「おまたせしました」
店員が両手で持ったそれを、ゆっくりとテーブルに載せる。
宇沢と私の飲み物のコップだけが乗っていたテーブルに、圧倒的な存在感と重量を放つものが加わった。
「おおぉ…………」
宇沢の方から、堪えきれないといった声が聞こえた。私の口からも出たかも知れない。
とにかく、それはデカかった。
喫茶店『王子様とストロベリー』名物のプリンスパフェ。表の黒板には、高さ六十センチ、重さ三.五キロの超ビッグサイズと書かれていた。
向かい側に座っている宇沢の顔どころか、ヘイローすら隠れるほどの高さ。
いつぞやのKOメダを思い起こさせるスイーツの暴力に、思わず口元に笑みが浮かぶのが分かった。楽しみが半分、そして恐ろしさとあふれ出る戦意が残り半分ずつ。
「っと、まずは、と」
プリンスパフェの存在感で意識が既に臨戦態勢に入っていて、手がスプーンに伸びかかっていたのを慌てて戻す。スイーツを食べる前のやることを済ませておく。
スマホを取りだして、写真アプリを起動。まずパフェの全体を撮る。それから、大きさを強調するためにあおりのアングルで一枚。そしてトッピング部分を撮って――としていたところで、パフェの向こうで宇沢がダブルピースしているのが見えた。宇沢の手も含めて撮る。――なお、宇沢本人の顔は写っていなくて、ヘイローの両端が写っているくらいなので、見る人が見ないと宇沢とは分からないと思う。
「杏山カズサ杏山カズサ、このパフェの大きさを説明するためには、大きさの比較対象が必要じゃないですか?」
パフェの向こうからうきうきとした声がする。かと思うと、宇沢がテーブルに身を乗り出して、パフェの横へと顔を近づけた。
――ああ、なるほど。比較対象ってそういうことか。
宇沢らしいなと思った。パフェの頂点に頭を合わせるようにする宇沢にピントを合わせて、一枚。プリンスパフェとツーショットをする、満面の笑みの宇沢がスマホのカメラに収められた。
パフェの深皿の上に盛りに盛られたアイス部分と、宇沢の顔が同じ高さなのに気づいて、ちょっとびびった。デカいとは思っていたけど、実際に身近なサイズで比べてみると、そのヤバさが分かる。
宇沢は相変わらず私の方を向いてピースを決めている。もう一枚撮ってくださいよ杏山カズサ、と言われている気がしたので、もう一枚。ついでにフィルターを弄って、彩度を上げてもう一枚を、とシャッターボタンを押して。
【容量が一杯です。削除してください】
「げ」
エラー音と共に、画面一杯にそんな文字が出た。
嘘でしょ、容量が一杯だなんて。碌にアプリも入れてなければゲームもしてないし。強いて言うなら宇沢とスイーツを食べに行ってるときに撮ってる写真くらいで――、とここまで思って。
もしかして、と思って、スマホの管理画面を開いて――。
「あーーーっ!」
宇沢の騒がしい声がして、思わず耳を倒す。
「杏山カズサ杏山カズサ!!! ピンチですはやく救出しないとマズいです!」
珍しくやけに慌てた宇沢の声がして、顔を上げる。取り皿を手にした宇沢がスプーンを手に立ち上がっていた。
先ほどまでまっすぐに立っていたはずのパフェのアイス部分が、傾いているのが見えた。これはたぶん、間もなく折れて、落ちる。
「――――やばっ!」
「あなたの分の取り皿! はやく!」
「う、うん。はい!」
「傾いちゃうけど許してください。落ちるよりマシです!」
「おっけ、よろしく!」
宇沢の素早いスプーン捌きでアイス部分が次々に取り皿へと救出されていく。取り皿四枚分を全部使って、やっとパフェの深皿の上部部分を移しきることに成功した。
「………………はぁぁぁ…………あ、ぶなかった、ですね……」
「なんか写真撮るのに夢中になっちゃってた。宇沢、ごめん、助かった」
「いえ、いいですいいです。今までも同じ事やってましたし、私も完全に油断しちゃってましたから……」
二人して、はぁぁぁぁとため息を付く。今までスイーツを食べてきた中で、ここまで速さを要求されることなんてなかったから、流石にアイスが溶けて崩れるということは予想していなかった。ひとまず、アイスが机に落ちるという悲劇は回避されたわけで。
「アイスも溶けますし、まず食べましょうか」
「ん、そうしよ」
宇沢も私もスプーンを取り出す。アイスは待ってはくれない。現在進行系で溶けていく真っ最中だ。――まして、これはあくまでも前座。本体は深皿にたっぷりと入っているのだから。
「……あ、この状況も写真に撮っちゃいますね。タイトルは『救出現場』で」
「ふふっ、部のグループトークにでも送る?」
「ですです。みんなに自慢しちゃいましょう」
宇沢を真似して、私の皿の隣で指を二本立てる。
カシャリ、と音がして、宇沢のカメラが私の方を向いた。
「杏山カズサ、ほんの少しだけ立ち上がってもらっていいですか?」
「ん?」
よく分からないけど掌を上にして上昇させるハンドサインでもそう言われたから、とりあえずほんの少しだけ腰を上げる。
「もう少しです。もーうすこ、あ、そこです、ストップです!」
もうひとつ、カシャリ、と音。
「…………へへへ」
何やら宇沢がほくそ笑むのが見えた。なんか碌でもない写真が収められた気がするんだけど。
「いえ、別に変な写真じゃないですよ、ほら」
宇沢がスマホの画面を私に向けてくる。ちょうどパフェの深皿に、怪訝な顔をした私の顔が乗ってるようなアングルになっていた。宇沢のセンスは、たまによく分からないけど。まぁ宇沢が楽しそうだから消させなくてもよさそうだ。
「十分変な写真じゃん。グループの方に載せないでよ」
「もちろんです。こっちは私だけのものにしておきます。……ふふ」
大事そうにスマホを鞄に入れて、そして宇沢はスプーンを手に取る。
皿に救出したソフトクリームを掬って、口に。頬に手を当てて、幸せそうな顔をする。
「はぁぁぁぁ…………ソフトクリームの甘みとトッピングのストロベリーソース、やっぱりこの組み合わせは最強です……」
いつも通りに、いやいつも以上に、ふにゃふにゃとした言葉しか出てない。それはつまり、おいしいと言うこと。
私もほどほどに溶けたソフトクリームに、ストロベリーソースをからめて、一口。
「…………あ、おいし」
「――ですよねっ! 大きいだけじゃなくておいしい。やっぱり予約するだけはありますね!
さぁさぁ残りも食べましょう! おいしいアイスは溶けちゃわないうちに、ですよ!」
アイスを食べては幸せそうに息を吐き、そして再びアイスを食べ――を繰り返す宇沢は、見ているだけで微笑ましい。この宇沢を独占しているのがもったいないと思えるくらいには。
あまりにもアホそうな、もとい幸せそうな顔をしているから、スマホを取りだして。――ああそうだ、容量が一杯になったんだった、と写真一覧を見て、自分の指で画面の半分以上が隠れた写真を一枚削除する。
「宇沢」
声をかける。宇沢の目が私の方を向き、スプーンを口に咥えたまま、私に向けてポーズを決める。あまりにも行儀が悪い姿勢だけど、かえって宇沢らしくもあるから、そのまま一枚を撮った。
もう急ぐ必要はないと、ゆっくりとパフェを食べつつ、宇沢と話をしていて、話題は写真の話になった。
「そういやさ、私のスマホ、もう容量一杯になっちゃってさ。そろそろ宇沢みたいに、クラウドに保存した方が良いかもしれないって思って。宇沢は写真とかどうしてる?」
「私ですか? そうですね、きょ――えーっと、お気に入りの写真はクラウドに保存して、時々写真をパソコンの方に移したりして整理するーって感じですかねぇ」
「ふぅん、そっか」
私も宇沢も、スイーツを食べる時は写真を撮って残してたりするし、宇沢はお店の看板とか内装とかも撮ったりしてる。私以上に容量の問題はあると思っていたけれど、いいこと聞いた。あとでやり方調べてみよ。
画像フォルダを上からスライドさせてると、大体去年の秋口から写真の量が途端に増えだしているのが分かる。スイーツだけの写真だったらまだ容量は余ってたはずなんだけど、途中から宇沢の手が入った写真だとか、変なポーズをする宇沢の写真だとか、クリームブリュレの表面を焼く動画だとか、チョコレートフォンデュに苦戦する宇沢の動画だとか――スイーツ単体以外の写真が増えた結果が、これ。
……あー、これ、遠回しに宇沢のせいとも言えるなぁ。
「杏山カズサも、結構スイーツの写真撮ってますもんねぇ」
「そう、ね。部の面々に見せたりとかで結構使うし。ほら、これ、先生にもらったバーゲンダッツの新味」
「わぁ、こんな味が出たんですね! っていうか先生からもらうのズルいです」
こんな感じで、宇沢と食べてないスイーツを見せるときに役立ったりする。
「偶然バス停で会ったときにね、……宇沢、なんで蹴んの」
「ふーんだ。私まだ貰ってないのに」
なんでか分かんないけど脛を蹴られた。
◇◇◇
「…………」
「…………」
パフェを食べ始めて、一時間ほどが経って。
最初はおいしさで割と順調に食べていた私たち。パフェの深皿が三分の二ほどになったとたん、私たちの手はぴたりと止まった。不思議なほどに、ぴたりと。
「……宇沢、まだ、いける?」
「…………あなたほ方は?」
「ダメ、じゃあないんだけど、なんか手が止まってる」
「私もそうです。お腹がいっぱいって訳じゃないんですけど、なんか、なーんか……」
食欲お化けの宇沢も、今はスプーンを手放して水をゆっくりと飲み続けている。KOメダのときとは違う、満腹感とも違う感覚が私たちを襲っていた。このまま時間を置いて残りを食べられるかと言えば。……正直分からない。
「私たちも、救出をお願いした方がいいでしょうか……?」
宇沢から提案が入る。どうやら同じ事を考えていたようだ。
私の方からならともかく、宇沢の方から提案が入るとすると、相当だと思う。
「…………そう、しよっか」
「じゃあ、グループトークに送りますね」
宇沢がスマホを取りだしてから数秒後、モモトークに宇沢の発言が表示された。
【助けてください】
【救出求む】
流石にその二つだと誤解を招きそうな気がしたから、私の方で補足をしようとして――
【今向かってる】
とナツから。
【ビッグパフェ追加で。もちろんカズサのおごり】
ヨシミから。
【チョコミントアイスある?】
アイリから。それぞれ瞬間的にモモトークが飛んで来た。
その速さはまるで、三人ともが示し合わせているかのような速さで。
「……ん?」
宇沢を見る。宇沢もスマホを見ながら、きょとんとした顔をしていた。
「や。二人を助けに来た」
ナツを先頭に放課後スイーツ部の面々が来たのは、宇沢のモモトークから五分も経っていない時間だった。
「え? ……えぇ? 皆さん、早すぎませんか?」
「私たちを甘く見てもらっては困る」
ナツは無い胸を張って、そして盛大にドヤ顔を見せる。そして私の隣の席に座って、背もたれに腕を回したかと思うと、したり顔で指を振る。
「トリニティ周辺でそれだけのビッグサイズのパフェを出すのはここ、『王子様とストロベリー』しかない。壁紙の柄にも見覚えがあったからね。そしてここのプリンスパフェは、どれだけ大食らいだとしても、甘味が満腹中枢に作用するため、胃の大きさ如何に関わらず途中で食べられなくなるのは明白だ。そしてグループに送られてきた写真に写っていた袖はカズサのパーカーのもの。レイサが送ってきて、カズサがいる、しかしそれ以上の人物は居ないということは安易に予想ができる。ゆえに二人が食べているものは食べきれる量では決してないと判断し、私は二人に連絡を取り、ここへと向かってきていた――というわけだ」
長いので一言でまとめれば。――何から何までお見通しだった、というわけで。
「むしろ、二人でよくここまで食べたわねって思うけどねー。さ、五人で食べちゃいましょ。それで溶けてないパフェを皆で食べましょ。ああ、モモトークで言ってたけど、もちろんカズサのおごりね」
「いや、まぁいいけどさ。食べてもらうのは嬉しいし、残りを食べてもらうだけってのは気が引けるからね」
「よし。ねぇアイリ、ここチョコミントアイスはないみたいなんだけど、ベイクドチーズケーキといちごのタルトがおいしそうなんだよね。分けて食べない?」
「わ、おいしそう! ちょっとずつ食べたら丁度いいかも。ヨシミちゃんのパフェも分けて食べよ?」
「もちろん。そのためのビッグパフェだからね」
なにやら向かい側でひそひそと作戦会議が行われている。かと思うと、隣に座るナツが私の方を見て、にんまりと笑みを浮かべて。
「私はショコラトルテをお願いしようかな」
「うん、分かったから好きな物頼みなよ。私が出すから」
店員を呼び、注文をする。
ついでに私と宇沢は飲み物を追加で注文した。頼んだのは、もちろんウーロン茶。
「では、臨時の放課後スイーツ部の活動を始めようか」
王子様とストロベリーの奥側、複数人が座れるテーブルが集まる一角で行われた、臨時の部活動。
テーブルに並んだ数々のスイーツが並んだ光景が、私のスマホの画像フォルダに収められた。
公式のツイッター企画で、カズサが写真について言及していたのを見て、おそらく去年の9月くらいからカズサの写真撮る写真が増えまくってるんだろうなぁって思ったらこんなお話ができていました。
最初はスイーツの写真だらけだったのが、後にレイサ本体も写真に残り始めてたら尊いなぁと思うんですがそんな概念いいと思いませんか。思いますよね。ありがとう。握手してください。
閑話休題。
作中に出ている巨大パフェは元ネタがありまして、武蔵小杉にある『王様とストロベリー』というお店のパフェが元です。一度友人達と行きました。めちゃめちゃデカかったしめちゃめちゃおいしかった。確か7人くらいで2つを頼んだんですが、それでも夜ご飯がいらないレベルでお腹いっぱいになったので、作中のように二人で行くとリアルにああなります。マジで。