ある日の部活中――とは言っても、スイーツの出前を注文して、届くのを待っているだけの、手持ち無沙汰な待ち時間。
放課後スイーツ部のいつもの白机に顎を乗せてスマホをぽちぽちと操作していた宇沢が、「あ、」と短い声を上げた。
それから口元を嫌と言うほどに横に広げて、「くふ、ふふふ」と含み笑いをし出す。
――こういうときの宇沢って、割としょうもない事を言い出すんだよなぁ……。
などと思っていると、宇沢が体ごと私の方を向いて、鼻息一つ。そして、大きく息を吸ったかと思うと、右手を引いて。
あ、これは来るな、と思って耳を倒す。
「杏山カズサ! 『照れたら負けゲーム』で勝負ですっ!」
――そう、言い放った。
耳を倒していても、宇沢の声はキンキンと響いた。相変わらずのテンションの高さ、少しはナツを見習ってほしい。――いや、ナツがこうなったらうるさすぎるから、やっぱりやめてほしい。
私の目の前に自信満々に指を突き出す宇沢は、そろそろ声量の調整というものを覚えてほしい。
「あー、…………ぱーどん?」
「杏山カズサ、無理して英語で話さなくていだだだだ耳引っ張らないでくださいって暴力に訴えるのは反対です反対!」
これはめちゃくちゃドヤ顔で煽ってきた宇沢が悪いと思う。とは言え角度的に宇沢の顔は私にしか見えてなくて、客観的に見ると私が宇沢に暴力を振るったような光景に見える。逆だよ。信じて。
とは言え、宇沢に悪気はないんだろうなぁとは思う。ヨシミと違って、たぶん。
「……で、それなんだけどさ。割と前にやったよね。しかも宇沢が速攻で撃沈したやつ」
宇沢が放課後スイーツ部の部室に入り浸り始めて、結構経ったあたりだったろうか、確かナツだかヨシミにそそのかされて、宇沢が私に勝負を仕掛けてきたんだ。もちろん速攻で返り討ちにしたけど。
「いーえっ!」
宇沢は腰に手を当てて、無い胸を張る。ふん、と息を荒くして、
「あのころと私は違いますっ!」
「ふぅん。んー…………」
……さてどうしよう。どうせ宇沢が見ていたスマホあたりにそういうことが書いてあったんだろうと簡単に予測は付くけれども。
これは……どうかなぁ。部活中だし、アイリたちだってもちろんのこと部室に居るし。宇沢の勝負――というか遊びに付き合うというのも。
「受けてやんなよ」
「あん?」
悩んでると、横やりが飛んで来た。――というか物理的に脇に指が刺さった。大体こんなことするのは一人しか居ないんだけど。
「カズサも、どうせ出前来るまで暇でしょ?」
「ヨシミだってそうでしょうが。相手譲るよ?」
「いやいや、勝負の申し込み受けといて逃げるのは無しっしょ」
デリバリーが来るまでのいい暇つぶしができたってヨシミの顔に書いてある。別に私とじゃなくても、ヨシミと宇沢なら割といい勝負になると思うんだけど。
「挑まれた勝負には応じる。それも放課後スイーツ部の掟だよ。審判役なら、私がやろう」
そう言うのはナツ。いや、そんな掟、聞いたこともないんだけど。
この二人が役に立たないのは知っていた。だから私はアイリに視線で助けを求める。
「カズサちゃん、頑張って」
笑顔で言われた。うん、分かってた。分かってたよ。逃げ場がないことくらい。
「杏山カズサがどうしてもだめだというのなら、また後日にしますけど……」
中止じゃなくて延期と主張する宇沢。割と図々しさがヨシミに似てきたな、と思う。
「はいはい、分かった分かった。すぐに終わらせるよ」
「よくぞ勝負を受けてくれました! いざ尋常に、勝負ですっ!」
宇沢が元気いっぱい、私を指差してきた。そろそろそのクセ、やめな。
◇◇◇
さて、『照れたら負けゲーム』とは何か。
先攻と後攻に分かれて、相手を言葉や何やらで照れさせたら勝ち、という簡単極まりないゲーム。
なお、前回の様子はと言えば。
いつものように先攻を取った宇沢は『杏山カズサ! あなたのことが好きですっ!』って勢いだけで言ってくるもんだから、照れるもへったくれもなくて。逆に壁に追いやって『宇沢』って呟いただけで脱兎のごとく逃げてった。割と楽な勝負だったし、今回もどうせすぐ終わるだろうなって思う。
私と宇沢は向かい合ってクッションの上に座る。宇沢は正座をして両方の手を膝上に置いていて、肩が上下に動くくらい、大きく呼吸を繰り返している。どう見ても緊張、というかすでにもういっぱいいっぱいになってるようにも見えた。
「えっと…………、ごほん。ごほんごほん」
私から顔を背けるようにして咳払い――おそらくフリ――をする。なんか、今の時点で既に照れてるように見えるんだけど。もう私の勝ちでいいかな。
「…………っ、…………――――、きょ――き、きょ、杏山、カズサ。…………、す、好き、です…………――――――っ!」
…………あー、なるほど。なるほど、ね。
顔に出ないように、表情を引き締める。手を動かすとナツにバレそうだから、手は膝の上で、こっそり太股に爪を立てる。
息を吸ってもいまいち空気が入っていかないような感覚と、…………無駄に、やけに、心臓も、うるさいし。
赤らめ顔で上目遣いで、その上消えそうな声で言うのは、ちょっと。…………ちょっと、ズルいな、と思う。
心臓の音、聞こえてない、よね。宇沢から言われる言葉は、予想通りだったはずなのに、割と危なかった。
「…………ふぅーん……」
――宇沢はと言えば、さっきから前屈みになって、手の甲に額を当てて。土下座、というか、言うなればごめん寝の状態でぷるぷると震えている。勝手に照れてるから私の勝ちでいい気がする。
「ナツ。……宇沢がこう、だけど、もう私の勝ちでいい?」
「いや、今はレイサのターン。さて、カズサの方は……」
ナツの視線が私に刺さる。全てを見透かすように、じいっと私を見つめる。決して照れてなんかないと、心の中で抵抗する。あと爪をもっと深く刺す。結構痛い。
「…………これは、勝敗付かずだね。勝負は継続!」
ナツの宣言で、攻守交代になる。
「宇沢。こん、なので勝てると思ったら、まだまだ、ね」
声が震えないようにするので結構ギリギリだった。
前は全然、揺らぎすらもなかったのに。……ここまで来るとは全然思わなかった。
まぁ次で終わらせる。終わらせなきゃいけない。
次の宇沢のターンが来たら、どうなるか、分からないから。
正座をして、膝上に手を載せる宇沢は先ほどと変わっていない。
ここは勝負に出させて貰おう。こういうのはね――何をやったとしても、勝った方が正義だから。
私は座っていたクッションから降りて、宇沢の方へ。口元を、宇沢の耳元へと近づけて。
「宇沢」
ビクッと、宇沢の肩が跳ねるのが見えた。宇沢の耳元が赤くなってくるのが見える。前回のようにこの時点で逃げ出しはしないけれど、この時点で結構なダメージは入っているように見える。
あとはとどめを刺すだけ。一言、『好きだよ』と言って、それで、終わり。
「………………、」
口は、好きと言う形を作っているのに。
口から、言葉に、なってくれない。
「…………。――――――――」
『好きだよ』って、四文字を、言うだけなのに。息が苦しくて苦しくて仕方がない。
「――――――――――、す」
これはゲームで、宇沢との勝負で。本当のことじゃなくて。でも、それでも…………言葉が、出てこない。
宇沢、と呼びかけた声すらも、私の頭の中に反響して、その後の言葉が紡げない。
歯の隙間から息が漏れるだけで、一向に、全然、言葉が、出てこない。
「…………杏山、カズサ?」
「――――――――ッ!」
宇沢の声が聞こえた途端、心臓がビクッと鳴るのが分かった。苦しいくらいに、うるさいくらいに、心臓が鳴る。離れていてもその音が聞こえてしまいそうなくらいに、心臓が鳴り響いて仕方がない。
「……………………す、………………」
二文字目が、出てこない。出てこない。でて――――
「~~~~~~っ!」
ピンポーン、と、寮のチャイムが鳴ったのはその時だった。
宇沢の肩と私の体がビクッと跳ねるのはほぼ同時だった。思わず、宇沢から距離を取る。
顔が熱くて熱くて仕方がない。パーカーのフードを被って、宇沢に背を向ける。こんな顔は絶対に宇沢には見せられない。今の私の顔は、絶対に、赤くて仕方がないから。
「杏山、カズサ。あの、勝負は……」
「出前が来たから終わり! そんでもって最初っから照れてる宇沢の負け!」
「え、まだ私負け宣言してませんけど!」
「いいから! 私が終わりって言ったら終わり! っていうかスイーツが溶けるからこれで終わり! ほら、食べるよ!」
「え、今日のスイーツはロールケーキですから溶けること――ぶぐ」
宇沢の口が減らないから、物理的に口を塞ぐ。というか、抑える。
このまま続けたら――ちょっと、まずい気がして。手の先で宇沢がむぐむぐ言うのも、宇沢のよだれが手に付くのも、今の私の状態からしたら可愛いもの。
なんで宇沢にゲームで好きって言うのにこんなに息が詰まっちゃったのか。
今考えてもまったく分からない。
けれどひとまずは、このゲームはもうやめておいた方がいいと、それだけは間違いなく言えると思った。
カズサとレイサが戯れに『照れたら負けゲーム』をして、二人してマジ照れするのが見たい! 書いた!
カズサは余裕ぶっておきながらレイサからの不意に防御貫通ダメージ受けて照れてほしいし、レイサは自爆して照れてほしい。カズサとレイサの照れ模様はいずれガンに効くようになるって古事記にも書いてある。