レイカズ/カズレイ作品 短編集   作:みょん!

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三十九度のとろけそうな日 ~前編~

 放課後。晴れて授業から解放された私は、いつものように部室へと向かう。

 教室の中はエアコンが効いているおかげで涼しかったのだけれど、廊下に一歩出た瞬間、熱気と湿気がウザいモードを発動したナツのようにまとわりついてきた。

 こんな所にはいられない。一刻も早くエアコンの効いている部室へ行かねば、と早歩きしたのが問題だった。軽くサウナのようになっている廊下を、比較的早足で歩いたらどうなるか。

 答えは簡単。

 

「…………あっつ………………」

 

 部室棟への渡り廊下を過ぎた時点で、私の頬には汗がしたたり落ちてきていた。

 増して、私が背負っているのはブレン軽機関銃。戦闘中はそこまで感じないけれど、普段から持ち歩くにしては結構な重さを持つ銃だ。教科書やノートはロッカーに放置(置き勉)するにしても、いつスイーツを巡る銃撃戦が起きてもおかしくこの学校で、銃だけは置いておくわけにはいかない。

 一度銃の重さに気を向けてしまったが最後、肩にかかる重さが余計に増えた気がした。

 

「ああもう。なんで、こんなに、暑い、のよ、まったく、く……」

 

 独り言だって出る。寒いのも苦手だけど暑いのも苦手だ。できるならずっと快適な温度の中で過ごしたい――。

 部室に足を踏み入れたときの涼しさという希望を胸に、バカみたいに暑い渡り廊下を歩いて、さらに空調が効いてるのか分かんない部室棟を歩いて数分、やっと放課後スイーツ部の部室のドアの前にたどり着いた。

 顎の下を拭うと、汗がべっとりと手の甲に付いた。化粧は……まぁいいや。ハンカチで汗を拭って、いつものように部室の中の音を窺う。

 そこまでうるさくない。――ということは、宇沢はまだ来てないということ。

 息をひとつ付いて、ドアを開く。

 

「――――あっつ」

 

 私を迎えてくれたのは、熱気を含んだ風だった。

 涼しい風を期待してたところで、これは結構クる。まださっき歩いてきた廊下の方が涼しいと思えるくらいで。眉の間に皺が寄ってるだろうということが、私が一番分かる。

 部室の中には、テーブルに突っ伏すナツと、ヨシミと、宇沢の姿。……なんだ、いるじゃん。

 三人とも下敷きを持っていて、ぺこんぺこんと扇ぐ音が聞こえてくる。

 

「なんでエアコン入れてないの。暑いじゃん」

 

 抗議の声を上げる。三人からの反応はない。ぺこんぺこんと音がするだけ。

 

「あのさ。三人とも我慢比べでもしてんの? 私付き合うつもりないんだけど」

「…………ぁ、きょうやまかずさじゃないですか。おそかったですね」

 

 やっと私の声が聞こえたのか、宇沢がゆっくりとした動きで振り返って、ふにゃふにゃとした声で私の名前を呼ぶ。

 けれどそれだけ。溶けている三人は、私の疑問には一切答えてくれない。

 一秒たりともこんな暑い中にいたくはない。三人がこうなってるのはひとまず無視して、鞄と銃を置いて、部室の中へ。壁に掛けられてあるエアコンのリモコンを取って、エアコンへと向けて、『冷房』のボタンを押す。

 

「……」

 

 押す。

 

「…………」

 

 力を込めて押す。

 

「………………」

 

 爪を立てて押す。

 

「……………………」

 

 連続して押す。

 うんともすんとも言わない。

 

「…………………………」

 

 リモコンも、エアコンも、音も出さないし動かない。

 リモコンの表示を見る。

 『ERROR』の文字が見える。

 眉の間の皺が、余計に深まるのが自分でも分かった。

 

「あ?」

 

 割と本気で、ドスの利いた声が出た。

 部室を見回すと、窓が全開になってカーテンがなびいていた。

 つまり、これは。……そういうことなのか、と思うと。

 

「………………あっづ」

 

 部室の気温が、更に上がったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンビニ袋を下げたアイリがやってきたのは、それから十分くらい後のことだった。

 っていうかアイリをパシらせたのか。ヨシミとナツ、ちょっと後で校舎裏行こっか。

 

「……でね、用務員の人に聞いてみたんだけど、エアコンの修理は早くて来週の月曜日なんだって」

「……うぇ、マジで…………」

「なんだかいろんな所で壊れてるみたいで、私が話してる間にも別の人がやってきて、同じ事言ってたよ」

「そっか。こんな暑いところでパシらせちゃってごめん。言ってくれれば私が行ったのに」

「いいのいいの。最初に部室に来て、壊れてるって気づいたの私だから。アイスも買いに行きたかったし、カズサちゃんは気にしないで」

「…………ん」

 

 アイリにそう言われると、もうそれ以上言えなくなる。

 中央のテーブルには、アイリが買ってきてくれたアイスと、飲み物が並んでいる。窓と入り口のドアを開けて風通しを良くしている分、さっきよりはマシに思えた。それでも十分過ぎるくらいに暑いけれど、目の前のアイスのおかげで、その暑さもほんの少し和らいでいる。

 宇沢の髪色みたいな色をしたアイスを掬って、口へ。舌の上で溶けるラムネ風味のアイスが、じんわりと体を冷やしてくれるような気がする。実際は違うだろうけれど、気分だけでも涼しい気持ちでいられ――

 

「カズサぁ」

 

 などと思っていると、急に背中に重さと暑さを感じた。アイスのおかげでほんの少し感じていた涼しさが、一瞬で吹き飛んだ。

 ナツが私の肩に顎を乗せてくる。重さは別にいいとしてこのタイミングでそれは、マジでやめてほしい。

 

「あぁもう、まとわりつかないよ暑苦しい! ナツ、降りて」

「カズサは涼しいところは知らないかな? ネコっぽいからそういうの詳しいだろう」

「詳しくないし知らない。降りて」

「いーや、そんなことない、カズサなら知ってるは」

 

 口が減らないので振り落とした。ゴンッといい音が鳴ったけど自業自得。

 部室のエアコンがこうなっているのが分かっていたら、宇沢をモモトークで誘ってあの木の下に行ったんだろうけど。来てから知ったのだから、仕方ないと思う。

 暑い中で食べるアイスというのも、また別の美味しさがあるし。よしとしよう。

 

「ということだから、土日は部活動はお休み。来週くらいまで熱中症警戒アラートも出てるし、みんな暑さ対策はしっかりとしてね。おいしいスイーツは健康な体から、ね」

 

 目の前にチョコミントフレーバーのアイスの空き箱を三つほど積み上げたアイリがそう言って、今日の部活動はお開きとなった。

 普段よりもかなり早いけれど、エアコンの効いてない部室にいるのは得策ではない、という判断だろうと思う。

 エアコンが直ったら、アイスシューでも食べようね、などと話をしつつ、校門を出る。

 アイリとナツとヨシミは右側に、私と宇沢は左側に歩き出す。

 

「それじゃあ杏山カズサ、日曜日はよろしくお願いしますね」

「ん、かき氷のお店だよね。いつもの時間にいつもの踏み切り前でいい?」

「ええ! 抹茶小豆練乳黒蜜かき氷のフルーツ乗せミックス、楽しみにしててくださいねっ!」

「おっけ。宇沢、暑いからって寝坊しないでよ?」

「だいじょーぶですっ! 杏山カズサとの約束の日は毎回わくわくで早く起きるのでっ!」

「それ、遠足前の小学生じゃん」

 

 宇沢となんでもない話をしながら、帰り道を歩いて行って、いつもの分かれ道で分かれる。

 今週も宇沢とスイーツを食べに行く。そう思うだけで、一人の帰り道は羽が生えているかのように足取りは軽かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土曜日のお昼前十一時。

 いつものように惰眠を貪っていた私は、モモトークの着信音で目が覚めた。

 発信者は宇沢。

 

 【杏山カズサ】

 【助けてください】

 【エアコンが壊れました】

 【月曜日にならないと修理できないらしです】

 

 立て続けに送られてきたメッセージは、宇沢の緊急事態を示していた。!マークがひとつも付いていないのを見ると、相当テンパってるように見える。誤字ってるし。

 土日の最高気温は、どちらも三十九度の予想になっていて、ニュースサイトでも学校からの通知でも『不要不急の用事でない限り外に出ないこと』だの『室内でもエアコンを適切に使用すること』だの『熱中症対策は万全に』だのと、この夏に見慣れた文面が躍っていた。

 なお、昨日の最高気温は三十七度。キツい温度だけど、まだなんとかなった。

 それが、三十九度で、かつ、エアコンが壊れた、となれば――。さぞキツいだろうな、と思う。

 そして宇沢の事だ、何人かに同じメッセージを送って、返してくれた人の世話になるようなことはしないだろうと思う。私にそのメッセージを送ってくれたということは、私が、宇沢に頼られていると言うことで。

 

 【あー、それはキツい】

 【なんなら、私の家、来る?】

 【土日くらいだったら泊まってもいいよ】

 

 そのくらいは、やってあげたいと思った。大変なときは、お互い様だし。

 一分が経ち。二分が経ち。既読になったモモトークからの返答はない。

 

 【いい、んですか】

 

 その一文が返ってきたのは、たっぷり五分が経ってからのことで。

 

 【いいよ。エアコンないと死ねるでしょ】

 【では、お世話に、なります】

 

 もちろん、こっちの返答もそれなりに時間が掛かった。

 

 【宇沢がいい時間に来ていいから】

 

 そうモモトークに打ち込んで、ふと部屋を見渡す。

 ほどほどに散らかった部屋の様子が見えた。

 

「…………あー、片づけしとこ」

 

 別に、宇沢が来るからと言って取り繕う必要もないとは思うけれど。

 一応、綺麗にしておいたほうがいいと思った私は、ローテーブルの上にある色々を片づけることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 インターホンが鳴らされたのは、それから一時間後の事だった。

 いつまで経っても入ってこないからドアを開けてやると、汗まみれになっている宇沢がいた。

 

「ああもう、ほら。涼しいところ来て。鞄も上着も脱いで」

 

 宇沢の格好は、学校で見るいつも通りの服装だった。鞄はいつも通りパンパンで、服装も半袖の夏服ではあるものの、Tシャツ一枚の私に比べれば、それでも暑そうに見えた。

 実際、宇沢の髪が汗で肌にへばり付いてるし、見るからに息も荒い。

 

「…………ふぅ」

 

 ローテーブルの前に座らせて、麦茶を持ってきて、ついでに宇沢にタオルをぶん投げて。

 やっと暑さも治まってきたのか、宇沢の口から気の抜けた鳴き声が聞こえた。

 

「…………杏山カズサ。ありがとう、ございます。すごく、助かりました」

「いいって。こういうときはお互い様でしょ」

 

 そう言ってやると、宇沢は私の方を見た後に、目を伏せて、そして机の上にある麦茶を一口。

 

「今日も暑いなって思ってエアコンを付けたら動かなくて。外に涼みに行こうとドアを開けたら、お昼前なのに熱気がすごくて……。外はダメだしって思って家の中で我慢しようとしたんですけど、温度は高くなってくばかりで。ああ、これはまずいですね……ってなったとき、杏山カズサの顔が浮かんだんですけど、でも杏山カズサの迷惑にもなるし……ってなって、本当にギリギリまで言い出せなくて」

「本当宇沢ってさ、バカだよね」

 

 思った以上に限界だったらしい。

 

「そんなの、『エアコン壊れたし暑いんで杏山カズサの家で遊びましょう』でいいじゃん。毎週のように食べに行ってるんだし、そんなの迷惑でもなんでもないよ。むしろ部屋で倒れられた方がよっぽど迷惑」

「ですけど、1日以上杏山カズサの時間を使――わっ」

 

 宇沢の頭に掛かっているタオルごと、宇沢の髪をくしゃくしゃと掻き回す。厚手のタオルなのに、割としっとりとした感触があった。もう少し麦茶を飲ませてやった方がよさそうだ。

 

「変な心配しない。私は迷惑してない。以上。

 じゃあ今日明日、私が宇沢と遊びたい。――それでいい?」

 

 口を開いて、何かを言いかけて。そして口を閉じて。

 宇沢は目をぎゅっと瞑って、大きく頷いて見せた。

 

 ――よし。

 

 言葉はなくても、それで十分。

 ひとまず、宇沢にはもう少し休憩してもらうことにしよう。




動いてないのに暑いよ~ って何回言ったか分かんないこの夏。『カズサとレイサの二人はそろそろお泊まりデートさせるべきでは?』と余りに暑くて死にそうになってるときにひらめいた結果がこちらです。長くなるので一旦切ります。前中後編になるか前後編になるかはレイサがヘタレるかどうかで決まります。はてさて。

謝辞。
コミケでもちもち和菓子のスペースに立ち寄ってくださった方、ありがとうございました。
冬コミもレイカズ/カズレイ本を出したいと思っているので、参加する時にはまたよろしくお願いします!
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