――部室にいつものように騒がしく入ってきた宇沢が、開口一番、そう言った。
「…………は?」
聞き間違いかと思った。
聞き間違いじゃなければ、いつもの宇沢の勘違いだと思った。
「…………ごめん、宇沢。よく聞こえなかった。もう一回」
「え、ですから、『叩いて殴ってじゃんけんぽん』しましょう!」
聞き直しても答えは同じだった。聞き間違いでないことは確定。
とすれば、もうひとつの方。
「…………叩いて被って、じゃなくて?」
そう言った私を見て、宇沢はふふん、と鼻を鳴らす。そしてウザいくらいに口を横に広げた。
そして宇沢は、ドヤ顔のまま、後ろ手に隠していた手を出す。両手にはハリセンが握られていた。
あ、なるほど。そういうこと。
「――――で、宇沢は昨日、何の番組見たのさ?」
「えっへっへ。ミレニアムのゲーム……開発部? の双子が配信してたんですが、それが面白そうだったので、やってみたくなりまして! 学校が終わってから探しに行ったんですけど、百均になかなか売ってなかったんですよね、ハリセン」
どうせ何かに影響されたんだろうなぁと思っていたら、案の定だった。
ミレニアム、割と頭がいい学校だと思ってたんだけど、割とバカなことやる生徒もいるんだな、と思った。後で宇沢に動画チャンネルのURL教えてもらお。
「で、やるんですか、やらないんですか? どっちですか?」
「いやまぁやってもいいけどさ。宇沢が涙目になるのが目に見えてるなーって。宇沢がそれでもやるんならいいよ」
「いいえ、勝つのは私ですっ! ……そうですね、負けたら勝った人の言うことひとつ聞く券をもらえるってことでどうですか?」
めちゃめちゃやる気満々に宇沢はそう言ってくる。よほど自信があるのか、よほどバカなのか――。後者、かなぁ。
「いいよ。……っと、でも勝ち負けはどうやって――」
「その勝負、私が仲介人を務めよう!」
「うわっ、――――ナツ、急に出てこないでよ」
こたつの中から急に頭が出てきて、割とマジにビビった。っていうかいつからいたの。気がつかなかったんだけど。
「ルールを説明してくれたまえ、レイサ」
「はいっ! 『叩いて殴ってじゃんけんぽん』とは、二人で向かい合ってじゃんけんをし、じゃんけんに勝ったら目の前に置いてあるハリセンで相手を叩き、負けたら目の前に置いてあるハリセンで相手を殴り、先に相手をぶちのめした方が勝利のゲームです!」
「よろしい。ならば決着の方法は、五番勝負の三本先取で相手を叩くか殴った方を勝ちとする!」
「分かりました、師匠っ!」
炬燵から這い出て宇沢の隣に座ったナツと、宇沢の解説が始まった。
いつの間にナツが宇沢の師匠になったんだろう、ってところは無視するとする。ナツのスイーツ学講座を熱心に聞いているのをたまに見るし、きっと波長は合うんだろう。
――っていうかこのゲーム、改めてルールを聞くと、割と暴力的だな、と思う。使うのがハリセンだからまだマシなだけで。
でもやってることはシンプルだし、分かりやすい。じゃんけんの結果は関係なく、純粋な速度勝負。――表向きのルールは、ね。
「じゃあ先に三回宇沢を殴ればいいってことね、分かりやすいじゃん」
ハリセンを手に持って、叩き具合を確認する。弾力といい音といい、結構いい物なように見える。ダメージも出そうだ。
勢いを付けて、こたつの天板を叩いてみる。スパンッといい音が鳴った。
「ふぅん、宇沢、いいやつ持ってきたね」
「……ふ、ふふふ、その音、一度も響かせるつもりありませんからねっ! 覚悟していてくださいねっ!」
宇沢の声がビビってる気がするけど。まぁ挑まれた勝負だし、本気で乗ってあげようと思う。それに――『勝った人の言うことひとつ聞く券』とか、絶対に
◇◇◇
「それでは、宇沢レイサ対、杏山カズサの戦いを始める」
ナツの宣言で、『叩いて殴ってじゃんけんぽん』の試合が始まる。
「お互いに、礼」
なんかスポーツっぽいんだけど、これ、ただの殴り合いだしなぁ。
「あとで泣いて謝っても知らないし許しませんからね」
「それ完全に悪役の台詞だし、自分に降りかかるやつじゃん。最初っから負けフラグ立てて大丈夫?」
「ふっふっふ……『立てたフラグはへし折るもの!』ってゲーム開発部のピンクの方の子が言ってました!」
「いや、その子知らないんだけど……。ま、宇沢と同類ってことは分かった」
「なにおうー! この勝負ではそうならないことを証明してあげますよ!」
あ、後で見ようとしてた動画のネタバレをされた気がした。まぁいいか。
「行きますよぉ……。…………叩いて殴ってじゃんけんぽんっ!」
宇沢は後ろに引いた体勢から、勢いよく手を出す。宇沢の手を見て、指が伸ばされているのを見、その瞬間に勝ち負けを見る前に握っていたハリセンで宇沢の脳天をハリセンで叩く。
スパンッと良い音がした。
「あ痛ったぁ!?」
宇沢の手はハリセンをようやく握っていたくらいだった。……いや、宇沢、遅すぎない?
「杏山カズサ、一本!」
「ちょっと杏山カズサ! ズルですよズル!」
頭の前の部分を擦りつつ、宇沢は抗議の声を上げる。「ズルですずっこいです!」と涙目で言う姿は、どこぞの誰かを思い起こさせた。
「私が手を出す前からハリセン持ってたじゃないですか! それはズルです! 勝敗が分かってからハリセンを握ってくださいよ!」
「いや、そんな細かいことルールになかったじゃん。じゃんけんをして、勝ち負けが決まったら相手を殴る、それだけでしょ?」
ちなみに、私はグーを出した。宇沢の手をよく見て、伸びた指が見えた時点で、少なくとも宇沢はチョキかパーということになる。その時点であいこではない、だから勝ち負けを見ることなくハリセンで宇沢を叩いた。以上。
割と作戦勝ちだと思ってるんだけど、宇沢的にはそれ以前の、じゃんけんをする手以外でハリセンを持っていたことがズルってことらしい。
――まぁ、ハリセンを最初から持って無くても、初動の速さで私が勝ってたと思うけど。
「ダメったらダメです! 次からじゃんけんの手を出さない手は膝の上! いいですね審判長っ!」
「よろしい。次回以降はお互いのじゃんけんをする手以外は膝の上とし、じゃんけんの勝ち負けが決まって初めてハリセンを握れることとする。お互い、いいね?」
「はいっ!」「はいはい」
宇沢が元気よく挙手をし、勝負は二本目へ。
「叩いて殴ってじゃんけん――ぽん!」
タメが入ったせいで、宇沢が後出しの形になった。これはルール違反じゃないの審判長!?
私がグー、宇沢がパー。宇沢の口元が勝ち誇ったように横に広がるのが見えた。視界の隅で宇沢の左手が動く、私の手は宇沢よりも数瞬遅れを取っている。振り上げられたハリセンが、私の頭を狙って――。
「――――――!」
反射的に、そのハリセンを避けてしまっていた。肩に宇沢のハリセンが当たる感触を覚えるのとほぼ同時、宇沢の頭を私のハリセンが叩いた。
「~~~~っ! 杏山カズサ! 今のは卑怯です無効試合です!!!」
――言うと思った。いや、私も避けたくて避けたんじゃなくて、こう、反射的にね? 仕方なくてね?
「今の勝負は無効とする!」
「やたっ!」
「ナツ、やけに宇沢の肩を持つじゃん」
「公平な判断をしたまでさ。ケーキだって綺麗に等分した方がケンカにならないだろう?」
ナツの方をじろりと見ると、ナツはしれっと煙に巻いた答えをする。いやまぁいいんだけどね。実力で黙らせるだけだし。
「試合を続行する!」
ナツの宣言の後に、私たちは再び向かい合う。
「叩いて殴ってじゃんけんぽん!」
宇沢の速度は、一回目より二回目の方が上がっている。宇沢も、じゃんけんの勝敗はおまけで、結局は速度勝負ってことをやっと分かってきたようだ。
――なら、その叩く手を封じればいいよね。
今回はお互いにグー。ビクッと宇沢の体が反応するのが見えた。甘い。
「あいこで、しょ!」
グーとパー。決着。宇沢の左手が動いて、ハリセンに向かって――。
「――――!?」
私はその手を右手で抑え込む。宇沢の手がハリセンを握ったまま動かすことができないのを見て、悠々とハリセンを握って。
スパンッと、いい音が鳴った。
「~~~~~~っ!
宇沢の手を解放する。両手で頭を抑えて、割と痛そうにする宇沢の姿が見える。
「これは私の勝ちにカウントしていいよね」
「いいわけないでしょう! 無効ですっ! っていうかさっきから私叩かれ損なんですけど!?」
「どう? 審判長。じゃんけんの勝敗が決まるまで手は膝の上にあったし、宇沢のハリセンを避けたわけでもないんだけど」
「…………有効!」
「そんなー!?」
涙目で審判長に詰め寄る宇沢。これで二勝。――ま、一回も負けるつもりはないけど。
「ただし、これ以降、相手の体そのものに干渉することは禁止とする!」
最初に提示されたルールが単純明快だっただけに、割とズル――と言うよりも勝つ為の工夫と言ってほしい――の方を考えて無かったんだろう。おかげで考えつく方法で宇沢を叩けている。
あと一勝すれば私の勝ちだし、ここは勝負に出させてもらう。
ナツに言われた追加ルールは、相手の体に干渉することは禁止、と。
――ナツ、判断を誤ったね。
宇沢は手を握ったり開いたり、座った態勢からハリセンを早く取る練習をしたり。少しの時間を置いたあと、勝負は再開された。
「すー、はー。…………叩いて殴ってじゃんけんぽんっ!」
私はグー。宇沢の指が伸びるのが見えた。――よし。
私は両方の手を出して、前方にあるハリセンを奪い取った。
「な――――ッ!」
宇沢の目が驚愕に見開かれる。全てを察しても、もう遅い。
スパンッッッ、と、私の二本のハリセンが、同時に音を立てた。
「………………~~~~~~!!!」
宇沢は私を指差して、何かを言いたげに口が開いたり閉じたりする。けれど驚きで声が出ないようだ。
「審判長。相手の体に干渉するのはルール違反、だよね?」
私が奪ったのはハリセンだけだから、宇沢の体には触れていない。反論の余地は封じた。
ナツは座った姿勢のまま、私の方へとにじり寄ってくる。そして私の手を掴んだかと思うと――。
「――――勝者、杏山カズサ!」
勢いよく、手を上に挙げられた。割と恥ずかしい。
「なんでぇーーー!?」
「宇沢。……これが勝負の世界だよ」
「そんなドヤ顔で言わないでくださいよ! 純粋な速度勝負なら負けないのに!」
バンバンと床を叩いて、割と本気で悔しがっているように見える。ハリセンで何回も叩かれて涙目な宇沢は、けれどその目には闘志がありありと残っていた。
「リベンジです! 延長戦を申し込みます!」
私を勢いよく指差して、そう宣言する。宇沢、よほどその賭けに勝ちたかったのか――。
「合法的に杏山カズサをハリセンで叩ける機会をみすみす逃す訳にはいきませんっ!」
おっけ。前言撤回。全力でたたきのめすことに決めた。
「いいよ。宇沢が満足するまでやってあげる。――あとで泣いて謝っても知らないからね」
「ふふふ。その言葉、言ったこと後悔させてあげま――叩いて殴ってじゃんけんぽんっ! 痛ったぁ――!」
不意打ち気味にじゃんけんを挑んできて、反射的にグーを出す。宇沢はチョキ。
宇沢が取るより早くハリセンに手を伸ばして、宇沢の頭を一閃。いい音が鳴った。
「甘い。――さ、続けよっか。宇沢が勝つか、宇沢が音を上げるか。どっちが早いだろうね?」
◇◇◇
――結局、私は最後まで手を抜かなかった。
宇沢が私から勝ちをもぎ取ったのは、私の勝ちが二十を超えてからだった。
『叩いて被ってじゃんけんぽん』を『叩いて殴ってじゃんけんぽん』に誤タイプした結果、生まれたお話がこちらです。
カズサとレイサが、騒がしく楽しそうに、叩いて殴ってじゃんけんぽんをする姿、描きながらイメージしててすごく楽しかった。(˶′◡‵˶)
レイサ、まっすぐな性格故に絶対搦め手に弱いだろうし、カズサは色々とズルいことを覚えてそうだから、相性的には最悪だろうなぁって思う。ハリセンでばっしんばっしん叩かれても「もう一回! もう一回ですっ!」って引かないレイサが目に見えるし、カズサも面白がって全力でやりそう。
レイサとカズサ、仲良くケンカしな(˶′◡‵˶)