レイカズ/カズレイ作品 短編集   作:みょん!

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宇沢のこわいもの

 今日は放課後スイーツ部の部活動がある日。

 部室にはいつもの五人のメンバーがいる。

 

 ――にも関わらず、部室の中はやけに静かだ。

 

 宇沢は、いつも騒がしい。

 それは声の大きさというものももちろんあるし、廊下を全力で走ったりだとか、私にタックルをよくかましてきたりだとか、そういうものもあるし。そして宇沢はどこかに腰を落ち着けて声を発していないときも、大概にうるさい。――特に、顔が。

 部室でスマホの中身に集中してる時はなんかはかなりの頻度で黙るんだけど、その分、顔が騒がしい。ころころと表情が変わるし、見ていて飽きない。

 雰囲気重視の喫茶店に初めて入ったときなんかも、声を失う分、その目がうるさいくらいにきらきらとしている。たっぷりの時間をかけて店内を見回してから、私の方を見て、それから声の方でうるさくなるのがいつものパターン。

 

 ――さて、それでは今の宇沢は、というと。

 

「………………」

 

 どのパターンでもない。――というより、不気味なほどに、静かだ。

 部室で、隣――とは言ってもいつもの席、という言い方の方が正しい――に座って、頬杖を付いてスマホをつまらなさそうにぽちぽちと触っている。目の前にはモンブランペーストがはみ出そうなくらいにたっぷりとかかった、取り寄せの特製モンブラン。いつもの宇沢なら「いただきますっ!」の声と共に真っ先に食いつきそうなそれに、今日は一口すらも手を付けていない。

 ほんのりと頬を膨らませて、宇沢は、何もしゃべらずに、真顔で、スマホを弄っている。

 声も、顔も、まったくうるさくない宇沢が、隣に居る。

 これが異常と言わないで、何と言うんだろう。

 同じくテーブルに付いている三人に目配せしてみる。アイリも、ナツも、ヨシミも、『原因はあんたでしょ』という目で私を見ている。――もちろん、アイリは視線が私に向いて、少しだけ眉根が下がったようにほほえむだけ。主に後ろふたりの視線が私に刺さってくる。

 ……いや、私にも原因が分かんないから皆に助けを求めてるんだけど。

 ふと、手元のスマホが小さく振動する。

 モモトークの通知が入っていた。

 【カズサ、あんたまたなんかやったでしょ】――発信者はヨシミ。

 またコイツは、私のせいにする。今回ばかりは私はまったく心当たりが無い。――前例が無いとは言えないのが、なんとも言えないけれど。

 【またって何。私は宇沢になにもやってないし、昨日も普通にスイーツ食べに行っただけ】

 【のろけ話はいいから】

 む、惚気てるつもりは無い。

 【いつもみたいに無意識でレイサを(たぶら)かしたんじゃないの】

 【まったくもって覚えが無いし私を朴念仁みたいに言わないでほしいんだけど】

 【え、違うの? 天然タラシのカズサさん】

 よし、コイツは後で校舎裏に呼びだすことにしよう。ここは部室だし、アイリもナツもいる。シバくのに目撃者はいない方がいい。

 

 ――とは言っても、隣の宇沢は思い悩んだようにため息を付いて、スマホの電源を入れたり、適当にSNSを覗いたりしてる。いつものようにスイーツ店を見ているわけでも無いし。

 

 ……いや、これは、流石に。心配になる。

 ちょっと前みたいに見た、ガチ凹みしてるときとも様子が違うから、どう手を付けたらいいか分からない。安易に触れて真逆の結果になるのも怖いから、そうやすやすと触れられない。――割と、宇沢は繊細なところもあるから。

 かといって、宇沢をこのままにしておくほど、私は白状な人じゃない。宇沢は、いつもみたいに、無駄にうるさい方がいいから。

 少なくとも、つまんないような顔をしてるような宇沢は、私は、なるべくなら、すぐ近くで見ていたくないから。

 宇沢の表情は先ほどから変わっていない。つまんなさそうにスマホを弄るだけ。

 何つまんなさそうな顔してんのさ、と口にするのもなんだか憚られて。いつものように、頬を突いてやる。いつものように弾力のある感触が――。

 

「――――ッ! 痛っ!?」

 

 ビクッと宇沢がやけにオーバーなリアクションを見せる。文字通り飛び上がって、そして私の方を見る。

 頬を抑えて、目を見開いて、口をぱくぱくと開けて――いや、これは声が出ないだけか。

 不意打ちでつついたのは、ほんの少しだけ悪いと思ってる。でも、そこまで痛がるとはまったく思わなかった。別に爪を立てた訳でもないし、いつもの力くらいで頬を、つつい、て……。

 ……ん、痛がる?

 宇沢の左手はずっと頬に当てられている。

 部活中にもかかわらず、飲み物も、スイーツも、手を付けていなくて。

 そして、頬をつついたら、やけに、痛がって。

 

「…………宇沢」

 

 その左手を掴んで、無理矢理引き剥がす。宇沢の力はほどほどに強いけれど、私の敵じゃない。逆側の手で頬を押さえようとするから、もう片方の手で宇沢の手を掴む。

 顔を近づけると、宇沢は更に目を丸くして、私から物理的に顔を離そうとして――

 ゴンッ「いたーーーっ!?」暴れて足を机に強打して自爆した。バカ。

 宇沢が逃げないよう、手に力を込める。

 

「――――――っ!」

 

 宇沢がじたばたと暴れるから、足の上に乗る。これで物理的に逃げられない。

 宇沢の顔をじっと見て、……やはり、違和感。

 頬が、やけに腫れてるし、さっきから宇沢の言葉が、やけに抜けてる。

 ――――っていうか、これ。

 

「ねぇ、宇沢」

「――――ぴ」

 

 宇沢の顔がすぐ近くにある。呼ぶだけで、宇沢は鳴き声を上げて、顔を赤くして、押し黙る。たぶん、今そこに触ったら、また痛みで暴れるんだろう。だからむしろ触れさせないようにして、言う。

 

「…………あんた、虫歯じゃないの、それ?」 

 

 部室の空気が、止まった気がした。

 

「…………は?」

 

 空気が抜けたような声は、ナツだったか、ヨシミだったか、分からない。けど、私の口から出たわけではない。――もちろん、胸に中で思いっきり言ったけど。

 宇沢の様子、そして出されたスイーツに一口も手を付けない異常さ。そしていくつかの状況証拠。

 考えれば考えるほど、一つの答えにしかたどり着かない。

 

 ――いや、宇沢。昨日は普通にスイーツ食べてたじゃん。

 

「………………」

 

 宇沢の目が泳いでるのがありありと分かる。ちら、と部員たちの方を見て、それから私の方を見て。はぁ、と息を吐く。

 

「…………なんでバレたか分かんないんですけど……そうです」

 

 観念したように、宇沢が言う。

 なんでって、むしろこれで分かんない方がおかしいというか。これまで心配してた私の苦労は何だったんだろうっていうか。

 とりあえず、宇沢に言えるのは、一言。

 

「宇沢。歯医者行け」

「私、実は歯医者怖いんですよ。具体的に言うと、あのドリ」

「うるさい、行け。無駄に心配させたんだから。つべこべ言わずに、行け」

「だってあのチュイーンって音が」

「黙れ。頬引っ張るよ」

「なんか杏山カズサの後ろにキャスパリーグが見え――痛ったぁ! なんで頭叩くんですか! 全部言ってないし比喩的表現じゃないですか!」

「頬突かないだけマシ。ほら、宇沢、病院じゃなかったら救護騎士団行こ。そこだったらなんとかなるから」

「いや、でも…………怖いですし…………」

 

 なんかこれ、いつぞやの押し問答が思い浮かぶ。立場が逆なだけで。

 こういうときの宇沢って割と強情だから、大体力づくで解決した方が手っ取り早いと思う。具体的には、担いでった方が早いまである。

 ……とは言っても、その方法は最終手段も最終手段だし、ここは私の寮の部屋じゃなくて部室で、アイリたちの目があるから。ちょっとだけ憚られる。

 

 ――だったらまぁ、別のアプローチをするしかないよね。

 

「そっか、残念だな」

 

 宇沢の手を離して、大きくため息を吐いて、すごくすごく残念だなって声を出す。

 突然の方向転換に驚いたのか、宇沢が目を丸くするのが見えた。

 

「宇沢が虫歯でスイーツ食べられないって事は、今週末のスイーツ会は無しか」

「……え」

 

 宇沢の手が、私に伸びかけて、止まる。よし、食いついた。

 分かりやすいくらいに視線を外す。後頭部に手を当てて、再びため息。こういうとき、ヨシミが拗ねてる時を思い浮かべるとイメージしやすい。

 

「一人でスイーツ食べに行くってのも味気ないし、そっか、宇沢と一緒にスイーツ食べに行くのも当分無しか。そっか、宇沢とスイーツ食べに行くの、毎週楽しみにしてたんだけどな。そっか」

 

 ちらり。宇沢を見る。

 唇を引き締めて、めちゃめちゃ思い悩んでいるように見える。

 

「当分、宇沢と会うのも無くなっちゃうか。残念だ――」

「行きますっ!!!」

 

 めちゃめちゃデカい声が部室に響いた。

 

「杏山カズサと、スイーツ食べに行きたいですから! すぐ治します! なので、そんな事言わ――むぐ」

 

 そこまで聞ければ充分。割とからかいすぎたな、と自覚はしてるので、それ以上言わないように口を塞ぐ。迷子の子どもみたいな顔をしてるので、頭を撫でる。ごめん、ちょっと言い過ぎたかも知れない。

 

「――――よし。じゃ、行くよ。すぐ治せば、また今週も行けるからさ、ね?」

 

 引き続き頭を撫でる。と言うよりも、頭を揺らすくらいにわしゃわしゃと強く撫でる。そのくらいじゃないと、きっと宇沢は変なことを考えちゃうだろうから。

 

「今から行けば間に合うから。ほら」

 

 結構な時間宇沢の髪をくしゃくしゃとして、丁度良い頃合いを見て立ち上がる。

 差し出された私の手を見る宇沢は、ぱちぱちと瞬きをして、そして、手を伸ばそうとして。

 

「あー、こほん」

 

 ヨシミの声が聞こえて。振り返る。

 ほほえましそうに私たちを見る我らが放課後スイーツ部の三人が見えて。

 

「あ、ごめん、続けて続けて。私たちのことは気にしなくて良いからさ」

 

 二人で行ってらっしゃい、とひらひらと手を振るヨシミと、ナツと。

 手を繋ぎ掛けた宇沢は、動きを止めて。そしてゆっくりと、照れたような顔で、私を見上げる。

「………………杏山カズサ、やっぱり行」

 

 いきなり日和った宇沢の手を、私は思い切り引っ張り上げた。




レイサって割と歯医者に行くの渋りそう。
って思ってたらできたSSがこちら。そんなレイサはカズサに引っ張ってってもらいましょう。
力づくで引っ張って行くのもカズサらしいし、押してだめなら引いてみなスタイルを駆使するのもカズサの狡猾さが出てていいなって思います。カズサもレイサの扱いに手慣れてきたなって書きながら思いました。カズサとレイサはもっといちゃいちゃすべき。

これは割とどうでもいいお話なんですが。
歯が痛いなーって思って歯医者に行ったら結構でかい虫歯がありました。即削ったんですが、あのドリルの感覚だけは絶対に嫌です。痛いのはやです。もう行きたくないです。怖いものは怖い。
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