いつもの授業に加えて、ちょっとばかり面倒な追加の授業も終わって、さぁ部活だ甘味だ今日のスイーツ当番は誰だったかな、そういえば交差点角の鯛焼き屋が企業コラボでさくら餡鯛焼きを出してたから、週末にでも宇沢を誘ってやろ。あ、でもあそこ餡子がめちゃくちゃ熱いから下手したら猫舌バレるかも――などと予定を立てつつ部室に繋がる渡り廊下を歩いている最中。
「…………ん?」
何やら廊下の向こう側でばたばたと足音が響いていた。しかもその音は、明らかに大きくなって、つまり私が居る方へと近づいて来ていた。
はて、運動部の面々が室内トレーニングをするにも外は晴れてるし、建物の中を走る理由は――と、ほんの少しだけ警戒して、右手を肩掛けしている紐に手を添えていると、廊下の角から姿を現したのはよく見知った人物だった。
「――――カズサ! …………やっと、見つけた……」
一本に結った桜色のサイドテールを跳ねさせて走ってきたナツは、私の前に来ると足を止めた。
「ナツどうしたの。走るなんて珍しい」
息を切らせたナツは、私に近づいて来たかと思うと。私の両方の腕をがっしりと掴む。
そして私をまっすぐに見上げて、真剣な顔をして。一度、顔を横に振ってから、口を開いた。
「落ち着いて聞いてほしい。レイサが…………、戦いに、巻き込まれた」
「…………――――宇沢は、どこ?」
「こっちだ。着いてきてほしい」
緩んでいた意識が、一気に臨戦態勢に変わるのが分かった。血が冷たくなって、意識が研ぎ澄まされる感覚。
ナツが先行して走り出すのを見て、私もすぐ後を追う。走る速度は私の方が速く、何度も追い抜きそうになるのを、時折ブレーキをかけて調整する。行く場所が分かれば全速力で駆けるのに、ナツは着いてきて、の一点張りで、私に先行を許してくれない。
もどかしい。この先で宇沢が今も戦っているのなら、一秒だって早くすぐに駆けつけたいのに。
宇沢が戦いに巻き込まれた? 自警団関係? それとも何らかの事件? 事故? 宇沢は無事? 戦いはまだ続いてる? 敵の数は? 目的は? すぐに駆けつけて、加勢に行かなきゃ――!
走りながら、色んなことが頭を過ぎっては消えて別の考えが浮かんで。何もまとまらないまま走り続けて。
そしてナツが飛び込んだ部屋に、私も数瞬遅れて飛び込んで。銃をすぐにでも撃てるように、構、え――て――――?
「――――……………………」
「や」
ナツが、朝に挨拶をするようなノリで、手を挙げるのが見えた。
「ナツ、カズサ、おそーい」
机に突っ伏して天板をばんばんと叩くヨシミに。
「呼びに行ったのはほんのちょっと前だよ、ヨシミちゃん」
電子ケトルのお湯をティーポットに注ぐアイリに。
「杏山カズサは補習授業の呼び出しを受けてましたし、仕方ないですよ」
同情の目を浮かべる宇沢――え、なんで宇沢がここに?
「………………え」
っていうか、ここ――部室じゃん。
戦いは? 敵は?
「え、と………………」
周りを見る。どこにも銃撃戦の形跡も無いし、誰も銃を持っていない。
それどころか、部活動前の緩んだ空気すらも漂っているし、火薬や砂埃の香りなんてなくて、紅茶の柔らかい香りが室内に広がっている。
「ほら、カズサ、早く座ってよ。部活始まんないじゃん」
ヨシミがふて腐れたような声を上げる。私の目がおかしくなっていなければ、目の前にあるのは、ただの、平和な、放課後スイーツ部の部活動の風景で。
「――――ナツ」
「――――――どういうことか、教えてくれる?」
「つい先ほどに起こったことを述べるのならば、まず宇宙の成り立ちから
「手短に」
ほんの少し、手に力を入れる。ギリ、と音がした。
「カズサ、痛いのだが」
「早くしゃべりなよ。私の顔が笑ってるうちにさ」
私の位置からはナツの顔は見えないけれど、なんかため息を吐くような音は聞こえた。
「レイサに起こった事象は、シュークリームを食べようとしたら中のクリームが食べるのと逆方向から漏れていってしまうような、そんな、起こるべくして起こったことだった――――」
ナツ曰く。
レイサが一人で数量限定の『私たちのティラミス』を買おうとしていたら、列に割り込んだとか割り込んでいないとかの理由で銃撃戦が勃発。入荷した十個が流れ弾で五個まで減り、銃撃戦は激化――宇沢レイサは最後まで戦い抜き、その内の一つを入手したのだった。
「――ということで、銃撃戦があったことは事実。そしてレイサが巻き込まれたのも、また事実」
語り終えた、とナツは満足げに頷く。
「…………ふっ」
そして私に振り返って決め顔を作って、『決まった』とでも言いたげに息を吐いた。
――なんというか、肩の力が抜ける気がした。
「…………もう全部終わってんじゃん。っていうか呼びに来た時点で終わってたじゃん。焦って損した。それならそうと、最初っから言ってよ……」
「私は『レイサが戦いに巻き込まれた』としか言――カズサ、痛い」
「痛くしてるんだから当然でしょ。紛らわしいこと言って。まったく。……で、宇沢は?」
「……ぇ、私は、と言いますと?」
急に話を振ったせいか宇沢はきょとんとした顔をして私の方を振り返る。
「私の戦利品ですか? これですっ!」
「あ、いや、そういうことじゃなくてさ」
両手で皿を持ち上げた宇沢の様子を見る。宇沢の制服には破れた痕も焦げた痕もないし、素肌の見える所に包帯やガーゼなどもない。見たところの異常はなさそう、だけれど――。
「宇沢は、大丈夫、なの……?」
「え? そりゃあもう、ぴんぴんしてますよ。『自警団のエースにしてみんなのアイドル』こと私が、そんじゃそこらの人にスイーツを巡る戦いで負けるわけないじゃないですか。スイーツを巡る戦いは火力と勢いが一番ですからねっ!」
アイドルがスイーツを巡るドンパチをするのもどうなの、と口元まで出たけどやめておいた。間違いなく話が逸れる。
「ま、宇沢が大丈夫そうならそれでいいや。…………で、ナツはなんで私を呼びに来たわけ? そんでもって、回りくどいことしてまで」
「…………ふっ。美味しいスイーツを、美味しいタイミングで、美味しく食べる。これがスイーツ学の極意であり、真髄であり、真実なのだよ」
「…………、アイリ、通訳よろしく」
「購買の限定ティラミスってね、冷凍されてたものが解凍された状態で販売されるんだけど、買ってから時間が経つと、気温で生地が緩くなっちゃって、ふわふわ食感が薄れちゃうの。だから購買で限定ティラミスを買ったら、なるべくその場で食べるようにって推奨もされてるくらいでね」
なるほど。っていうかナツのよく分かんないスイーツ学理論から、よくここまで分かりやすく解説できるな、って感心する。そしてアイリのスイーツへの知識の深さも。
「……いや、だったら勝ち取った宇沢が、その場で一番美味しいタイミングで食べたらいいじゃん」
「それはダメですよ」
真っ当で当然の疑問を宇沢にぶつけた。
即却下された。
「食べてる間に盗られちゃうって?」
「いえ、その周辺に動いている人はいなかったんでいいんですけど」
なんか割とヤバい言葉が聞こえた気がしたけど無視。
手に持ってる皿に乗ったティラミスをちらりと見てから、頬をかいて。
「だって、美味しいスイーツは、放課後スイーツ部のみんなと食べたいですから」
「……宇沢が食べる分減るじゃん」
「美味しいものをシェアして食べたら、もっと美味しいですから。ね?」
「…………そ」
にへ、と脱力した笑みをされると、こっちはもう何も言えなくなる。
――だって。その気持ちは、いやってくらいに実感してるから。
ああもう、コイツは。まったく。
ナツの頭から手を離す。鞄と銃をいつもの場所に置く。
「そもそも」
定位置に座る。自然と、宇沢の隣に座ることになる。もう隣に宇沢が座っているのも慣れた。
「なんで宇沢は一人でそれ買いに行ったの。争奪戦になることくらい、いくら宇沢でも分かるでしょ」
「なんでって――――」
何か言い訳をしそうだったから口を物理的に塞ぐ。むが、とへんな鳴き声が聞こえた。
「戦闘が起きそうなら、私たちを呼びなよ。戦力は多い方がいいんだから」
「むぐ。……ぶは、だってこれは、私が勝手に食べたかっただけですし、皆さんを巻き込――」
「ばーか」
私の手を両手で押しのけて、そう主張する宇沢の額を小突く。全部は言わせない。そんなの今更過ぎる。
「スイーツを巡る銃撃戦も含めて部活動でしょ。部員一人だけを放っておいて戦わせる部活動がどこにあんのよ」
「………………――――――」
宇沢はしばらく額を抑えたまま固まって、それから何度も瞬きをして。
「…………え、へへへ」
顔をだらしなく崩したかと思ったら、宇沢の頭が私の腕にもたれかかってくる。
力づくで離そうとしても、すぐに最初に戻るの繰り返しで。
「…………はぁ」
部活中、宇沢はずっとそんな調子で。
片手でティラミスは食べにくかったし。
春なのに妙に暑かった。
ナツに振り回されるカズサの図。嘘は言っていないので大っぴらにお仕置きはできないけど、鬱憤は晴らしたいカズサ。やはりカズサにはアイアンクローがよく似合うと思います。
でも放課後スイーツ部のシナリオでは、SE的に殴る蹴るをやってる感じなんですよね。そこで銃を使わないあたりがカズサの優しさ……だったりするのか? いや、殴ってるからそうでもないか。
レイサ実装おめでとう。ありがとう。ずっと待ってた。9ヶ月間ずっと、小説書きながら待ってた。
実装美は奇しくも誕生日と言うことで、運営からの誕生日プレゼントだと思うことにします。