を勝手に引っ張って行く――。それが宇沢レイサってやつだし。癪だけど、私がずっと心動かされている相手でもある。

 

「ほらほら、立ってください。置いてっちゃいますよ!」

「――――」

 

 宇沢のその行動力が、割と、時たま、ウザい時もあるけれど。

 

「さ、行きましょ。ミラクル5000が私たちを待ってます!」

 

 少なくとも今は、その勢いが頼もしいなと。その手を握り返しながら思った。




カズサ、レイサからホワイトデーのお返しとしてマカロンを貰ったら、その意味を表向きは気にしないように見せておきながら、内心めちゃくちゃ気にしてそうだなぁ。そう思ったら、こんな話になっていました。
レイサのホワイトデーSSの続きです。結局はいつも通りの二人から変わらないんですが、レイサとカズサの胸の中には少しだけ、生まれたものがあるのかもしれません。

前作と今作はヨシミが本当にいいポジションしてて、お互いの相談相手になってたりしてます。二人から信頼されている立場だからこその、サンドイッチされている図。きっと部室の中ではストローを咥えながら「あの二人はまったくもう……」とか言ってるし、アイリとナツもその愚痴を聞きながらレイサとカズサの二人を応援しようって話をしているんだろうなって思います。放課後スイーツ部、あったけぇなぁ!
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