レイカズ/カズレイ作品 短編集   作:みょん!

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黒猫と魔女とハロウィンの日

「それではー、撮りますねー?」

 仮装に身を包んだ、名前も知らないトリニティの生徒の声のあとに、カシャリとスマホの音が鳴る。

 隣を見ると、両手でピースを決める黒猫――もとい、宇沢が見える。憎たらしいくらいに満面の笑顔だ。

「ほらほら、魔女さん、笑ってくださいよ。まだカメラ向いてますよ」

「誰が魔女さんよ。いい? 私は通りを歩くだけだって――」

 そんなことを言っている間に、再びカシャリ、と音。

 宇沢から視線を切り、音がした方へ。先ほどの撮影者が未だにスマホをこちらに向けていて、何やら大仰に何度も頷いている。

「魔女と使い魔は仲が悪いのがいいんですよね! お二人とも、わかってますね!」

 などと弾む声をかけられ、更には親指を立てられた。訳がわからない。宇沢、ハンドサインで返すんじゃないの。二人の間でわかり合ってるんじゃない。

「…………はぁ」

 思わずため息が出る。

 ハロウィンなんて、これっぽっちも参加する気なんてなかったのに――。

「はい、魔女さん、今度はスリーショットですって! ジャックさんと一緒ですよ!」

 撮影場所になっている道路の中央から逃げようとしたら、背後から宇沢の声。そして襟首を掴まれて、元の場所へ引っ張り込まれる。

「ぐぇ。…………宇沢、後で覚えときな…………」

 思わず、手に持った杖のような何かで宇沢の頭を殴りたくなる。けど、行動には移さなかった。

 なんだかんだで、私たちは無駄に目立ってしまっている。大体が宇沢のせいだけど。ここで宇沢の頭をはたいたりでもしたら、変に悪目立ちしてしまうのは明らかで。

 私は、無抵抗に宇沢に引きずられるまま、再び道路へと連れ出される。

 

 ――なんで、こうなったんだろう。

 

「使い魔が魔女を引きずってる! かわいいー!」

 などと浮ついたような声を聞きながら、私はここ数日のことを思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 始まりは、ヨシミの一言だった。

「来週はハロウィン、仮装をしてお菓子をもらう日。我ら放課後スイーツ部としては、このイベントは欠かせないと思うのよね!」

 コンビニで買った新作のジャンボシュークリームを食べたあと、口元にクリームを残したまま、ヨシミはそんなことを言い出した。

 おもむろに立ち上がって意気込むヨシミを見て、実にお子さま的思考だな、と思った。

 そもそもハロウィンは子どものお祭りで――とそこまで考えて、そっか、ヨシミだもんな、と納得してしまう自分に気づく。

 そう、ハロウィンは子どものためのお祭り。そもそもの始まりは色んな説があるけれど、よく言われているのは、冬の始まりを前にして、家を訪ねてくる死者の霊の機嫌を損ねないように、食べ物や飲み物を用意しておいたのが始まり、だとか、なんとか。

 そして色んなマイナーチェンジを経て、今の、『子どもが仮装をして大人からお菓子をもらう』という形に収まったらしい。

 自分たちはそれに参加すると、ヨシミは言う。

 この場にいるのは放課後スイーツ部の四人。一応言っておくけど、宇沢は部員じゃないからノーカウント。ちなみにこの場にはいない。

 私がノーコメントを貫いている間に、ナツが「面白そうだ」と賛同し、アイリがそれならばと衣装をスマホで検索し始め――あれよあれよと言う間に、放課後スイーツ部でハロウィンの仮装をすることが半ば決まっていた。

「勝手にすれば。私、絶対にやらないからね」

 そう、間違いなく言っていた。言っていた、はずなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ハロウィンの当日。

「あ、あいたたたたた、なんか、お腹が……。あいたたた……。カズサ、私の代わりに衣装着て出てくんない?」

「――――は?」

 放課後から更に時間が経って、日が落ちて仮装をした生徒(死者)たちが通りを歩き始める頃。ヨシミが突然、腹痛を訴え始めた。

 かと思うと。

「おや、なんだか私のお腹も変な感じがするな」

「え、ちょっと」

「あ。…………あたたた、なんだか私もお腹が」

 ナツのわざとらしい腹痛の訴えに続いて、アイリまでそんなことを言い出した。

 そして何故か当たり前のように居る宇沢が「緊急事態ですか!」とばたばたと部室内を探し回り、薬箱から胃薬を持ち出して三人に飲ませる。

 自警団の活動で慣れているのだろうか、宇沢にしては珍しく判断が早く、機敏な動きをしていた。

 クッションを頭に乗せた三人は、「昨日食べたケーキが悪かったかもしれない」だとか、「朝ご飯に食べた納豆が腐っていたかもしれない」だとか、「さっき食べたチョコミントアイスの賞味期限が切れていたかもしれない」だとか、そんなことを言い出す。

 そもそも。昨日部活動で食べたケーキが悪かったのなら私も腹痛が起きているはずだし、納豆はそもそも腐ってる。そしてアイスには賞味期限なんてものはない。三人の証言全てが腹痛の理由には全然ならない。そのはず、なのだけれど――。

「みなさん、悪いものを食べたんですね……。きっとそれが原因でしょう」

 宇沢は、それを完全に信じ込んでしまっている。

 そして今、目元を腕で覆ったナツの口元が、笑みの形を作るのが見えた。確信する。コイツら――演技だ。

「折角、衣装も準備してハロウィンに参加しようって話をしていたのに……」

「……レイサちゃん、お願い。私たちの代わりに……出てくれない? 折角準備した衣装が、もったいないから……」

「いや、それ、宇沢…………」

「――――っ! はいっ! その無念、この宇沢レイサにお任せください!」

 続くヨシミの弱々しい声に、宇沢はぐっと握り拳を作り、声高らかにそう宣言した。

 ウソだ。絶対演技だ。大根役者の棒読み台詞も甚だしい。けれど宇沢はそれを真に受けてやる気満々だ。本っ当に、バカ。

 宇沢は勢いよく立ち上がったかと思うと、ヨシミが指差す方へと足を向ける。部室の端にある衣装掛けには、ハンガーに掛けられている衣装が、2着。三角帽子に長いコート、見るからに魔女と思われるそれと。真っ黒な衣装と、肉球付きのグローブの、よくわからない、それ。

 宇沢は、迷わずその衣装をハンガーごと手にして、戻ってくる。

「はい」

 そして私の方へとやってくると、右手を差し出してきた。

「いや、はいじゃなくて。なにこれ」

「衣装ですよ? ハロウィンの」

 首を傾げる宇沢は、「なんでそんな当たり前のことを?』と言外に言ってくる。いや、そんな期待の眼差しで見られても。

「そんくらい見れば分かる。でもなんで私に渡してくんの?」

「え、だって2着あるじゃないですか。これ、私の分と、杏山カズサ、あなたの分ですよ?」

「私は着ない」

「えー」

 唇を尖らせる宇沢からは、どこかヨシミの面影を感じる。不満を顔全体で表す、子どもっぽい仕草と、反応。まるでお子さま(ヨシミ)が二人に増えたみたいだ。

 

「先に選んでもいいですから」

「嫌」

「サイズぴったりですよ」

「嫌」

「お菓子貰いに行きましょう」

「嫌」

「衣装着てください」

「嫌」

「着ましょう」

「嫌」

 

 断り続けるうちに、段々と宇沢の頬が膨れてくる。でも私は着ないと言ったら着ない。

 

「そこをなんとか」

「嫌」

「――――むぅぅ。絶対似合いますから」

「嫌」

「スイーツの出店もありますよ。たぶん」

「……嫌」

 

 私を見上げる宇沢の目が、心なしか潤んでいるのが見えた。

 

「着ましょう。先生もきっと居ますよ」

「嫌」

「黒猫と魔女、今なら先に選べますよ」

「それさっき聞いた。嫌」

「衣装を着て一緒にスイーツ食べましょう」

「嫌」

「黒猫、着てください。似合いますから」

「嫌」

「じゃあ魔女」

「嫌」

「着てください」

「嫌」

「着てくだ――むご」

「ああもううるさい」

 

 こうなったらもう、どれだけ断っても、何回断っても、宇沢は絶対に譲らない――今まで宇沢と過ごしてきて、宇沢の頑固さは、嫌と言うほどに知っている。この状態になった宇沢は、もう止まらない。折れない。それこそこの問答はきっと、就寝時間になるまで続く。私が折れない限り、ずっと――。

 宇沢は腕にがっちりとしがみついて、私を見上げてくる。私が口を手で塞いでいる分、視線で私に訴えてくる。「杏山カズサが着てくれるまで、ぜっっっっったいに放しませんからね!」と宇沢の幻聴が聞こえる。

 ああもう、コイツは、もう…………。

「…………わかった。うん、わかった。着て通りを歩くだけ、それ以上はしない」

「――――――! やったぁーーー!」

 甘いなと思った。甘すぎると思った。でも、こうでもしないと宇沢は離れないから、仕方なくなんだ、仕方なく。

 ――でも、先ほどの泣きそうな顔は吹き飛んで、両手を上げて喜ぶ宇沢の姿を見ると。宇沢のこれも演技なんじゃないか、と思えてしまう。

 言ってしまってから考えても、全てが遅すぎるのだけれど。

「さぁさぁ、魔女と黒猫どっちがいいですか? やっぱりキャスパリ――」

「魔女で」

 私は即答する。そっちだけは断固拒否する。黒猫を着ようものなら、今後少なくとも半年は、ヨシミの笑いの種になるだろうから。――今思えば、宇沢が最初に私に差し出したのも黒猫の方だった。やっぱり後で殴っておこう。

「えー」

「魔女で」

「仕方ないですね、じゃあ私が黒猫をしましょう。あ、黒猫だから口調も変えたほうがいいですかにゃ?」

「それはやめて」

 そう言って宇沢はポーズを決めたあと、うきうきとした顔で着がえ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、私も渋々魔女の衣装に身を包み、寮を出てメインの通りへ。

「――――わぁ」

 隣に立つ宇沢が、感嘆の声を上げる。

 見慣れていたはずのそこは、景色が一変していた。

 普通のお店が、普通にあるだけの、普通のメイン通り。それが、今やオレンジ色や紫色や緑色のイルミネーションに包まれている。

 通りを歩くのは、生徒ではなくて、人ならざる何か。目と口元がくりぬかれたカボチャを被っていたり、吸血鬼の衣装を着ていたり、シーツを被った何かだったり、雪だるまみたいな何かだったり。辛うじてヘイローがあることで、キヴォトスの生徒であることが分かる。

 仮装をした生徒がカボチャの形をした入れ物を持って、通りを歩く大人にお菓子をせがんでいるのが見える。人だかりの中心に、先生の姿が見えた。――先生、わざわざこんな日に外に出なきゃいいのに。

「私は見ているだけでいいからさ、宇沢はもらってきなよ、お菓子」

「え?」

 宇沢は私を向いて、首を傾げる。

「いや、だから。ハロウィン。『トリックオアトリート』って大人に言って、お菓子をもらってくんの」

「……あぁ、そうでしたっけ」

 胸の前で手を合わせる宇沢。付けている肉球形のグローブのおかげで、ぽふんと軽い音が出た。

 ――いや、じゃあなんで宇沢はこの衣装を着てここに来たんだろ。

 喉元まで出た疑問は、口からは出てこなかった。私の声が出る前に、宇沢の浮ついたような声が聞こえてきたから。

「や、杏山カズサと、こうやって仮装して夜の街を出歩くだけで、なんだか満足しちゃって。そういえば、そういうイベントでしたっけ」

 あはー、とこっちを見ながら、そう言って頬を掻く。宇沢の声は浮ついているし、いつものアホ顔は5割増しで緩んでいる。数ヶ月前に初めて一緒にスイーツを食べたときのような、照れてるような浮ついたような、そんな顔。

「でもでも、ヨシミちゃんたちから任務を受けたんですから、お菓子ももらわなきゃですよね! うんうん!」

「任務って」

 にへら、とした顔から一転、ぷるぷると顔を振った黒猫(うざわ)は、カボチャの形をした入れ物を私の前に持ち上げて見せる。『腹痛に倒れたヨシミちゃんのために、この籠を一杯にしましょう!』と意気込んだ宇沢は、肉球が着いた右手を高く掲げた。

 ――相変わらず、テンションのアップダウンが激しいヤツ。

「よおし、そうと決まれば大人に手当たり次第お菓子を貰いに行きましょう! 拒まれたらイタズラしますからね! 杏山カズサが!」

「いや、宇沢がやってよ。先生にはお世話になったし、そういうのはパス」

「えー?」

「えーじゃない。ま、儀礼的なものだから、みんなお菓子をくれると思うよ。たぶんね」

「たぶんとは」

「だって宇沢だし」

「それはどういう意味ですか!?」

 宇沢の抗議の声を無視して、私は通りの目立たないところへと足を向ける。

 宇沢との約束は仮装をして通りを歩くこと。だからせめて、このメイン通りの歩行者専用ゾーンとなっている部分くらいは歩いてやろう、それ以外のお菓子をもらうやらの部分は全て宇沢の勝手に任せよう。

 

 ――そう思っていたんだ、私は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハロウィンの仮装行列というイベントの中に、お菓子をもらう以外の目的があるということを失念していた私が悪かったといえば、その通り。私の想像力が足りなかったと言われれば、返す言葉も無い。

「あっ、あの……! 写真、撮ってもいいですか?」

 歩行者天国となっている道路を歩き始めて、ほんの数分。ふと、そんな声が聞こえた。

 声がした方向を振り向く。私の方を向いた、キヴォトスの生徒がいた。

 私はその言葉の意味がさっぱり分からず、足を止めて、考えてしまった。

 写真? 撮る? 誰を? っていうかアンタ誰?

 ――それが、命取りだった。

「写真ですか? いいですよ!」

 その生徒の後ろから声をかけたのは、肉球のグローブを付けた黒猫――もとい、宇沢だった。

 満面の笑みを浮かべて、どうぞどうぞといいながら、その生徒を私の方へと連れてくる。

「写真ですって、写真!」

「いや、分かんない。どういうこと?」

「杏山カズサの仮装が可愛いから写真を撮りたい、ってことです」

「……いやいや、なんでそれが私なわけ? でもってなんで宇沢が了承するわけ?」

「え、だって杏山カズサの魔女さん、可愛いですし。可愛い姿を写真に残したいって気持ちは分かりますから」

「………………」

 まっすぐに私の方を見る宇沢から、思わず、顔を逸らしてしまった。言われているのが衣装のことだとは言え、そう直球で言われると、……こう、戸惑う。

「…………いや、そういう、のは」

「じゃあ私も一緒に映ります。それでいいですよねっ!?」

 一人じゃ嫌だから二人だったら大丈夫という謎理論をふっかけてくる宇沢は、先ほどの、着る着ないのやりとりをしている時の表情になっている。

 ――ああ、この宇沢は、止まらないな。

「…………はぁ、はいはい。わかった。宇沢がやりたいようにやれば」

「よーし、そうと決まれば、魔女さん、こっちですよ! そっちだと逆光になっちゃいますからね!」

 そう言って、黒猫(うざわ)は、魔女()の手を引いて道路の中央へと連れて行った。

 

 

 

 

 

「…………はぁぁぁぁぁ………………」

 

 写真は。

 一枚では。

 終わらなかった。

 

 最初の生徒が写真を撮ったと思ったら、間を置かずにその次が現れ、それが終わったらそれまた次が現れ、気がつけば何故か列ができていて――。

「…………宇沢、あんのバカ…………」

 そろそろ逃げたい私に対して、宇沢は、生徒の依頼に二つ返事で了承をし続けた。

 宇沢がやりたいようにやったその結果が、これ。

 衣装を着て、通りを歩くだけ。それがどれだけ大変なことかを思い知るまで、ほんの数分も掛からなかった。

 ベンチに座った途端、口からは大きな大きなため息が出る。息と共に、別のものも出て行きそうな気がする。

「はい、魔女さん。あなたの使い魔からの差し入れです」

 しばらくして、頭上から、宇沢の声。

 ――使い魔にしてはやけに主を連れ回すじゃん、と心の中で反論しつつ、反射的に手を出すと、冷たい感触が手に伝わる。プラスチック製のカップに入っているのはメロンソーダ。そしてその上には、半球状のバニラアイス。十月も終わりの、更には日の落ちた夜に飲むには場違いにも見えるクリームソーダは、けれど口にすると、じんわりとした甘さが体に染み渡っていき、私の心身共に溜まった疲れをじんわりと溶かしてくれる気がした。

 隣に宇沢の座る気配がしたかと思うと、何やら鼻歌が聞こえてくる。

 機嫌よさそうにスマホを出し何回かタップした後、「ほら」と私にその画面を見せてきた。

「えへへー、ほら、見てください。綺麗に映ってますよ、私たち!」

 宇沢が私の前に差し出したスマホには、一枚の写真が表示されている。

 満面の笑みを浮かべてポーズを決める黒猫と、微妙な顔を浮かべる魔女の姿。

 ――なんでこんなのが。と思ったけれど、そういやそうだったと思い出す。

 何組目かの生徒が、「折角なのであなた方ふたりで」と言い出して、断ろうとも宇沢の強い押しと、なぜだかそれにその生徒も加わって、仕方なく一枚を撮ったんだ。

 宇沢のスマホで写真を撮った後、それを受け取った時の、ニヤけて仕方がないと言った顔は、なかなか見ない顔だったな、と今になって思う。

「……そうだ、魔女さんに、猫ひげとお耳を付けてっと……」

 何やらニヤニヤとスマホを操作する宇沢が見える。クリームソーダのカップが肉球グローブの上に置かれていて、不安定に揺れ動いているけど指摘しないことにした。倒れたら倒れたで、宇沢の自業自得。

「送信、っと」

「――――ちょっと」

 嫌な言葉が聞こえた気がした。送信? 誰に? ――――まさか。

「送信って、誰に」

「え、ヨシミちゃんに。あ、返ってきました。『やるじゃん』だそうですよ」

「――――ッ! よりにもよってヨシミに! 消して! 今すぐ!」

「え、でももう送っちゃいましたし、この写真はもうクラウドにばっちりほぞ――あぅあぅあぅ」

 黒猫の胸倉を掴んで揺らす。思い切り揺らす。もう送った物は取り返しが付かないことは分かってるし、今宇沢に当たり散らしたところでどうしようもないのは分かっている。けれどそれはそれ。これはこれ。

 なんてことをしてくれたの宇沢。自分のスマホに残すならば百歩譲って見逃すとしてもヨシミに送るなんて。部室に残った三人の様子が目に浮かぶ。

「でもでもすごく似合ってますよ魔女さ――」

「そういう意味じゃ! ないの! まったく! 宇沢は! もう!」

 散々揺さぶって、宇沢が目を回し始めたのを見て、ほんの少しだけスッキリした。

 宇沢から手を離して、ため息をもうひとつ。

「あんな写真……」

 ――まるで私がハロウィンを楽しんでるみたいじゃない。

 ……いや、実際。楽しかったかどうかでいえば――楽しくないわけでは、なかった。あの頃はあまり関わることのなかった、イベントごとに触れることは新鮮だったし。不可抗力的に一緒に参加することになった宇沢も、なんだかんだで楽しそうではあった。

 だから、決して、嫌な気持ちが全てなんかじゃ、ない。

「――――――」

 胸もとのスマホが音を立てた。モモトークの通知が1。送信者は――宇沢。

「……なんで写真送ってきてんの」

「せっかくのハロウィンですし」

 私に笑みを浮かべる黒猫は、悪びれる様子もなくそう言ってのける。

 もうひとつ受信。今度は、私の頬と頭に猫の落書きがされている。

 ――思った以上に似合っていて、思わず吹き出しそうになった。

 顔を背ける。宇沢には、バレてなかっただろうか。息を止めて、数秒。変な形になりかけた口元を元に戻して、元の姿勢に戻る。

 ヨシミのことだ。モモトークで送られてきた写真を、ナツとアイリにも見せてるんだろうということが手に取るように分かる。ヨシミの反応も、ナツの反応も、アイリの反応も、見なくても分かる。面白がって見ているんだろうな、ということが、分かってしまう。

 ああ、これは。部室に帰ったら大変だろうな、と。ため息を、もうひとつ。

 ふと、隣を見てみる。宇沢が、にんまりとした顔で私を見ていた。

「魔女さん、楽しそうですね」

「……別に」

「そうですか? 口元がこう、スイーツ食べたときみたいになって――むが」

 宇沢の頬を無言でつまむ。そして左右に緩く引っ張る。今日の宇沢の頬もよく伸びる。

 ――よく考えたら、全部宇沢が原因じゃないか。きっかけはヨシミとしても、宇沢が三人の腹痛を信じ込むようなことがなきゃ、私だって着ることはなかったんだ。

 今日はずっと、黒猫(うざわ)に主導権を握られっぱなしだ。今日の私は魔女で、宇沢はその使い魔で。主は私。なら、生意気な使い魔に、主従関係を分からせてやらなければ、なんとなく、私の気が済まない。

 うん、そうしよう。

「宇沢。スマホ貸して」

「え? なんですか? この写真は消しちゃ駄目ですよ。大事な大事なものなんですから」

 スマホを両手に持って、後生大事なもののように腹に包んで守ろうとする。口をすぼめる表情も含めて、やってることがヨシミにそっくりだ。

「消さないから、ほら」

「お気に入り登録の上ロック掛けてますからね。クラウドにも保存済みですからね。消そうとしても無駄ですからね」

 そこまでしなくても。

 宇沢からスマホを受け取って、写真アプリを起動。

 ――ずっと宇沢に動かされっぱなしだったから。なんとなく、宇沢の慌てふためく顔が、見たくなった。

 インカメラモードにして。

 宇沢の肩を掴んで、引き寄せる。

「え」

 宇沢の声と共に響くシャッター音。

 スマホを宇沢の方へと放る。スマホを手の上に乗せたまま、微動だにしない宇沢が見える。

「――――――――――――――~~~~~~~~~!!!!!!!!!」

 今日一日、散々宇沢に振り回されたんだ。驚きふためく宇沢を見るくらい、バチは当たらないだろう。

「な、ななななななな――――――」

 目を見たこともないくらいまん丸に見開いて、口を開閉させて、膝上にあるスマホの画面を見つめて。

 固まって。

 時間をたっぷりとかけてから。

 

「きょ――――――――――杏山カズサぁ!!!」

 

 黒猫は、通りに響き渡るほどの、叫び声を上げた。




10月31日はハロウィンの日。仮装をして街に出るカズサとレイサが見たかった。仲良くハロウィンする二人が見られて満足(˶′◡‵˶)
カズサがハロウィンのコスチュームに身を包んだら絶対可愛いと思うし、その衣装を可愛いと言われて照れるカズサは最高に可愛いと思うんです。照れカズサから得られる栄養素は間違いなく存在するし後々ガンにも効くようにもなる。
お祭り気分で普段以上にアップテンションのレイサにたじたじなカズサという構図。ああもうコイツは……ってため息笑顔になるカズサは尊いなって思います。分かる人は握手してください。握手。
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