我ら放課後スイーツ部の部活動は、基本的に平日に行われる。
時々ナツの突拍子もない提案で、休日に部活動が行われることもあるけれど、それは二月に一回あるかどうか。
つまり土日は基本的に何もないはずなのだけれど、私たちは今日もスイーツを食べに来ている。
「へへへ。今日は私が勝負を申し込む側ですからね! 今度こそ、今度こそ! 杏山カズサをぎゃふんと言わせてあげますよ!」
電車の座席に座る宇沢は、今日も騒がしく、賑やかだ。電車の中でも普段と同じ声の大きさでしゃべるものだから電車内に宇沢の声が響く。
とは言え、朝も早いこともあって電車の中に人はいない。人がいるなら静かに、のサインを出すけれど、今のところは大丈夫そうだ。
「そういえばどこ行くか聞いてなかったけど、今日のお店はどこ?」
「百鬼夜行にある、知る人ぞ知るお店、その名も『ねねや』ですっ!」
「あれ、なんかそれ聞いたことある。あー、生どら焼きで有名なとこだっけ」
「ちっちっち、惜しいんですが違うんですよねぇ杏山カズサ。それはのれん分けした別のお店で、『ねこや』です。ふふふ……杏山カズサが知らないお店ということは、これは私の勝利が見えてきましたよ。苦節大体百戦くらい、ついに私にもスイーツ勝負での一勝の時が!」
なんか勝手に話を展開させてるし、ガッツポーズまでしてるし、楽しそうだ。いや、楽しそうなのはいいんだけどね。とは言っても、電車の中でものすごいにやけ顔でスマホをぽちぽちしてるのは端から見てると大分怪しいと思う。まぁ宇沢の平常運行だからいいんだけど。
宇沢との毎週のように行われているスイーツ勝負は、トリニティの学校近くではネタが足りなくなったのか、学校の外に電車で向かうことが多くなってきた。
流石にゲヘナに行くことはないけれど、百鬼夜行だったりミレニアムだったり山海経だったりと、そこにスイーツがあれば行って食べよう、という流れになってから結構な時間が経った。
「百鬼夜行かぁ。とすれば和スイーツ?」
「はいっ! 自家製のあんことバターと
「へぇ。自分で作るんだ。面白そう。宇沢はどうせ山盛りにするんだろうけど」
「ふっふっふ、甘いですよ杏山カズサ。最高に美味しいあんことバターの割合をきっちりかっきり計算で求めてきましたので! 適当に盛っても美味しいですが、私の計算尽くの最中餡を食べたら、びっくりして声も出なくなりますよっ!」
「ふーん。宇沢がそこまで言うんなら、楽しみにしてる」
「ええっ! 首を洗って待っててくださいね!」
そんなやりとりをしながら乗る電車は、いつもあっという間に終わる。
アラームを付けていなければ二人して乗り過ごしかねないのは、なんというか本当にアホみたいだし、実際に何回かやらかしたんだけど。宇沢と一緒にスイーツのお店まで向かうその時間も楽しいなと思える。
◇◇◇
「さぁやってきましたよ百鬼夜行! ここからは徒歩で十五分くらいですが、杏山カズサは大丈夫ですか?」
「十五分くらいなら平気でしょ」
「あ、そういうことじゃなくて。お腹空いたりとか、お花摘みとか……」
宇沢が急にもじもじしはじめた。別に気にしなくてもいいのに。
「どっちも大丈夫。スイーツのためにお腹空かせてきたし、そっちの方も平気。宇沢の方こそ、いい?」
「ええ、私は大丈夫ですっ! それじゃあ、行きましょうかっ!」
表情を輝かせて、宇沢が私の手を掴んで歩き出す。
時々地図アプリを見つつ、周りのお店を物色しつつ目的地へ向かう。
百鬼夜行はトリニティと違って、店の一角に屋台のような場所があり、店の外側で物を注文して、その場で受け取りをして食べ歩きをすることができる。
鯛焼き、おやき、人形焼き、甘酒といった甘い物もあれば、中華まん、おでんといったしょっぱい物、抹茶やコーヒーといった飲み物を売っているところもある。
それらが道沿いに、外に向けて作られているものだから。つまり。
「あ、あっちから甘くていい匂いがします。あっちからは香ばしい焼き物の匂い! ちょっと見ていきましょうよ!」
宇沢がいろんなところに釣られまくっていて、私はそれに引きずられる形になるのも、いつものこと。
「……本番前にお腹いっぱいにならないでよ」
「ふえ? あいかいいまひは?」
「とりあえず口に何かあるときにしゃべんのやめな」
両手に食べ歩き用のスイーツを持つ宇沢があっという間に出来上がっていた。
「むぐ。……んっ、杏山カズサも食べますか? このおやき、ほかほかで甘くておいしいですよ?」
宇沢が器用に片手で半分に割って、私に差し出してくる。湯気が立っているのを見るとほどほどに熱そうに見える。
「じゃ、いただこっかな。包み紙ごともらっていい?」
「はいっ! じゃあ私の分は食べちゃいますね。ふぁい」
宇沢がもう半分を口に咥えて、持ち歩き用の紙に包まれたおやきを渡してくれた。持つと、その温かさがじんわりと手に伝わってきて、しばらく持ったままにしていようと心に決める。
それはそうとして。
「……宇沢、私がさっき言ったこと覚えてる?」
「ふぁい?」
「いや、いい。食べてからで」
もぐもぐごくん、と宇沢が歩見込んで口が開いてから。
ひとまず頬を軽く引っ張っておいた。
◇◇◇
「レイサさん! レイサさんじゃありませんの!」
道を歩いていると、宇沢を呼ぶ声が聞こえてきた気がした。
初めて聞く声に思わず振り返ると、制服の上から大きな水色の羽織りを着た生徒が大きく手を振っているのが見えた。
「――あ! ユカリさんじゃないですか!」
……誰? と思ったのと同時、宇沢がその声に負けないくらいに大きな声を出して、耳がキンと鳴った。後で覚えてろ。
隣で同じように手を振る宇沢に向かって、その生徒は駆けてくる。
銃身の長い銃を背負っているにも関わらず、その銃も走る姿勢もブレることはなかった。
「レイサさん、お久しぶりですわ!」
「ユカリさんも、お元気そうですねっ!」
宇沢の元へとやってきたその人は、レイサと手の平を合わせてきゃーきゃーと歓声を上げている。身長は宇沢と変わらないくらいで、髪の毛や服――というか羽織り――の長さは圧倒的に宇沢よりも長いのに、宇沢と同じ動きでぴょんぴょんと飛び跳ねている。
あまり見たことの無い宇沢の、表情と、仕草。……なんだろう、これ。
「レイサさん、こちらのお方は?」
「よく一緒にスイーツ食べ歩きをしている、杏山カズサです」
「ああ、レイサさんがよく話題に出していた方ですね! 貴女のお噂は、レイサさんからかねがねお伺いしておりますの!」
両手をぽん、と合わせて私を見るその人の表情と気配からは、決して私に悪意を持っているようには見えない。どちらかと言えば、好奇心に溢れた感じというか――きらきらとした表情は、宇沢と似通っているようにも思えた。
――ところで。お噂、と言ったけど。宇沢、一体コイツに何吹き込んだんだろう。
「え、と。……宇沢、この人は?」
「ああ、とんだご無礼を!
そう言い終えると、先ほどの宇沢ときゃーきゃー言っていた時とは違い、整った礼をする。動きに澱みがない、綺麗としか言えない仕草からは、トリニティ総合学園での、俗に言う位の高い人物に似たものを感じた。――なんというか、私たちとは住む場所が違う人のような、オーラのようなものが、あるような、ないような……。
「ユカリさんはですね、この百鬼夜行の中で私と同じパトロールをしている方なんですっ! ユカリさんと私は、ここで会ったんですよね」
隣では宇沢が、それはそれは自慢げに胸を張る。
「そうですの! あれは……何ヶ月前でしょうか。この通りで騒ぎが起きていると聞いて身共が向かったところ、騒ぎを起こしている連中を鎮圧していたのがレイサさんでしたの!」
「あの時は鯛焼きが焼けるのを待っている間、すぐ近くで威嚇射撃の音と叫び声が聞こえまして。いち自警団員として、所属は違えどやるべき事は一つだと腹をくくって乗り込んだんです。その時に助けてくれたのがユカリさんだったんですよね!」
「助けただなんて……身共が駆けつけたときには、全員倒れてましたの。レイサさんの活躍あってのことですの!」
「いえいえっ、その後のユカリさんの対応の早さはお見事でしたっ!」
「それほどでもありませんの! 百花繚乱紛争調停委員会のえりーととしては当然のことですわ! レイサさんこそ、当時の現場でのお話を聞けば聞くほど、理にかなった立ち回りをされていたと聞きますわ! 建物の損害も無く、風のように動いてはちんぴらたちを一発必中で処していったとか!」
「そんなことないですよ。私は――」
二人して謙遜合戦を繰り広げている間、それまで聞いた話の内容を整理すると。
宇沢がたぶんスイーツ勝負のお店のロケハンか何かで百鬼夜行にやってきたら、偶然近くで暴動が発生して、宇沢がいても立っても居られなくて鎮圧に参加。見事鎮圧を果たして、本来の自警団組織らしいこの人に引き継いだ、と。
――やっていることが本当、何から何まで宇沢らしいなぁ、と思った。
時期からすると、宇沢と重箱ティラミスを食べたお店に来る前、か。私もその辺りから
――だからきっと、この人もそうなのだろうな、と。
「ところで、レイサさんはこちらへ何のご用ですの? 身共がお役立ちできるのなら、お話くださいな」
「今日はですね、杏山カズサとスイーツ勝負に来たんです! なのでこれから勝負の会場へ向かおうかと!」
「勝負ですの!? それはわくわくする響きですの!」
『勝負』と聞いた瞬間、その人――ユカリさん、と言ったか――の目が爛々と輝くのが見えた。確信した。この人、宇沢と
まぁだからこそ、二人の気が合った、ということなのだろうけれど。
「……こ、こほん。失礼しましたわ。勝負と聞いて思わず血が逸ってしまいましたの。一対一の対決に観客は不要。レイサさんの健闘を、こちらでパトロールをしながらお祈りしていますわ。頑張ってくださいまし!」
そう言ってユカリさんは、最後に宇沢とハイタッチを交わした後に風のように去って行った。
この人が付いてくることがあれば、結構面倒だな、と思っていたけれど。パトロールをしながら、と言っていたことからすると、もしかしたら仕事中だったのかもしれない。
「……ん?」
その人が去って行く方向から、何やら視線を感じた気がした。
店の建物に背を預けて、こちらを見る人物が一人。先ほど見たのと同じ制服、同じ羽織りを着た、私と同じような耳がある生徒。ユカリさんがその人の元に行くや否や、二人で歩いて行くのが見えた。
同じ羽織りを着ているということは、あの人も百花繚乱紛争調停委員会の関係者、だろうか。
「……ま、いいか」
特に関わることもないし、と思い、ひとまず意識をこの後のスイーツ勝負へと向けることとした。
その後に行われたスイーツ勝負は。
宇沢が出したものはとても美味しく、危うく宇沢に勝ちを譲りかけたものの。
別のメニューで宇沢に逆勝負を挑み、あえなく両者引き分けとなった。
カズサとレイサは色んな所にスイーツデートしててほしいし、時々百鬼夜行に行って和スイーツ食べててほしい。
なんならレイサと知り合いのユカリと鉢合わせして、こんな光景があったらいいなって思う。そんな短編。
レイサとユカリの関係については、
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21476627
を参考にしてください。