――今回こそは大丈夫。これから行くのは『キヴォトススイーツ店ランキング』に載っていない、知る人ぞ知るお店。今回こそは、杏山カズサが知らないお店に連れて行って、杏山カズサに喜んでもらえる――。
私は、そう思っていた。
のに。
「あ、ここか。宇沢もいいとこ知ってんじゃん」
「え”」
「……杏山カズサ。ここ、知ってる、んですか……?」
「あぁ、うん。晄輪大祭で出店構えてたんだけど、無謀にもお団子一品だけで出店してたってのが気になってさ。食べてみたら美味しくって、それで秋の終わりくらいにちょっとばかし足を伸ばして来てみたことあったんだ」
「そ、……そう…………ですか…………」
なんとか、内心のがっくりさを顔に出さないようにする。今回のお店は、トリニティの学区の外だし、「や、まぁ、さ。その時、宇沢も連れて行こうかとか思ったんだけど」杏山カズサもよく使っている――らしい――スイーツ店のまとめサイトにもないし、「宇沢が和風スイーツが好きかどうかは分かんなかったしさ」杏山カズサのリサーチにも入ってないと思ったのに……。「こっそりロケハンしていつか宇沢を連れて行こう買って思ったんだけど、先越されちゃったね」まさか、杏山カズサが既に知っていたとは……。
杏山カズサとのスイーツは楽しみではあるけれど、いつも杏山カズサに連れて行ってもらいっぱなしだったから。今回くらいは。杏山カズサに初めてのお店の体験をさせてあげたかったなぁ、と。楽しみな一方で、ほんの少し、ため息が出て。
――楽しみですよ? もちろん、杏山カズサとの遠征してのスイーツは私の人生の中で一番に時間を使いたくて一番に楽しい時間なんですよ? でも、ほんの少しだけ――――
ふと、頬に杏山カズサの手の感触があった。
むに、と優しく伸ばされる。
「……何でふか」
「ま、私もこの時期は来たことないしさ。宇沢も色々と下調べしてきたんでしょ? 宇沢お勧めの春限定スイーツ、楽しみにしてる」
「――――はいっ!」
私の落胆が伝わっちゃったかどうかは分かんないけど、杏山カズサは私の頬をむにむにと揉むようにしながら、そんなことを言ってくる。
杏山カズサに、『楽しみにしてる』って、そう一言言われただけで、こんなにも気持ちがうきうきとしちゃうなんて。――本当私は、現金なものですね。と思う。
「この私、スイーツマイスター宇沢レイサにお任せくださいっ!」
「ほら、もう裏路地から人が溢れちゃってる。私たちも行こ」
「はい!」
杏山カズサが、慣れた足取りでそのお店に向かう。「表通りから行くと混むから、裏から行こ」と杏山カズサが手を出してくれたので、私はその手を取った。
◇◇◇
そのほどほどの広さがあるはずのお店は、キヴォトスの生徒でごった返していた。
「……わぁ」
「どう? 雰囲気あるでしょ?」
百鬼夜行にあるスイーツ店――甘味処と表現するらしい――は物静かなイメージがあるけれど、ここはまさにそのイメージ通りだった。お店の作りや調度品や、店員さんの服は緑色や茶色や青色と言った寒色系を主に使っていて、落ち着いた雰囲気になっている。
そして印象的なのは感じる香り。他の喫茶店に行くと最初に香ってくるのは、コーヒーの豆の香りや、パンケーキの甘い匂い。けれどここは、そのどれとも違う、落ち着く香りに満ちていた。思わず深呼吸したくなる落ち着く香りは、杏山カズサが言うには緑茶の香り、らしい。後で試してみよう。
ふたり掛けのテーブル席に通された私たち。メニューは、シンプルにラミネート加工された二つ折りのメニュー表が一枚だけ。種類自体はそこまで多くないものの、やはりどれも魅力的に見える。……というか、事前情報で仕入れていたものと中身が違っていて、『春限定メニュー』なるものが追加されている。こんなのあるとか聞いてない。しかも美味しそう――。
早速、下調べをしてきての計画が頓挫する音がした。頼みたかったのは確かにあるけど、この抹茶ティラミスはズルいですって――!
正面に座る杏山カズサも、「半年でこんなにメニューって変わるんだ。……いや、季節で入れ替えてるのか、すご」と関心したようにメニューを眺めている。
そして私も杏山カズサも、ほどほどに悩んで、けれど顔を上げる瞬間は一緒だった。
「ま、いつものようにシェアしよっか」
「しましょうか!」
それぞれ食べたいものを一品ずつ。そして少し大きめの二人で食べるものを一品。そして飲み物を注文。注文したものが全てテーブルに載ると、その見た目に圧倒される。
このお店の特徴なのか、一人分として注文したものは、丸いお盆に載って出された。こういう所でも雰囲気作りをしているのが、人気の秘密なのかも知れない。
あ、忘れないように写真写真。
「撮り終わった? さ、食べよっか」
「ええ。あ、あとで放課後スイーツ部のグループトークに送っておきますね」
「ん、よろしく」
「それじゃ、いただきますっ!」
黒塗りのスプーンを使って、これまた黒塗りの重箱に入った抹茶ティラミスをすくい取る。
口に運ぶと、まず香ってきたのは抹茶の香り。そしてすぐ口の中に甘さが一気に広がる。重箱の上部分一杯に掛けられている深緑色は抹茶パウダー。けれど断面はティラミスの黄色。苦みと甘さの組み合わせは、どっちが際立つことはなくて、綺麗に調和されていて。
……と頭の中で色々と言葉は浮かぶけれど、結局、私の口から出たのは。
「…………はぁ、おいし……」
の一言きり。そういう詳しいところは、ナツちゃんにお任せしよう。この抹茶ティラミスはとても美味しい。以上!
一緒に注文した、飲み物の抹茶あずきも一口。運ばれてきたときは、上がクリーム、中が抹茶、下があんこ、と綺麗に分かれていて、店員さんによくかき混ぜてくださいと言われたので、溢さないように静かに混ぜる。ストローで啜ると、ふわり、とティラミスとも違う、柔らかくて甘い風味が口いっぱいに広がった。あ、こっちも美味しい。
二口目。さっきよりも少し大きめに、贅沢に掬う。口の中へ。はぁ……幸せ……。
ふと顔を上げると、杏山カズサが頬杖を付いて、猫みたいに目を細めていた。
「宇沢、本当に美味しそうに食べるよね」
「…………へへ。だって、本当に美味しいんですもん」
「宇沢、それちょっともらっていい?」
「どうぞどうぞ! この抹茶ティラミス、ほっぺが落ちるくらい美味しいですよ。これで杏山カズサにスイーツ勝負を挑まなかったのが悔やまれますね」
「それを言うのは早いね。私の白玉ぜんざいも、きっと食べたら驚くよ?」
そんな話をしつつ、杏山カズサにどうぞどうぞと私の正面にあるお盆を杏山カズサの方へと滑らせたところ。
杏山カズサが伸ばした手は、重箱ではなくて、抹茶あずきの方へ。
そしてあろうことか、杏山カズサは、私がさっきまで飲んでいたストローを使って、抹茶小豆を啜る。――――ちょっと。
「あー、抹茶の風味が濃い割に甘みもほどほどにあって、いいね。これ。はい、ありがと」
杏山カズサはそう言って、私にお盆を返してくる。
「………………」
――あの、杏山カズサ。そのストロー。私が、さっきまで使ってたやつなんですけど。
「…………その、杏山カズサ。…………えっと」
「ん? あぁ、ティラミスもあとで貰うね。いや、こっちの方も宇沢が美味しそうに飲んでるから気になっちゃってさ」
「――――え、いや、それは、いいんですけど。…………その」
「え?」
あ、やば。顔が熱い。っていうか汗出てきた。あの。その。杏山カズサが飲んだ、それ。
それは、つまるところ――――。
「…………あ」
杏山カズサも、私の顔と、抹茶あずきのコップを見て。一言、そう鳴いて。
顔ごと、私から視線を逸らして。それから口元を隠して。
「…………、ごめん、そんなつもりは、なかった、んだけど……。ごめん、無意識で……」
「え、いえ。私は、いいんですけど。……その」
「ごめん、マジでごめん。言われるまで、気がつかなかった……」
謝らないでほしい。私は別に、怒ってるわけでも、嫌というわけでもなくて。
かといって「気にしないでください杏山カズサ! 私はなんら問題無いですしむしろありがとうございます!」だなんて冗談めかして言える雰囲気じゃなくて。
っていうか私だってさっきから変に熱いわ顔は変に熱持ってるわでちょっと色々と大変で。
正面の杏山カズサも、口元は袖で隠してるけどほっぺたとか耳とかは赤くなってて、頭の耳もぴこぴこと動きっぱなしで。
私も釣られて、顔は赤くなっちゃってるんだろうってのが分かる。急に気温が高くなった気がする、ここの周りだけ。
余りに顔が熱くて仕方がなくて、抹茶あずきのストローに口を付けて一気に吸う。冷たい液体が口の中に入っていって、すぐにずぞぞぞ、とストローが音を立てる。
そして気づく。あ、このストロー。………………――――――――。
ごほん、と一つ咳払い。ちょっと、このお店、暑いですね。
手で風を送ると、私の顔がどれだけ熱くなっているかが分かる。すごく涼しい。なんなら、この抹茶あずきのコップをほっぺにくっつけたら、さぞ気持ちいいんだろうな、とか思う。杏山カズサの前でそんなはしたないことできませんけどね!!!
ふと、正面の杏山カズサを見ると、私と同じように飲み物のコップがものの見事に氷だけになっていた。
「――――ね、宇沢。冷たいの、さ。もう一杯、注文しよっか」
「そ、そう、しましょうか」
「でも、さ。…………店員、呼ぶのはさ。もう少し、落ち着いて、からにしよ?」
「そう、しましょう」
袖で顔の下半分を隠す杏山カズサは、見える部分の頬が見るからに赤くなってるし、視線を私に合わせてくれない。――まぁ私も合わせられないんですけど。
なんだか、杏山カズサも私と同じなんだな、と思うと。少しだけ落ち着けた気がした。
それは気のせいかも知れないし、杏山カズサに比べてほんのわずかなくらい、だけれど。
結局、私たちが店員さんを呼んで、飲み物を注文したのは。
結構な時間が経ってから、だった。
間接キスだと思わないで無意識でやったことが、レイサが照れてるのを見て初めて間接キスだと知って照れ始めるカズサ。
っていう概念が吹っ飛んできたら書かないではいられなかった短編。
雰囲気のある和風の喫茶店で、向かい合った二人で照れて黙る様子とか可愛すぎてにまにまが止まりませんでした。
二人の頭からは白い煙が立ち上ってることでしょう。こんな時は二人で仲良くかき氷とか食べるといいんじゃないかな。きっと一気に食べたレイサは頭痛くするだろうけど。