『トリニティ総合学園の12時の鐘は、戦闘開始の合図』
とは誰が言ったことだったか。確かヨシミあたりだった気がする。
鐘が鳴り終わり、教師役が授業の終了を宣言した途端、教室の一部からは床を蹴る音が響く。ドアを開ける騒々しい音がするのと同時に、廊下にはばたばたと走る音がする。
向かう先は、ただひとつ。購買だ。
学食よりもお手軽に、お安く買える購買は、私たち学生の味方であり、救世主だ。
300円あれば、学食の長蛇の列に並ばずに、学食の席取り合戦をせずに、教室や思い思いの場所で、お昼を食べることができる。素晴らしい。
しいて問題点を言うのであれば。
毎日お昼に、争奪戦が勃発すること、くらい。
悠長に歩いて購買に向かおうものなら、購買は既に戦場と化していて、そこに入り込むのはほどほどに勇気と体力がいる。そして商品にありついたところで、人気商品は既に狩り尽くされた後。そのおこぼれを買うことになる。スイーツ? 残ってるわけない。
さて私は、と言えば。
朝早く起きて弁当を作る――なんてことは当然のことながらなく、毎日購買のお世話になる私は、いつものように授業終了と同時に教室を飛び出し、購買へと走る。階段を一気に飛び降り、廊下を駆け抜けて――一番に
――勝った。
背後からは足音と喧噪が聞こえ始める。あと数秒もすると、ここは盛大な戦場になるだろう。戦いに巻き込まれる前にさっさと退散しようと、して。
「ん?」
人でごった返す中に、見慣れた髪色の生徒を見かけた。人の間から手を伸ばして、私が今手にしているベ○チョコを取ろうとしている。
宇沢の手がそれを手にした途端、後ろからなだれ込んでくる人で、宇沢の手が見えなくなった。「ぎゃー!」と聞き慣れた声が聞こえた気がした。
「……ほんっと、ここって…………」
人の欲が――そのほとんどが食欲だけど――満ちる購買を尻目に、いつものように教室に戻って、直前の授業で教師役がアレだったからご飯のついでに甘味で解消しようとして。
「んー……」
少し立ち止まって。
「よし」
ほんの少しだけ考えて、決める。
◇◇◇
「宇沢」
「ぴゃっ!? …………なんだ杏山カズサじゃないですか、驚かさないでくださいよ」
パンと飲み物を大事そうに胸に抱えていた宇沢は、私の声に文字通り飛び上がって、瞬間的に戦利品を胸の中に隠す。そして私の方を見ると、ほっと胸をなで下ろした。
「購買狩りかと思ったじゃないですか」
「え、なにそれ。そんなのいんの」
「いや、報告されたのは特別メニューが販売された一回だけなんですが――じゃなくて。杏山カズサ、どうしたんですか?」
顔が自警団モードになりかけていた宇沢は、はっと我に帰って首を横に振る。そしていつもの犬みたいに人なつっこい顔に戻って、私の顔を見上げる。
「いや、購買に宇沢を見つけたからさ。待ってた」
「待ってた」
宇沢は私の言葉の最後だけを繰り返す。目をきょとんと丸くして。
「宇沢ってあと教室で食べるだけ?」
「え、ええ。特に自警団の詰め所に行く予定もないですし」
よし。
「宇沢、ご飯食べに行こ」
「……へ!?」
返事を待ってたら、たぶん余計に時間が掛かるだろうから。断りの言葉がないのを同意と見なして、私は宇沢の手を引いて玄関の方へと足を向けた。
『裏庭』と呼ばれる区画の、更に奥。広い木の下は昼休みの時間であっても誰もいない。
「…………はぁ」
大きく息を吸う。教室の中の空気とは違う、爽やかな空気が肺一杯に入ってくる。
チョコがたっぷりと塗られたパンを頬張り、ココアで流し込む。授業で消費された糖分が頭に染み渡っていく気がする。一人で食べるのも落ち着くけれど、
「…………あの」
私と同じく木を背にして座る宇沢から、おずおずとした声が聞こえてくる。まっすぐに正面を向いた宇沢は、くつろぐ場所なのに、なぜか正座。
「今日、何かありましたっけ? 部活の打ち合わせとかですか?」
パンを両手で持ちながら、どこか不思議そうな、不安そうな、そんな目で私の方を見てくる。
そんな顔をする小型犬のCMが動画サイトの広告であったなーとか、そんなことが頭を過ぎった。
「ん? なんもないけど」
「へ?」
パンを手にして、宇沢は今日何回目か、目を丸くする。
「購買で宇沢を見つけて、丁度いいからお昼に誘ったってだけ。別に用らしい用もないよ」
数秒たっぷりと私を見たと思うと、宇沢は肺に貯め込んでいた空気を一気に吐き出した。
「なんだ…………てっきり何か詰問されるのかと思いましたよ」
眉を下げて、困ったように力無くほほえんでみせる。――一体何を言われると思っていたんだろう。
「何か心当たりでも?」
「ないですないです」
冗談めかして言うと、手と、ついでに首と、体全体で否定する。その反応は見ていて面白い。あと焦ったようにも見えないので、本当にないんだろうと思う。何か隠しているときの宇沢はなんとなく分かるし。
「本当に何もなくて、宇沢と食べたかっただけだよ。――迷惑だった?」
「いえっ、いえいえいえそんなことないです! 誘ってもらえたのは嬉しいですし、いつも教室で食べてるばかりですから! ――あっ! いえ! 別に毎日一人で食べてるとかじゃなくて今日は――――」
なんか慌てて言い訳しようとして全力で墓穴を掘り進めている気がする。とりあえず止めておいた方がよさそうだ。
宇沢の頭に手を置く――置いたつもりで、なんか割と強く入ってしまった。バシっと音がしたので、心の中で謝っとく。ごめん。
「はいはい分かった分かった。急に誘ってごめんって」
「あの、……いえ、…………別に…………」
頭を撫でてやると、宇沢は体の動きも表情も、段々と落ち着いてくる。宇沢は一度テンパると落ち着くのに時間かかるけど、撫でてやると回復が早いのは最近知ったことだ。――なおこれは部室の中では無効、というか逆効果になる。
「ま、今日は本当に気まぐれに誘っただけだからさ。許して」
「…………いえ、許すも、なにも…………杏山カズサが、…………いいなら。別に、私は…………」
パンを手に持ったまま、パンに視線を落としたまま、宇沢は風の音で消えそうなくらいな声で、そう言う。言い終わって、数秒が経って、ハッと顔を上げて――それから慌てたように私の方を向いた。
何か言ってきそうな気がしたから、その口を手で塞ぐ。ぶがっと鳴き声が聞こえた。
残念だけど、私の耳は全部ばっちりと聞こえていたから。言い訳なんて言わせない。
「じゃ、朝か、お昼になる前にモモトーク送るから。そんな感じで」
宇沢は口が動かない分、その目の変化が、言葉にしなくても充分に語っていた。
こくりと頷いた宇沢は、口が解放されるやいなや。
「へへ……。明日からの争奪戦、頑張らないといけませんね」
堪えきれないくらいに口元をゆるませて、宇沢は購買で戦い抜く宣言をした。
今日も杏山カズサの気まぐれが宇沢レイサを襲う――!なお話。
トリニティ総合学園はいわゆるお嬢さま学校ではあるんですけど、ウイのイベントでの一幕を見ると、やっぱりお嬢さまとはいえキヴォトスの生徒なんだなって。今回描いた購買の描写は、むしろマイルドな方なまであるんじゃないかって思っちゃいますね。
カズサとレイサはこっそりお昼を一緒に取ってて欲しいので、そんな優しい世界を心待ちにしています。なので書いた。
カズサとレイサ、仲良く一緒にお昼食べな(˶′◡‵˶)