ガタン、ガタン、と電車が揺れる。
同じ車両には何人かが座っているくらいの空き具合。四時くらいの電車なんてこんなものですよね、と思いつつ、スマホの画像フォルダをタップする。
画像欄には、今日撮影されたスイーツたちが並んでいる。
「うふふふふ…………さぁ、杏山カズサ、来週くらいが年貢の納め時ですよ……」
おいしいスイーツを食べたあとのせいか、口元がやけににやけてしまう。
リニューアルオープンすると聞いて駆けつけた、百鬼夜行連合学院の甘味処。そこで食べた白玉ぜんざいがもうおいしくておいしくて、ほっぺたが落ちた。
それに最中種――外側の歯にくっつきやすいアレ――とクリームとあんこだけが渡されて、手巻き寿司のように自分で好きなだけ塗って食べるシステムの最中も、同じくらいほっぺたが落ちた。もしこの場に杏山カズサがいようものなら、『アホっぽい顔』とか言って猫みたいに笑うんだろうなってのが手に取るように分かる。そのくらい、今日食べたスイーツはおいしかった。
次回のスイーツ勝負の題材はこれで決まりだし、杏山カズサからの勝ちを得ることはもう確定的に明らか。そろそろ私にも勝利の美酒を味わう時が来ますね! と思うと、笑いが止まらない。――私、まだ十五歳なのでお酒は飲めないんですけど。
写真一覧を見ていて、さて杏山カズサへの挑戦状はいつどんな感じに投げつけようかな、などと考えていると、外が一瞬光った気がした。
「…………あれ?」
振り返ると、窓には雨粒が叩きつけられていた。
結構な頻度で空が光る。結構な雷雲の中にいるようだ。――今日は、透きとおるくらいの快晴だったのに。
「うぇぇぇ……雨ですか? 聞いてないんで――」
言葉が途中で止まる。景色に、明確な違和感があった。
「あれ、この電車、こんなとこ行きましたっけ?」
トリニティ総合学園前駅から百鬼夜行連合学園前駅の間は、建物しかないはずなのに。外の景色は何故か山の中を走っているようにしか見えなくて。
「…………あはは、これは乗る電車間違えちゃいましたねぇ。浮かれ過ぎちゃいました」
ドアの上にある電光掲示板には、次はトリ二〒ィ総合学園前駅と表示されている。……いや、間違えて、ない?
でも外の景色は見慣れないものだし、変に雷は鳴り始めてるし、あとついでに電車の冷房が効きすぎててちょっとだけ寒い。
電車は間違えてないはずなのに、景色が違う。こんなの、一度だって体験したことない。
「………………」
胸がきゅっとなる気がした。なんとなく、杏山カズサの声が聞きたくなって、モモトークを開いて。ここが電車の中なのを思い立って、通話開始ボタンに向かう指を止める。
チャット部分には、昨日の夜に杏山カズサとやりとりしたものが残っている。
この時間なら、きっと杏山カズサは起きてるだろう。杏山カズサからの反応が欲しくて、モモトークを送る。
【杏山カズサ】
【電車に乗ってるんですが、外が変です】
二つ送って、何秒か待って。
既読どころか、未読どころか。送信中と表示されたままで。
山の中だからといって、キヴォトスで電波が通じない場所なんてないはずなのに。
杏山カズサへのモモトークすらも届かなくて。
「………………これは、ちょっとへ――ぴゃっ!?」
光ってから音が聞こえるまでコンマ一秒もなかった。あまりにも大きい雷鳴と眩しさに目を閉じる。
それから感じる、横方向への重力。駅に着きそうなのか、それとも雷のせいかは分からないけれど、とりあえず電車が止まりそうだってことは分かった。
視界を取り戻したときには、電車は完全に止まっていた。
見たことのない、周りは何もない駅だった。
正面の窓から、駅の看板が見えた。まったくもって、見慣れない駅名で――
途端、ドンッと大きな音がした。
「――――ッ!?」
音が大きすぎて耳鳴りがする。
眩しすぎて目が開けられない。
私はぎゅっと目を瞑ったまま、ただ光が止むのを待って――
◇◇◇
「――嬢さん。お嬢さん。終点ですよ」
「…………んゃ?」
肩を叩かれる感覚があって、あと人の声が聞こえた気がして、目を開く。
犬の顔をした人が、私を覗き込んでいた。
「終点ですよ。降りてください」
「――――へ?」
目を開く。周りを見る。電車には誰も乗っていなくて、ドアの上の電光掲示板には『トリニティ総合学園前駅』と書いてあった。
「――――ッ、ご、ごごめんなさい! すぐ降りますので!」
「急がなくてもいいから、忘れ物はないようにしてくださいね」
「はい、だいじょーぶですっ!」
リュックを背負って、座っていた場所を指さし確認して、問題なし。電車から降りる。
ICカードをかざして改札を出ると、見慣れたトリニティ総合学園前駅の景色だった。ただ、音が聞こえるほどに大雨が降っていたけれど。
「あちゃ……、うーん、これは走るしかないですねぇ。傘もないですし」
天気予報は晴れだったから傘なんて持ってきていない。当然ながら折りたたみ傘なんて持ってない。
駅から家までは、歩いて二十分かそこら。走れば――まぁ十五分くらいで行ける。濡れるのは仕方ないけれど、家に帰ってシャワーを浴びればいい。
覚悟を決める。靴紐を結び直して、屈伸運動をして。
「宇沢」
「ぴゃっ!? 杏山カズサ!? ――え、なんでここに?」
杏山カズサの声が聞こえた気がして、振り返る。すぐ後ろに、あきれ顔の杏山カズサがいた。
「なんでって……宇沢、私にモモトークくれたじゃん」
「へ?」
杏山カズサに、モモトーク?
「いや、へ? じゃなくて。どうせ傘忘れたんでしょ。ほら」
杏山カズサが、私に向けて手を伸ばす。手にはビニール傘が握られていた。
「私の家にあるの一本しかないからさ、一緒に使うことになっちゃうけど。もしそれが嫌ならあっちのコンビニまでこれで行って、買っちゃえばいいし」
「…………」
杏山カズサからの傘を受け取りながら、スマホを取りだして、開く。杏山カズサが一番上に表示されていた。
【杏山カズサ】
【電車に乗ってるんですが、外が変です】
二つの発言が、画面に表示されていた。状況は既読になっている。
「…………」
「傘持ってきて欲しいんだったら素直に言いなー。別に宇沢に傘持ってくるくらいならやってあげるからさ」
「…………」
「宇沢? おーい、うーざーわー」
「――はっ!? な、なんでしたっけ?」
気がついたら、杏山カズサが目の前で手を振っていた。
杏山カズサが目の前にいる。杏山カズサの声は私の耳に入っている。
「や、いいけどさ。……ちょっと、宇沢、なにやっへんの」
「…………いや、杏山カズサ、ですよね」
「あにが?」
「…………いえ、なんでもないです」
杏山カズサの頬は、むにむにとしていて、柔らかくて熱があって。目の前にいる杏山カズサが実在しているんだって分かる。
「ほら、帰ろ。コンビニ行かないんだったら、駅となりのパン屋でパン焼いてるいい匂いしたから、帰るついでに買ってこ」
「はい! ――――じゃ、パン屋さん行きましょうか!」
傘を開く。杏山カズサと私が濡れないように――杏山カズサの方に心もち傘を傾けつつ――杏山カズサと歩幅を合せつつ、私たちは雨の中を歩き出した。
夏です。動いてないのに暑いです(本当)
なので涼しくなるよう(当社比)夏らしいお題でカズ✕レイの短編を一つ書きました。
元ネタは言わずとも知れた2chの書き込みです。執筆前に読み返したんですけど、じわじわと来る系のホラーはやっぱりぞわぞわしますね。読んでいる間、何回か振り返りました。
まぁ主題は駅に戻ってからなのですが! レイカズは自然に一本の傘使ってけばいいと思います。