レイカズ/カズレイ作品 短編集   作:みょん!

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今日くらいはあなたに甘えても

 杏山カズサと一緒に道を歩く。

 右の手は杏山カズサと繋いでいて、逆側の手には――――。

「へへへ、えへへへ……」

 パティシエールリュウイチの、先着十人しか買うことができない生マカロンが入った袋を持って、私たちは道を歩いていた。もちろん、杏山カズサの手にも同じ袋が握られている。

 共にスイーツを巡る戦いを勝ち抜いた杏山カズサと握っている手も、温かくて頼もしくて、それだけで口がにやけるのが分かる。

「へへへ……。杏山カズサのおかげで、スイーツ争奪戦に勝つことができました。本当、ありがとうございます」

「こちらこそ。宇沢がいてくれるおかげですごく戦いやすいし、本当心強いよ」

「――――そそそんなそんな。杏山カズサの突破力があってこそですよ。実際相手を倒してたの杏山カズサの方でしたし」

 杏山カズサに自然に褒められて、胸が突然高鳴るのが分かった。杏山カズサと繋いでいる手が急に汗ばんだりしてないか気になるけど、確認する術は無い。

 杏山カズサと共闘した回数はもう両手の数ほどはある。杏山カズサに信用されてると思われてることが、私はとってもとっても、嬉しい。

 そんな私をよそに、杏山カズサはきゅっと私の手を握って、私の方を見て、言うんだ。

「いや、宇沢がいてくれるから、私も思い切って動けるわけだし、さ。宇沢が居てくれて、本当助かる。ありがとね」

「――――――~~~~~~、」

 口元が、にやけてたまらない。胸が躍るのが止まらない。嬉しさが溢れて止まらない。

 杏山カズサに褒められた。それだけのことなのに、嬉しくて、たまらない。

「えへへへ、ありがとう、ございます」

 嬉しくて嬉しくて。気を抜くと杏山カズサと繋いでいない方の手をぶんぶんと振っちゃいそうになる。けれど、二の轍は踏まない。嬉しい気持ちは持ちつつ、左手だけはなんとか動かないように頑張る。

「さ、イートインスペースは人が多いだろうし、いつものとこいこっか」

「はいっ!」

 杏山カズサに連れられて、いつもの公園へ向かう。

 トリニティ通りの裏通りに進んで、そこから歩いて数分の場所にある公園。主戦場(トリニティ通り)からそこそこ近い割に人通りも少なく、かと言って柄の悪い方々が居るわけでもない、杏山カズサと外でスイーツを食べるのには丁度いい場所。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人で勝ち取った限定マカロンの箱を持って、ベンチに座る。黒色で長方形の箱は、達成感のおかげか、より輝いて見えた。

 箱の中に入っているのは、ただのマカロンではなく、生マカロンだ。『生』が付く。

 生マカロンはその名前の通りで、鮮度が命。杏山カズサの家に一緒に行って、ゆっくりと座って食べるのもいいのだけれど、『おいしい物はおいしいうちに』という放課後スイーツ部の格言の……いくつ目だっけ? に従って、杏山カズサと外で食べることにした。

 お店にイートインスペースは無いし、かと言って戦場だった場所の近くで食べるのは、やっぱりなんだか気が引けるし――ということもあり、この公園は杏山カズサと見つけて以来、よく使ってる。

 いつものように近くのコンビニでスイーツのお供を買う。今日も私はホットコーヒーで、杏山カズサはアイスコーヒー。

 そしていつものベンチに、いつもの座り方で座る。杏山カズサが右で、私が左だ。特に理由らしい理由はないのだけれど、一度この形に慣れたら、だいたいこの形になった。

「さて、食べよっか」

「はいっ!」

 十個入りの生マカロンが入った箱を開けると、彩り豊かなマカロンたちが目に入ってくる。そして箱に顔を近づけて息を吸うと、柔らかな甘い香りが広がっていくのが分かった。

「…………ん」

 ケーキのスポンジのような優しい甘い香りと、バニラ系のほどほどに強めの甘い香りに混じって、爽やかな香りを感じた。チョコミント味――は味のレパートリーに無かったし、この香りは…………なんだろう、ベリー系、かな?

 目を瞑って嗅いでみるけれど、私の中で明確な答えは出ない。

「ねぇ杏山カズサ」

「ん?」

 ほぼ同じタイミングで箱を開けたであろう杏山カズサの方を向く。杏山カズサの方は膝の上にマカロンの箱を載せて、どれを食べようかと選り好みしていた。

「この香り、なんでしょう?」

「バニラの香りと、チョコの香りがすごくふわっと来るよね。んー…………、ああ、これのこと? このお店一番お勧めのフランボワーズじゃない? ほら、これ」

 杏山カズサが目を瞑って、すん、と鼻を鳴らす。そしてそれにすぐ思い当たったのか、濃い朱色のマカロンを取り出して私に見せてくれる。感じていたベリー系の香りが、より強くなった。

「あー、これですこれです。……んー、いい香りしますね」

「このお店一番って言われるだけあるね。ほら、こことかクリームがはみ出しそうになってる」

「ほんとだ。たっぷりですね」

 見ているだけで口がにんまりとしてくる。杏山カズサとスイーツの話をしているだけでも時間はいくらあっても足りないし、この時間はいくらあってもいいと思う。

「………………」

 ふと。これは本当に、ふと。頭に考えが浮かんだ。

 杏山カズサが手に持って見せてくれている、フランボワーズの生マカロン。

 私が見やすいようにと、顔の前に持ち上げてくれている、それ。

 

 ――杏山カズサと一緒に頑張って、限定五人の生マカロンを手に入れた。

 ――杏山カズサに『ありがとね』って言われて、嬉しくなった。

 ――…………ちょっとだけ、杏山カズサに、甘えたくなった。

 

 体を少しだけ伸ばせば、口が届く位置に杏山カズサの手と、マカロンがある。

 でも、今頭にあるそれを私からやっちゃうのは、なんだか駄目な気がして。あまりにもずうずうしいかなって思っちゃって。

 だから、その判断を、杏山カズサに任せてみようと思った。

 口を開けてみる。ほんの少しだけ、体を杏山カズサの方へと乗り出してみる。

「………………」

 杏山カズサの眉が、ぴくりと動くのが見えた。

 杏山カズサの頭の耳が、ぴくぴくっと反応するのが見えた。

 杏山カズサの目が、ほんの少し閉じられて、そしてじとっとした目になるのが見えた。

 私が考えていることは、きっと杏山カズサにも伝わってると確信した。

 口を開けながら、なんだか嬉しさと恥ずかしさが一緒になって襲って来て、私は目を閉じる。

 盛大に、前の方からため息をつく音がした。

 これがきっと、ナツちゃんやヨシミちゃんなら、たぶん逆の手で繰り出される拳が、頭にお見舞いされちゃうんだろうなってのが、分かる。

 

 ――でも、周りに誰もいない今なら。

 ――杏山カズサなら、やってくれるんじゃないかって、思った。

 

 口を開けたまま、待ち続ける。

 杏山カズサの、ため息をつく音が、もう一度聞こえる。

「………………はい」

 杏山カズサの声に、目を開ける。

 杏山カズサの手が私の視線の下にある。口で息を吸うと、酸味のある香りが、口の中に入ってきた。

「――――――」

 やってくれるんじゃないか、とは思った。

 でも、やってくれるかどうかは、正直なところ、半信半疑で。

 むしろ頬を抓られたりだとか、頭に手刀を振り下ろされたりだとか、そっちの方をされると思ってて。それをされるのも、杏山カズサに甘えてることだよなとか、思ったりしてたものだから。

 ――杏山カズサが、自然にあーんをやってくれたということが、ちょっとした驚きで。

「――――…………」

 杏山カズサと、ぱちりと目が合った。『ほら、早く!』とでも言いそうな目をしていた。うかうかしてると、杏山カズサの手が私の口の中に突っ込まれるか、もしくはその手が引っ込められちゃいそうだから、私は勇気を出して――私からやり出したことなのに――そのマカロンを、食べることにする。

 杏山カズサの指を噛んでしまわないように、おそるおそる前歯を合わせる。

 さくり、と、ほんの少し硬い物を噛んだと思った次の瞬間、ふわり、とした感触があった。口の中にベリー系の香りが香ってくる。舌と上顎でほんの少し挟むと、それだけでマカロンが口の中でほろりと溶けた。そして中からは、ベリー系のジャムの、甘酸っぱくて繊細な風味が、口いっぱいに広がってくる。甘くてなめらかで、そしてほどよい酸味が口の中で混ざり合って、美味しさに思わず口元が緩む。飲み込んでしまうのがもったいないと思えるくらいの、それ。

 私はかなりの時間をかけて、口の中で生マカロンを味わってから、飲み込む。

 ふぅ、と息を吐くと、先ほどまで口の中に感じていたベリーの香りが、再び香ってきた。

 なにこれ……すごい、すごすぎる…………。

 これが、生マカロン………………。

「……………………はぁ」

 すごく、すごく満足した。マカロンもおいしいし、まさか杏山カズサにあーんされるとは思わな――――。

 あ、杏山カズサは?

 私にマカロンを食べさせてくれた人は、と言えば。私にマカロンを差し出した体勢のまま、私の方をくすくすと笑みをこぼしながら見ていた。

「ほんっと」

 くすくすと、マカロンを持たない手で口元を押さえて、上品に笑う杏山カズサは。

「宇沢はさ、おいしそうに食べるよね。幸せそうな宇沢見てるとさ、見てるこっちまでにやけちゃう」

 幸せそうな宇沢(わたし)って言われても、食べる私を鏡で見たことがないから、はどんな顔かは分からないけど。

 ――きっと、今の杏山カズサが浮かべているような顔なんだろうな、ということは、想像ができた。

 口元には笑みがあって、目を細めて、くすくすと笑う、そんな顔が。

「あー、いい物見せてもらった。ほいじゃ、私も食べよっかな」

 そう言って、杏山カズサは左の手に持っている、フランボワーズ味の半分になったマカロンを上空に投げて、そして器用に口でキャッチした。

「…………、」

 ――ちょっと。杏山カズサ。それ。

 フランボワーズ味のマカロンの半分を杏山カズサに食べさせてもらったおかげで、幸せいっぱいで頭がふわふわしていたところで、突然そんなのを見せられて。

 咄嗟に声が出ない私は、視線で杏山カズサに訴えることしかできなくて。

 もぐもぐと口の中で咀嚼する杏山カズサは、小さく何回か頷いて、口元が横に広がるのが見えた。

 そして数分間それを持っていたせいか、手に付いたであろうコーティングのチョコをぺろりと舐めとった後。

「んべ」

 私に向けて、イタズラをした子どものように、舌を出して見せた。

「~~~~~~~~ッ!!!」

 そんな私はと言えば。膝の上で拳を握ったまま。口をぱくぱくすることしかできなかった。




5月31日。そう、今日は宇沢レイサの誕生日!おめでたい!
レイサがカズサに全力で甘える小説を読みたかったので書きました。糖度と尊度高めでお送りしました。
カズサに慣れきったレイサ、こんな様子が見られるようになったらいいなって思います。(゜-゜)(。_。)
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