私はそれを見かけて、思わず目をこすって二度見した。授業で疲れすぎて、何かと見間違えたじゃないかと思った。
結論から言えば、見間違いじゃなかった。
「…………なにやってんだろ、アレ」
宇沢が盛大に寝ていた。しかも机の上で。あまりにも無防備に。しかも――何というか、廊下を歩く私から、下着が見えるような体勢で。
「…………」
鏡を見るまでもなく、皺が寄るのが分かった。
ここトリニティ総合学園は、俗に言う『お茶会』が結構な頻度で行われる。そしてそれは、至る所で行われる。学園内を歩いていると、大体どこかから紅茶の匂いが漂ってくるのが私たちの高校で。そのせいか、お茶会を催すための大きな机が、学園の建物の内外構わずに結構あるのだけれど。
「…………んにゃ……ぐぅ…………」
教室棟と授業棟を結ぶ通路の、裏庭が一望できる場所に備えられている、木製の四角形のテーブル。そのテーブルの上に、宇沢はいる。椅子じゃなくて、テーブルに。
「………………」
宇沢はどうしてこんなところで寝ているんだろうとか、今はパトロールの時間なんじゃないのとか、足投げ出して寝てるんじゃないよみっともないとか。結構言いたい事もツッコみたいこともあるんだけど。
……とりあえず、近づいて状況確認。目の前にいるのは宇沢そのものだし、パッと見、別に戦闘後だとか気絶しているだとか、そういうんじゃなさそう。ただ。純粋に。寝ているだけ。
――どこか、ホッとしている自分が居ることに気づいて。ため息が出た。
「…………いやいやいや。それはないでしょ」
眠かったら保健室に行けばいいし、なんなら教室でも寝れるだろうし、最近だったら部室でクッションによだれを垂らして寝ている姿も何回か見ている。それなのに、なんでこんなところに――――。
本人が寝ている以上、聞くこともできないから全ては想像の中でしかないのだけれど。……ただの昼寝、と片づけた方がいいのかも知れない。どこでも寝れるのが宇沢だし。
「……宇沢、こんな所で寝てるんじゃないの。宇沢」
けれどそれはそれとして、こんな所で寝ているのもアホ丸出しだし、そもそも下着が見える体勢で寝ているのは女の子としてダメだと思う。私が言うのもアレだけど、ダメだと思う。
一応、起こそうと揺さぶってみる。起きる気配はない。ヘイローは消えたまま、つまり意識はない。
「うーざーわ、こんな所で寝てないで。……宇沢。――――起きろ」
流石にヘイローが消えてるのだから、寝たふりということはないだろうと思う。ドスを利かせて言ってみたらビビって起きるかな、と思ったけど、やっぱり起きない。これはマジ寝のようだ。
「ん、ぐぅ…………ん、うぅ…………」
「――――! あっ、ぶな…………」
何やら鳴き声を漏らして、宇沢が身をよじる。机の上で不安定だったところで動くものだから、危うく頭から落下するところだった。宇沢がバカみたいに丈夫とは言え、流石に頭からの落下は危なすぎる。押して、机の中央部までずらす。
「またコイツは、変なところで寝て。……っていうかこういうとこで寝られるのがすごいよね、ほんと」
気絶した宇沢をベンチに寝かせるのは、それこそ中学時代から含めると、両手両足の数以上はやってやった。気絶した宇沢を地面に寝かせるのはなんだか嫌だったし、だからと言って宇沢の家に送り届けるのも違う気がするし――そもそも宇沢の家は知らなかったし――、正義実現委員会あたりに引き渡すのは論外中の論外――と当時の私が導き出した結論が、公園のベンチで寝かせる、という妥協案だった。
今の宇沢はそれと同じ状況で。
だから私は、その時と同じように、宇沢がただ寝ているだけ、というのを確認して、この場を離れればいいだけ。
そのはず、なの、だけれど。
「…………はぁ」
なんだか、過去ならともかく、先生に相談していた頃ならともかく――今の宇沢にそれをやるのは、なんだか違う気がして。気がつけば私は、宇沢が寝るテーブルの椅子に、腰掛けていた。
後ろからは、宇沢の静かな寝息が聞こえる。いつもこの位静かだったらいいんだけど、と一瞬だけ思ったけれど、宇沢がこの静かさだったら、絶対何か抱えてるか、隠してるに違いないから、逆にいつも通りでいいのかもしれない、と脳内会議を終えた。
「…………宇沢、一回寝るとなかなか起きないからなぁ……。さて、どうしよっかな」
私が部室に入った時には寝ていた時だって、二人して炬燵で気がつけば寝ていた時だって、宇沢が起きたのは日も落ちてからだった。……とすれば、この宇沢が起きるのも、きっと一時間じゃ済まないだろうな、と予想はできる。
じゃあなんで宇沢を無視して部活に行かないのか、と言えば。……たぶん、このまま部活に出てスイーツを食べたところで、宇沢が気になって仕方ないだろうというのが目に見えてるから。
気にしなくていいと思ってる私は、どうせ後になって宇沢が気になって仕方がなくなるんだ。今までの状況からして、それは間違いのない事実だから。だったら、最初から宇沢の近くにいた方がいい、と思う。
――それと。
「――――でね、来週のお茶会だけれ…………ひぃっ!?」
「…………あ、あははは。ご、ごきげんよう!」
今は放課後とは言え、ここはそれなりに人が通る。なんというか、下着が見えるような格好で、しかも机の上に寝そべる宇沢は、無防備すぎるし格好の見世物になりかねない。
生徒が通るたび、睨み付けて追い返した。
生徒も、教師も、まんべんなく追い返した。少なくとも、宇沢の下着を見るような輩はいなかった、と思う。
「…………何やってんだろ、私」
私は宇沢の番犬か何かだろうか、とふと我に帰った瞬間、ため息が漏れた。
――宇沢、早く起きないかなぁ。
頬杖を付いて、スマホを操作して、今週は宇沢とどこに行こうか、などとスイーツ店の情報をチェックする。後ろからは、すー、かー、と幸せそうな寝息が聞こえてくる。まだ、起きる気配は見えなかった。
「…………んにゃ、まかだみあちっぷ、ちょこ、くりーむ、おおめ、で…………」
寝息に混じって、寝言が聞こえる。スイーツ店に行っている夢で見ているんだろうか。
「しょーぶ、です、きょーやま、かずさ……。わたしの、とっぴんぐを、……うけて、くだ、さぁい…………」
「…………ふふ、何の夢見てんだろ」
夢の中にまで私が出張しているようだった。本当、宇沢は……。
聞いたのはただの寝言で、宇沢がどんな夢を見ているのかも分からないし、それがいい夢なのかどうかも分からないけれど。
振り返った宇沢の顔が、ふにゃりと緩んでるのを見ると――少なくとも夢の中の私は、宇沢をボコったりはしてないんだろうな、と思う。
「…………ふふ、早く起きなよ。ばーか」
宇沢の顔を見ながら、そう、呟いた瞬間。
「むにゃ…………んがっ!?」
鳴き声と共に、宇沢の、靴が、視界――に――――。
ガッと、音と共に目の前に星が舞った気がした。
「痛った…………おま、宇沢…………」
鼻がツンとした痛みを覚える。宇沢の靴が丁度私の鼻にぶち当たった、と思った時には、視界の隅で起き上がった宇沢が見えた。きょろきょろと周りを見回して、私の方を向く。
「ふぁ……あれ、ここ、…………あれ、杏山カズサじゃないですか。こんなとこでなにやって――ひはいひはい! あにふんえふか!」
「こんなとこで? なにやって? それは、こっちの、セリフ、だっての!」
宇沢の顔に手が届く場所まで歩いて、思い切り引っ張ってやる。蹴りは滅茶苦茶痛かった。どうしてくれる。
「ひひゃー! ひはいえふひょーやあかうは!」
右手だけじゃ私の気が休まらない。左手も使って宇沢の頬を左右に引っ張る。
今日の宇沢の頬もいい弾力をしているし、よく伸びる。宇沢が手をばたばたと暴れさせるけれど、そんなの知ったことじゃない。ぐーすかぐーすかと無防備に寝息を立てているのを守ってやったというのに、そのお礼が蹴りとはいい度胸だ。私の顔面に蹴りを入れた罪を償え。
ぐにぐにと宇沢の頬をひたすらに伸ばす。散々宇沢に悪い虫が付かないようにと追い返したのだから、このくらいの許されていいと思う。
あとついでに、今日の分のスイーツも奢ってもらうことにしよう。
◇◇◇
「本当に、すみませんでした」
「分かればいいよ」
何も知らない宇沢が、「そういえば、鼻赤いですね。花粉症ですか?」とか言ってきたから割と強めにデコピンをしてやった。全てを包み隠さず言ったところ、机の上でごめん寝の姿勢になった。流石にそこまでしろとは言ってない。
「まったく……なんでこんなとこで寝てたのさ」
「あ、はははは。これには深い深い訳がありまして……」
「まぁ宇沢が語りたくないんだったらいいけどね。……ほら、行くよ」
困ったように笑う宇沢に、手を伸ばす。宇沢はきょとんとして、私の手を顔との間で視線を行き来させる。
「行くって、どこへ?」
「部活。どうせまだ食べるもの残ってるでしょ。もしかしたら食べてないかもしれないし」
目をぱちぱちと瞬かせて、私を見て。
宇沢の頬が、へにゃりと緩んだ。
「はい!」
机から飛び降りて、私の隣へと並ぶ。
私の手を両手で掴んだ宇沢は、部室のドアの前まで、その手を離すことはなかった。
レイサのカフェ家具モーションが可愛すぎて可愛すぎて見ているだけで時間が溶ける不具合が発生してるんですが、ぱんつが普通に見えちゃう姿勢だったのでカズサガードをしてもらいました。そんなお話。
『机で寝るレイサがあまりにも無防備すぎるのを発見したんだけど、かと言って隠せるものがなくて、近くに座って周りを威嚇しつづけて宇沢を間接的に守る杏山カズサ。』(レイサ実装前日のみょん!のツイッターより)
カズサの番犬感は書いてて本当可愛かった。もうムーブが姫を守る騎士なんですよね。カズサの騎士ムーブはよきもの。