レイカズ/カズレイ作品 短編集   作:みょん!

9 / 80
条件付きの可愛さ

 部室の扉の前に立つ。少しだけ、聞き耳を立てる。

 うるさいアイツは、もう部室にいるかな、と。

 中から騒がしい声は聞こえてこない。だとすれば、まだ居ないんだろう。

「…………」

 止めていた息が、ため息となって漏れた。

 別に、宇沢がいるからと言ってどうということはない。別にいつも通りに部室に入るだけ。……なのだけれど、なんというか、その時は、ほんの少しだけ心構えが必要だから。

 宇沢が部室に来るようになってからの私の習慣は、もう体に染みついて――。

「カズサ、何してんの?」

「ひゃっ!? なんだ、ヨシミか」

「なんだとは何よ。どーせ、レイサが居るかどうか探ってたんでしょ」

「…………そんなこと、……ない」

「ふぅーん」

「なによその顔」

「べぇっつにぃ。さ、入ろ入ろ。今日頼むお店はもう決めてるから」

 そう言ってヨシミは部室の扉を開ける。

 部室の中は、静かだった。けれど、誰もいないわけではない。いつもの場所にアイリがいて、ナツがいる。

 入り口に私と、ヨシミがいて、放課後スイーツ部は全員が揃った形になる。

 人がいるのに、やけに静かな訳は。

「…………ちょっと」

 見えてしまった光景に、思わず声を上げてしまった。

 アイリは人差し指を口元に寄せて、静かに息を漏らす。『静かに』のジェスチャーをするアイリが向けた視線の方向には、宇沢の姿があった。

「ねぇ」

 静かなのに宇沢が部室にいた驚きが5割、状況が飲み込めてないのが3割、久しぶりに宇沢の姿を見かけて安堵したのが2割、それとほんの少しの怒りを込めて、アイリに問う。

「なんで宇沢がここで寝てんの。しかもそれ、私のクッション」

「レイサちゃん、私が部室に入ってからすぐに来たの。「杏山カズサはいますか!』って。いつも通りに待ってもらおうって思って、レイサちゃんに出すお茶の準備してたら、いつの間にかこうなってたの」

「私が来たときには、もうこの状態だった」

 不可抗力だと、二人は言う。

 ――宇沢は気がついたら寝ていたから、起こさないでいた。と。

 その言葉の意味は分かるし、言われればそうか、と納得はする。普通の状況なら。

「…………あのさ、思いっきりよだれ付いてんだけど」

「ほんっと気持ちよさそうな寝顔。写真とっとこ」

 眉根を寄せる私の後ろで、ヨシミがスマホを取り出してカメラアプリを起動させる。

 パシャリ、とシャッター音が部室に響いた。

「ねぇ、コイツ叩き起こしていい?」

「暴力はダメだよ、カズサちゃん」

 平和主義者のアイリらしい言葉。優しげな声音が、静かな部室に響く。

 私が座布団代わり――そして今は宇沢の枕――に使っていたのは、学園近くのショッピングセンターで買ったビーズクッション。この部に入ってから買ったものだから、まぁそれなりに長く使っている。自分で言うのもなんだけど、結構いいものだ。

 ――それを、コイツは。私の物だと知っているのかどうなのかは知らないけれど、幸せそうな顔をして、「くかぁ」と大口を開けて眠っている。ついでによだれまで垂らしている。

「…………まったく……」

 思わず、大きなため息が出る。

 宇沢の寝顔は安らかなもので、普段の騒がしく姦しい姿は完全に鳴りを潜めている。

 普段からこのくらい静かであれば、こっちも色々と助かるのだけれど。これはこれで、なんとなく違和感はある。

 寝ている宇沢を押しのけるわけにもいかないので、空いている場所に腰を下ろす。すぐ隣に宇沢の頭があって、すぅすぅと静かな寝息が聞こえる。

 宇沢のヘイローは灯っていない。それはつまり、宇沢の意識が完全になくなっているということ。眠りが浅いときはヘイローが灯ったり消えたりすることを考えると、完全に熟睡してしまっているようだ。

 アイリは後で来た私たちのお茶の準備に、ヨシミは今日食べるスイーツの注文、ナツは何やらスマホを操作中。やることがなく、話す相手もおらず、食べるものもなくて手持ち無沙汰になってしまった私は。ふとなんとなく、宇沢の髪の毛に触れてみた。

 長いホワイトスノーの髪は、手の中でさらりと流れる。騒がしくて大雑把な宇沢のことだから、髪の毛も適当なのかと思ったら、意外と整えられている。

 宇沢が起きていたら、髪を触ろうとした瞬間に、たぶん全力で拒否されるだろう。宇沢が無防備に寝ているからこそできることだし、現在進行系でよだれを付けられている分の報酬としては安いくらいだろう、と思う。

「宇沢も。…………黙ってれば、かわいいのに」

 口を中途半端に開けて、普段のアホ面から更に数割増しにアホそうに見える寝顔を見ながら、そんなことを考えていて。

 考えていただけ、が、口から出ていることに、『のに』あたりで気づいた。

「…………」

 顔を、上げる。ちょうどアイリがティーポットから紅茶を注いでいるところだった。

 三人の目が私に注がれる。部室の静寂が、やけに身に染みて感じる。

「…………ふーん」

 ヨシミはニヤニヤとした顔をして、私の方を見ている。口元に手を当てて、今にも吹き出しそうな顔すらしている。

「レイサはがかわいい、ね。なるほどなるほど。ふぅーん」

「…………何。殴るよ」

「殴ったらレイサに言ってやろ」

 ――小学生か。との言葉は、ギリギリで思いとどまった。

 失言だった、と思う。気が緩みすぎていた、と思う。

 でも、宇沢にさえ聞かれていなかったら、まぁヨシミの作り話として誤魔化せばいいとも思う。宇沢、単純だし。宇沢にさえ聞かれていなければいいんだ、うん。

「カズサもさぁ、そろそろレイサに優しくしたげたら?」

 ヨシミが、宇沢と私を交互に見ながら、言う。

「優しくって、何が」

「毎週のようにスイーツ食べに行ってるんだし、そろそろカズサの方からレイサを誘ったりしちゃえばーって話。今んとこレイサからしか誘ってないんでしょ、どうせ」

 どうせって何、どうせって。――当たってるけど。

「わんこみたいに杏山カズサ杏山カズサーって尻尾振ってすり寄って来てるんだから、それに応えてあげたらーって話」

「…………」

 ヨシミが言わんとすることは、分かる。わんこみたいというのも、分かる。それこそ中学時代からの付き合いなのだから、よく分かる。

 宇沢からの『挑戦状』をずっと受け続けて、今もスイーツ勝負という『挑戦状』を受け続けている。そう考えると、確かに私は、宇沢に対してずっと受け身の形でしかないな、と。ヨシミから言われて、改めて感じる。

「もうふたりは友達なんだからさ。――あ、もう『友達なんかじゃない』って言うのはナシね。あれだけ仲良くスイーツ食べてるんだから」

 まるで見てきたような言い方だけど、今大事なのはそこじゃなくて。

「いや、もうそんなこと言うつもりはないけどさ……」

「じゃあいいじゃん、誘ってあげなー。レイサも尻尾振って喜ぶよ」

「うーん…………そう、かな?」

「分かってたけど、カズサも相当不器用よね」

「うるさい」

 ずりずりと私の近くまでやってきたヨシミに、肘で小突かれる。他人事だと思ってるのか、ヨシミは私と宇沢を交互に見比べて楽しそうに歯を見せて笑う。

 アイリもナツも、ヨシミの話を聞いている。そして二人から反論がないということは、おそらく三人の意識は同じなんだろう、と思う。ナツなんかは頬杖付いて意味深な笑みを浮かべてるし。

「…………」

 分かってるんだ。頭の中では。けど、なんとなく踏ん切りが付かないだけで。

 すぐ隣から、「むにゃ」と宇沢の寝言のような何かが聞こえる。クッションのよだれの染みはさっき見たときよりも広がっていて、そろそろ無理矢理叩き起こさなきゃいけないような気がする。

 手を握って。そして、顔を上げる。アイリがふるふると目を瞑って首を振る。

『暴力はだめだよ』と徹頭徹尾主張するアイリを無視することはできないので、仕方なくデコピンで済ますことにした。

 握った手を解く。中指と親指で輪を作る。中指に力を入れて、広くなったおでこに照準を合わせて、弾く。

「――――ッ! あ痛っぁぁぁぁぁぁぁ! あ、何するんですか杏山カズ――ぶがっ」

 飛び起きた宇沢は、周りを見回してから一番近くにいた私に食ってかかろうとする。起きた瞬間にはねのけられた私のクッションを宇沢の顔に押し当てて、ガードする。

 宇沢がクッションをたたき落として、再び私の方へと来ようとしたところで、宅配が届いた声がした。

 ヨシミが立ち上がって、ドアのほうへと向かう。ヨシミを尻目に「何するんですか杏山カズサ私が何をしたと言うんですか暴力反対です」などとまくし立てる声が部室に響く。

 宇沢が起きたことで、途端に騒がしくなる部室。そしていつもの部活の雰囲気になる。

 思った以上にデコピンが効いたのか、涙目になっている宇沢を適当にあしらいつつ、先ほどのヨシミの言葉を頭の中で反芻する。

 ――誘ってあげな、か。

 困ったらいつでも呼んで、と先生に言われたことを思いだして。違うなと、その考えをすぐになかったことにする。

 これは自分の問題だから。自分で解決するものだから。

 そろそろ、私も。色々と考えなきゃいけないのかもしれない、と。

 そんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、宇沢」

「ほむ?」

 学校近くに新装オープンした、洋菓子店から取り寄せたモンブランを頬張る宇沢。口いっぱいに頬張る姿は、犬と言うよりもハムスターとかそういうのに近い。

「これ、私のクッション」

 紺色のビーズクッションを持ち上げて、宇沢に見せる。フォークを持ったままの宇沢は、きょとんとした顔を見せつつ、口の中のモンブランを咀嚼して、飲み込む。それから首を傾げて、こくりと頷く。

「そんでもって、宇沢がよだれを付けたのが、ここら。――後でお話ししようか、宇沢」

「……へ? なんの、こ…………あー…………」

 クッションから、私へと、そして、ヨシミたちへ。宇沢の視線が移ろう。

 苦笑いを浮かべた宇沢は、誤魔化すように頬をかいて。そして、一言。

 

「寝心地は、最高でした」

 

 もう2発、追加でデコピンしてやった。




『しゃべらなければ可愛い宇沢レイサ』という概念が降ってきたのでSSにしました。
口を開けば騒がしいパッション系可愛いレイサは、静かな時はただの美少女だと思うんですよね。そのギャップが可愛い。
あとレイサは寝る時絶対よだれ垂らしてると思う。ぽんこつ可愛い。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。