レイカズ/カズレイ作品 短編集   作:みょん!

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ヘアゴムと朝の騒動と新学期

 ――それは、春休みの後半も後半。課題を終わらせた記念でミセドの春限定ドーナツを食べていたときのことだった。

 

「そういえばさ」

「むぐ? ふぁんふぇふは?」

「――ごめん、タイミングが悪かった。食べてからで」

 抹茶クリームドーナツが思いのほかおいしくて、これを口いっぱいに頬張ったらさぞ幸せだろうな――って思って、がぶっと行った直後だったから出すわけにもいかず、でも杏山カズサが呼んでるのに返事しないわけにもいかず、で、こう言わざるを得なくて。

 杏山カズサが口元に手を当てながら、吹き出しそうになってるのはちょっと可愛いな、って思った。

 口の中のドーナツを味わうことなく飲み込むのもスイーツ道に反するし、杏山カズサはじぃっと私の方を見て待ってくれてるのが分かったので、じっくり噛んでから、飲み込む。口いっぱいに抹茶の香りが広がって、思わず口元がゆるむ。

「はい。杏山カズサ、なんでしょう?」

「いや、別に大した話じゃないんだけどさ。…………来週から、新学期じゃん?」

 言葉と言葉の間で、杏山カズサはアイスコーヒーを口に含んで、息を吐いて、言う。

「そうですね。……まぁ特に代わり映えしないですけど」

 そう言って、またアイスコーヒーを一口。杏山カズサと一緒のタイミングで、私もお水に口を付けた。飲み物はドーナツと一緒に注文したものの、こっちもおいしくて気がついたら無くなっていた。

「…………あのさ。来週から一緒に登校しよっか?」

「ぶふっ!?」

 飲んでいたのがお水でよかった。いや、杏山カズサにかかっちゃった時点でよくないのだけれど――。ごめんなさいごめんなさい。ナプキンで杏山カズサの顔を拭きたいけれどお水が変なところに入ったせいで咳が止まらない。

「げっほげほ、げほっ、きょ……きょ、やま、…………」

「ごめん。……なんか、さっきから間が悪くて」

「いえ、だい、じょぶ、です……」

 口元を押さえて咳が出ても大丈夫にしつつ、腹筋に力を入れて咳が出ないようにする。これに意味があるかと言えば分からないけど、何もしないよりは効果があると思いたい。たぶん。

 ゆっくりと息を吸って、吐いて、呼吸を落ち着かせつつ、杏山カズサから言われた言葉を頭の中でもう一度整理する。

 整理する。

 せいり、す…………。

「…………え?」

 出てきたのは、やっぱり言葉にならない声で。それはつまり。――つまり?

「……まぁ宇沢がよければ、だし、自警団のとかと重なったりしなければ、の話だけど」

 杏山カズサの方を見る。

 頬杖を付いて、顔は私の方を向いているものの、視線は窓の外を向いている。時々こっちに向くけれど、すぐふいっと視線が向く。そして杏山カズサの頭の耳は、ぴこぴことせわしなく動く。……しれっとした顔をしてるけど、落ち着いてないのは、耳を見れば分かる。

 私は私でいっぱいいっぱいだけど。杏山カズサも結構――。

 なんか、少しだけ落ち着けた気がした。

 杏山カズサとどこかで待ち合わせをして、一緒に学校に行く、ということ。それまではお昼や放課後の部活や、その後の帰り道が一緒だったのが、朝も一緒になれる、ということ。

 ――いいのかな。私で。杏山カズサの朝のお時間を、もらっちゃって。

「い、いや、私は、いいんですが……。なんで、ですか?」

 本当に素朴な疑問だった。なんで杏山カズサは、私を誘ってくれるのだろう、と。

 嬉しい。もちろんすごく、嬉しい。だから、嬉しすぎて、いいのかな、って思っちゃう。

「気分、かな。朝に宇沢と登校したくなったってだけ」

「………………」

 ――杏山カズサらしいな、って思った。

 ――どこまでいっても、杏山カズサだなって思った。

 いつもの杏山カズサらしい理由で、私をまた振り回してくれるんだなって。

 ――だけどそれが、……嬉しいって思う。

 今は、今回は、その気分に感謝したいなって思った。

「宇沢の登校ルートからすると、ちょっと遠くなるかもしれないけどさ。それでもいいなら、だけど」

 私の反応がないと思ったからか、杏山カズサの上目遣いの目が、私を刺してくる。『――どう?』と、その猫みたいな目は言う。

 もう私の返しは決まっていた。ただすごく嬉しそうにすると、変に思われちゃうような気がして。口元をきゅっと結んで、言う。

「いいですよ、杏山カズサがいいなら」

「おっけ、決まりね。それじゃあいつもの待ち合わせ場所で、七時五十分」

 ふぅ、と息を吐いて。杏山カズサはアイスコーヒーを傾ける。半分くらいあったそれは、机の上に置かれたときには全部無くなっていた。

「分かりました。寝坊しないでくださいよ?」

「宇沢もね」

 

 ――そんなこんなで、杏山カズサの気まぐれで、朝一緒に登校することになったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 杏山カズサと一緒に登校するようになって、三日目のこと。

 

 ――まずいです、まずいですよ私!

 私は、焦っていた。

 昨日の夜、杏山カズサと休みの日にどこに遊びに行くかってモモトーク通話をしていて、電話を切ってからネットで百鬼夜行のお店を検索していたら、ちょうどユカリさんから聞いたお店を見つけて、これいいな、これなら杏山カズサに勝負挑めるかなってメニューやらトッピングやらを物色していたら、気がついたら余裕で日付を回っていて。

 寝不足はまずいとベッドに入って。目が覚めたら何故かアラームが止められていて、集合時間ギリギリで。

 杏山カズサと朝から会うのに髪の毛がぼさぼさなのはダメだから髪の毛を急いで整えて、後はいつものヘアゴムで髪を二本に結べば完璧!

 そう思った髪留めを二本まとめて手で広げた途端。

 ぶちっ、と。手元で嫌な音がした。

 同時に、手にかかっていた圧力が消えて、ぽとり、カラカラ……と何かが落ちる音がして。

 下を見る。愛用のヘアゴムがまっすぐなゴムと化して、床に落ちていた。しかも、二本とも。

「ぎゃーーーっ!?」

 ヘアゴムの替え、どこにあったかな。どこかにはあるんだろうけどそれがどこか分からない。とりあえず手頃な所を探すけど見当たらなくて、時計を見たら本当にギリギリのギリギリ。

 もう時間が無い! ――うー、もうこのまま行くしか!

 髪型を整えていない状態なのはよくないのは分かってる。でも何よりも大事な人を待たせるのだけは絶対に絶対にダメだから、それだけは間に合わせるように頑張る。

 外出た瞬間全力ダッシュ。整えた髪の毛は走る風圧でたぶん終わった。髪の毛は大事。でも杏山カズサとの待ち合わせはもっともっと大事!

 道を駆け抜けて、杏山カズサが待つ、いつもの踏切にたどり着いたのは、集合時間ジャストだった。

「おっ…………おまっ、た、せ…………しま、し…………た…………」

「いや、そんなに急がなくても…………」

 杏山カズサの声が、本当に心配するような声色になっている。苦笑いに近いものではあるんだけど、よっぽど私が疲れ切っているせいか、頭を撫でるよりも先に、背中をさすられた。

「遅れそうなら、モモトークくれれば大丈夫だって。一応ギリギリの集合時間じゃないんだからさ」

「でっ…………も…………、杏山、カズサとの…………約束、です…………から…………」

 約束は、守りたい。大事な人との約束なら、なおさら。

「まったく…………」

 背中と共に、頭をぽんぽんと叩かれる。優しい衝撃が、なんか、『宇沢がんばったね』って言われてるようで、ちょっと嬉しかった。

 

 杏山カズサとの約束の場所からトリニティ総合学園までは、歩いて十五分くらい。

 何分か歩くと、同じく通学途中のトリニティの生徒をよく見かけるようになる。歩いていたり、自転車に乗ってたり、車で送ってもらってる生徒もいる。

 杏山カズサの歩きは、そんなに早くない。スイーツ屋の話だとか、次の文化祭でやることだとか、そんな話をしながら、ゆったりとした足取りで歩く。

 だから普段通りに歩くトリニティの生徒が私たちを追い抜いていくのは、ここ三日間でよくある光景だった。

 ……なぜか、今日に限って。追い抜いていった生徒が、私たちを振り向くように感じた。

「――――」

 まただ。二度見する生徒までいる。こう、笑う感じじゃなくて、びっくりしてるというか、はっとしてるというか、皆さんがそんな顔をしていた。……私と杏山カズサが一緒に歩いているのが、目立っちゃってるんだろうか、と思ってしまう。

「…………あ、あの…………」

 一度気づいてしまったら、それに目が行きがちなもの。通りかかる生徒が、割と結構な頻度で振り向くものだから、思わず杏山カズサの服の袖を引っ張ってしまう。

 ――何か、私……悪いことしちゃってますか? と。

「なんだか……視線を感じるんですが…………」

「え? ……ああ」

 いつものように口元で猫みたいな笑みを浮かべたかと思うと。杏山カズサは。

「宇沢が可愛いからじゃない?」

「ふぇぁっ!?」

 なんか急に変なことを言い出した!

 心臓が飛び出すかと思ったし、口から思ってもない声が飛び出た。よほど声がうるさかったのか、杏山カズサは頭の耳をぺたんと倒して、ちょっとだけ苦しそうな顔をした。

「宇沢、うるさい」

「ご、ごめんなさいぃぃ…………。…………え、えと、…………杏山、カズサ、その、今、言ったの、って……?」

 ――驚きすぎて聞き間違いだったんじゃない? と私の頭の冷静な私が囁いてくる。

 ――そうかもね。杏山カズサが急に私を褒めるなんて。

「髪下ろした宇沢が可愛いからじゃん?」

「――――――」

 聞き間違いじゃなかった。また急に心臓が跳ね始める。

「……………………、か…………、かわいい、ですか?」

「うん」

 即答してくる。猫みたいに笑って、猫みたいに気まぐれに、杏山カズサは言う。

「…………えっと、どこ、が?」

 そう言われているだけでも嬉しすぎるのに。もっと言って欲しいと、私の中のわがままな部分がそう言わせる

「んー。黙ってればお嬢さまっぽく見えるところかな。ま、さっきの叫び声で吹っ飛んだけど」

「条件付き、なんですね」

 杏山カズサに言わせれば、黙ってれば、という条件付きで可愛いのだそうだ。

 ――条件つきだとしても、可愛いと言われて嬉しくないわけはない。

 ちょっと、口元が、にへっとなるのは、押さえられない。

「褒めてるから、安心して」

「本当ですかー?」

「本当本当」

 そう言って杏山カズサは、私の髪の毛に触れて、毛先の方まで指を滑らせる。

 くすぐったくて、ん、と鳴きそうになったけど、ギリギリで耐えた私は偉いと思う。

 一回髪の毛に触れて、私の抵抗が無いと分かったからか、杏山カズサは二回、三回と毛づくろいをするみたいに、私の髪の毛を手ぐしで梳く。

「やっぱり宇沢の髪の毛ってさらさらだよね。羨ましい」

 そんな声がすぐ近くで聞こえて、口から心臓が出そうになる。そうやって不意打ちするのはやめてくれませんか杏山カズサ。そろそろ私が限界です杏山カズサ。

 私の内心を悟ったか、杏山カズサはこれで終わり、と言うかのように私の頭をぽんぽんとたたく。

 気持ちが良かった分、それが無くなったら無くなったで、なんか、もっとして欲しい、と思わなくもなくて。杏山カズサの方を見つめてしまう。

 杏山カズサは、いつものように私の顔を見て、ふふ、と笑みを漏らす。

「…………ちなみに、なんですけど」

 気づけば、私の口からは問いかけの言葉が出ていた。

「杏山カズサは、どっちがいい……ですか?」

「どっちがって、髪型の話?」

「はい。今日はちょっと事故があって、この髪型になっちゃった、んですけど……」

「事故」

 ちょっとだけ目を開いて、そしてそれがいつもの言い換え表現だと分かると、吹き出しそうになって、口元を押さえる。

 杏山カズサは、髪を下ろした私を『可愛い』と言ってくれた。もし、杏山カズサがこっちの方がいいというなら、私はこっちで過ごしてもいいな、と思う。

 杏山カズサが可愛いと言ってくれた、この、髪型に――。

「私は、いつもの宇沢の方が、好きかな」

「――――――」

 ちらりと、私を流し目で見ながら、杏山カズサが言う。

「待ち合わせ場所に走ってくる宇沢のさ、髪の毛が光に反射して綺麗だなーって思った。何も揺ってない宇沢は、なんかお嬢さまみたいな感じがして、可愛いなっては思った。

 でも、いつもの元気な髪型の宇沢の方が、私は好きかな」

 そう言って、杏山カズサは私に笑みを見せてくれた。




『髪を下ろしたレイサって見たくない?』『見たい。書け』(みょん!脳内会話抜粋

書いてみた。現場からは以上です。

レイサとカズサは朝から晩まで末永くいちゃいちゃすべきだと思います。
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