宇沢との喫茶店でのパフェ会が、急遽放課後スイーツ部の部活動となった、その日の夜。
「あー………………」
私はベッドの上に寝転んで、ずっと天井を見上げていた。
何というか何もする気が起きなくて、日曜日の貴重な夜がただただ過ぎていく。
やりたいことも、やらなきゃいけないことも、それなりにあるはずなのに、それでも体はベッドの上に縛り付けられたみたいに動かない。
――理由なんて、考えるまでもなく一つしかない。
「パフェとか普通、そんなお腹に溜まるもんじゃないんだけどなぁ……」
全ての原因は、宇沢と一緒に挑戦し、そして放課後スイーツ部の面々に救援を頼むこととなった巨大パフェ。
別にお腹を壊したとかそういうのじゃないんだけど、お腹いっぱいな状態が昼過ぎからずっと続いていて、夕ご飯を食べに行く気にもならない。
宇沢は……きっと元気にご飯を食べたんだろうなって思う。胃袋は頑丈そうだし。
「あー…………そういえば……」
宇沢で思い出した。
今日のパフェの写真を撮っていたら、容量が一杯になったんだった。宇沢に聞いたら必要な物はパソコンに移しているらしい。
帰ったらやろうと思っていたのを思い出した。
「…………うー…………」
思い出した、ところまではいいのだけれど、どうにもこうにも体が動かない。
ベッドから降りて、パソコンの電源を付けて、スマホを繋いで、データを転送する――という、銃撃をするよりも簡単な操作のはずなのに、やる気がこれっぽっちも湧いてこない。
「あー…………、いや、中身だけでも整理しとこ」
どうせ明日も部活はあるし、誰かの注文でスイーツを食べることになるだろう。初めて食べる物だったら写真を撮っておきたいのだけれど、あいにく私のスマホは今日の分で目一杯になった。
つまり、部活の前に面倒くさいけど画像の整理はしなきゃいけないということで。明日の私に任せたいところだけど、明日、昨日の自分をぶん殴りたくなる自分が目に見えてる。
やんなきゃなぁ。面倒だけど。
体勢を変えて、枕を胸の所に持ってきてうつ伏せの体勢になる。
仰向けでスマホを見てると、落としたときに額とか鼻に当たって、情けないやら切ないやら、なんとも言えない気持ちになるから。事故は未然に防ぐことにする。
スマホの画像管理アプリを起動する。今日撮った写真が表示される。スプーンを口に咥えたままポーズを決める宇沢のアホ面が、一枚目に表示される。思わず吹き出しそうになった。
――まだこのときは、パフェを全部食べきれると思っていたんだよなぁ、と、その時の状況も、思っていたことも、頭の中にありありと浮かんでくる。その後の状況も含めて、この一枚は長らく話のネタにできそうだな、と思った。この写真にタイトルを付けるなら、『このときはまだ知る由も無かった』とか、かな。
一覧で見ていくと写真のブレとかが分からないから、一枚一枚スライドして見ていく。
新しい順で見ていくと、スイーツよりも宇沢が写った写真の方が多いな、と感じる。
決して弁明するわけではないけれど、宇沢を撮ろうとしているわけじゃなくて、スイーツを撮ろうとしたら宇沢が勝手に映り込んできただけだ。決して宇沢を撮ろうとしたわけじゃない。偶然宇沢が入っただけ。そしてその頻度が、割と最近は多いというだけ。
満面の笑みだったり、変顔をしたり、遠近法で遊んでいたり、スイーツに目を輝かせていたり、口いっぱいに頬張って幸せそうだったり――いろんな宇沢の表情が出てきて、見ているだけで笑みが浮かぶ。本当、楽しそうだなってのが、写真から伝わってくる。
更に遡ると、宇沢の顔よりも宇沢の体の一部が写った写真が多くなってくる。ピースした手だけだったり、ヘイローだけだったり――この頃はやっと写真に慣れたけれどまだ遠慮がちな頃だったな、と感じる。
もっと写真を遡る、ナツに羽交い締めにされる宇沢の写真があった。
これはカメラを向けられるとすぐ逃げていた宇沢を、なんとか写真に写そうとしたときのだ。カメラを持っているのが私だから、私が宇沢を捕まえることはできなくて、ナツに手伝わせたんだ。
それ以前は、本当に宇沢の姿は映ってなくて、スイーツの写真ばかりが並ぶ。
そしてパンケーキとマカロン、オレンジジュースとアイスコーヒーが並んだ、茶色いテーブルの写真に行き着く。日付は9月9日。宇沢と、初めてカフェでスイーツを食べた日だ。
「――――懐かしい、な」
あれから一年と少し。それ以前の写真はと言うと、放課後スイーツ部の面々と食べたスイーツの写真が数十枚あるだけ。この日を境に、写真を撮る枚数が格段に増えた。
「…………って違う違う。懐かしさに浸ってるんじゃなくて」
宇沢との思い出に浸りかけて、はっと我に返る。
写真の中身にばかり気を取られて、元々の目的の『ブレた写真を探す』方を忘れていた。
頭を振って雑念を取り払って、もう一度写真を一枚一枚見ていく。あくまでもこれは変にブレた写真を消すためだ。
写真の一枚目から、一枚一枚スライドさせて見ていく。放課後スイーツ部の集合写真が出てきた。アイリの隣に座る私の顔がぎこちない。
更にスライドさせる。パンケーキとマカロンの写真が出てきた。スイーツだけの写真から、やがて人物も写った写真が増えていく。この写真はトリニティで食べたもの。この写真は皆で遠征して食べたもの。ああ、この写真は宇沢とスイーツ店をハシゴして食べたもの。この写真は初詣の時に約束したチョコレートフォンデュ――。
放課後スイーツ部との、そして宇沢との思い出が、このスマホの中に込められている。
ブレた写真も含めて、全部が大切で、全部が捨てきれなくて――結局今日の宇沢のアホ面の写真まで全部見たのに、削除できる写真は一枚もなかった。
本末転倒とはこのこと。
「…………うーん、どうしよっかな」
一枚消して、けどその分宇沢の写真を撮ったから容量は完全に一杯だ。
明日の部活動で問題が再燃するのは火を見るよりも明らかで――。
「――――よし、もっかい宇沢に聞いてみよ」
パフェを食べているときも軽く聞いたんだけど、詳しいところは聞いてなかったし。パソコンの前で聞いたら詳しいやり方も教えてもらえるだろう。
――あと、写真を見ていたら、なんとなく宇沢の声が聞きたくなったというのは、まぁ宇沢には言わないでおく。
ベッドから降りる。
さっきまでのだるさは不思議となくて、すんなりとベッドから降りられたことに気づく。……さっきまでのは何だったんだろ。まぁいいか。
パソコンデスクの前に座って、モモトークを起動して、一番上の『宇沢』と表示されている相手を選択。通話ボタンをタップ。
ピロリロリロリンと軽い音が流れて、それが2回くらい流れた後に呼び出し音が途切れる。
「きょ――杏山カズサ!? どうしたんですか!?」
なにやら電話の向こう側は慌てている。
「え、なにが? むしろそっち大丈夫? 戦闘中とか?」
「何が? じゃないですよ。モモトークじゃなくて杏山カズサの方から電話掛けてくるだなんて、緊急事態とかですか、緊急出動できる準備できてますよ!?」
「いや落ち着いて。そういうんじゃないから」
「あ、そうでしたか。失礼、しました。てっきり
驚かせたのはほんの少しだけ申し訳ないと思う。でも私から連絡するのはそんなに珍しいだろうか、とも思う。
「杏山カズサから緊急でもない電話だなんて。……明日は大雪でしょうかね」
割と散々な言われようだった。
「よし、切ろ」
「わーっ! 待って! 待ってください!」
焦った声と共に、電話口の向こうで宇沢は正座するのが見えた気がした。
宇沢、春が過ぎた辺りから私に遠慮なくなってきたな、と感じる。――ま、遠慮しっぱなしだった頃よりはよっぽどいいとは思うけどさ。
「ふふ。あ、それでさ、宇沢に聞きたかったことがあったんだけど――」
◇◇◇
「…………ふふ、そうそう、それでさ、宇沢が前連れてってくれた山海経――の”!?」
「……ど、どうしましたか!? なんか女の子が出しちゃいけない声出ましたけど!?」
ふと視線を上げて時計を見た瞬間、変な声が出た。しかもその声がしっかりと宇沢に聞こえちゃったのが恥ずかしい。
「や、ごめん、時計を見たら、ちょっと」
「時計……? ああ」
電話を何時に始めたかは分からないけれど、気がつけば24時を回ろうとしていた。
テッペンを超えると割とよろしくない。――特に、肌とか、そっちの方で。
「杏山カズサは寝る時間ですか?」
「いつもの寝る時間はもう過ぎちゃってるけどね。ごめん、話すの楽しくて時間見てなかった」
「――――――、いえいえいえいえ、私も全然見てなかったです。明日は月曜日ですもんね」
宇沢の言葉にラグがあった。宇沢も眠いのかな、と思う。
「宇沢は、これからパトロールとか、はないんだよね」
一応、念のため聞いてみる。パフェ会の後のパトロールとか、私なら死んでも嫌だから。
「ええ、今日は外回りはしないで、このまま寝ようかと。やるとしたら部活の無い平日ですかね」
それを聞いて、安心した。
安心したと思うと、ふと、欠伸が出る。思った以上に私の身体は正直なようで、電話口の向こうからくすりと笑う声が聞こえた。
「じゃ、そろそろ切りますかね。杏山カズサも眠そうですし」
「や、眠くはー……いや、欠伸出てるし、眠いのかも。宇沢も寝て、体力回復させときなよ」
「あなたも、ですよ。寝不足で授業中寝ないでくださいね」
それはちょっと難しいかなぁ、とは思うけど、一応言わないでおく。
「授業はー、ま、良い感じにってことで。じゃ、お休み。また明日ね」
「ええ、また明日。おやすみなさい」
宇沢の声を聞いて、通話終了を押す。受話器のアイコンの下に、2時間30分と出ていた。
「げ。…………や、よく話したなぁ」
パフェ会で散々話したのに、今までの写真を見ていたせいで思い出話がめちゃめちゃ弾んでしまった。
宇沢と電話するのはまぁあるとしても、こんな時間まで話したのは初めてな気がする。
――まして、寝る前の挨拶をするだなんて。
「…………おやすみ、か」
ついこの間の、宇沢が家に泊まりに来たときのことを思い出す。
土曜日はともかくとして、日曜日はちゃんとそれぞれに敷かれた布団の上に寝たのだけれど、電気を消してからも結局話し込んでしまい、気がつけば深夜も深夜だった。
眠りにつく前に宇沢と交わした「おやすみ」という何気ない挨拶がどうにもこうにもくすぐったくて、寝るのにちょっとだけ時間が必要だったのは記憶に新しい。
そして今も。
「…………ふふ」
割と、胸がくすぐったいのが、抑えきれない。
これからスマホの写真を移そうものなら、寝る時間が間違いなく減る。今日はひとまずその作業は後回しにしておこう。作業だけなら明日の朝でもできるし。
ひとまず、今日は良い気分のまま、ベッドに入ろうと思う。
「――――おやすみ」
もう一度だけ、口にしてみた。
胸がうきうきと、そわそわと、むずむずとして。
口元が、緩んでいるのが手を触れなくても分かった。
レイサは当初、割といろんな理由から写真に写りたがらないタイプなのだけれど、段々とカズサたちに慣れ始めた結果、自分から写ったり写真で遊んだりしそう。
カズサのスマホの写真を見ると、レイサの変遷が丸わかり。そんな状態になってたら尊いなって思いながらこの作品を描きました。
2022年9月11日に初めてのレイカズ作品『あなたと食べる幸せのパンケーキ』を投稿して、毎週レイカズ/カズレイ投稿し続けていたら、気がつけば丸一年が経っていました。
私の感じる、そして私が『好き』な、カズサとレイサの物語をひたすらに書いてますが、それを好きと言ってくれる人がいてくれることはとても嬉しいなと思います。見てくれるみなさん、いつもありがとうね。