スマホを見る。通知は無し。
モモトークを開く。【宇沢】と書かれた相手へのモモトークは、【今日時間ある?】という私の発言で止まっている。既読も付いていない。
「………………」
机の上をトントンと叩く音が聞こえると思ったら、犯人は私だった。
もう一回スマホを見る。何もない。
放課後スイーツ部の部室に、ため息の音が響いた。
スマホの画面には、スケジュールが書かれている。今日、五月三十一日には、こう書いてある。
『宇沢 誕生日』、と。
◇◇◇
――ああもう、宇沢どこにいんのよ。
宇沢が誕生日だってことは、放課後スイーツ部の三人ももちろん知っていたし、今年は皆でお祝いしようねという話になっていた。――というか、去年は私が抜け駆けしたとか言われる始末だったし。
放課後スイーツ部の皆でプレゼントを買って、その日に部活があることを宇沢にさり気なく伝えておいて、いざ呼び出したところ。
――宇沢からの連絡が無い。
どこにいるのかも分からない。少なくとも、我らが放課後スイーツ部の部室にいないことは確か。いつもはスイーツが置いてある机の上には、アイリが淹れてくれた飲み物だけがあって、スイーツ類は何もない。『スイーツを食べるならレイサが来てから』と誰が言い出したかは分からないけど、宇沢が行方不明な今、スイーツも食べられない状況になっていた。
周りを見る。アイリはクッションを抱いて、のほほんと飲み物を飲んでいる。見ているだけで癒やされる。ヨシミは不機嫌そうに頬を膨らませている。ナツは、口からぷくーとガムで風船を作っていた。――全員、暇そう。
「ああもう! なんでレイサ来ないのよ!」
突然、ヨシミがキレて立ち上がった。
「せっかくレイサのためにケーキ買ってるのに! 今日食べなきゃおいしくないじゃん! ねぇカズサ、あんた連絡取ってよ。友達でしょ?」
そしてあろうことか、私に矛先が向いた。
友達という言葉に、色々と突っ込もうと思ったけど、たぶん言ったら余計に話がこじれそうだから、言わないでおく。
もう友達とかなんかじゃなくて。だなんて言ったら――きっと、騒がしいなんてもんじゃない。
「いやまぁ、そうだけどさ。連絡先も知ってるし。……っていうか宇沢、放課後スイーツ部のグループチャット見れるじゃん。そこでよくない?」
「カズサが連絡するから意味があんの。カズサがやんないなら貸してよ。私がやるから」
「え、やだ」
宇沢が見るのは同じなんだからいいじゃん、とは思うけど、ヨシミが言うにはそうじゃないらしい。
なんて思っていると、ヨシミに机の上のスマホを奪い取られそうになって、ヨシミより少しだけ早くスマホを取る。バンッと放課後スイーツ部の机が音を立てた。――マジで取る気だったな、あいつ。
スマホを自分の元に取り戻せて、思わず息が漏れた。
宇沢とのモモトークのやりとりを、放課後スイーツ部の面々――特にヨシミやらナツやら――に見られようもんなら、向こう十年間レベルで
「分かった。分かったからスマホを奪おうとすんのやめて」
「分かったらいいの。はい、やって」
獲物を狙う犬みたいな目を元に戻して、腕を組んで偉そうにヨシミは言う。いっぺんシメた方がよさそうだ。でも今は宇沢と連絡を取りたいのは私も同じだから、シメるのは後にしておこう。
【宇沢、今どこ?】
モモトークを送って、少しして、既読が付いた。そして、【すみません!】というモモフレンズのスタンプが連続で送られてきたあと、【詰め所にいます!】と返ってきた。
――よりにもよって、こんな日もパトロールしてたんだ、宇沢。らしいと言っちゃらしいんだけど、なんというか……間が悪いというか。まったく。
緩みかける口元と、出そうになるため息を堪える。
「今、自警団の詰め所だってさ。たぶん、いつものパトロールとかそんな感じだと思うんだけど、いつごろ終わるか聞く?」
宇沢とのモモトークは私しか見えてないから、放課後スイーツ部の皆に、口にして伝える。
「よし!」
するとヨシミは、ふん、と鼻息を吐いたあと立ち上がって、冷蔵庫へと向かう。そして冷蔵庫の中に入れてある
「渡しに行くわよ!」
部室内に響き渡るように、ヨシミは言った。
「放課後スイーツ部の鉄則第三! 『おいしいものはおいしく食べられるうちに』よ! あとどーせカズサはカズサで買ってるんでしょ? レイサの」
そして意地の悪そうな笑みを私に向けてくる。
ヨシミが手が届く範囲にいたんなら、一発入れていた。でも今はアイリの後ろにいるから、拳は握るだけに止める。
「…………ノーコメントで」
「はいはいごちそうさま。さ、行くわよ!」
そう言うが早いか、ヨシミはケーキの箱を持って部室の出口へと向かう。このまま一人でも行ってしまいそうな勢いな上、アイリもナツも、目配せをしたかと思うと立ち上がって、同じく部室の外へと向かう。
……いや、その質問必要だった? ノーコメントって言ったはずなのに、なんかヨシミの中では私が宇沢にプレゼントを買ってることになってるらしかった。――いや、まぁ、鞄の中にあるけどさ……。
とはいっても、たぶんここで私が何を言ったところで、たぶん最終的には行くことになるんだろうと思う。
「…………はぁ。宇沢にモモトーク送るから、十秒待って」
「五秒なら待ってあげる」
「あん? 調子乗ってる?」
ヨシミとの口でのやりとりをしながら、モモトークの画面に文字を打ち込む。
【おっけ。これから行くから、そこから動かないでよ】
打ち込んで、私も立ち上がる。
ポン、と音がする。画面には、
【え?】
と短い文章が残されていた。
◇◇◇
自警団の詰め所は、トリニティ総合学園の部室棟の中にある。
宇沢がここに詰めているということは、宇沢経由で何回か聞いたことがある。とはいっても、自警団のことには首を突っ込まないようにしている以上、今の今まで、その場所を訪れたことはなかった。
――ああ、一回宇沢への扱いにキレて、
少し前のことを思い出しつつ、自警団の詰め所の入り口に向かっていって。
「じゃ、よろしくね」
「――――は?」
それまで先を歩いていたヨシミが、突然私の後ろに回ったかと思うと、背中を押してきた。物理的に。
「レイサのお迎え、よろしく。お姫様をお迎えするのは、王子様の仕事でしょ」
「…………色々とツッコみたいところだけど、なんで私なのよ」
「だって王子さ」
「じゃなくて。『渡しに行くわよ!』ってヨシミが言ったことじゃん。ヨシミが行ってよ」
ヨシミの、やけにドヤ顔で言う理由になっていない理由は無視する。
腕を組んでヨシミへと反論すると、あっちも腕を組んで来た。ふんっ、と鼻息を吐いて、私の方をじろりと見てくる。
「レイサと連絡取ってたのカズサでしょ。カズサが行くってレイサに言ったんなら、カズサが行くのが普通じゃない?」
「――――、それはそう、だけ、ど…………」
――思った以上に正論が飛んで来た。
自警団、自警団、かぁ……。自警団にいる人で、宇沢以外でも昔にやりあったことがある人もいるかもしんないし……。正直、行きにくい。
……とは言っても、ヨシミの言葉は、まぁ間違ってない。私以外の、例えばアイリあたりが行ったとして『あれ? 杏山カズサは?』となるのが目に見えてる。というか、絶対になる。
行きにくい。……けど、宇沢のためを考えるなら。
――腹をくくるか。
「…………分かった、行ってくる」
「カズサちゃん。よろしくね」
アイリから、期待の目を向けられた。
「…………ん」
大きく深呼吸をしてから、三人の視線を背中に感じつつ、自警団の詰め所の、扉の前へ。
ノック。中から『どうぞ』と声がする。聞いたことがあるような声。
「失礼、します」
ドアを開ける。小さく開かれたドアの向こうに、白髪の生徒が見えた。
あぁ、この人は秋祭りで宇沢が自警団として動いたときに会った人だ。――確か名前は、スズミさん、と宇沢は呼んでいた気がする。
「はい、どうされましたか?」
落ち着いた声で問われる。
「あー。…………えーと、宇沢、いますか?」
「はい、レイサさんは中におります。ご用件は?」
部屋の中から宇沢の悲鳴っぽい声がしたので、いるのは確定。スズミさんは後ろを振り返ったかと思うと、再び私の方を向く。
「…………」
私の顔を、まっすぐに見られている。ただそれだけ。
なのに――相手が自警団の生徒だからか、嘘だとかごまかしだとかはすぐに見破られてしまいそうな、そんな威圧感に近いものを感じた。
「…………ええ、と……」
なら、正直に言うとして。宇沢を迎えに来た、だとか言って、通じるだろうか。目の前にいる人は、見るからに――なんというか、固くて、
断られたら面倒だな、と思うし、宇沢との関係だとかそういうことを聞かれると、余計に面倒だな、と思う。その場合、なんて答えたらいいんだろう。無難に、友達、だろうか。いや、正直に言った方が――――。
私の頭の中では、目の前の人物へどう返そうかと、今日一番、頭を働かせる。口の中が乾く気がする。考えて、考えて、考えて。
「…………宇沢を、迎えに来ました」
結局、出てきたのは、正直で単純な内容だった。
「レイサさんは、まだパトロールの時間内ではありますが……。レイサさんを迎えに来る理由が、あるのですか?」
「――――――」
再びまっすぐに見られ、心臓が変に高鳴るのが分かった。
そりゃ聞かれるよね、と頭の中の冷静な私が言う。
なんて答える? と頭の中の私が問う。
「…………、…………その……、宇沢、今日、誕生日、だから…………」
もう少しマシな言い方あったでしょ! と頭の中の私が総ツッコミを入れてくる。
でも、口から出ちゃったのは仕方ないし、それが理由の全てだから、追加で言葉を重ねようにも、言葉は出てこない。それに――その場で嘘が言えるほど、私は賢くはないから。
「…………」
「…………」
向こうは何も言わない。向こうに動きがないから、私も何も言えない。
相手の視線が、私の目から、全身を見定めるように動いたように見えた。
息が詰まりそうな時間が続いて――ふむ、と、相手の方から息が漏れた。
「杏山カズサさん。あなたのことは、レイサさんから伺っています」
「――――」
何を、だとか。何が、だとか。どこで、だとか。色々と聞きたいことが頭に浮かぶ。
でも、口は開いても、言葉は出てこない。何か口にしようもんなら――なんか、変なことを口走ってしまいそうで。
スズミさんは、ため息とも嘆息とも言えない、小さく息を吐いたあと。結ばれていた口元を、緩めた。
「その情報は、初耳でした。こちらの方はなんとかしますので、どうぞ。――レイサさんを、よろしくお願いしますね」
「…………、え」
スズミさんが今日初めて見せる笑みに対して、私が返せたのはそれだけだった。
宇沢を連れて行くつもりで来たはずなのに、いざ連れて行っていいと言われると、なんとも悪いことをしたような気持ちになる。
でも、宇沢を連れて行く理由を正直に伝えて、それで許可されたのだから、結果として、私の受け答えは間違ってなかったのだと思う。――そう、思うことにした。
「それでは、レイサさんを呼んできますね」
「…………は、はい」
私がまごまごとしているうちに、スズミさんは扉の奥の方へと姿を消した。
――レイサさん。
――はっ、はいっ!?
――今日はもう上がっていただいて大丈夫です。
そんなやりとりが――ついでに宇沢の悲鳴が――部屋の中から聞こえてくる。内部のやりとりを盗み聞きするのもあれだし、私は後ろの方で輪になって
「で、どうだった? カズサが戻ってきたってことは、自警団にしょっぴかれなかったってことは分かるけど」
腕を組んだヨシミが、相変わらず生意気なことを言う。まぁここで、少し心配してた、とか言ってきたら、それはそれで背中がぞわぞわするけど。
「私はしょっぴかれるようなことはしてないって。……ひとまず宇沢は大丈夫そう。もう少しで来ると思う」
「よかった。カズサちゃん、お疲れさま。これはカズサちゃんへのご褒美。はいっ」
アイリが何やら、口を開くような仕草を見せる。信用してるアイリだから変なことはしないだろうと口を開けると、何やら硬い物が口の中に入れられた。
噛むと、カリッとした食感の後に、チョコの甘さとミントの爽やかな風味が口の中に広がっていく。クッキーだった。……おいしい。
「はい、もう一枚」
「いや、自分で食べられるから。……ありがと」
もう一回口の中に入れようとするのを断って、アイリからクッキーを受け取って、二枚目を口の中へ。チョコミントフレーバーは、食べれば食べるほど、口の中のミント度合いが高くなっていく。一枚目食べた時よりも、口の中がよりすーすーとする。
アイリからの『ご褒美』はそれからも続いて、クッキーが五枚目に差し掛かったとき、背後のドアが音を立てて開いた。
リュックを背負い、いつもの服装の宇沢がやってくる。
「お待たせしましたっ!」
その背後には、スズミさんがいて、何やら私に片目を瞑って見せた。その正しい意味は分からなかったけど、ひとまず頷いておいた。
「さ、宇沢。ちょっと付き合ってもらうよ」
そう言うと、宇沢は首を横に倒す。
「え、と。これから部活、ですか?」
だなんて、ズレたことを言う。宇沢、流石にそれはボケだよね。天然じゃなく、分かってて言ってるよね。
それを確認するのも、なんだか余計な気がして。
「――――ま、そんなとこ」
そう、言うに止めておく。
ひとまず、宇沢を連れ出すことには成功した。
あとは皆で買ったケーキをどこで渡すか、だけど。少なくとも自警団の詰め所前じゃ、雰囲気もへったくれもないから。ひとまず言い出しっぺのヨシミの案内で、場所を移すことにした。
◇◇◇
「――――結局元の場所じゃん」
「仕方ないじゃない。ちょうどいいところがなかったんだから」
「ヨシミもさぁ、考え無しに行動するのはよくないよ」
「分かってるわよ!」
「まぁまぁ二人とも。レイサちゃんに来てもらったんだし、いいとしなきゃ」
「はい」「はぁい」
アイリから言われてしまえば、私に言うことはない。
――あれから、腰を落ち着けてケーキを食べられる場所を探し回ったのだけれど、どのお茶会用のテーブルも埋まっていた。更にはテーブルの数が一番多い裏庭は、騒動があったとかとの理由で入れなくなっていた上、正義実現委員会の生徒が目を光らせていたので仕方なく撤退。結局、私たちは元の放課後スイーツ部の部室に戻ってきた。
宇沢へのプレゼントのケーキは、ヨシミが大事に持って歩いたからか、形が崩れるようなこともなく、熱で中身が悪くなっているようなこともなかった。
今は放課後スイーツ部全員がいつもの場所に座っていて、アイリが器用にホールケーキに包丁を入れている。
ホールケーキを五等分にするのも慣れたもので、前はアプリを使ってやっていたけれど、今はもう不要だ。
「さて、というわけで宇沢。ここに連行された理由は分かってると思うけど」
「はい。…………はい?」
分かってなさそうだ。
言わなくても大体伝わるとは思うけど。それでも、言った方がいい時と場合と内容だってある。――今、とか。
「宇沢。誕生日おめでと」
いつもの場所に座ってるから、宇沢の顔が一番近くに見える。
言われた当の宇沢は。
「………………」
瞬きをして、きょとんとしている。……ように見えて、口元が緩んでるし、口や頬がぷるぷると震えてるのが見える。口元が広がらないように、必死に力を入れているのが分かる。
――こんな時はスカしてないで、素直に喜べばいいのに。
そんな宇沢が、愛おしく思える。
変に力を入れて耐えてるようだから、頬を抓ってみる。すると、口元が嫌ってくらいに横に広がった。
「…………え、へへへへへ」
宇沢の口から、声が漏れ出た。
「誕生日を、祝ってもらえるのって……うれしいもの、ですね」
辺りを見回して、そして私の方を見て。頬が完全に緩みきった、嬉しさを隠しきれないような顔で、私へと言う。
「そりゃ、宇沢は大事な部員だからね。というわけで、このケーキは、放課後スイーツ部の皆から、宇沢へのプレゼントってことで」
「はい。…………はいっ! ありがとう、ございますっ!」
今度は、口元の笑みを抑えるようなことはしないで、満面の笑みを浮かべた。
「さぁ始めよう。我が放課後スイーツ部部員の、宇沢レイサの誕生日会を!」
そして、今年は放課後スイーツ部全員での宇沢の誕生日会が始まった。
騒がしくて、賑やかな――宇沢が初めて
でもそんな騒がしさが、
そんな賑やかさが、楽しいな、と思う。
◇◇◇
「んーっ!」
大きく伸びをする。
宇沢の誕生日会と称した、スイーツ会。そしてその途中、ナツがどこからか持ってきたツイスターゲームをすることとなり、優勝者にはチョコレート専門店のイチディバのクーポンチケットと聞いたら本気を出さないわけにはいかなくて――。私の全力で挑んだところ、帰り道の今、体がすごく痛い。
なんか、いつも以上に体が疲れた気がする。でも、その疲労感が、今は心地いい。
「杏山カズサ、優勝おめでとうございます」
「ん、ありがと。宇沢って、意外と体硬いんだね」
「あははは……。ストレッチとか、してはいるんですけどね……」
宇沢は、ナツとビリ決定戦をするくらいには体が硬かった。誕生日を祝う相手が思いっきり悲鳴を上げてるってのはどうなんだろう、と思ったけれど、今の宇沢はすっきりとしてる顔をしてるので、まぁよしとしよう。
「きっとナツとしては宇沢に取ってもらいたかったんだろうけどね。勝負は勝負だからね。……ってことで、宇沢。通常のを頼めば金額的に二杯分いけそうだし、今度イチディバ一緒に行こ」
「――――はいっ! ぜひ! 行きましょう!」
宇沢の顔が、一瞬で明るくなった。あまりにも現金な反応に、思わず吹き出してしまう。
「えへへへ……」
隣を見ると、宇沢もへにゃりとした顔をしていた。
「………………」
さて、帰り道が同じ方向ということもあって、今は宇沢と二人きりだ。
つまり、鞄の中の物を渡すなら、今。
私は、部室の中では渡さなかったものを、鞄から取り出す。
「ね、宇沢」
「はーい?」
呼ぶ声は、ほんの少し上ずってしまったような気がした。
「放課後スイーツ部で、宇沢にプレゼントってことでケーキを買った訳なんだけどさ。個別にじゃなくて、皆で食べれるようにってして」
「はい。おいしかったですね、あのショートケーキ」
宇沢は食べたショートケーキを思い出してるのか、頬に手を当てて緩んだ顔をする。いや、さっきからずっと緩みっぱなしだったけど、なおさら緩んでいる。
「宇沢、手、出して」
「はい?」
宇沢は、きょとんとして私の顔を見て、そして首を傾げる。
――いや、急に言われたらそりゃそうなるか、と思う。でも口から出た言葉はそれっきり。その言葉だけで分かってほしいと願うけど、宇沢は首を傾げたまま。
「いいから。ほら」
それから少ししても、全然手を出してくれないから、もう一度言う。
――ああもう、私は渡すだけでいっぱいいっぱいなんだから。出してって言ったら早く出してよね!
宇沢は首を傾げながらも、やっと手の平を上に向ける。
「でもってこれは、私から。はい」
宇沢の手に、小さな箱を載せる。
途端、宇沢の動きが、止まった。じぃっと、箱を見たまま、動かなくて。声も出さなくて。
そんな宇沢を見ていると、なんか私まで緊張しちゃって。
「…………中身は、家に帰ってからのお楽しみ。――――今開けないでよ、恥ずかしいから」
そう、言うのが精一杯だった。途中からは緊張からは解放されたけれど、今度は恥ずかしくなって、汗が出てくるわ暑く感じるわで、手が口元に伸びてしまう。……なんか、恥ずかしいし、胸が、ドキドキして、止まらない。
宇沢はといえば――箱を見つめたまま、固まったまま。
「去年はさ、パンケーキだったしさ。放課後スイーツ部で宇沢に何プレゼントしよっかってなった時も、自然とスイーツのものになったからさ。一つくらい、こう、残るものとかあげてもいいんじゃないかなって思って」
我ながら、言い訳だとか説明が下手だと思う。今日で身をもって分かった。
言葉が、思った以上に、口から出てこない。
なら目で語ればいいかといえば、そんなことはまったくなくて。
宇沢の顔がうまく見れないし、嬉しいんだか恥ずかしいんだか分かんないのに、なぜか口元がさっきから横に広がってしまう。
これはきっと、たぶん、宇沢にちゃんと渡せたって安心しただとか、そういうものなんだと思う。たぶん。分かんないけど。
「ま、そういうことだから。誕生日おめでと。――いい? 開けるのは家に帰ってからだからね」
念押しをする。
宇沢は、私が渡した箱を、大事そうに両手で胸に抱えて。
「はいっ!」
こぼれそうな笑みを浮かべて、私に言った。
「ありがとうございますっ、杏山カズサっ!!!」
いつもの分かれ道。
いつものように『また明日』と言い合って、分かれた。
ちょっとだけ歩いてから振り返ると、宇沢は全速力で家への道を駆けていっていた。
「…………分かりやすいやつ」
全力ダッシュと言っても、待ち合わせ場所に来るときのような、焦って周りが見えなくなるような走り方じゃなくて。嬉しさが抑えきれないといったような、跳ねるような足取り。
そこまで宇沢が喜んでくれたんだったら、渡してよかったなと思う。――すっごく、恥ずかしかったけど。
「…………中身……。喜んでくれる、かな……」
宇沢に渡したのは、星のワンポイントがついたネックレスだった。
宇沢の誕生日に何を渡そうかってのは、割と前から悩んでて。去年みたいに私お気に入りの特別スイーツを食べさせてやろうか、とも思ったんだけど、放課後スイーツ部の皆でスイーツを渡すことになったせいでその案はなくなって。
なら、残るものをあげたらいいんじゃないかって思った。
ヘアゴムは宇沢が気に入ってるのがあるし――というか一緒に買いに行ったし。かといって目に見える場所に付けるアクセサリーとかは、宇沢らしくないし。でも鞄や制服にじゃらじゃら付いてる中の一つってのも、なんか違う気がするし――と色々と、本当に色々と悩みながら宇沢と一緒に来た店の中を歩いて回って、見つけたのが星形のネックレスだった。
付けるとしても、制服の下に隠れるからそうそうバレることはないし、宇沢が付けてくれてるってのを分かるのは、私だけでいい。
「………………、宇沢……。どう、思う……かな…………」
箱を開けて、宇沢は喜んでくれたらいいな、と。
そう思いながら、私は家への道を歩いていった。
◇◇◇
家に帰って、シャワーを浴びていると、ポン、とモモトークの着信音がした。
それからしばらくして、もうひとつ、ポン、と音がした。
浴室から出て、体を拭いてからモモトークを開く。
「――――ふふ」
思わず、声が出た。
嬉しいのと、可笑しいのと、愛おしいのが、一緒に来た。
鏡に映る私は、なんとも言えない、にやけた顔になっていた。
「……あー、まったく、もう…………」
宇沢らしい、騒がしいお礼の言葉の後に画面に表示されていたのは、自撮りをした宇沢の姿。
口元が緩んで緩んで仕方がないといった顔をしている一方、手を頑張って伸ばして、顔全体と、そして首に掛けられたネックレスが映るように撮ったのだと思う、それ。
きっと、何枚も撮り直したんだろうなと思えるそれは、ひと目見るだけで、宇沢の感じる嬉しさがあふれ出してきているようで。
「別に、私の自撮り真似しなくたって……。鏡を映せばいいじゃん」
思わず、声が出た。
宇沢の写真は、たまに私が送る自撮りと同じアングルで。きっとモモトークを結構遡ったりしたんだろうなって思うと、また笑みが浮かぶ。ちょっとにやけすぎて、頬が痛くなってきて、無理矢理手で元に戻す。
【宇沢。今度、自撮りのやりかた教えてあげる】
【あと、ネックレス似合ってる】
【誕生日、おめでと】
宇沢へ、そう返す。
画面を見ると、書き込み中と表示されたり、それが消えたりを何回か繰り返して。
たっぷりたっぷり時間が掛かって、
【プレゼント、ありがとうございます!!!!!】
【大事に大事にしますね!!!!!】
そんな、宇沢らしいモモトークが、返ってきた。
「あーあ、まったく…………」
鏡に見えた私の顔は。
自撮りした宇沢の顔よりもよっぽど、にやけて見えた。
5/31、そう、今日はレイサの誕生日!
ということで5月31日に放課後スイーツ部の面々で誕生日をお祝いするお話の、カズサsideを投稿します。
レイサおめでとう、末永くカズサと幸せに毎日を過ごしてほしい。