秋。
今年の嫌になるくらいに暑かった夏を乗り越えてやってきた秋。
秋と言えばそう、食欲の秋。
そして、秋と言えば、そう。スイーツフェス。
◇◇◇
「や」
いつものようなゆっくりとした足取りで、ナツが集合場所の正門前へとやってくる。
まったく悪びれる様子もなく、軽く手を上げて挨拶をする。
――のを、私はヨシミが飛び出そうとするのを必死で防いでいた。
「ナツ! あんたねぇ! 毎回毎回遅れてきて! あっち見てよ!」
ヨシミが勢いよく指を指す。ひゅんっと風切り音が聞こえるくらいの速さで振られた腕は、頭を下げなければ私に直撃していた。――もしそうなったらナツだけじゃなくヨシミまでシメなきゃいけなかっただろう。
ヨシミが指差す方向、『第一回 トリニティ駅前スイーツフェス』と書かれたアーチ型の入り口の前には、生徒がずらりと並んでいた。それはもう、嫌と言うほどに。
トリニティの制服だけではない、見覚えがある制服もちらほらと見える。――当然ながら全員銃を持っている。
「入場入り口ですらあの列! 私たち遅れちゃってるじゃん! どうすんのさ!」
「どうするもこうするも」
ナツはヨシミの指先の方角を見て、大仰に頷く。
「並ぶしかないだろう」
極々当たり前のことを、当然の様に言う。
「だぁー! かあー! らぁー!」
「はいはい、どーどー。落ち着いて。ヨシミ、ペロペロキャンディでも舐める?」
「子どもみたいに言わないで! っていうかカズサ、離して! 一回絞めなきゃやってらんない!」
ヨシミも割と実力行使に出るようになってきてて、やることの子どもっぽさが以前よりも増したような気がする。
「そもそもさ。まだ集合時間五分前じゃん。ナツ遅れてないのに絞められるの不憫じゃん?」
「それでも! あの列見たら今行かなきゃってなるじゃん! モモトーク何回も送ってるのに返ってこないしさ!」
今にも暴れ出しかねない
「あ」
そう、一言鳴いて。
「すまない、電池が切れてたようだ」
澄ました顔でそんなことを言うものだから。
「もぉ――――――!」
ヨシミを力づくで押さえるのに、宇沢の手も必要だった。
あまりにもうるさいので一発ボコった。静かになった。
◇◇◇
『秋と言えば食欲の秋。食欲の秋と言えばスイーツの秋。スイーツを心ゆくまで存分に!』 という長すぎるキャッチコピーが添えられた、『第一回 トリニティ駅前スイーツフェス』は、駅前のトリニティ通りにある店を中心にしたスイーツフェスだ。店によって、キッチンカーや屋台といった形態は異なるけれど、統一しているのは、どの店もスイーツを出している、ということ。
出店している店の数は50を越えているらしい。いつぞやに宇沢と行った秋祭りとは、また規模が違う。お祭りの1コーナーではなく、完全にスイーツのスイーツによるスイーツのためのフェスだ。
だからこそ、このイベントの告知が出た瞬間から我らが放課後スイーツ部は綿密に綿密な作戦を立て、この
作戦はこうだ。まず全員で
私が食べる場所を確保し、取られないようにするのは花見でやってるし慣れたもの。私が好きなスイーツは宇沢が知ってるし、作戦会議の時点で宇沢が『杏山カズサの分は私が買いますから!』と言ってくれたので、任せることにした。――その時にヨシミから脇を小突かれたのは言うまでもない。
ともあれ、長い待機列を越えて会場入りした私たちは、作戦通りに動き、無事その一時間後には大きなテーブルの上に、大量のスイーツを並べることができていた。
放課後スイーツ部の連携の賜であり、作戦勝ちと言ったところだろう。
「それじゃ、食べよっか」
アイリがチョコミント色をしたスイーツを目の前に大量に並べて、嬉しさが堪えきれないといった声を出す。アイリだけじゃなくて、宇沢もナツもヨシミも、全員が全員、同じ表情をしていた。私の目の前にも宇沢が買ってきてくれたパンケーキやマカロンが並ぶ。
――いただきます!
と声と共に、臨時の放課後スイーツ部の部活動が始まった。
「杏山カズサ杏山カズサ、どうですかどうですか?」
一通り写真を撮ってから、正面にあるパンケーキの一口目を口にしようとしたとき、隣から脇腹を小突かれた。痛くはないけどくすぐったくて吹き出しそうになった。正面に居るのがヨシミなのでよかった。
隣を向く。ドヤ顔をする宇沢の顔がすぐ近くに見える。
「杏山カズサが買いそうなものセレクション、結構自信ありますよっ!」
「まだ一口も食べてないから」
そう言っておいてから、一口。舌先に感じる甘さはほどほどで、パンケーキのふんわりとした香りとブルーベリーソースの酸味、そしてクリームの濃厚なミルク感が絶妙にマッチしている。ああ、この味は――。
「ふっふっふ、流石は杏山カズサ、分かりますか」
隣から勝ち誇ったような声がする。
「これ、あそこのお店のじゃん。しかも
「ふっふっふっふっふー、もっと褒めてください。頑張ったんですから!」
頭を出してくる。撫でろということだろう。がしがしと撫でてやると、満足そうにむふーと鼻息を漏らす。パンケーキがこうであるなら、おそらくマカロンも私がよく行くお店の物なのだろうと想像ができる。一緒にお店を回ってきたからこそできる宇沢のセレクトに、嬉しさが浮かぶ。もう少しだけがしがしと撫でてやる。
「はい、カズサちゃん、場所を取ってもらったお礼」
アイリの声が聞こえて、顔を上げる。目の前には、プラスチックのフォークに刺さったワッフルがあった。その上にはチョコミントアイス。
「一日目限定フレーバーなんだって。カズサちゃん、さぁさぁ」
ずいっとフォークを突きつけられる。口を開けると、フォークごとワッフルを口の中に突っ込まれた。
「ね、おいしいでしょ?」
咀嚼して、しっかりと味わってから飲み込む。チョコよりも圧倒的にミントの風味が強いのに、全然苦くもなくてくどくもない。吐く息も気持ちがいい。あ、これは……
「おい、しい…………」
「ふふ。だよね。カズサちゃんにも食べてもらいたかったんだ」
優しい顔でほほえむアイリに、釣られてほほが緩むのが分かった。
「……あ」
アイリが私の顔を見て、何かに気づいたように声を上げる。
「ちょっとそのまま、動かないで」
制するように言ったかと思うと、袋に入った手拭きを取りだして、そして私の顔にそれを近づけた。
口元に冷たい感触があったかと思うと、アイリは「うん、よし」と満足げに頷く。
「カズサちゃんの口元にチョコソース付いてたから。取ってあげなきゃーって」
「…………い、いや。それなら言ってよ。自分で取れるから」
恥ずかしさやらなんやらで、体温が上がるのが分かる。少しばかり汗も出てきた。
「いいからいいから。私が取ってあげたかっただけ。カズサちゃんはここで待ってもらってたぶん、いっぱい食べて?」
「…………ん、そうする」
「あ、こっちも食べる? サツマイモのフライに、チョコミントソースのディップがね? あ、食べさせてあげよっか、はいあーん」
「い、いいから! 自分で食べられるから!」
「そう? じゃあ、はい」
細長く切って揚げられたサツマイモが入った紙コップと、チョコミントソースが入った紙コップが渡される。サツマイモにチョコミントソースを付けて、食べる。――絶妙な味だった。
「…………もう」
さっきからアイリに振り回されっぱなしで、心臓が休まらない。
アイリは先ほどから、場所を取ってくれたから、とか言って、次から次へとスイーツを分けてくれる。油断しようものならあーんまでされる。
アイリは世話好きだから、そういうのをするのも分かるし、私としても、そうされるのは、嬉しい――その反面、やっぱり、恥ずかしい。まして、放課後スイーツ部の面々が集まる場所だし、他の人の目もあるし。
「はい、カズサちゃん!」
「…………ん、もらう、ね」
「それ、とってもおいしかったんだ。ホワイトチョコとミントのチョコミントでね、色合いも――」
それでもアイリのスイーツ攻勢は止まらない。にこにこと嬉しそうなアイリから、次々餌付けされる。
夏もほどほどに過ぎて、気温はそこまで高くは無いはずなのに。
私の周りの空気だけは、やけに暑くなっている気がした。
カズサに対してお姉ちゃんしているアイリが書きたかった!!!
以上です。
いつもはレイサに攻め攻めなカズサ。時には受けに回ってこういう可愛い面が見えてたら可愛いなって思うし、そんな照れカズサを放課後スイーツ部の面々が微笑ましそうに見ててほしい。
そんな空気感の五人、いいと思います。