「………………」
トイレの鏡に、私の姿が映っている。
右手を上げると、鏡の私は左手を上げる。
首を左に倒すと、鏡の私は首を右に倒す。
杏山カズサ曰く、桜色とパステルブルーの髪、と。クラスメイト曰く、フォーティワンアイスみたいな髪、と。言う人によって変わる、私の髪の毛も見える。髪型も、朝整えた通りのまま。
間違いなく鏡に映っているのは私。どう見ても私。
でも、どうしようもなく。本当に。本当に、どーーーしようもなく、違和感がある。
鏡に映っている私は、メイド服を着ているのだから。
◇◇◇
【学園祭で何をやりたいことアンケート】なるものが帰りのHRで配られて、期限は三日以内と言われた。トリニティ
私は自警団の仕事もあるし、あまり役に立てそうに無いかな、と思いながら、配られたプリントのやけに大きい四角い枠を眺めていた。――とは言っても、何も書かなかったり、あまつさえ未提出だったりしたらクラスメイトに迷惑をかけちゃうだろうから、そういったことはしたくなくて。
「んー…………」
無難なところとして、もしも内容のことで何か聞かれたとしても、杏山カズサとの勝負との知識を使って切り抜けられる『スイーツなどを出す喫茶店』と書いて、その日のうちに提出した。もちろん名前も書いた。
クラスの中で学園祭関係のとりまとめをする人が居て、その人をメインにやっていくという話を聞いていたものの、何をするかまでは特に話題にもならないし、お昼は杏山カズサと外で食べてるからクラスにはいないし――と時間が過ぎていって。
「メイド喫茶の案を出してくれたレイサちゃんに、着てもらいたいの!』
とお願いされたのは、文化祭一ヶ月前のことで。
――で、今に至る。
「…………私、喫茶店とは書きましたけど、『メイド」って言葉は付けてないんですけどねぇ…………」
鏡の前の自分に言っても意味は無く、私がため息を付くのと同時に、目の前の私もはぁ、と首を落とす。
着ているのはよくあるメイド服。衣装を準備してくれた人のはからいで、胸に付いたリボンは私をイメージしたらしい紫色。長袖はいつも通りなのでいいのだけれど、スカートが結構長くて、膝が隠れていてなんとも違和感。着せてくれたクラスメイトは『かわいいよ』と言ってくれたのだけれど、なんとも……恥ずかしい。
「…………いえ、これはクラスの皆が準備してくれた衣装です。トリニティの完全無欠なメイド、宇沢レイサに、なってみせましょう!!!」
いつものように声を出してみる。
なんだか、思った以上に落ち着けた気がした。
◇◇◇
午前九時。
実行委員長の開会宣言があって、文化祭は始まった。
「いらっしゃいませー」と、案内役のクラスメイトの声がした。私のクラスに早速来る人がいるんだ、と思いつつ、私もクラスの接客担当の皆と並んで、練習通りに深い礼をする。
「おー、いたいた」
なんだか聞いたことがあるような声。
「いらっしゃいませ、ご――――!?」
声が止まった。っていうかめちゃくちゃ変な声が出た。
「ふーん。意外」
「レイサ、メイド服似合ってるじゃん」
「友達が普段着ないような服を着ている……。これぞロマン……いや、ロックだ」
「レイサちゃん、おはよ」
放課後スイーツ部の皆さんがいた。しかも皆、練習場所で着ていた黒猫のTシャツ姿。
「な――――なんであなたたちがここにいるんですか!? オープニングライブは!?」
思わず声が出た。左右から肘で小突かれる。
「お客さんを指差さないの」「声は控えめに」
「ご、ごめんなさいぃぃ…………」
接客担当の満場一致で、私が放課後スイーツ部の皆を接客することになった。
皆を席に連れて行き、注文を取る。予想通りというか、皆が注文したのはスイーツ――実は私が監修したりもした――だった。
チョコミントアイスを始め、注文されたスイーツを全部机の上に並べると、文字通り机がスイーツで埋め尽くされた。
「あの、なんでみなさんここにいるんですか。オープニングライブじゃなかったんですか」
周りに迷惑にならないよう、小声で話すと、ナツちゃんが目を閉じて腕を組んだまま、ふんすと息を付いた。
「我らは囚われの姫君――セムラを救いに行く、謂わばヒーロー。ヒーローは皆に遅れて現場に参上するものさ」
「…………?」
ナツちゃんの説明は、時々よく分からない。えぇ、と、つまり……?
「演奏順はくじ引きになっててね、私たちの順番はかなり後ろの方なの。リハはもう終わってるし、どこか行く? って話になったとき、レイサちゃんがここに居るって言うから、来ちゃった」
「そういうこと。あと宇沢にも渡したい物があったからね」
杏山カズサはミニケーキセットの一つを口に放り込んで、そして鞄の中をあさり始める。
確かに、杏山カズサにはクラスでやることは話してたし、来てもいいですよ、とは言ったものの、本当に来てくれるとは思ってなかったし、ましてや、一番にだなんて――と思っていると、手にぺしりと何かが当たった。……紙?
「…………なんですか? これ」
手に取ると、お札くらいの緑色の紙だった。
「一組二枚までの関係者用のチケット。私たちの番は十時四十分だから、宇沢が時間あったらって思って」
関係者用。…………関係者用?
その紙を見ると、確かに下の方に『SUGAR RUSH関係者用』と書いてある。
「使い切る当てもないし、宇沢に渡していいよねって聞いて、皆からOKはもらってるよ」
「…………いや、いやいや、なんで私が。先生とかでいいじゃないですか」
「いやいや」
パフェ用の長スプーンを振りつつ、ヨシミちゃんは私に向けて盛大にドヤ顔をする。
「毎日のように『杏山カズサこんにちはぁ!』って来てたら、そりゃもう関係者でしょ」
「レイサちゃんには、私たちの演奏を聴いて、感想を言ってもらったりもしたし、関係者でいいよねって」
アイリちゃんはいつものようにチョコミントアイスを食べて。そして嬉しそうに言う。
「大体がカズサについての話だけどね」
「うっさい」
ヨシミちゃんのおまけの一言に杏山カズサが肘打ちを入れると、ヨシミちゃんが蹲って動かなくなる。……本番前なのに、いいのかなって思うけど。きっといつも通りのやりとりだから大丈夫なんだろうと思う。たぶん。
「そんなことだから、もらってよ。抜ける時間があれば、だけど」
「――――――」
杏山カズサの、皆の心遣いが、気持ちが、すごく嬉しい。差し入れだとか、感想を言ったりだとか、皆とスイーツを食べたりだとか、その位しかできなかったけど。
ちょっとでも役に立てたんだったら、それは嬉しいなって思う。
「…………え、と。時間はありますし、クラスメイトに、その時間に抜けるって話はしてます。もらっても、いいんですか?」
「いいよ。そのためにここに来たようなもんだし。――そ、か。宇沢、来るんだ。ふーん」
杏山カズサは頬杖をついて、目の前に置かれた、二品目のロールケーキを一口。
「じゃ、頑張んないとね」
杏山カズサはそう言って、嬉しそうに笑った。
◇◇◇
「…………ねー、レイサさ」
「はい?」
長スプーンを指でくるくると回してるヨシミちゃんが、何かを思い出したように言う。
「ここメイド喫茶じゃん。何かするんじゃないの?」
「………………あ”」
――忘れてた。
『学園祭でメイド服を着る羽目になった宇沢レイサという世界線はどこかに必ず存在する』(みょん!のXより
今日は5/10。
メイドの日であり、そして宇沢レイサの実装記念日!
ということでその二つをミックスしたお話を書きました!
放課後スイーツ部のイベント『-iveALIVE』のストーリー、ほんっっっとよかったですね……! イベントの中で描かれた物語ももちろん最高でした。
そしてまた、イベントの中で描かれた物語の、その前やその後や、その途中も、想像したくなりました。きっとまた近いうちにここらへんで書いていると思います。その時はよろしくね。
ミニゲームシナリオの『杏山カズサこんにちはぁ!』は、ほんっとうに、ずるい。