「きゃすぱりーぐぅ~~~~~」
「………………」
コレはなんなんだ、と思う。
いつものように部室に入ったら、アイリとナツとヨシミと、なぜか当たり前のように宇沢がいて。私にすり寄ってきたかと思ったら急に抱きついてくるし、放そうとしても離れる気配がないし、私の胸に頬ずりしてくる。なんならその姿勢のまま深く深呼吸。
なんなんだ、コレ。
宇沢レイサの姿形をした、けれど別の、何か。
「ねぇ、これ……」
「それは、悲しい事故だったんだ……」
重々しい声色で、ナツが語る。
「それは、避けようがなく、そして唐突に訪れた、言うなれば自然災害のような……」
「手短に」
前口上が長いのはナツのいつものことだけれど、今日ばかりは遮らせてもらう。
宇沢の腕の力は意外と強く、体から引き剥がそうともうまくいかないでいる。ヨシミあたりは『そのままでいいんじゃない?』と視線で語ってくるけれど、コレの口元からよだれが見え隠れしている以上一刻を争う。
「あのね、先生がちょっと前に来てくれて……」
「先生が? なんで?」
ナツの代わりに声を上げたのはアイリだった。
「特に理由も言わなかったし、少しお話するだけで帰っていったんだけどね。帰り際に、『もらい物だけど、みんなで食べて』ってお菓子の箱を置いていってくれたの」
「へぇ」
先生が来たのは意外だった。先生は私たち生徒にお願いされれば、様々な形で動いてくれる。――実際、私もお世話になったわけだし。放課後スイーツ部の誰かが先生に相談している、というのは聞いたことないし、私の相談はもう終わってるし。
もしかしたら、本当にただの気まぐれなのかもしれない。私たちがお菓子好きだからと、そんなだけの理由なのかもしれない。深く考えなくてもよさそうだ。
「……で、先生とコレに何の関係が?」
あまりにもちょうどいい場所に頭があるものだから、危うく流れで肘鉄を入れそうになる。暴力はよくない、うん。
「えっとね、カズサちゃん。この箱、チョコレートがたくさん入ってて、結構お高い感じのものみたいで。その中のひとつがね……」
「…………あー」
なんとなく、見えてきた気がする。部屋に充満する、チョコレートの甘い香り、の他に。『芳醇』だとか『甘ったるい』だとか、そんな系統の香り。――まだ私たちには、何年かばかり早い、その香り。
「アルコールが入ったチョコがね、入ってたみたいで……」
「いや、待って」
やっぱり、と思うその一方で、それはおかしい、とも思う。
「入ってるアルコールなんてごくごく少量でしょ。なんでこんなになるの」
「うーん、それがわかんないんだけど……。レイサちゃんがこうなったのは、チョコを食べた後だから、考えられるとしたらそれしかなくって……」
困ったようにアイリは頬に手を当てる。
私に抱きついている宇沢を見下ろす。ふにゃふにゃに緩んだ顔は、笑えるくらいに赤らんでいる。念のため額に手を当ててみる。熱自体はない。
「ふにゃあ」
気の抜けた鳴き声ひとつ。いつも爛々と見開かれている瞳はほぼほぼ閉じられていて、こっちのことが見えているのか見えていないのかわからない。
「きゃす、ぱりー、ぐぅ……。ん、しょ……」
久しぶりにその名前を聞いた、かと思うと、宇沢は自分の額に添えられている私の手を両手で取って、それを自分自身の頬へと持ってくる。
そして、自ら頬を手にすり寄せてくる。ちょっと前にヨシミが動画で見せてくれた、子猫の仕草に少しだけ似ている。
「え、なにこれかわいい」
パシャリ、とヨシミがスマホのカメラを構え、撮影する。
「動かないで。カズサも、そう、そのまま」
シャッター音。なぜか二枚目は私もその中に入っていた気がする。ちょっと待て。
「いや、助けてよ、ヨシミ。私動けないんだけど」
「え、いいじゃん。珍しいとこ見れてるんだしさ」
パシャリパシャリとシャッター音は続く。私の言葉は完全に無視される。
「ナツ」
遠巻きに私を見ている二人に目線を向ける。
ナツは目を輝かせて無言で親指を立てる。後で一発叩いておこう。
「アイリ」
そして放課後スイーツ部唯一の良心とも言えるアイリはと言えば。困ったように笑うけれど座ったまま。
孤立無援とはこのこと。困った。
「……ねぇ、コイツ殴って目を覚まさせていい?」
「いいわけないでしょ。せっかくカズサに甘えてくれてるんだから相手してあげなきゃ」
撮影は終わったのか、いつの間にか自分の定位置に戻ったヨシミは、頬杖をついて私の方をにやけ顔で見る。この状況を一番楽しんでるのはヨシミだろう。コイツも後で叩く。
「人ごとだと思って……」
三人の目が私に向いているのがわかる。そして自分の眉の間に、皺が出来ているのもわかる。思わず、ため息が出る。このままだと先生のチョコにありつけない。
ああもう、と宇沢を再度引き剥がそうと、して。
「ひゃんっ!?」
頭に、そして体全体に、ピリッとした感覚。
「ふへへへ、いい気持ちぃ……」
目を開く。宇沢の手が、私の頭上に伸びていた。耳に感じる、手の感覚。力加減とか一切関係なく、むしろ痛いくらいに、宇沢は私の耳に振れてくる。
「――――~~~~ッ!」
気がつけば宇沢の脳天に肘鉄が入っていた。ゴンッといい音がして、宇沢の手が力無くずり落ちる。
危機は去った。ひとまず、去った。のだけれど。
「…………」
顔を上げる。放課後スイーツ部の三人――特に、ヨシミと、ナツ――の、得物を見つけた肉食獣のような目が、私に突き刺さる。
「なんか、聞こえたね?」
「ふむふむ」
「………………」
やってしまった、と思うにはもう遅すぎた。
ヨシミとナツが立ち上がるのが見える。私も立ちたい。逃げたい。宇沢が邪魔で動けない。
アイリ――と視線で助けを求める。苦笑いされた。
「……………………」
わきわきと手を動かす二人。銃は――いや、部室で銃をぶっ放すのは宇沢だけで十分。
それはつまり。つまるところ。詰み、というやつで――。
二人の影が。私を覆った。
◇◇◇
「………………」
宇沢の頬は、柔らかかった。
力を入れて伸ばすと、思った以上によく伸びる。そして少しばかり反応を見せるも、起きる気配はない。
結局。
私が反撃できないことをいいことに、ナツもヨシミも遠慮は無かった。散々私の耳をいじくり回して、反応を楽しんで――。今は定位置に戻り、頬をつやつやとさせて先生からのチョコを食べている。
私はと言えば、アイリが食べさせてくれた一つだけ。
いつの間にか宇沢の頭は私の膝上にあって、膝枕をするような体勢。もちろん、動くことはできない。
憂さ晴らしにできることと言えば、宇沢の頬を伸ばすだけ。手触りは大福のそれ。そしてマシュマロよりも弾力があって、ほどよく伸びる。
無防備なアホ面を晒す宇沢は、幸せそうに寝息を立てている。
――私が大変な目にあったと言うのに。
ほんの少しの恨みを込めて、宇沢の頬をつまんで、伸ばす。
「んにゃ…………。きゃ、す……ぐぅ……」
言葉にならない寝言を漏らすのを聞く。まだ耳の部分がむずむずする感覚がある。
「……………………はぁ…………」
今日一番、長いため息が出た。
宇沢が絡むと、なんでもない部活動の時間が、時々騒がしくなる。
それまではそれなりに騒がしかった部活動。今はその頻度が、少しだけ多くなった。
「…………まったく…………」
とりあえず、
明日か、その後か。何も知らない宇沢が部室にやってきたら、とりあえず一発、頭を叩くことにしよう。
◇◇◇
「な、ななななな」
気がつけば、私は部屋のベッドにいた。放課後スイーツ団の部活動に混じって、先生にもらったらしいチョコを食べて、なんだか私が知ってるチョコと違う風味がして――。
で、その後は覚えていない、のだけれど。
「なんですかこれーーーーっ!?」
スマホに通知があるのに気づいて、ヨシミちゃんから送られてきていた画像には、私が写っていた。
杏山カズサの手を両手で持って頬に当てている私の写真。
なんですかこれはコラ画像ですか合成ですか。
慌ててヨシミちゃんにモモトークを送る。
『なんですかこれ???』
『レイサ、覚えてない?』
『何のことですか?』
『ふーん』
すぐ返信が来て、それで止まった。
「え…………。一体、何が……?」
私の呟きには、誰も答えてくれない。
でも、どこか。胸の奥底に。ふわふわとした、気持ちよかったというイメージのような何かが、残っている気がした。
放課後スイーツ部で事故が起こったお話。レイサは絶対アルコール弱いと思う。酔ってふにゃんふにゃんになったレイサは可愛い。猫ムーブしたレイサの写真は、きっとヨシミによって猫耳と尻尾が書き加えられてるのでしょう。見たい。
あとカズサは絶対お耳弱いと思う。たとえ後で殴られたとしてもさわさわしたい。
そんな放課後スイーツ部のお話。